新年は玖珠・椿温泉にて まったり湯浴みの巻 
          
                                        栗秋和彦

連休を利用して玖珠へひとっ飛び。南福岡から1時間余で行けるので、豊前や筑前など県内の辺鄙な所よりも数段便利だし、思い立ったら即実行、移動が苦にならないところがいい。と言うのも今年の正月は仕事つづきで休めたのは3日のみ。三連休初日の本日も早朝4時から昼過ぎまで、やんごとなき仕事が舞い込み、のんびりと身を休めるには程遠かった。

 なら解き放されたらトーゼン、寸暇を惜しんで行動開始、田舎へなびくのも道理ではないか、とこじつけた。でこの地で嵌まってしまったのが、(カミさんの)実家近くの椿温泉。30年来の食堂(味処)として地元では知れわたっているが、3年前敷地内に温泉を掘り当てた。その意味では湯の里・玖珠盆地(※1)では新興・新参者の温泉である。しかしこの時期、露天風呂の借景に雪を抱いた万年山を望み、冷え冷えとした外気を頬に感じながら、ぬくぬくと湯量たっぷりのアルカリ性単純泉に浸るのは、まぁ人生の一つの小幸事に違いなかろう。加えてここは週末でも(週末しか知らないけど)客が少なく、一人ゆったり浸ることもしばしばなのだ。

 そして本日、暮れなずむ碧空に上弦の月がゆるゆると昇り、万年山は北面を白く輝かせて妖艶でさえある。大気はガラスのように澄んでいる。おっとしかし図らずも今日は先客がいた。せわしげに入ったり出たり身体を洗ったりと、入浴という行為そのものに没頭している地元民とおぼしき御仁には、このシチュエーションの機微は分かるまい。そしてしばしの喧噪の後、一人残されると本来の静寂が戻った。湯ったり、まったり、手足を思いっきり伸ばし湯中で反転しようが、寝返りを打とうがかまいなし。気が遠くなるほどここちいい。更にはほてった身体を洗い場に横たえ(つまり湯舟のフチに寝そべった訳ですね)、ときどきに湯をかけながら瞑想の時間とした。欲張り三昧の湯浴みとはこういうものなのだ、フフフ...。

            
          湯量たっぷりのアルカリ性単純泉にまったりの図

 とそこへ突然、ガラガラとおっさん来たる。「おっと、ビックリ!」とこっちも嬌声を上げてしまったが、向こうも恐縮した様子(うんうん、ビックリしただろうなぁ、戸を開けたら大の大人が目前に横たわっていたのだから...)。こっちもまさか寝そべったままではいかぬので、身体を起こして愛想笑いでゴマカシて再び湯舟へ。そんなこんなですっかり夜のとばりは降りてしまったが、まだまだゆらゆらと瞑想はつづく。

 おっとそこで「お父さん、そろそろ上がるわよ!」 隣の女性露天からカミさんの声で我に返った。そうそう筆者だけではなく、カミさんの嵌まり方も尋常ではなかったんだ、と含み笑い。上がると決まれば、厳寒の玖珠盆地の一角、たなびく湯煙を包み込んだ身体に、今度は空腹に腹と背中がくっ付くようだと主張しつつ(実家への)家路を急いだ。湯気立つ寄せ鍋に、外気と同じくらい冷えたビールが待っている。想像するだけで愉しく、しんしんと冷えるほど、喉は渇きお腹ペチャンコになるほどに田舎のひとときは居心地の良さが際立ってくるもんだなぁ、と改めて思い出るんであります。

(※1)玖珠盆地の温泉地を列記してみると、老舗は玖珠川べりの玖珠川温泉、塚脇にひまわりの湯、R210沿いに山田温泉、野田温泉、北山田には三日月温泉と滝瀬温泉、八幡地区の鶴川温泉、森地区の三島温泉、万年山麓には万年山温泉、それに本稿の椿温泉と知り得ているだけで10ケ所を数える温泉郷なのだ。

(平成18年1月7日)

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