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解説
歴史

大東流合気柔術は11世紀頃、流祖新羅三郎義光より始まり会津の武田家に伝承された護身武術である。
笙(しょう・雅楽に用いる管楽器)の名手でもある義光は、白拍子の舞に合わせて演奏している際に、舞の動きに無理のない理があることを発見、大成したといわれる。
また、女郎蜘蛛がその張りめぐらした細い糸の上で、自分より大きい獲物と闘い、がんじがらめに掴み取る手練を体得、極意を極めたともいわれる。
義光の子孫が武田姓を名乗り武田家家伝の武芸として代々伝えられる。
やがて会津藩に門外不出の御留技として伝授される。
明治になり中興の祖・武田惣角が全国に講習会方式で伝えはじめて世に広まる。
(実際、大東流合気柔術の歴史は諸説あり、現在では武田惣角先生が修行した剣術・柔術・槍術などの技法を体系つけて創始した比較的新しい武術であるとの説が有力といわれる)
現在の合気道は開祖・植芝盛平が武田惣角に大東流合気柔術を学びそれをもとに作った武道。

武田惣角先生
技法

大東流合気柔術はあらゆる場面を想定した技で構成されている。
技は座り技、立ち技、半座半立、後ろ技と大別され、投げ技、固め技、当身技(合気拳法)、武器捕りなど。
技の数は1000手とも2000手とも言われる。
日本の柔術と大きく違う点は「合気」という技法を使うところにある。
合気を駆使すると相手を無力化し制することができる。
大分合気武道会
大分少年合気武道会の母体団体である大分合気武道会は
後藤孝裕会長、後藤啓指導部長両先生が、武田惣角先生の御子息である武田時宗先生より直伝を受けて大分県に創設した団体です。

武田時宗先生
一般部 (大学生~)
・毎週火曜日 20~22時 コンパルホール5F 柔道場
・毎週土曜日 19~21時 大洲体育館 1F 柔道場
少年部
大分少年合気武道会(4歳~高校生まで)

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