鮫が拉致
面倒くさいので結局化粧をすっかり落としきり、けれど化粧水とかはつけてつやぷるの素肌になったが、堂々とスクアーロの前に戻ってきたのは、どこぞへ駆け込んでから約15分ほどたった頃。
これが早いのか遅いのかはスクアーロにとってはどうでも良かったのだが、満面の笑みでが「ある意味素っ裸になってやりました!」と満足げに胸を張るものだから、「そーかぁ゛」と思わずつられて笑ってしまった。
なんで俺まで笑ってんだとスクアーロが自分に心中突っ込んだところで、はスクアーロの返答に満足したのか、返答してもらっただけでも満足だったのか笑って頷くと、当たり前のように先ほどと同じようにスクアーロの目の前に腰掛けた。
「そういえば、お時間は大丈夫なんですか?」
唐突に話を切り出したにゆるく首を傾げるが、続けられたの言葉にスクアーロは理解の頷きを返した。
「お仕事、途中だったんじゃないですか? ベルフェゴールくんに仕事のこと伝えにきたということは、貴方もお仕事中だったんですよね? いや、私がお時間ありましたらって誘ったんですけど」
「ああ。まぁ、この程度の時間なら問題ねぇぞぉ゛」
言いながら困ったように眉を垂らすに、気にスンナとスクアーロは鷹揚に片手を振る。
確かに仕事は残っているが、素人女と喋っているだけでどうにかなるような内容でもなく、スクアーロのヴァリアークオリティーなら夜まで喋っていても支障はない。
そこまで考えて、当たり障りなくに伝えようと視線を向けたスクアーロは、の目を見て思い出した。むしろ、声がよみがえってきた。
「そう言やぁ、この部屋から出るなとか言われてたなぁ゛?」
「そうですが」
不便だろうというニュアンスで口にしたスクアーロに、はなんでもない顔で首をかしげる。招待された身で等と似たようなことを言っていたもついでにスクアーロは思い出し、ベルフェゴールに言い渡されたであろう任務内容を反芻する。
確実に夜中まで掛かる。
その間、は一人きりになる。
ベルフェゴールの言動から、スクアーロがと同じ時間を過ごすことは多少許容されていると見ていいが、それでもベルフェゴールが戻るまでに一日の時間の大半が消費される。最初は他人の部屋が物珍しくとも、も時期飽きるだろう。
スクアーロは持ち前の世話焼き根性を発揮し、スクアーロの反応のなさから自分のもっちりとなった頬を触って恍惚としているへと声をかけた。
「一人じゃなけりゃぁ、いいんだなぁ゛?」
「へ?」
が間抜けな声を上げた次の瞬間には、空中に体が浮いていた。比喩表現などではなく、本気で。
「っ!?」
思わず息を呑んだだったが、現在の状況を理解したわけではなく、唐突な事態に理解が追いついていないだけで、スクアーロが意気揚々と己の肩に担ぎ上げて移動を始めている事実さえ、目を白黒させて体を硬直させて反応できないでいた。
は現在、スクアーロの肩の上に居た。
文字通り、スクアーロの肩の上に『腰掛けて』居た。
ここは米俵みたいに担ぐ場面だろうー! と、自分の体勢に気づいたは脳内で叫ぶが、その体勢は自分の腹にスクアーロの肩が食い込んでえぐいことになると容易に想像できたので、黙って即座にスクアーロの頭に両腕を回した。
硬直していたはずなのに、そのあまりにもすばやい動作にスクアーロは普通に吹き出した。
「なぁに慌ててやがんだぁ゛?」
「現状の説明を要求します!」
の慌てっぷりなどどこ吹く風、スクアーロは楽しそうに笑い声を上げる。
がっしりとした力強い腕がの体をしっかりと固定しているのだが、され慣れていないとしてはいきなりのスキンシップ以上の行動に、どう反応していいか悩むところ。
とりあえず、なんか説明しろとばかりにスクアーロを困惑の眼差しで見つめれば、スクアーロはその眼差しを眉を動かすだけで受け流した。
「あいつの不安は、お前の身の安全だろうなぁ゛。なら、俺が傍にいりゃぁいいだろう?」
「その前に、部屋から出るなといわれています!」
むしろベルフェゴールくんの言葉の意味なんて、本人に聞かないと断定できないと思います!
体の自由が利いたなら、勢い良く挙手していただろう勢いのの剣幕に、スクアーロはやはり受け流して歩き出す。
慌てて頭に抱きつきなおしたは、止まって止まってと連呼するがスクアーロは歩きながら口を開いて応えない。
「まぁ、一般人が見ても面白いもんなんざねぇけどなぁ。他人の家っつーのは、新鮮だからそう退屈はしねぇと思うぞぉ゛?」
「いやいやいや、私を案内してくださるのはありがたいですけど、それはすべてベルフェゴールくんがやってくれますので!」
「今日はベルフェゴールが手回ししたからなぁ、早々危険な目には遭わねぇぞぉ゛。まぁ、一番危ねぇのは奴だけどなぁ゛」
「人の友人をなんつー言葉で説明しやがりますか!」
思わずスクアーロの言葉に次々突っ込んでしまうの体は、スクアーロの歩みによってあっという間に扉の前へ。思わず扉の上部を両手で押さえてしまったが、その場合当たり前だがの体はスクアーロの腕一本で支えられることになる。あ、まずいとが思ったときには、あからさまに口角を上げて悪い顔となったスクアーロが一歩後ろに下がっていた。
必然的に体勢を崩したが上半身を起こしなおしている隙に、スクアーロは難なく扉を開けて廊下へと足を踏み出していた。
「あ」
「あ゛ー、ならどこから行くか」
「え」
「俺らの応接間でもいいかぁ゛」
「は」
もう一度スクアーロの頭に抱きつきなおしたは、思わず反射的にスクアーロの後頭部を叩いてしまったが、叩かれた本人はけらけら笑ってびくともせずに歩くのみ。
ベルフェゴールと共に歩いた廊下を、今度はスクアーロの肩の上から眺める羽目になったは、頬を引きつらせて再び硬直した。
「えぇー……」
スクアーロの腕の強さ尋常じゃねぇだとか、重くないのかすごいなぁヴァリアー(仮)クオリティだとか、あ、触った髪の毛なんか色々ついてるけどこれってまさかカッ消された痕跡かしらかしらー、などと脳裏は現実逃避をしていたのだが、傍から見るとは呆然としたままスクアーロの頭を毛づくろいよろしく弄っているちょっとおかしな人に見えていた。
が、目撃者もおらず弄られているスクアーロがくすぐったさにはにかんでいるだけなので、特に誰からの指摘も受けずに廊下をずんずん進まれるという現実。
「なんというキューティクルへあー」
「そうかぁ゛?」
は無意識に呟いたはずだが、スクアーロは律儀に返答をする。
異色の組み合わせのまま進み、が正気づいたときには目の前に紅茶、茶菓子付きでソファーに腰掛けていたというミラクル。その上、目の前の人物は言った。
「うふ、お口に合うかしら?」
「どなたですか」
人間として滅多に見られない鶏冠とサングラスのまぶしい、筋肉が服の上からでも分かりそうな男性が身をくねらせて微笑んでいた。
「えぇー……」
の視界の端では、スクアーロが当たり前のように茶のカップを傾けていた。