彼は無邪気に笑えるようになることの尊さを知らない

 カクがを認識したのは、名を呼ばれ微笑まれてから、そっと優しく頭を撫でられた瞬間からだった。
 いつものように授業を受ける予定だと聞いていたのに、朝食のあとすぐに大人に呼ばれてついて行った先の部屋。コンパスの違う教官の後を、足音なく走るでなくついていくのはとても苦手で、でもそれを克服しなければいけないと思いつつたどり着いた部屋だった。そこで自分達を待っていたかのように立ち上がった、カクの倍ほども大きいやはり大人の女の人。それがカクの見た、見知らぬ大人であるだった。
 一桁の半分にも満たない年齢のカクから見れば、見知らぬ大人でわざわざ紹介される人間といえば、教官か上司かもっとずっと上の人間か。もしくは自分達の身の回りの世話をする人間だけだった。カクより少し大きな人間は同じように授業を受け鍛錬をしていることもあって、カクの中では自分と同じ子供と言うカテゴリーに分けていた。そうは言っても、同じように鍛錬している人間と会話をしたことのないカクにとっては、カテゴリー分けに何の感情が湧くわけでもなかった。
 将来、自分と一緒に任務をするかもしれない人間。カクにとって同じ子供と言うのはそれだけの意味しかなく、そして大人はそんな自分を作り上げ、導いていく教材だとしか教わっていなかった。
 そんな大人たちが言葉を交わし、そしてようやくカクはと視線を合わす。
「あなたがカク? 私はって言うの、よろしくね」
 今までの大人とは違う話し方に、カクは違和感を感じつつも頷いた。きちんと習ったように挨拶をすれば、は目を細めてカクの頭を優しく撫でてきた。
 今までの大人とは違う接し方に、カクは大分戸惑った。それまでは頭を撫でられることも少なく、ただただ言われたことをこなして褒められても撫でられることはなく、次々に宿題が出てくるだけだった。
 自分を連れてきたいつも傍にいる大人が、に何を言っていたのかは覚えていない。けれど頭を撫でた後カクを抱き上げたは、笑顔で頷いていたことは覚えていた。カクの顔を時折見ながら、自分をつれてきた大人に頷いていたのだ。
「カク、一緒に遊ぼうか」
 部屋の中で二人きりになると、はどこか含みを持たせつつ囁いてきた。遊ぶとはなんだろうと思いながらも、小さなカクはその笑顔に頷いていた。
 習ったようにを呼ぶと、眉を八の字に寄せて困っていたのも覚えている。いつも大人を呼ぶときに使う言葉だったので、どうしてが困ったのかがカクには分からなかった。
「名前で呼んでね、私は違うから」
「ちがう? なにがちがうんじゃ?」
「私はカクに何も教えられないからね」
 その後連れて行かれた場所で、何度か見かけた顔たちが集まっていることにカクは違和感を感じた。彼らが集まっていることに異論はない。カクの何か知らない事情やら召集命令があったのかもしれない。けれど一番の違和感は、彼らの表情だった。
 の姿に気づいた途端、弾けるように浮かべられる微笑み。カクとすれ違うとき、同じ部屋で授業を受けるときなどでは見たこともない感情の色が溢れ出している、人間の顔。なぜそんな顔をしているのかが、カクには理解できなかった。カクが知らない表情、カクと同じ生き物だと思っていた三人の人間が、カクの知らない表情を浮かべる。そしてカクが抱き上げられていることに気づくと、それぞれまた表情を変えた。けれど、それもまたカクの見たことのない表情だった。
 カクはを見上げたが彼女は穏やかに彼らに手を振っていて、戸惑うカクに気づいていない。だた優しくカクを抱き上げ歩いているだけだ。その目はカクを見つめていたときの様に優しく細められていたが、カクが見たことのないきらきらと輝いている目だった。
 理解できない現象を目にしてしまったカクは、思わずの肩に置いた手で服をぎゅっと握りこんでしまう。頭の中に響く「かんじょうをおさえこめ、しんしんのいじょうをさとられるな」の声に従うことが出来ない。かんじょうとはなんじゃ、このてのふるえはなんじゃ、わしはつかれてなどおらん、わしはにくたいをそんしょうなどしておらん。頭の声に反論するが、手の震えは止まらない。カクは自分自身をも制御できずに戸惑った。

