黒の背番号「1」
「まぁ、謝ったら許してくれるよな」
「許さねぇ」
パウリーの声は低くにじみ、ルッチは返された言葉に視線を向けるだけに留まった。そして言葉を続ける。どちらにせよ、今のルッチにとってパウリーの行動など、何の妨げにもなっていないのだ。
「」
そしてパウリーの矛先が変わる。話をしているルッチから視線をもぎ離し、恋人だった彼女のほうへ。は何の感情も浮かんでない目で、パウリーを見つめた。
ルッチは少し不快気に、パウリーを見る。
「お前は……」
パウリーの唇が動き、けれど逡巡したのちに閉じられる。視線は彼女へと向いていない。ルッチはそんなパウリーに向けて説明をした。彼女も我々の仲間だと。
「まぁ、隠していたから知らないか」
とパウリーが付き合い始めたのは、分かり易すぎる二人の態度で遅くとも四年前から始まるはずだった。けれども何の手違いかの手抜きか、それともそれも彼女の手管だったのか、三年前から二人の仲は恋人に形を変えた。
お互いにストレートに愛情を表現していた。口ではなんと言ってあろうとも、お互いの態度が愛しい心を露呈させていた。そばで見ていたメンバーがついつい確認してしまうほど、の態度はあからさまだった。
「おばさんなのを黙っているのは、やっぱり心苦しいな」
時折こぼすの愚痴は、自分の立場よりも身体的なものを黙っているものに言及されていた。カクが堪らずパウリーに言わんのかとほのめかしても、年齢の話に終始していた。
「心配性ね。一番隠さなきゃならないだろう、皆と小さい頃から顔見知りってことは、まったく隠していないのよ? 私の悩みは年齢だけ。……やだわ、そんなに気にしないで。可愛い顔が台無しよ」
はそう言って笑っていた。相変わらず姉と言うポジションは譲らない彼女なのだから、煙に巻かれるのをよしとしてしまう。四人とも不安だった。
けれど平和的譲渡はなされず、アイスバーグ襲撃の話になったときのは、恐ろしいほど無表情だった。淡々と手順を確認し、たまにそれに口を挟んで皆で検討、そして決定と驚くほど大人しかった。同じ政府の人間として、こんなに大掛かりな任務をと行ったことがなかった四人は、彼女の仕事っぷりに安堵したが、逆にその態度を恐ろしいとさえ思っていた。
あんなにアイスバーグを慕っていたのに。
あんなにアイスバーグの安否を気遣っていたのに。
いつの間にかパウリーとが、本物のような気すらしていたことに四人は気づいた。任務のためだと、その為の下準備なのだと分かっていると思いながら、その実、この仮初の世界に浸かりきっていたのだと分かる瞬間だった。は躊躇いなく計画の手順を再確認し、まとめている。
これが我々のあるべき姿なのだと、彼らは姿勢を新たにした。
「」
パウリーの声は彼女の名前を低く低く呼び、それ以外何を言えば良いのか分からないのだろう唇は歪んでいた。ルッチが彼女に目配せをすると、は一つ頷いてパウリーに近づいた。
「パウリー、何が言いたい?」
いつもとなんら変わりのない、無邪気な声だった。目は笑っておらず、表情は動かず、かろうじて弓なりになっているのは口元だけと言う動きだった。
「全部言わなかったことを怒ってるの? でもこれは任務なの、お仕事なの。貴方は私が聞いたからってアイスバーグさんの弱点とか、大切にしているものの話とかしなかったでしょう? そう、私にとってはそういうことなの。貴方が大事、仲間が大事、そしてルッチたちが大事。公私共々大事だって事なの。だから言わなかった、言えなかった。分かってくれるわよね」
恐ろしく普段どおりの声だった。ルッチが「任務で恋人役をしていた」とばらしている、目の前でばらしたと分かっていながら恐ろしく普段どおりだった。
はしばらく麦わらのメンバーを見つめ、自分の頭をがりがり掻いたかと思うとパウリーから視線を外した。天気の話をするような声を出した。
「私ね、年齢が四十代に入ってるんだ、実は」
その場に居る知らなかったメンバー全員の目が、何度か瞬いた後に怪訝そうに寄せられる。はその反応を目の端に認め、うわとかああーとか意味のない音を出しながら続けた。
