新春、足立山〜戸の上山、久々の門司アルプス縦走の記

                                               栗秋和彦

 会社の登山愛好の徒、M木君から声がかかった。「今週末、戸の上から足立山へ縦走しましょうぜ ! T田鬼軍曹も巻き込んでやす」と。ふむふむ、そういえば朝な夕なこの稜線を眺めてはいるが、昨秋の転居以降、裏山(戸の上山)へさえまだ登っていなかった。正月早々、区切りでもあり仁義を切っておかなくてはなるまい。加えて足立山への縦走となると十数年ぶりとなり、変化に富んだルートでもあるし、そこそこの運動量も伴う。北九州界隈では皿倉山〜福智山縦走と並び屈指の好ルートなのだ。もちろん即座に「OK !」を返したのは言うまでもない。でM木君は「戸の上山から足立山へ」と企救山塊(門司アルプス)を北から南への縦走を提案していたが、(筆者の意向で)下山地を門司としたいがために、出発地をJR安部山公園駅とさせてもらった。まぁ敢えて言えば理由の一つにこの方位の縦走は未だ経験せず、どうせなら新ルートで、との思いも強かったのだ。


           門司アルプス縦走ルート
     
           安部山公園を突っ切るの図
       
          妙見へ抜けるのどかな林道を行く


 さて当日は薄日はときおり差すものの、寒風に身は縮まり、冷え冷えとした外気は、まさに大寒の候そのものであった。しかし皆一様に着込んでおり、寒さ対策は半ば織り込み済みであろう。まぁそれでも駅を降り立ち、だらだら坂を上って安部山公園を突っ切るころになると、身体も温まりようやくエンジンはかかってくる訳ですね。と同時に市街地を挟んで貫山方面の山々が淡い陽光を受けてセピア色に輝いて見え、なかなかのロケーションなのだ。更にずんずんと車道を詰めると、けっこう高度を稼いでいるのが分かり、おのずと登高意欲も湧こうというもの。で明瞭な看板に導かれ、先ずは砲台山への登山道に分け入った。鬱蒼とした樹林帯もこの時期ならではの明るさは、よく整備された登山道と相俟って、快調に高みへと誘ってくれる。企救山塊全体にも言えるのだが、照葉樹林の見事さは特筆もので、いつもながら感心してしまう。カシ、シイ、タブノキ、ツバキなどの樹木が幾重にも織り成して山全体を包む様は都会の近傍にあってこそ秀逸だ。これも明治維新以降、先の大戦まで関門海峡を臨む軍事的要衝の地として機密上の措置となれば、森が保護されてきたのは歴史上の皮肉と言えるかもしれない。しかし市民としては自然林が繁茂する植生豊かな自然公園として残り、いろんな恵みを享受できる訳だから、有り難いかぎりだ。

 とまぁ森の小径は木漏れ日が差し、小鳥の鳴き声も聞こえつつ、寒風も遮ってくれるので、この時期でもなかなか快適であって、おしゃべりが止むことはなかった。

 そして30分ほどでフッと天が抜け、砲台山に達したのが分かった。この山は妙見側から登ると一旦稜線に出て、だらだらと草地を横切るので、台地の肩と言った印象だったが、れっきとしたピークであった。そして丁度、一本立てるのにいい頃合だったので、足立山を背景にしてめいめいが好き勝手にくつろぎ、職場の話題や行動食を貪ったりと和みのひとときを過ごした。つまりはまだ序盤ではあるが、ペースもほぼ固まって、これからの登路への期待も膨らませつつの感であったように思う。

           
        砲台山の一角から足立山を仰ぐ                   寒々とした足立山での小憩

 となると目の前の足立山頂までは一気呵成だ、と言いたいところだが、このコースはあまり視界も利かず短調な登りのみだ。特に最後の直登部分は何回登っても難儀さを覚えるところでもあり、砲台山からの所要時分を想定することで気を紛らわそうと考えた。すなわち20分で登ればけっこうシリアス、25分ならまぁ標準的、そして30分もかかればファミリー登山ペースと、過去のデータを呼び起こして皆にけしかけてみたが、果たしてそれぞれ足取りは好き勝手流で、気にする風はなく口数は減らなかったね。しかしさすがに頂直下の急登部分は皆、息遣い荒く登らんとする気迫が少なからず読み取れたので、結果として22分の所要は、皆の本気度がそれなりに表れていたと言えるだろう。