 はカクの震えに気づくと、軽くカクを揺らして抱きなおした。ルッチたち三人に視線を向けず、俯いている顔を覗き込むように足を止める。その間にもの到着を待ちきれなかった三人が、急かすように座ったまま声を上げた。
さん?」
「あら、その子」
「……姉さん、まさか今日おれたちを集めたのは、そいつの為ですか」
 誰もが利用できる休憩所兼喫茶の一角、日の光をさんさんと浴びるテラスにてお茶会をしていた三人は、思わぬ人物の登場にそれぞれ表情を変えていた。
 ブルーノはカクに言及せず、ただ立ち止まったことに疑問の声を上げた。年長者であるブルーノはよくにルッチやカリファへの伝言を頼まれていて、今回も二人をを捕まえておいてとお願いされた際、カクの合流をきちんと聞いていた。だからこそ他の二人よりは驚きが少なかったのだが、他の二人は想像もしていなかった事態に驚いていた。ブルーノは最近荒れ気味のルッチを見ているため、に会う前から苛つかせる必要もないだろうと黙っていたのだが、どちらにせよルッチは呆れと不快さをじわじわ表情に滲ませ始めていた。
 待っている間のお茶時間で、ルッチの荒れている原因が思春期特有のものであると分かったのだが、カリファは知っていたのだろう。ルッチをからかいながらブルーノに笑いかけていた。
 自分達の心地良い環の中に新しいメンバー、しかも手のかかる幼児が入るなど誰も思ってもみなかっただろうが、ライバルともいえない幼児に嫉妬などは起こさないだろうとブルーノは楽観視していた。これなら話しても大丈夫だったかと安心していたところだったが、現在のルッチは不機嫌な表情を隠そうしていない。
 大人気ないとしか言いようがないルッチを見て、ブルーノはため息を吐いた。ルッチはまだ年齢的に子供だが、自分達は常に冷静でなければならないのだ。こんな些細なことで意識を乱されるようならば、ルッチが将来自分達の環の中から消えるのも時間の問題かもしれない。恋愛感情は特に、任務に支障をきたす可能性が高いのだ。
 がルッチに関わらなければ良い問題なのだが、そんなことは出会ってしまった以上できないだろう。ブルーノは思わず先の先まで考えてしまったが、ともかく、現在は目の前の問題を解決するほうが先だと視線をへと戻した。
 は腕の中で俯き震えるカクの顔を、困ったように微笑みながら覗き込んでいた。
「どうしたの、カク。何か怖いの?」
 はカクが震えだした原因が分からない。極力優しく囁きかけるが、カクは首を振るどころか一向に顔すら上げてこない。ただ震えて服を掴んでくる小さな姿に、の胸は痛む。さっきまで何も言わずに抱かれていたが、本当は今の状況が嫌なのだろうかと考える。
「カク、さっきのところに戻りたい?」
 その一言にようやく緩く首が横に振られる。けれど顔は上げてもらえない。続けて同じように穏やかに質問をした。
「ここに、いたくない?」
 それにもカクは首を横に振る。原因が分からず、は途方にくれてしまう。
「ごめんね、ちょっと待ってて」
 睨み付けてくるルッチに手を振り、他の二人にも目配せをして影にあるベンチへと移動すると、は壁にもたれながらカクを膝に腰掛けさせた。相変わらず顔を見せてもらえず、さてどうしたもんかなと頭を掻いてみる。

 の知っているエニエス・ロビーにゆかりのある四角い長っ鼻で丸い目をしている『カク』は、帽子を被り笑顔を振りまき船大工職長になっている『カク』だ。そしてCP9だと正体を明かし、かつての上司であったアイスバーグの脈を取り船大工仲間だった同僚を攻撃し、ゾロに「余所見をするとは、余裕だな」と笑いかける『カク』だ。
 こんな小さな子供で震え服を掴んで離さない『カク』は知らないと、言ってしまえばその通りだ。腕の中にすっぽり収まる四角い長っ鼻の幼児なんて知らない。本日初対面なのだ。
