陰でこっそり
「しゃる」
「ん、なに?」
なにやらぶつぶつと口の中で言葉を転がしていたが、何か思い出しでもしたのか立ち上がってシャルナークの傍に駆け寄っていく。シャルナークはフィンクスの手札から一枚トランプを引き抜くと、目的のものだったのか自分のものと合わせて二枚、ペアにして床に落とす。
「はい、フェイタンの番だよ」
「ん」
「かー! おっまえ、ババがどこにあんのか分かってんだろ! ちくしょー!!」
「ただの勘だよ」
「フィンクスは弱いくせに口だけは回るね、うとしいよ」
なにやら男三人で盛り上がっているようだが、は気にもとめずに、シャルナークの服を引っ張る。
「ことば、しりたい、おねがいしやす」
突如、フィンクスが吹き出す。フェイタンは気にせずに一枚シャルナークの手札から引き抜き、シャルナークはに向き直った。
「、違うよ。【おねがいします】言ってみて?」
「おねげぇします」
「違うよ、【おねがい、します】だ」
「おねが、い、しま、す」
「そう、よくできました」
の言葉の間違いは、テレビでよく見る外国人タレントの間違いのようで、時折突拍子も無かったり意図せぬつぼをついてきたりする。今日はフィンクスのつぼをついているようで、フェイタンが差し出し立て札から一枚引くはずの彼は、なぜかひーひー笑い転げていた。
けれどそれに慣れてしまったは、気にせずに笑みを浮かべる。
「ならた、ことば、いみ、しらなかた、の、おもだした」
「思い出した?」
「おも、いだした」
「ふぅーん、どの言葉のこと?」
シャルナークがそう問いかけると、は褒めてとばかりに浮かれた表情で微笑を深める。まるで投げたフリスビーを始めて拾えた犬のようだと、シャルナークも表情を緩める。
「うまく、ね、いえるように、なたのよ」
その唇を一度舐めて湿り気を帯びさせると、はシャルナークの視線の前で誇らしげにその言葉を口にした。
「ささやき、いのり、ねんじ、えいしょ、なに?」
「だれだー! またくだらない事に教えくさったのは! 」
シャルナークは表情を刹那硬くしたが、次の瞬間には立ち上がって辺りを見回した。咆哮が部屋中に響き渡り、傍にいたフィンクスがまたげらげらと笑い声を上げていた。そして、シャルナークには目もくれずにに話しかけだす。フェイタンも身を乗り出して話しかけていた。
「ばっかお前、【ささやき いのり えいしょう ねんじろ!】 だっつの! あんなに練習したじゃねぇか! もう一度だ!」
「さ、ささやき、えいしょ、いのり、ねんろ!」
「違うよ、。この馬鹿は間違てるね、本当は 【ささやき えいしょう いのり ねんじろ!】ね。間違たらだめ」
「ささやき、えいしょ、いのり、ねんじ!」
「ばっか、お前が間違ってるんだよフェイタン!」
「お前が間違てるね! この単細胞!」
「ささやき、えいしょ、いのり……」
「もうにくだらない事教えるのやめろよなー! 訂正するおれの身にもなってよ!」
「うっせ! 今フェイタンの馬鹿野郎をへこますところなんだ! 黙ってろシャル!」
「は、誰が馬鹿野郎でへこます言うたか? へこむ馬鹿はお前よ、フィンクス」
「ささやき、えいしょう、いのりー、ね、ねん、ねんじ」
「ささやき、えいしょう、いのり、ねんじろ! おぼえた!」
「忘れていいのよ、」
部屋にいたパクノダが立ち上がると、自分の体でを隠して、痛くないように注意しながらそっとの額に銃弾を一つ撃ち込んだ。その日、ひとつの記憶弾がの記憶を打ち消した。
「あっ! なにしやがんだ、パクー! せっかくが覚えたんだぞ!」
「そうよ、馬鹿のがせかく覚えられたのに、なにするか」
口論を続けていた元凶二人が、パクノダがなにやらした様子に目を見張る。記憶を消したわとなんでもないように言われた言葉に、腹立たしそうに噛み付いてくる。
がちゃりと小気味いい音で、パクノダの銃に今度は鉛の弾が装填される。
シャルがなにやら「団長、火、ください」と低い声でなにやら部屋に居たクロロに迫っている。
マチは商売道具を取り出して、笑みを浮かべていた。
===============
[フィンクス・フェイタン]
コマンド
にげる
たたかう
こうしょう
>にげる
[パクノダ他]
コマンド
たたかう→こうげき
===============
にっこりと聖母のように慈愛に満ちた微笑をパクノダが浮かべると、フィンクスもフェイタンもつられるようにぎこちない笑みを浮かべる。
パクノダの後ろに居た二人も、慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。
