おゆぴにすとこらむ   君は縄文人か?  平松御湯彦
 国境の長いトンネルを抜けるとそこは「いで湯の里」だった。夜の底が白くなった。いや赤くなった。そこは伊豆熱川温泉だった。「御湯彦さ−ん」駒子の呼ぶ声でスペースシャトルは7つの星となった。民衆の敵、悪い事ばかりするからマルコスからワルコス大統領に改名、その夫人は痔が悪く民衆をイジメルダ。

 一方豊の国では久々の大臣登場で浮かれる二区も派閥郵先大臣では、定数是正の嵐に耐えられるか。また一方で相変らずのテクノに一村一品、ニューメディア、食傷気味の消化不良。「技術立県」「頭脳立県」なんてどこの県の事だっけ。早過ぎるランナーを追っかけるのも大変だ。「有り難さも中位かなオラが知事」塾作りに東奔西走もいいけど「その発想いただく」前に「豊かさ」とは何か問うべきであり、また、今までいかに「ゆがんだ豊かさ」の代償に多くの「人間らしさ」を捨て去った事か。

 「豊かさ」を欲しない豊後人は、「豊かな豊の国づくり」にどう対応したら良いのだ。「責任者出てこ−い。」、ハーイ、私、平松御湯彦と致しましては実は、それは誤解で有りまして、ハイその−‥・実はこれはザイルトリックと申しまして、イギリスのコリン・ウイルソンによると「自分のロープの先端を遥かな高所にひっかけて、それをたぐってゆく事によって自らもその高所に達するという理論であります。」この実践をかの豊の国に於いて行なっているものであります。

 道理で落ちこぼれる者が多いと思った。先程の「豊の国づくり塾」の件てすが、私の母校東大に入るには「河合塾」、大分に於いては「豊の国づくり塾」がローカルのエリートでございますハイ。

 「だまれ御湯彦!塾に入らなきゃ何も出来ネエ奴は大したタマではないのだ。自分の事は自分のドタマで考えろってんだ。な−んちゃて、相変らずのたれ流し御湯彦でございます。時代は今、パーシャルではなく「新人類」、「君は縄文人か」・・・この問いにイエスと答えられる人は真のオユピニストと呼ぶにふさわしい。何故なら縄文/弥生という虚構を通じて、我々日本人が無意識のうちに表現しようとしているもの、それは「多方向に伸長していく自由な想像力の取り戻し。観念のネットワークをくぐり抜けて、物や、リアリティに裸のまま触れていくゴージャスな具体性の感覚なのだ。どうやら、近頃の若い女性の温泉ブームは、「縄文人指向」らしい。今年はいい事あるぞ!乞うご期待。(つづく)

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