 スパンダムに青キジ、ブルーノにカリファにルッチと聞き慣れた名前の人間ばかりと知り合えば、カクと言われても正直期待をしてしまうものだろう。例え幼児であっても、将来自分の知っているあの『カク』に成長する人物かと思えば、胸の鼓動が高鳴って仕方なかったのも事実だ。けれど今現在、の知っている将来の『カク』になるかもしれない幼児は、理由も言わず震え続けている。
 はカクをもう一度膝の上で抱きなおして、足を揺らしながらため息をつく。ベンチのふちが、膝の裏を冷たく冷やしていく。
 まぁ、この幼児がの思い描いている『カク』ではない可能性も捨てきれないのだ。スパンダムや他の人間と出会った時同様、自分が紙の上で見た世界の住人と年齢が違い過ぎているし、大体反応が予想外で仕方がない。カクとも先ほど対面を済ませたばかりだが、思っていた以上に子供らしい小さな身体と柔らかい身体に驚いた。まっすぐ見上げてくる視線と、抱き上げたときの重さが生きている人間だと伝えてきた。固い言葉に混じるじじ臭い口調、それらを回らぬ舌で一生懸命話している様子、そして大人が教えてきたのであろうことを驚くほど多く吸収しているように見える、才能の片鱗。そして伝えられたカクの現在の成績に、目眩がするほど戸惑った。
 怖いと思う。子供は皆純粋すぎて怖いけれど、カクはすでに恐ろしいまでの速さで成長していて、怖い。
「カク、抱っこするのは嫌?」
 首が横に振られる。顎の下で動く髪の毛がくすぐったい。
「じゃあ、連れて行った場所が嫌だった?」
 それにも首は横に振られた。服を掴む手が、また力を込めてにしがみついてくる。その手を見下ろして、その小ささに痛々しいものを感じてしまった。もみじのような手、まだまだ小さくて大人の庇護を受けているはずの幼さに、先ほど聞いたカクの優秀な成績を思い浮かべた。
 なんてむごいことをと、の感情が怒りにたぎると同時に悲しみを連れてくる。表情が歪みそうになるのを、笑みで耐えた。
「もしかして、ブルーノたちがいやだった?」
 確か顔を見合わせたことはあると聞いていたけれど、仲が良いとは聞いていなかった。悪いとも聞いていなかったが、もしかして年上の彼らに怯えているのだろうか。年上と混ざって鍛錬を受けることもあるはずだが、プライベートで会う機会はなかったのだろうか。
 失敗だったかと表情を曇らすと、カクが驚いたように顔を上げてきてぶつかりそうになった。は慌てて顔を後ろに下げるが、カクはそれを気にも留めずに勢いよく首を横に振った。
「ちがう! わしはいやだとは思ってはおらんぞ! しらないにんげんでもないから平気じゃぞ! ただ。……ただ」
 そこでひゅッと高い音を立ててカクは息を吸い、が静かに見つめていることに気づいたのか、また顔を俯かせた。小さな唇が震え、そして薄っすら噛み締められる。
「ただ?」
 が出来るだけ穏やかな声でと念じながら囁くと、カクは俯いたまま言葉の続きを話し出した。
「ただ……」
「ただ?」
「わからん」
「なにが?」
 心許なげに呟かれた一言に、は反射的に食いついていた。ああ、怯えさせてしまうとが内心で舌打ちしていると、カクの視線だけがを窺うように叱られる前の子供の様に怯えた目で見上げていた。
 こんな顔をさせるために連れてきたんじゃないのに。何か言わなければと舌を回そうとするが、とっさに良い言葉が浮かばない。焦るばかりだが、せめてとカクを抱きしめる腕に力を込めた。
 カクは答えをすぐに言わずに怒られるかと思ったが、抱きしめてくるの表情から怒りは読み取れなかった。逆に戸惑うような眼差しが降ってきて、カクはおずおずとその口を開いた。
「なぜ、わしとおなじなのに、あんなかおができるのかが、わからん」
「……あんな顔って?」
 の言葉に、カクはブルーノたちへと視線を向けた。未だに不服そうにカクを睨んでいるルッチや、それを面白がっているニヤニヤとした笑い顔のカリファ、慣れた表情で一人お茶のお代わりをしているブルーノがいた。
 はカクの視線の先を追うと、また同じように「なぜ?」と聞いた。
 カクはしばし三人を見つめながら口を閉じていたが、ぽつりと漏らした。
