ぐったりとした夜明け
「だから、これで全部だって!」
「嘘ついてないな?」
「ついていませんって何回言えば理解しますかこのバカンダム!」
「お、お前を心配してやってんのに、なんだその言い草は!」
「だから、それが余計なお世話下種の勘繰り阿呆の考え休むに似たりなのよ! むし私が休みたいのよ任務明けなのよ!?」
「だから嘘はねぇなって確認してるだけだろうが! もしかしてまだなんかあんのか!」
「ないって言ってるでしょうがもう寝かせてよ! いい加減にしろこちとら二日ぶりの睡眠なんだぞいい加減開放しろー!」
「……掃除は後にしたほうが良さそうですね」
スパンダムの自室前にて、使用人たちは久々に聞いた二人の会話に、微笑ましいんだかスパンダムが不憫なんだか彼女が不憫なんだか、色々混ぜ込んだ生ぬるい笑顔でその場を退散した。
一ヶ月以上彼女がエニエス・ロビーにて姿が見えなくなった後は、よくある光景だった。
もういい加減にしてと倒れる朝方
「……」
「おかえりなさい、姉さん」
「ただいま。……ゆうべも、同じような会話をしたと思うんだけど?」
自室の中でくつろいでいたルッチに、低い声が告げる。
やっと任務が終わり、あとはスパンダムに報告したら二日ぶりの睡眠だ! と意気込んでいた某CP9の女性は、目の前に現れた弟分のルッチを半眼で睨みつける。スパンダムの執拗な疑い深さに、恒例となっていながらも苛々は募っていた。寝たいと言っているのに、報告漏れがないか嘘はついていないか男が出来ていないかだなんて、告白する勇気もないくせにしつこいと、彼女は大概苛ついていた。
「ええ。でも、ゆっくり寝るためにはリラックスすべきだと思ったもので」
ルッチは軽く肩をすくめただけで彼女の睨みを受け流すと、魔法のように背後から緑茶のセットを取り出す。先ほどまで苛付いていたからか、匂いにすら気づかなかった彼女は途端に目を輝かす。
「一杯飲んでから寝るのをお勧めします」
「ごめんなさい、ルッチ。……ありがとう、いただくわ」
ようやくにっこり笑った彼女に、ルッチもほんの少し表情を緩めてベッドに腰掛けるよう促す。逆らわずに腰掛けた彼女を見て、ルッチはそっと丁寧にお茶を注ぐと差し出した。
「報告、お疲れ様でした」
「……まったくだわ」
浮かべられた苦笑いに、ルッチは小さく声を上げて笑った。
ぐっすり眠るお昼過ぎ
「ねーえーさー……なんじゃ、寝ておるのか」
つまらんのうと、勝手に私室へと侵入したカクは唇を尖らせる。まぁ、分かってはおったんじゃけどとブツブツ言いながら、ベッドの中ですやすやと眠りこける姉貴分の顔を覗き込む。本当に穏やかに安心しきった寝顔に、ついつい呆れた表情がこぼれ出た。
「まぁ、なんという緩みきった寝顔じゃろう」
けれどそのまま顔を上げて窓の外を見ようとしたカクは、窓に映った自分の顔が姉貴分の比ではないほど緩みきっていることに気づくと、慌てて眉も表情も引き締めた。だれぞ目撃した人間はおらんじゃろうなと、一応辺りを見回してみるが、聞こえるのも見えるのも眠りきった自分の姉貴分だけ。ほっと息をつき、そして改めてその寝顔を見つめた。
「……おつかれさまじゃ、の」
本当は、こうやって安心してくれることが心底嬉しい。きちんと帰ってきてくれて嬉しい。ただのお使い程度の任務で、CP9にあるまじき簡単さなのだと聞いてはいるが、この大切な女性が傷つく事は許せないのだ。泣いた跡がないか、苦しんだ形跡はないか、隠されている怪我はないかと、いつもいつも寝ているのを承知で見に来てしまう。
「わしもたいがい、シスコンじゃのう」
責任とって、ずっと家族をやってくれるじゃろう? 小さく小さくつぶやいたカクは、そのままじっと寝顔を笑みを向けていた。
寝覚め始める夕暮れ
「……んぅ」
「目、覚めた? 姉さん」
動かし始めた脳内に、聞き覚えのある声がしみこんでいく。ゆっくりと目を開いた先には、微笑を浮かべたカリファ。
「もう夕方よ。とりあえず、なんでも良いから水分とって」
優しく優しく、無理矢理起こそうとしないその声音にうっすらと笑みが浮かび、カリファもつられて微笑を深くする。
「ふふ、姉さん寝ぼけてるの? ほら、これ飲んで」
そっと口元に当てられたものを、反射的に口を開いて受け止める。そのままこくこくと素直に飲み下していく様子に、カリファは満足げに頷いた。
「食事の準備が出来たら、ブルーノが迎えに来るわ。それまで、もう少し寝てて」
幼子のように頷いた姉に、カリファは嬉しそうに笑ってその場を退出した。
おはようと晩御飯
「夕飯が出来たよ」
そっと頭を撫でながら、ブルーノは幾分か顔色の良くなったその寝顔を見つめる。帰ってきたときは青白く、寝不足であることをはっきりと表現していた顔色の回復に、ほっと胸をなでおろす。
「今日はデザートも奮発したから、いっぱい食べて良いよ」
「んー……」
寝ぼけ眼のぐずるような返事に、ブルーノは小さく笑いながら覚醒を促す。撫でていた手は、そっと肩を揺するように掴み、子守唄よりは乱暴なリズムで動かしだす。
「ルッチもカクもカリファも待ってるよ。ほら、起きて」
「……ん、ふぁあ……」
「はい、着替える」
あくびをしながらブルーノを捉えた目に、そっと着替えの服と下着を渡す。寝ぼけ眼はおはようともごもご口で言った後、大人しくバスルームへと消えていく。やれやれ、一仕事終えたなとブルーノが肩を回すと、少しの水音の後で声が響いてくる。
「目覚めたわ。ブルーノありがとう、すぐ行く」
「いつもの部屋だから、待ってるよ」
完全に姉モードへと移行したその様子に、ブルーノは彼女の部屋を後にする。さて、急がないと。
ブルーノは料理の最終仕上げへと走った。