「が覚えた台詞さぁ、結構な確率で効果があるんだよね」
「へぇ、あたしはゲームからっきりだからさ、どんなのかも知らないよ」
「私は知ってるわ。あの台詞が発動すると、たしか敵は灰になっちゃうのよ。跡形も無く敵を消せて、大勝利って」
「へぇ、便利な台詞だねぇ」
ゲームを知らないマチは、本当に便利な呪文だねと満面の笑みを浮かべる。手に持つ念糸はキリキリと引き絞られて、汗の一粒でさえも切れそうだ。
部屋の空気が張り詰める。迫り来る三人の息が、線を引いたように吸い込まれて……爆発した。
轟く爆音に破裂音に打撃音、踏み砕かれる瓦礫の音に重い何かが砕ける音、そのすべてが何かの旋律のように、一晩中幻影旅団の本拠地から奏でられていた。
その前に記憶弾の衝撃で気を失ったは、コルトピの手によって彼女用の部屋のベッドへと避難していた。すぐに目が覚めただが、その瞬間聞こえてきた大音響に顔をしかめる。
「なに、おと、すごい、おおきい」
「フィンクスとフェイタンが馬鹿したんだよ。に」
「わたし、に?」
「うん。は一生懸命覚えてたけど、変な言葉教えられてたんだよ」
「ことば、なに? こるとぴ、知てる?」
「知ってるよ」
一言で返すと、コルトピは素早い動作で部屋の外に出て行ってしまった。広間から聞こえる阿鼻叫喚ともいえる悲鳴とあわせて響く破壊音に、は思わず耳をふさいでしまう。
「、これ」
戻ってきたコルトピは、なぜか小さなカセットレコーダーを持っていた。は耳から手を離して、コルトピと持っているものを交互に見つめる。
「なに?」
「の練習道具」
ぱちりとボタンを押す音が聞こえたかと思うと、テープのきゅるきゅると動く音が引きつれた様に鳴る。
【――やき、いの、ねんじ、えいしょ!】
【、ささやき いのり、えいしょう、ねんじろ! じゃなかった?】
【そう! こるとぴ、あてる】
【……が合ってないと、意味ないと思うよ】
【がばります】
【頑張ります】
【がんばります】
そこから永遠と同じ言葉を繰り返す二人の声、そして時折雑談が流れてきて、は感心したようにカセットレコーダーを指先でつつく。
「おぼえ、ないよ?」
「パクノダが何かしたみたいだよ。どうやったのかは、分からないけど」
その言葉にパクノダなら記憶弾だなとすぐには納得し、自分とコルトピの会話が納められているテープに耳を傾ける。
飽きることなく同じ言葉を繰り返し、それに付き合ってくれるコルトピの声。
「こるとぴ」
「ん?」
「なぜ、つきあてくれてた?」
カセットレコーダを見つめたまま、は隣のコルトピに問いかける。コルトピは少し考えたが、それも少しの間だった。
「と一緒にいるとね、飽きないんだよ」
「あき……?」
「うん、といると、楽しいんだ」
「わたしも、たのしいよ」
コルトピが珍しく微笑みかけると、はしばらく呆けた後、照れたように頬を染めて相好を崩す。
「わたし、こるとぴ、すき」
普段ならその言葉に、特に大きなリアクションをコルトピは返さない。それを前提として言うことに慣れたも、特に不満を露にしない。
けれど、今日のコルトピはどこか違っていて、楽しそうに笑い出す。
「ほんとうに?」
「うん、すき」
「、いつも言うよね」
「ほんとう。うそ、いわない」
「知ってる」
どこか言葉遊びのように二人で言い合い、コルトピの手がの手に触れる。
「は、そう言う嘘を言わない人だよね」
秘密を知っているとでも言うかのような囁き声と、手に移る体温。はとっさに手を引こうとするが、コルトピは逃がさない。触れた手に力を込めて、を見つめる。
「幻影旅団の人間に好かれるって、一般的には不幸なんだよ? それを知らないわけじゃないよね。それなのに自分から好きって言っちゃうのこと、命知らずで好きだよ」
笑いながら密やかに告げられていく言葉に、の頭も顔も沸騰しそうになる。言葉の理解が進んだ分、言われている言葉の意味も以前より短時間で理解できるようになっていた。
けれど、にはコルトピの行動の意図が分からない。今までこんなこと、一度もなかったのだ。握られた手は熱く、離してはくれない。今までから手を繋いだことはあっても、コルトピからはなかった。戯れに触れ合うことはあっても、こんなに熱いものではなかった。
戸惑うにコルトピは笑う。
「ぼくものこと、嫌いじゃないんだ」
そして握られた手が引き寄せられて、逆らうことも出来ずにはコルトピの腕の中に納まってしまう。
「こ、こるとぴ」
「好きなほうだよ」
もう片方の手でしっかりとの後ろに手を回しながら、コルトピは囁く。
真っ赤に顔を染めているを見て、どこか嬉しそうな声を上げながら。