「だって、わしらはこうほ」
 小さく呟かれた一言に、の眉間に皺がよる。カクの表情は感情を消し、ただただ堰を切ったように言葉をつむぎだしていった。
「しーぴーないんになるために、たんれんをつづけるいきもの」
「ないんになるためだけに、ないんのにんむをこなすためだけにちからをつけているのに、そのためにいきておるのに」
 小さな手がまた震えだす。の膝の上で三人へと視線を向けたまま、カクは自分の震える手に力を込める。
 目には光がなく感情もなく、視線からはどんな色も感じられない。
「なぜあのさんにんは、あんなかおができるんじゃ?」
 疑問の声を上げると、カクはようやくを振り返った。
「にんむのときはえんぎもひつようじゃが、いまはにんむではないじゃろう」
「なぜあのさんにんは、かんじょうをおもてにだしておるんじゃ?」
「かんじょうはつねにせいぎょして、いざというときにあやつらねばならないのに」
「あのさんにんは、なぜ、わしとちがう?」
 淡々とつむがれていたはずの言葉の端々に、疑問と苛立ちと不愉快そうな感情が見え隠れしだす。目にも感情の色が浮かび上がってきて、自分に分からぬものがあることが不快だと忌々しそうに細められていった。
「なぜじゃ、なぜじゃ、なぜわしとちがう。わしよりぎじゅつがうえなくせに、なぜあんなかおをする!」
「わしとおなじいきもののはずなのに!」
 癇癪を起こすように叫ばれた言葉に、見ていたルッチの腰が浮く。止めたほうが良いかと足を踏み出すが、ブルーノの伸ばした腕で止められた。振り返り疑問の視線を送れば、ブルーノは首を横に振りカリファが視線で着席を促す。ルッチはその二人の表情を見て、もう一度と肩で息をしているカクへと視線を向けると、もう一度二人の顔を見た。そして息を吐くと、今度は静かな表情で腰掛けてとカクに視線を向けなおした。
 は、思わず口の端を緩めた。目ざとく気づいたカクが勢いよく睨みつけるが、それに煽られたは今度は声を上げて静かに笑い出す。腹筋も揺れ、カクにその振動が伝わってきた。
「なんじゃ、なんでわらうんじゃ!」
「いや、肩に力が入った優等生だなと思って」
 間髪いれず返ってきた言葉に、カクの頬が瞬時に熱くなる。いつもは押さえ込んでいる憤りだとか言う感情が、カクの顔を俯かせて喉の奥から叫び声を上げさせた。顔など見たくない、けれど怒りは出口を求めて叫び声を上げさせる。カクは真っ赤になる視界を自覚した。
「ちがう。わしのかんがえかたがあたりまえで、むこうがおかしいんじゃ! わしはまちがえたことなどないし、これからもまちがえることなどない!」
「たった一桁生きただけで?」
 一気に冷え込んだの声。思ってもみなかった反応に、カクは弾かれたように顔を上げた。一時間にも満たない間だが微笑を絶やさなかったが、感情を浮かべない目でカクを見下ろしていた。拒絶するように柔らかく真綿の中からナイフを突きつけるように、の目は冷たく尖り、声は地を這うように底冷えしていた。
 頬と頭の中の熱が、氷に包まれたかのように醒めていった。
「カク、貴方がどんな風に育てられたかなんて詳しく知らないけど、今の貴方は子供じゃないわね。確かに、CP9の候補生で卵だと言える能力値を持っているけれど、ただそれだけだわ。子供として育つ期間なのに、子供でも大人でもない。本当にただの候補生で、たまごで、それだけだわ」
「な、なにが、いい、た、いんじゃ」
 カクの喉が引くつき声を詰まらす。けれど今まで培ってきたものを否定された気がして、どうしても言いたくて反論していた。自分の中の自尊心を壊す言葉だと理解して、精一杯強がった。
 の目は今までの大人達と違っていたのに、今はカクがいつも見ている大人の目になっている。それがカクの喉を引くつかせた。途中で変わる目なんて知らない。最初から最後まで同じ目の大人しか知らない。なのにの目は見慣れたものに変わり、カクを見下ろしていた。
 はそのまま微笑む。目の色は変わらない、だからこそ余計に不気味でカクは震えた。
