かまってー!
「こるとぴ! しゃる、ばか! こるとぴー!」
ここに集まる人間の中で、文章になっていない言葉をより多く口にするのは、消去法で言っても順当にいってもだけだ。それはここに集まるメンバーの誰もが承知している。
「どうしたのさ、」
だから誰も驚かないし、名指しされたメンバーが居るにもかかわらず、それより先に声をかけることも日常茶飯事だ。誰かが促してやらなければ、の話は断片的過ぎて理解しにくいからだ。
「しゃる、ばか! しゃる、じぶん、で、きいた! でも、ふーん! いった!」
「落ち着きな、コルトピもあたしもいるからさ」
マチがなだめるように言うと、はふーふー言いながらも口調を少し落ち着ける。
しかし周りを見回してコルトピを見つけると、自分の唇を舐めて何か小さく呟く。部屋の中に居るメンバーにとって、その声ははっきりと聞こえてはいた。けれど意味の分からない音だったので、きっとの国の言葉だったのだろうと理解した。
「おう、どうした」
タイミングがいいのか悪いのか、気分転換にと外に暴れに行っていたウボォーとノブナガが窓から戻ってくる。マチがそちらに視線を向けて何か言う前に、の視線と唇が動いた。その先はノブナガへと瞬時に向けられる。
『シャルさんなんであんなに意地が悪いの! ノブナガさんから言ってやってよ! 一生懸命聞かれたことに答えたのに、シャルさんったらあんなにしつこく聞いてきたのに「ふーん」の一言なのよ!』
ひどいと思わない? と言うか、それが普通って言ったらノブナガさんも軽蔑します!
誰かが何かリアクションするよりも早く一息で言い切ると、は思いっきり大きく息を吐き出して、ノブナガのリアクション待ちに入る。
周りのメンバーはと言うと、の勢いのあるヒステリックぶりに目を見開いて固まるばかり。
が、この中で唯一の母国語に精通しているノブナガは、意味が脳みその海で三周した辺りで表情を和らげる。近所の同級生にいじめられたと憤慨している、妹をなだめるような柔らかめな声での名を呼ぶ。
『、シャルがお前に何を聞いたって?』
『コルトピさんのどこが好き?って』
ノブナガは聞いた途端に苦笑を浮かべ、なんとなく単語を耳で拾ったほかのメンバーは大まかだが話の筋を理解する。
はノブナガの表情を訝しげに伺いながらも、いまだに怒っているというスタンスを崩さない。口を尖らせて文句を口にする。
『だって、シャルさんから聞いてきたのに。聞かれなかったらわざわざ言わないわ。だってこれは私の個人的な感情でしかないし、シャルさんが聞いたってこう、からかいのネタにならないくらいには私主張しちゃってるし』
自分で言っているうちに恥ずかしくなってきたのか、の口調はどんどん弱くなり尖らせた口も拗ねた子供のようになる。
『だから、恥ずかしくてすごい腹が立つの』
「そっか、恥ずかしかったか」
ノブナガの呟いた一言に、その場に居る全員の視線が向く。
は突然の言語の変換に戸惑い、他のメンバーはその言葉に首をかしげる。
けれどノブナガは穏やかな表情のままに歩み寄り、その頭をぽんぽんと撫でながら顔を覗き込んだ。
『、シャルの気持ちは想像したか?』
『シャルさんの気持ち?』
なんでそんなことを聞くんだろうと、子供の様にぽかんと口をあけて自分を見てくる、その無防備な表情にノブナガは意地悪く笑みを浮かべる。
ぽんぽんとリズム良くの頭を撫でながら、『お前はばかだなぁ』としみじみと呟く。
『ば、ばかって』
『男の焼きもちくれぇ気づいてやれよ、コルトピが一番だとしてもだ』
『へ?』
の目が訝しげに寄せられる。初めて聞いた言葉の意味を考え込んでいるような渋い表情で、ノブナガの顔を凝視し、『あー、えー、あれ?』などと言いながら目を泳がせ始める。
『そ』
『そんなことないとか言ったら、コルトピの半径5メートル進入禁止にするぞ』
『……なんでそんな話になるんですか』
