'16厳冬 鶴見岳北谷 滝ノ谷左俣

と き:2016年1月26日
メンバー:挾間、佐藤

      
     滝ノ谷上部(入渓は、境川第二支渓…マイクロウェーブ塔は、この谷の出合い付近からのみ確認できる。)

“滝谷”と“滝ノ谷”について
 筆者の周囲の山仲間と話をすると、これから述べる“滝ノ谷”では話が通じなくて“滝谷”の方が通りが良い。しかし、筆者が若いころこの谷は“滝ノ谷”と呼ばれ、鶴見岳北谷と総称する、いくつかある谷のうちでも、滝ノ谷といえば、最も急峻でアルペン的で登攀の対象として、それなりの気合を入れて臨まねばならない谷であった。

 まあ、そうは言っても、「飛ぶ鳥さえも越えることができぬ」と恐れられた、名にし負う北穂高滝谷のこともあり、鶴見岳の北谷の一部を滝谷と呼ぶには、当時としては少々憚られたであろうことは容易に想像できる。筆者は、本稿あるいは関連した紀行では一貫して滝ノ谷(または滝の谷)で通すことにしている。

                
                     両俣(右俣と左俣の分岐)下部

滝ノ谷左俣について
 さてこの滝ノ谷の本流は、境川林道の滝ノ谷出合い(標高約680m)から見上げると山頂付近にあるマイクロウエーブ鉄塔に向けてほぼ真っすぐに突き上げている。そして、この本流の中段より少し下方、標高945m付近にある涸滝F1の下部付近で谷は本流とは別に左に分岐している。

 この左に分岐した谷は、上方に行くにつれて右にやや湾曲しながら山頂の東側、標高1300m付近に突き上げている。滝ノ谷の一支渓と言えばそれまでだが、かなり急峻かつ大きな支渓で別府市街地亀川方面から見上げると一目でそれと判る。本流を右俣、この支渓を左俣と呼べなくもない。ネット上でも、そう表現した登山記録もあるので、筆者も異論なくそう呼びたい。この支渓すなわち左俣が今日の舞台である。若いころから鶴見岳北谷に接する中で、筆者としては是非とも足跡を残しておきたかった谷でもある。

左俣の登攀
 1月26日午前8時39分。曇り、風やや強し。
 林道滝ノ谷出合い付近で積雪は約20cmほど。気温がマイナス3℃。このところの寒波による降雪直後の入渓ということもあり、雪質はパウダー状。谷に入ると吹き溜まりでは腰まで埋まるところも。ただ、本流から左俣のルンゼまでは谷の中央の雪は強風に飛ばされ、岩が露出して歩きづらい。両俣(右俣左俣分岐)からはルートを左に採り、急峻さを増したところでアイゼンをつける。

              
                 左俣下部・・・雪が飛ばされたゴーロは歩きづらい

 分岐からは200mほど直上すると谷は右に湾曲する。さらに行くと上部のハングした岩壁(涸滝)に行く手を阻まれ、ここは右に捲いて、いったん灌木帯に入る。そこから涸滝の上部に出るため左にトラバースするところがちょっといやらしく、躊躇せずにザイルを出す。涸滝の上部は、狭い谷にあって比較的に広々とした急傾斜の草付き。左側岩壁との間の足場の多そうなジェードルに活路を求めたものの、これが見た目以上に急で足場が不安定で悪かった。相棒の佐藤君、ここで相当消耗したようだ。

    
     ハングした岩壁(涸滝)は右に高捲き                 ハングした岩壁の上部へのトラバース

 この悪場を越えて直上すると標高1200m付近でまたまた岩壁に行く手を阻まれ、岩壁伝いに右上して灌木帯に入る。

 灌木帯ながらも岩壁伝いにまっすぐ伸びる、狭くて灌木のない急峻なルンゼに導かれるように、足場を確保しながらアックスを打ち込む・・・この繰り返しにより標高1300m・七福神付近の稜線に飛び出した。