「貴方はそのまま大人になる前に、子供にならなければいけないわ。そう、今すぐに」
「だから、なにがいいたいんじゃ!」
 カクの叫びに、は「あら、理解できなかったかしら。難しい?」と小馬鹿にしたように目と端を上げた唇で笑う。カクは「りかいできとるわい!」と大声を張り上げた。その大声に、は楽しそうに口を弓形にする。
「……私がここに来る前に、カクに言ったことを覚えている?」
「おぼえておるぞ。いっしょにあそぶと、いっておった!」
「じゃあ、遊んだことある?」
 そこでカクは顔を不快感でしかめながら横に振る。馬鹿馬鹿しいと吐き捨てて、力いっぱい首を横に振った。
「そんなもの、ひまなこどもがやることじゃ! わしらはせん!」
「違うわ、あの三人だってすることよ。子供は遊ばなきゃいけません」
 言うが早いかは両手でカクを自分の膝からすくい上げると、来たときと同じようにカクを抱き上げて歩き出した。カクはすぐさま暴れだして下ろせと叫ぶが、は怒りで張り付いた笑顔を浮かべたまま声高らかに笑い声を上げた。
「あはははは、子供は風の子元気な子! ブルーノもカリファもルッチも巻き込んで、今日は遊び倒すわよ! 逃げようったってあの三人がいるから、カクは絶対に逃げられない。今日は遊ぶぞー!」
「わしはあそばん! はおとなのくせに、わけがわからんわい!」
「年上は本人に許可されない限り呼び捨てちゃ駄目よー。年功序列、年功序列」
「つごうのいいところばかり、おとなぶるのはひきょうじゃ!」
 の身体に半ば固定された状態でカクは暴れ、腕を振るい足をばたつかせるがの腕は一向にカクを開放しなかった。そればかりか歩く速度を速め、呆れた表情の三人の下へと最終的には駆け出していた。
「……ブルーノ、薬箱はどこにおいてたかしら」
「今日は持ってきてるよ。使う必要がなければ良いと思ってたんだけどなぁ」
「あのガキ、シメるか」
 一人物騒なことを呟くルッチに、カリファとブルーノは顔を見合わせてまた別の意味でため息を吐いた。
「いーやーじゃー! わしはもどる! へやにもどるー!」
「やっほー! ブルーノ、カリファ、ルッチ! このわからずやのエリートクソガキ様を中心に、今日は肉体労働レベルで遊ぼうね! 嫌とは言わせないし付き合ってもらうわよー!」
 普通の子供レベルに雄叫びを上げるカクと、そこから繰り出される攻撃をものともせずに怒りでこめかみをひくつかせながらテンション高く笑いかけてくるに、またカリファとブルーノは顔を見合わせてため息を吐いた。


「ほーら、カクが捕まったら鬼だからね!」
「やだちょっとルッチ! あなたが本気出したら駄目じゃない!」
「かりふぁねえさんがいうておるぞ! るっち、てかげんするんじゃ!」
「お前こそ本気出すんじゃねぇよ、クソガキ! あ、姉さん前っ!」
「きゃー! ちょっと待って止まらない!」
さん、壁駆け上るんだよ!」
 大騒ぎして鬼ごっこに興じるまで一時間と掛からず、は気づかずに迫っていた壁を駆け上がると、思ってもみなかった事態に額の汗を拭う。たどり着いた屋根の上で、ほっと安堵の息を漏らしている子供たちを見下ろした。
「あー、危なかった」
「危ないじゃないですよ! 姉さんは周りを見ないから鍛錬の成果が出ないんです!」
「おとななのに、しっかりせんかい!」
 的確に辛辣に突っ込みを入れてくる弟分二人に、はごめんと苦々しく謝ると、私休憩するから続けてーと一声かけ、その場に身体を横たえた。
 カリファを含めて三人が文句を言い出すが、駆け上ろうとするカクをブルーノが止めて、が復活するまで四人で鬼ごっこをしようと言うことになる。ブルーノは頼りになるなぁと思いながら、はゆっくりと息を吐き出した。
 今後もカクはカクのメニューをこなしていくだろうが、こんな時間を出来る限り作ってやりたいなと階下へ視線を向ける。歓声を上げながら走り回る子供たちの姿を、穏やかな気持ちでしばらくの間見つめていた。
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