 で山頂に飛び出すと、風は強く体感温度は一気に下がった。なるほど主稜線沿いはまともに関門海峡からの風に晒されるので、大寒真近なこの時期、至極当然のことだったか。

 さて区切りの山頂だが、昼食にはまだ早く吹きっさらしでは適わない。ならば長居は無用で、小憩の後はいよいよ6キロ先の戸の上山目指して縦走を開始したが、しばらくは樹林帯の中のだらだらとした下りがつづき、視界もまったく利かず、ただ森の小径をなぞるだけの単調なコースと思えたんですね。しかし以前(平成3年10月)、戸の上方面からランニング登山を敢行した際の記憶では幾多のアップダウンが現れ、大型台風の直

         
            足立山から小倉の市街地を臨む                 畑貯水池分岐手前の稜線で昼食風景

後だったこともあり、足立山が近づくにつれ数多の倒木を越えたり潜ったりと、全身を駆使した縦走が蘇り、どうも勝手が違うんであります。しかし山頂からのだらだら下りはものの6.7分ぐらいだったか、それからはガッーと下って、「おいおい、こんなに下るともったいないじゃないか!」などと考えたのも束の間、今度はまさに反動の如く、けっこうな登りが現れたりと、やっぱり変化に富んだ縦走路だったのだ。まぁそれでも300m〜600mの稜線をなぞるだけの低山縦走ではタカが知れているし、戸の上山が近づくにつれアップダウンの振幅も次第に小さくなって、だんだんと視界も開けてくれば、稜線漫歩の気分になってきても不思議ではあるまい。ただ視界が開けば寒風も増す訳で、このコース随一の見晴台である大台ケ原では関門海峡の眺望を愉しみつつも、じっとしていてはじわじわと寒さが身に沁みた。合わせて曇り空の下では海峡を見下ろす景色は重く、粋の良さも欠けて折角の秀逸なロケーションがもったいなかったと言えなくもない。

 であればそそくさと退散し、最終ピークの戸の上山まで脇目も振らず、おじさんたちは歩を進めたのだった。つまりはゴールが見えてくれば勢いづくものなんですね。ところがここにきて我が隊お抱えの料理長、T下君の足取りがにわかに覚束なくなってきたのだ。中盤までは元気よく、おしゃべりは止まないし、おじさんとしての品格は保ちつつ?もあんなにはしゃいでいたのに、この急変ぶりは何だ!?と、皆一様に訝るわね。

  
                寒さが身に沁みた大台ケ原二題                    戸の上山から海峡を見下ろす

 して原因はアップダウンを繰り返すうちに、特に下りで膝が耐えられなくなったもので、これは明らかに日頃のトレーニング不足であって、ヤワな脚筋力がSOSを送ってきたものと断定するに至ったのだ。それが証拠に下山して、平地になると痛みは治まり、歩行スピードも皆と変わらず、何より口数が元に戻ったのだから。

 つまりは齢50に迫らんとすれば、気合だけではこの長丁場?に耐えられないことを証明したようなもので、彼には気の毒だったが、皆の教訓としてこの平穏無難な山旅の終盤に刻み込まれたのだ。

 おっとそんなこんなで一部波乱万丈の門司アルプス縦走は終盤、戸の上山から寺内登山口までの下山にけっこうな時間を要して幕となったが、筆者としては同僚諸兄と愉しいひとときを共有した証として先々まで記憶に残ることは間違いなかろう。また久しぶりに懸案の山塊に足跡を残せて第二の故郷とも言うべきこの地に対して仁義は切れたものと思っている。しかし一つ欲を言えば次回は風師山まで足を伸ばして門司港駅に降り立てば、総延長18km、文字どおり企救山塊全山縦走の栄誉?を得ることができるので、是非チャレンジしなければと言い聞かせている。そしてこの縦走隊の延長で行けば安全策としてちょっと遠いけど、パートナーは健脚コンビのM木&M島両兄にお願いするしかないのかなぁ、と勝手に思っているが、他の二名様が発奮して手を挙げるなら逆らえないし、さてどうしたものか悩むところである。

  気合だけでは登山は厳しい? 寺内への下山風景

(コースタイム)JR安部山公園駅9:49→(途中、買物他)→安部山公園10:15→砲台山登山口10:26→砲台山10:56 11:05→足立山11:27 35→藤松・大里高校分岐12:21→(途中、昼食27分間)→畑貯水池への分岐13:17→大台ケ原13:28 36→戸の上山13:55 14:08→寺内バス停14:53→戸上神社 歩行距離約11km

(同行者)田、下、木、島 
                             (平成
19113日)

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