               
                       左俣核心部を何とか突破

               
         標高1300m七福神付近に出て登攀終了。1375mの山頂を踏んだのち一般登山道を下る

ピッケル・・・サッポロ・カドタ VS グリベル・エボリューション
 今日の相棒・佐藤君は最近になって冬山を始めた新人で、彼用も含めピッケル2本とアイスパイル2本を用意した。筆者としては“登攀”の対象と思っている滝ノ谷だから、それぞれがピッケルとパイル各1本を携行、というつもりであった。遠慮したのか相棒は、筆者のお古のサッポロカドタ1本だけでよい、と言う。のちの彼の苦労を思えば、強制的にでもパイルを持たせるべきであった。

 数え方にもよるが6つほどある北谷の谷の中でも、まことにもって滝ノ谷は最もパイルが似合う谷である。両俣を過ぎ最初に現れるハングした岩壁(涸滝)を右に捲く辺りから上部が、パイルやピッケルのピックが活躍せねばならない地帯だ。当然のことながら、ピッケルの重量、バランス、打ち込んだピックのグリップ力が問題となる。カドタのピッケルを持った佐藤君、グリベルのピッケルの筆者・・・経験の差はもちろんあるが、それ以上にこの両者のピッケルの差は大きかっただろう。カドタのピッケルに比べ、数十年の時を経て進化したグリベルのそれは、ピックの返し(ギザギザ)の切れ込みが深く氷瀑仕様として優れているのはもちろんのこと、雪壁や草付き泥壁などに対しても、数段優る。

 上:グリベル、下:サッポロカドタ

 不安定な雪壁では無論、足場の確保が最も重要なことは言うまでもないが、ただでさえ初めてで緊張しているうえに重くて刺さりにくいカドタでは、佐藤君にとって支点の確保は相当難儀な作業であったと想像される。

 滝ノ谷は、登攀という言葉がピタリするし、そうであればダブルアックスが一番だ、と改めて思う。

ザイルの出しどころ・・・右俣と左俣の違い
 今回一度だけ、ハングした岩壁(涸滝)を右に高捲いた後、上部に出るために左にトラバースするところでザイルを使用した。まあこの場面では正解だったろうと思う。

 問題はこの後、急傾斜の草付きの箇所だ。「そう難しくもなかろう」と、ザイルを持たない筆者が先に登ってみて、見た目以上の傾斜だったから、後続が難渋している姿を観て、少々不安を覚えたのは確かだ。

 左俣でザイルを出し渋った原因の一つは、全体として対して難しくない(中途半端に難しい)こと、今一つはプロテクションを取りづらい、そういう手ごろな支点がない。一昨年冬の右俣登攀の際は、難所ではザイルを出しスタカットで登った。相当厳しい箇所がありはしたが、灌木などしっかりとした支点で確保したから、かなり時間がかかったものの、たとえ滑落したとしても不安を覚えるような状況ではなかった。

 その点、左俣は登攀の要素のすべてが中途半端で、こういう谷の方がかえって危険度が高いと感じた。

滝ノ谷左俣を終えて
 1375mの山頂を踏んだのち苦労をかけた相棒とがっちり握手。予定では鞍ヶ戸Ⅰ峰手前の噴気孔付近まで縦走し、地獄谷を下降することにしていたが、午後2時を過ぎたことや二人の疲れ具合を考え無難な一般登山道を、30cmほどの積雪と戯れながら下山した。(所要9時間10分、境川林道入口からの標高差960m)

 次回に向けた反省点として、
・支点対策・・・少々遠回りでも灌木帯をうまく使う、あるいは左側壁にハーケンを打つ
・12本爪アイゼンと可能ならばアイスパイル(ダブルアックス)
 などが挙げられる。次回に生かしたい。(おわり)

(コースタイム)境川林道入口(標高415m)7:19→滝ノ谷出合い(680m)8:39→二俣分岐9:37→ハングした岩壁10:31→岩壁上部11:29→草付きルンゼ上部12:53→稜線(1300m、七福神付近)13:41→山頂(1375m14:07)→境川林道入口16:30