図星を指されたは、居心地悪そうにコルトピとマチに視線を向ける。ウボォーもそう言えば帰ってきていたと視線を向けようとするが、向ける前にノブナガの両手に頬を固定され、見ることが出来なかった。
『ノブナガさん、それなりに痛いです』
『それなりに痛くしてやってんだよ。ほれ、きちんとシャルの嫉妬を受け止めてやれ』
本当にシャルの言動が嫉妬だと疑っていないその言葉に、は開いた口がふさがらなかった。
ちなみにが視線を向けられなかったウボォーはと言うと、戻ってきたら盗った酒でも飲もうとノブナガと決めていたので、一人先に飲むのもなんだしと冷蔵庫へと戦利品を詰め込んでいた。
はその後姿を見ながら、ぶっすりと唇を尖らせて拗ねる。ノブナガからも視線をそらし、つんとした態度になった。
「」
『シャルさんが嫉妬してるだなんて思えません』
『シャルにも構ってやれよ』
『いやです』
ノブナガはその態度にため息を吐くと、事の成り行きを見守っていたマチへと視線を向ける。
「シャルが自爆しやがって拗ねてるみてぇなんだよ」
「あいつも馬鹿だね、で、はなんで拗ねてるんだい」
「そのシャルの嫉妬受け止めやがれと言ってやった」
ノブナガが言った瞬間、マチはあからさまに顔をしかめた。
「男は馬鹿だ」
どこかあきれたように呟き、拗ねているを見て動きのないコルトピを見てノブナガへと視線を戻す。
「それはの気持ち次第だろ。押し付けはやめなよ」
「押し付けてねぇよ、シャルにも構ってやれって言っただけだろ」
ふっと、二人の間の空気に殺気が混じる。真空になったかのような息苦しさに、が顔を上げて睨み合う二人へと視線をよこす。瞬きをすると、つばを飲み込みそろりそろりと二人へと近づいていく。
「まち、のぶなが、ぶれいくぶれいく」
心持ち声を震わせながらくちばしを突っ込むと、二人の視線がへと殺気立ったまま向けられてしまい、は数瞬呼吸の仕方を忘れた。が、二人はそんなの表情を見て息を吐いて殺気を散らす。
「ごめんよ、」
「お前に向けようとしたわけじゃねぇんだ、悪ぃな」
「…………よかた」
その場に腰が抜けたのか、音を立ててが座り込むと、マチが苦笑しながら手を貸そうと腰を上げる。
が、先客が居た。
「、シャルのこと、どう思ってるの?」
コルトピは片目をぱちぱちと瞬きさせての前にしゃがみ込むと、力の抜けたの顔を覗き込んだ。これにはいつも喜んでいるもすぐには反応できず、小さくコルトピの名前を呼ぶにとどまった。
「こるとぴ」
「ねぇ、シャルのこと好き?」
意味を理解しようとしているのか、口調から言葉の意味など推し量れないコルトピの台詞に、は上半身を支えていた腕から力を抜き、床に寝転びながら「あーんー」と考え出す。
「きらい、ちがう」
「うん」
渋面を作りひねり出した様な言葉に、コルトピが促すように相槌を打つ。はコルトピの目を見て、少し笑った。
「しゃる、すき」
そんな目をして表情をして好きというのならば、シャルナークが勘違いしてしまわないかと、やりとりを見ていた二人は思った。真正面からいつも好きだ好きだ可愛いといわれているコルトピは、どんな気持ちだろうと。
「そっか」
「うん」
コルトピの相槌に、自分の出した結論に満足しているのか、は穏やかに頷いた。
そして、コルトピが動いた。
「ぼくよりも、じゃないよね?」
寝転んだを覗き込んだコルトピの一言の意味を、数秒後に理解したは真っ赤な顔で金魚のように口を動かした。
「う、うん!」
真っ赤な顔のまま力強く頷くに、コルトピは「ありがとう」と一言言ってが入ってきた扉の対角線上にある扉から、部屋の外へといってしまう。
はその背を追うように上半身を起こし、いつもより気合の入った愛の言葉を舌に乗せる。
「こるとぴ、すき! こるとぴ、いちばん!」
そんなことを叫んでいる以外の全員が、部屋の外にシャルナークの気配を感じていた。
「マチ、わざとだと思うか」
「それ以外の何だって言うのさ」