行動チェック
「はさ、そうやってコルトピの好みの飲み物までチェックしちゃうんだ?」
ある日シャルナークが言った一言で、はグラスを五つ割った。
シャルナークはそれを見て、やっぱり動揺しやすいなぁと冷静にを観察していたが、たっぷり五分彼女は固まっていた。
「えと、こるとぴ、かわいい、かわいい」
「うん、はよく言ってるよね」
とりあえずこちらの世界に戻ってきたの言葉に、シャルナークは笑顔で頷く。するともにっこりと微笑み、「でしょう?」と言わんばかりのいい笑顔でシャルナークを見つめてくる。
まるで小動物でも可愛がっているような反応を彼女は返してくるが、それが恋愛感情だとシャルナークはずいぶん前から気づいていた。
笑顔のままで、言葉を続ける。
「コルトピのこと、愛してるんだよね」
はシャルナークの言葉を理解しようとしているのか、数秒のちに顔を真っ赤に染め上げる。
彼女は未だにこちらの言葉に慣れていなくて、理解するのに最低でも数秒かかる。ジェスチャー交じりの会話、たとえば頷くだとか首を横にフルだとかで分かる会話ならば、細かいことに目を瞑ればすぐに反応は返ってくる。けれど、相変わらず聞き取りも発音もへたくそなは、長い文章には弱い。筆談のほうが早いくらいだ。
「違うの?」
「ち、ちがう、ない」
無邪気に顔を覗き込めば、真っ赤な顔が恥らいながらもぼそぼそと肯定してくる。正直微笑ましくも初々しすぎる反応に、シャルナークは苦笑を禁じえない。
「ねぇ、コルトピのどこが好きなのさ」
「どこ?」
「ああ」
言葉の意味が分からなかったのか、単に忘れたのかはオウム返しに言葉を口にすると、小さな子供のように瞬きをした。彼女は本当に語学能力が低いなぁとシャルナークは思ってしまう。自分たちと比べるのもかわいそうだけど。
ど、こ。
いつもが持ち歩いている、あいうえお表を借りると指でなぞる。二人で小さな紙片を覗き込むと、の頭が上下に揺れる。
「わかた、どこ」
「そりゃよかった」
言葉を理解したのなら、すぐに答えてくれるものとシャルナークは口を閉じるが、シャルナークがを見ているのに対してはあいうえお表をじっと見つめているだけ。
「?」
「しゃる?」
不思議に思って呼ぶと、相手も不思議そうに名前を読んできた。シャルナークはその表情を見て思い当たり、の頭を撫でながら、噛んで含ませてやるように殊更ゆっくりと言葉を口にする。
「は、コルトピの、どこが、好き?」
「……ああ!」
思い出したとあからさまにリアクションされ、頭を撫でる手に力がこもる。それには「ぶれいく、ぶれいく!」とフィンクスに習った言葉を叫ぶ。余計なことばっかり覚えて、というのは、を知る全員の一致した見解だ。
「わたし、こるとぴ、め、くちょう、かわいい、すき」
気を取り直したのか、シャルナークの手の下で抵抗をしながらは慌てて声を上げた。
「ふーん」
「ふーん、ひどい! しゃる、きいた!」
思っていたよりもインパクトの無い回答に、シャルナークのリアクションも薄いものになる。それが許せなかったのか、は自分の頭を抑えていたシャルナークの手をはがすと、その手を握り締めながらシャルに迫っていく。
「こるとぴ、すてき! こるとぴ、うごく、かわいい! こるとぴ、かこいい!」
「あーはいはい、素敵可愛い格好いいね。はいはい」
むきになっていくとは反対にどんどんと冷めていくシャルナーク。それを見て、さらにムキになっていく。地団駄を踏むようにというより、本当に地面を足で踏み鳴らし、地団駄を踏んでシャルを睨みつける。
わざと早口で返したシャルナークの言った意味が分からないながら、馬鹿にされたことだけははっきりと分かったのだろう。わざと冷たいフリをしているシャルナークの目の前で、は真っ赤な顔をして怒ってはいるが、視線はきょろきょろと泳いでいる。言葉の意味を理解しようとしているみたいだけど、沸騰した頭では答えが出ないに決まっている。
シャルナークが目を細めて笑うと、シャルナークに分からない言葉でなにやら叫びだしてしまった。
『シャルさんの馬鹿! 阿呆! 自分で聞いておきながら、そのリアクションの薄さはなんだ馬鹿野郎! 好きな人の好きなところ言うなら、他人から見たら馬鹿馬鹿しいことまで言っちゃうかもしれないけど、それってしょうがないじゃんか! 大目に見なさいよ! ばかばかばかばかばかのかば!』
一気に言い切ると、はぁはぁと肩で息をしながら彼女の中では渾身の力だろうもので、握ったシャルナークの手をぎちぎちとは握り締めていた。
シャルナークにとっては痛いも痛くないも、駄々をこねだして奇声を発している妹に、手を繋がれているようなものでけろりとしたものだ。その顔を見て、はまた顔をゆがませる。
『コルトピさんは大好きだけど、シャルナークさんなんて大嫌いよ。ばか!』
言うが早いか、はシャルナークの手を叩きつけるように捨てて、一目散にシャルナークの前から消えてしまう。きっとコルトピのところへ行くんだろうなと、の背中を目で追いながらシャルナークは考えた。
きっとノブナガだったら、の叫んだ言葉を大まかにだが通訳してくれただろう。ヒステリックに叫ぶ中で繰り返される言葉は、きっと罵倒の言葉に違いないから、面白がって懇切丁寧に一言一句教えてくれたかもしれない。
の気配が階下に向かう。きっとコルトピを探しているんだろう。今日はホームに居るはずだ。もし居なくても、ここを飛び出していてもはきっと飼い主を追いかける犬のように、彼の後を追うだろう。
「」
小さく名前を呼ぶ。けれど返事はもちろん無い。常人で凡人の範疇である身体能力しか持っていない彼女が、自分の声を聞き取れるはずなど無いのだから。
「こるとぴ!」
階下で声がする。のすがるような声と、コルトピの驚く声。そしてほかの人間の声。
の行動などデータ集めすら苦にならない。簡単すぎておやすみ三秒だ。チェックする間もなくデータが集まっていく。彼女の行動パターンは単純だ。
だから、コルトピのことをどれだけ知ろうとしているのかも知っているし、どれだけ知っているのかも大体分かっている。傍から見た分だけの話だけれど。でもきっと、シャルナークのことはコルトピほど熱心に知ろうとはしないんだろう。
羨ましくなんかない。
けれどその情熱を向けられてみたいと思う。
そうしたとき、自分が相手が周りがどう動くのか知りたい。
「」
呟く。
愛しむように慈しむように誓うように懺悔するように、シャルナークはその名前を呟く。
「」