「もうね、二十代とかありえないの。私アイスバーグさんより年上なんだよ、信じられる? ものすごい若く言っちゃってて、これだけは本当に早く言わなきゃって思ってたんだけど、今まで言えなかった。ごめんね。若作りしてるわけじゃないんだけど、どうも外見年取れなくてさ」
そしてアイスバーグに目を向け、そこでやっと困りきった少女のような表情を浮かべた。が良く浮かべる表情の一つだった。
「ごめんね、アイスバーグくんにも今まで言ってなくて。影で馬鹿にしてたりは絶対してないし、むしろアイスバーグくんの態度が心地良かった。それと、私がアイスバーグくんよりも年下と思われてなおおばさんなこと、パウリーにばらさないでいてくれてありがとう」
そこでやっと息をつくと、ああすっきりしたとは晴れ晴れとした顔で呟く。
そしてルッチに顔を向けた。
「ルッチ、言わなきゃいけないことがある」
「なんだ」
「パウリーには自分のこと、ずっと前にばらしてたの」
「……………………なに?」
ルッチのしわの増えた眉間を見ると、は解けない問題を宿題に出されたかのように弱りきった顔になった。
「ルッチのこともカクのことも、カリファのこともブルーノのことも言わなかったわ。アイスバーグさん襲撃のことも言わなかったし、何を入手したいって話もしなかった。でも、私が何で誰で何の目的を含んできたのかは、言ったの」
「、それでよくCP9を名乗ったな」
ルッチの声は低かった。そして三人の動揺もひどかった。けしてCP9以外のメンバーには悟られないように、けれど確かに動揺をしていた。はすごくものすごく大変に申し訳ないという態度をとりながら、軽い足取りでパウリーへと身を寄せる。血まみれの彼の腕に、手を添えた。パウリーはそれを跳ね除けなかった。
「だって、パウリーもCPメンバーだもの」
あっさりとが口にした言葉は、けれどあっさりとは受け入れられず、むしろこの状況で状態でなんのジョークを言ってるんだろうかこいつ、と言う視線にさらされてしまった。
麦わら全員状況が理解出来ずに絶句。
アイスバーグさんは状況を理解しようと頭フル回転。
ルッチたちは目の前の姉代わりが何を言っているのか、やはり理解しようと頭フル回転。
けれどパウリーへと視線を移したは、ごめんね言っちゃっただとか苦笑気味に言っているし、パウリーはパウリーでの頭をぐちゃぐちゃに撫で回して気にすんなとか言ってるし、え、なにそれ気にすんなって何語ですかと誰かが口に出しても仕方がない状況となっていた。
「……は?」
誰が言ったかは分からなかったが、むしろこの場に居る全員の代弁だと言う疑問符つきの声に、パウリーが一つ息を吐いた。アイスバーグさんと名前を呼んだパウリーは、倒れている尊敬すべき上司へと視線を向ける。
「守れなくて、すみませんでした。すぐに外へ逃げましょう」
まるで先ほどと変わってない口調でそういう彼に、何人かはやはり瞠目した。何を考えているんだと言うように見つめ、けれどそうだそうだと言ってパウリーの手助けをしだすの姿を認めると喉を震わせた。
「、こりゃぁどういうことだ」
衝撃に慣れていると言えばいいのか、それとも年の功と言うべきか。口を開いたのはアイスバーグで、パウリーは苦々しそうに表情をゆがめ、は飄々と笑みを浮かべた。
「私、これでも結構権力持ちなんですよ。私の保護者がルッチたちの上司ですし、私自身もそれなりに任務こなしてて勤続年数はありますし。だから個人的に部下持ってもいいよって前々から言われてたんですけど、どうにもこうにも選出するのって億劫で。私に命預けられても、やっぱりエゴで死なせちゃいそうで怖いですし。私の目的は、愛する人達が幸せに生きることですからね」
そこで一旦言葉を切ると、パウリーとアイスバーグを見てにっこり笑う。
悪戯っ子が種を語るときのような笑顔だった。
「でも、一市民であるアイスバーグさんを守る任務と考えると、適任者が居たんですよ。私の恋人で、私の一生の伴侶で、私の一生を共にして欲しい人。アイスバーグさん大好きで単純で素直で柔軟性のあるパウリーなら、生死も共に出来るなって思ったんです。だからお願いしたんです。私の部下としてですけど、隠密警護任務を」
