春卯月、思い立っての九重ランニング登山          栗秋和彦

   

 葬祭ごとで前日からの玖珠泊。あまりにも天気がいいこんな日は山野を駆け巡って、精神衛生面をリセットすべし。むずむずと行動の虫がうごめく。むろん思い立ったらいてもたってもおれず一人で九重へ。予報では下界は6月並の気温(夏日)になるという。玖珠でも出立前には既に20℃は超えている筈。そよぐ風はまさに初夏を予感させ、身なりは半袖・半パンで充分だ。しかし飯田高原に上がると日差しはめっぽうだが、高原の清涼感は一級品。湯沢温泉入口に車を置き、取り敢えず法華院温泉目指してゆるゆるのランスタートとした。時間はたっぷりあるし、この陽気だもの法華院温泉までの往復だけで物足りなければ、北千里を経てすがもり越へ登り、長者原経由で湯沢へ戻る一周コースと云う手もあるぞ、ブツブツ。と臨機応変な走りも視野に入れてファンランに努めた。

           

一方、湯沢〜吉部〜大船林道取り付きまでの道すがらは、点々と満開の桜が出迎えて、春卯月を実感せしめる。「春に酔ひ花に酔う山里の道すがらかな」である。春真っ盛り、のどかな田舎道、これ以上のロケーションなど望むべくもなかろう。と一人悦に入りつつも、道沿いの畑にも農家の庭先にも人は見当たらず、「折角のオレの勇姿? を、ギャラリーが誰もいないのも淋しいねぇ」と思わずごちる。 

さてその大船林道の取り付き点、暮雨コース登山口には2年前に突如、森を切り開いて、くじゅう山開きなどシーズン中の登山客を当て込んだ広大な有料駐車場が出来たのは周知のとおり。景観上からもごっそりと森を削り取り、黒土むき出しの駐車場は今の風潮からするとあまり好ましくはないが、それも全くのガランドウとなると何だかむなしい。しかし大船林道のゲート付近には4.5台の車が留まり、何組かの登山者は既に入山済みの様子。うんうん、このルートでの入山はボク一人ではないことは証明されたが、湯沢から20分余り、まだ誰一人として人間様を見かけないのは、寂しいかな第一級の田舎の証拠だ。うるうる。

          

おっと、ボクは大自然の中を走るために来たのだから、余計な邪念は振り払うべきか。もっと自然観察に精を出さねばなるまい。そぅ、付近の森は今からが芽吹きの季節とあって、新芽の緑が陽に透かされて淡い森をかたちづくる。周りはいろんな小鳥のさえずりがかまびすしいほどだが、走りのBGMにはこれ以上のものはなかろう。しかしじわじわと高度を上げ、大きく曲がり込んで林道も谷沿いになると、なるほど周りの木々はまだまだ新緑にはほど遠く、森の色調はセピア色へと様変わりだ。

一方、林道の感触はとなると、ところどころに砂利が浮いており、爽快とは言いづらい場面もしばしば。グリップの効かない上りは難儀だ。それでも林道終点を経て鳴子川を渡り、一気に駆け上がるともう坊ケツルの一角だ。しばらくは冬枯れの草原を駆け、盆地に出ると一面野焼き直後の黒々とした原が視界いっぱいに広がる。この黒の景は青空の下でもモノトーンとして捉えられてしまい、何かしら物悲しい気もするが、あと、二、三週間もすればいちどきに新芽・若葉が萌えいずり緑の原と化すに違いない。それまでのひととき、訪れる者に春の憂いを醸し出す感傷の場を提供しているのかもしれない。

           

 さて、ほぼ平坦になってくると走りはキロ6分ちょっとのペースに戻り、いたって順調。春うららの一本道、四方の山々から見下ろせば、すこぶる視界は良好、すっぽんぽんの野焼きケ原を何やらランパン、Tシャツ姿のおじさんが蠢きつつも着実に法華院へ近づいているのが見て取れるに違いなかろう。それにしても坊ケツル全体を見渡しても、人っ子ひとりいやしないぞ。春暖の卯月、しかも快晴の土曜日だというのにだ。雨ケ池からの合流点を過ぎたいわゆるハイカー街道でも状況は同じとあって、何だか拍子抜けする始末。しかしギャラリーはいなくとも先ずは黙々と走るのみ(でもやっぱりちょっと寂しいかな? )。そして湯沢から標高差400m、およそ10kの道のりを1時間20分を要して到達した法華院温泉では、陽だまりでおじさんハイカー二人が大船山を仰ぎながらまどろんでいたが、彼等が今日の行程中初めて見た人間様だったのだ。だから何だと云われればそれまでだけど….。さて小生もベンチを占有して喉を潤し、チョコを頬張ってしばしの休憩だ。しかしその間も一人たりとも客人見えず。陽光に恵まれながらも閑散とした湯宿、人様の事だけど季節商売の難しさを見た、とはちょっと大袈裟か。

           

で湯沢からここまでは写真を撮る以外は一歩も立ち止まらず、もちろん歩きもしなかったが、これから北千里までの胸突き八丁のガレ場はさすがに走れなかった。黄色いペイントに導かれながら黙々と速歩きに徹するのみだ、フーフー。そして北千里の北端には法華院から14分後に躍り出たが、上りきれば砂原とはいえ平坦路だもの、勢いを得てキロ6分ほどにスピードアップすると、すがもり越がぐんぐんと迫った。快感かつ爽快な走りに、すれ違ったおじいさんハイカーはすっかり見とれていたぞ ! (てな訳ないよなぁ、奇異に感じていただけ?) 

