01.生理痛
「あ、痛」
その一言が不意に耳に入ってきて振り向くと、ぐったりと動かなくなっているの姿が目に入った。声を掛けようか掛けまいか、自分との距離は高々机ひとつ分、自分はのふたつ後ろの席。声が届くには十分な距離だと目算して、二人の間にも人が居ないのを確認すると、机に突っ伏して動く気配がなくぴくりともしないその姿に声を掛けた。
「お前、何しとんのや」
声を掛けてみるが反応はなし。と控えめに名前を読んでも反応なし。
仕方がないので話していた友達に断りを入れ、の前まで移動する。
机の端に手を置いて顔を覗き込もうとするが、腕を枕にして突っ伏している為まったく見えない。
…ま、当たり前なんやけどな。
さて、もう一度声をかけたほうがいいのか、それとも放っておいたほうがいいのかと暫し思案して、結局少しかがんで小さな声で聞いてみることにした。
「、何かあったんか?」
のつむじに話しかけるようにかがんで聞いたものの、しばらく待っても反応はなかった。
余計な世話だったかと身体を起こし、ひとつ息を吐くとどうしたもんかと周りを見回して、反応がないなら何も出来ないと自分の席へと足を戻す。
その時の脇を通ったら、もそりと動きのなかった山が机の上で動くのを横目で確認した。けれどそのまま自分の席に戻り、正しく席に座って前を見る。
動き始めた山ことが炎の揺らめきのようにゆっくりとこちらを振り返り、口を開くのを丁度良い席で目撃して、笑みが漏れる。
「薄、情、ものぉ〜……」
それを勘違いしたのか、それもプラスしているだけなのか。おどろおどろしくも地を這うような低い声がこちらに向かい、その表情は恨めしげにどんよりとした目が際立っていて笑みが苦笑に変わる。
そっちが返事せんけんやろが。
恨みがましそうにこちらを見てるにその一言を言おうとするが一旦止め、自分のカバンをあさって手にとったものを握りこんみ、溜息を吐く。
自分もつくづくお節介なところがあるんやなと、自嘲しながらも役に立つならいいかと頭を切り替える。
「返事せんが悪いんやろが」
言いながら席を立ち、さっきと同じ立ち位置に戻れば、それにあわせるようにの頭も動いて恨み言を吐く。
「それでも看取るってくれればいいやんか、城光くんのばかぁ〜…」
「お前、看取るっち。死ぬんやないんやけん」
苦笑しながらの前に立ちなおして、さてどうやって聞いたものかと思っていたら、の視線が顔に突き刺さってくる。さきほどよりも強い視線に、多少ひるむ。
……なし、こんな視線がくるんか。
「城光くん、良い男なんになぁ」
唐突に告げられた言葉は予想してなかったもので、思わず何か考えるより先に聞き返してしまった。
「いきなり何言うんか」
けれどそれを予想していたのか、こっちの話を聞いていないのか。
はマイペースに喋るのを続ける。
「あの高山くんが、もう耳が痛くなるほど黄色い声受けち、バスケん時からモテちょんのは知っちょったんのやけどさ。高山くんがモテち、なんで城光くんが騒がれる程モテんのかと、不思議やなぁっちしみじみ思ってな」
別に分からんでもないんやけどな、高山君がもてるのは。
でも城光くんはなんでやろなぁ。 なんて言いながら、または机に突っ伏す。
……なんか、結局タカ褒めたいだけかと問いたい気持ちがふつふつと湧いてくる。大人気ない言葉まで口から出てしまいそうで、でも言いたい気持ちもあって、ふたつが交互に顔を出しているのを何とか押さえ込む。
そりゃぁ、あいつは馬鹿やけどいい奴やし、顔も良いけんモテるわ。
サッカー部でも、カズと一緒にマスコットみたいな……あー、マスコット言うより。
……まぁ、マスコットか。
そんな感じで、サッカー部の中でも一目置かれちょんけんな。女も放っておかんのやろ。
いつぞやの練習の時、すさまじい勢いで二人が女子に追いかけられ、黄色い声を上げられていたのを思い出すと、モテすぎるのも困りもんだと苦笑する。
……でも、もそんな風にタカが気になるんやろうか。放っておかんのやろうか。
考えながらも自分を誤魔化すように、でも心配なのも本当で「頭痛か」と話を戻す。
今度はすぐに顔を上げたがゆるく首を横に振る。
そしてまっすぐ俺の目を見上げて小さく笑った。
「心配せんで、紅いお月さんが来ちょんだけやけん」
それに女子の隠語はよう捻っちょんなと感心しながら、なるほどなと言葉を返しす。
「無理すんなや」
手ぇー出せと言うと素直に出してくるの両手の上に、ポトポトッと錠剤を二粒落とす。もちろん包装されたままの錠剤だ。
不思議そうにそれを見るに、笑って言ってやる。
「痛み止めやけん、大概のことには効くやろ」
軽く二回、頭を撫ででやってもう一度笑う。
不思議そうな顔から嬉しそうな表情に変わるのが面白い、まるで小さい子供に飴をやったような気分になる。
…けど、これがまたそれとは違うもんやのも解っちょん。
やけん、「ありがとうな」っち言いよん笑顔が本当に嬉しい。
なんとなくの方に傾けていた身体を戻しながら、もそうやといいなと思う。
けど、これは個人の意思やしな。
「無理すんなよ」
「おぅ、気をつけます」
小さく顔上げて敬礼して、「城光くんって、やっぱ男前だよね」と笑う笑顔がまぶしいと感じる。
そして言葉の意味に気がつくと、身体の動きが鈍くなって世界の時がとまった気がした。
それが自分だけだと気づいたのは、の楽しそうなくすくす笑いを耳にした瞬間。すぐに表面だけでも平静を取り戻し、呆れたようにぼやく。
「なに、それくらいでほだされよんのか」
「あ、顔赤いよーけけっ」
「寝とけ、これ貸してやるから」
誤魔化すように些か早足で自分の席に戻ると、予備のジャージをに向かって放り投げる。キャッチし損ねたそれはの顔面に命中し、しばしがあぶあぶと自分のジャージの下でもがいているのを見ていた。
「っぷ!…ちょっ、城光く…」
「冷やしたら痛むんやろが」
大人しく寝とけ、先生来る前に保健室行っとくか?
ジャージに抵抗の色を示すの上から、笑って被せるように言ってやる。
の顔の色が、変わったのも見逃さん。
「顔、赤くなっとんぞ」
「だ、大丈夫やけん」
どこが大丈夫なんかと一喝してから説教するのは慣れとうけど、とりあえずは保健室に強制連行決定やな。
2004.06.03改訂