にししとどこかの麦わら船長のように笑うと、はパウリーと一緒にアイスバーグの肩を担いだ。重いなぁと嬉しそうに言うは、血のぬめりなどどこ吹く風だった。
「、おめぇ……」
アイスバーグは、初めてあった日の事をつかの間思い返す。緊張しているようで、林檎を持ってきていて、言われたことのない賛辞をよこしたりして、フランキーとバトルフランキーについて語り合ったりして、自分ともトムさんのことや船のこといっぱい喋ったりした、どこにでもいそうな外見の女の子。女性。
まったく外見が変わってないなど卑怯極まりない特徴で、目の前に再び現れた。ルッチたちが自分の前で正体を明らかにしたとき、自身が仮面を落としたとき、正直裏切られた憎しみよりも八年前のことばかりが頭をよぎった。あの日から、この日を待ち望んでいたのかと彼女に問いかけたかった。 の目は穏やかだった。そこには仲間を裏切った焦燥も罪悪感もなく、ただ嬉しそうに潤んでいた。
「パウリー、ちょっと背かがめて」
「おう」
やはりとパウリーでは背の高さが違うので、アイスバーグの両肩は自然と傾いてしまう。それをパウリーが身をかがめることで調節をしながら、は笑っていた。
不意に、何かの砕ける音がした。
「カク?」
の上げた声は、不思議と落ち着いていた。なにしてるのよと、幼子に問いかけるような優しささえ含まれていた。
それに対して呼ばれたカクは、混乱をそのまま怒りに転じたような目でもってを睨んでいた。何に対しての怒りかは、他人からは推し量れなかった。
「姉さん、裏切るんじゃな」
「いいえ。これは私の仕事よ、市民を守ると言う仕事」
「けれどわしらの仕事の妨害になっとる。裏切りか」
「いいえ、これは私が話をつけている任務よ。貴方たちに話さなかったのは悪かったけれど、アイスバーグさんは口封じをしなくても……言わないわ」
「信じられん。なぜ貴女ははそこまで信じる。わしらを信じん」
「カク、私は任務に忠実な正義を掲げる貴方たちを、いやと言うほど知ってる。そして柔軟性を持っていることも知っている。けれど今回の仕事で、アイスバーグさんを生かすという選択肢は、見つからないでしょう。パウリーをアイスバーグさんは選んだのだから。フランキーを選んだのだから」
は囁くように言った。カクや、ルッチが選ばれれば早かったのにねと。
けれどカクの憤怒は深くなり、そしてアイスバーグ、パウリーを見た。しっかりとその眼を見つめ、そしてカクの目から感情が消える。
そして動き出そうというとき、ルッチが声を上げた。姉さんと一声あげた。
「なぁに、ルッチ」
は変わらぬ声で答えた。ルッチは何度か呼吸を繰り返し、そしての見慣れた表情を浮かべて問いかけた。感情のこもった、年下の困惑顔で。
「貴女は、なにがしたいんですか」
その台詞に、は少しの間動きを止める。そして口を開こうとしたとき、建物全体が大きく揺れた。火の粉が部屋に忍び込み始め、そして空気を燃やす。
「姉さん!」
カリファが叫んだ。はアイスバーグもパウリーも抱え込んで、そして窓枠に立っていた。目を丸くしている男性二人をそれなりに重そうに抱えながら、は笑った。家族へと笑いかけた。
「私の大切な人と、幸せになりたいだけよ! この部屋にいる全員、大切な人だもの!」
そして近づいてこようとするブルーノたちへと、嵐脚で威嚇する。窓枠の上でつかの間浮き、アイスバーグとパウリーの肝を冷やした。
「なら、なぜ……ッ!」
「今はこの二人が、一番死にそうじゃない! だからよ!」
朗らかとしか形容できない笑顔で持って、は外へと飛び出した。
「あとでね!」
振り返る余裕を見せながら、は崩れ行くガレーラカンパニー本社から脱出した。
取り残されたメンバーは、ルッチが声を出すまでその場で呆然としてしまっていた。
「くるっぽー」
「ルッチ、それはもういいんじゃよ」
カクがそっと突っ込み、本社の崩壊時間が告げられる。
暗躍していた自分たちの裏を行く、なんとも喜劇な悲劇だと五年間潜入捜査をしていた四人は思った。麦わらメンバーの憐憫の視線を一身に受け、立ち尽くしていた。
すいません、書いてみたかったんです。パウリーは純粋に船大工って分かってますから、石投げないで!いたっ!