 さて時刻も早いし、久住分かれとの分岐では久住山への思いでちょっと迷った。と云うのも今回このまま下ればピークを一つも踏まずに終わってしまう。これでランニング登山と言い切れるのかとの自問があったのだ。しかし久住分かれへ取ると、西千里を経て牧の戸峠へ下りるのは必定。ひいては交通量の多いやまなみ道を排気ガスを浴びながら湯沢入口まで7〜8kも下らなければならない。ランニング登山を標榜する以上、出来るだけ登山道や林道を繋ぎ、第一級の車道を走ることは遠慮すべきであろう、と言い訳は準備しつつ、当初計画どおり、ガシガシとすがもり越へ取った。

で、そのすがもり越の休憩所には中高年の登山グループ数組が陣取っていたが、息を荒げながら到着した己の出で立ちとパフォーマンスに、彼らの表情は平静を装おいつつも瞳は訝っていることがありありと分かるのだ。おじさん、おばさん 別に脅すつもりはないからね、と目で訴えつつもあまり居心地のよかろう筈はなく、写真を数枚撮って、そそくさと下山開始。長居は無用である。

    

ルートは硫黄山林道(硫黄運搬道)を忠実に辿ることとしたが、先ずは噴煙たなびく硫黄山の懐へ飛び込んだ。となると一部は95年以来の立ち入り禁止区域に踏み入れなければならないが、今にも噴火しそうな雰囲気とは言い難く、実感としてはいつまで行政は「禁止看板」を掲げて未だ規制せねばならぬのか、疑わしいのが率直なところ。いつもと変わらぬリズミカルな噴気音をBGMにして、黄ばみも淡くなり風雨に晒され縦横に亀裂が入ったり、或いは陥没して傷みの激しいコンクリート道のそちこちを選びながら慎重に下る。それでもヘアピンカーブを2.3度回り、すがもり越からの登山道と合してからは一気に加速。まるで俯瞰する高原を我が庭と心得てランディングするがごとく、飯田高原を眼下にピッチは上がった。中でも2組のグループとすれ違いざま、或いは3組の下山グループを追い抜きざまに我が意志とは反して? スピードが上がるのよね。まぁこれはただ単に栗秋の性癖に起因するだけじゃないか! と言われれば返す言葉はないけど、それほど気持ちよく走れたものと思っている。

            

しかし終盤の2.5kほど、長者原から湯沢入口までのやまなみ道はいただけなかった。当たり前の話だけどひっきりなしに車と対面すると、彼らは一様に「好奇心いっぱいの目」で己を見遣るのだ。 見世物ではないし、煩わしいことこのうえもなし。その意味では最後に我がうるわしのエクササイズ物語にケチをつけた格好になったが、距離にしておよそ20km、累積標高差750m、所要2時間50分ほどの全行程を総括すれば、久しぶりに充実した山岳走だったことに間違いはなかろう、よしよし。と今回も他人様には役立たずの自己満足話はひとまずお開きとしたい。

  

    

 さて高原の昼下がり、エクササイズの後は知的探求の時間だ、とは言ってもたいそうな事ではなく吉部集落の外れに、昨春オープンした榎木孝明美術館を訪れただけ。ところで鹿児島出身で東京を本拠地とする俳優・榎木孝明が何故、九重に美術館をオープンさせたのか ?  昨年聞き及んで以来、疑問のままだった。してその謎は〜「彼が主演した映画「天と地と」のロケが、15年前ここ九重一帯で行われたそうな。以来、彼はこの地がすっかり気に入り、別荘まで建ててしまった。そしてその別荘がそのままこの美術館に生まれ変わった」〜が今、受付の有閑マダム風学芸女史によって解き明かされたのだ。

とまぁ、おおぎょうな話ではないが、淡彩で描かれた彼のスケッチは素朴で、中でも九重周辺の山河を描いた数点は懐かしさとやすらぎを感じ、我が身の眠れる芸術心?を大いにくすぐった。その意味では水彩画家としての彼に「なるほどなかなか榎木もやるのぅ!」とやっかみ半分言いつつのひとときであったように思う。う〜ん負けたぞな。

           

ところでまだまだ陽は高かったが、九重ランニング登山、行き当たりばったり旅の余禄は、もちろん湯宿・星生倶楽部の露天になろう。宿泊客のチェックインまでにはまだ時間もあったので、先ずは気になっていた女性用露天風呂をひやかした。して己の探究心に応え好奇心の目で浸りつつの感想は、男性露天に比べるとひとまわりコンパクトな設えだが、きちんと打たせや露天、それに意味不明 ? の一人用岩風呂も傍らにあって、リラクゼーションには最適の環境だったことを宿、そして女性客の名誉? のために申し添えておきたい。いい汗をかいて、アート心を呼び起こし、かつリラクゼーションをも独り占めにして、これでまた当分は都会のストレスに打ち勝っていけようぞ、よしよし。

           

(コースタイム)

湯沢9:32→(吉部経由)→大船林道ゲート9:54 57→林道最高点10:33 35→林道終点10:37→法華院温泉10:53 11:07→北千里出合11:21→すがもり越11:27 31→(硫黄山林道経由)→長者原12:04→(やまなみ道経由)→湯沢12:22  走行キロ約20km  榎木孝明美術館入館料500円、星生温泉(星生倶楽部露天)入湯

                                                            (平成16年4月19日)

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