アスリートから“おゆぴにすと”へ変〜身
                     耶馬渓のいで湯行脚の巻


 久し振りの山のいで湯へ、自転車のヒルクライムレース『八面山アタック』を終えて耶馬渓の峡谷に湧く未踏のいで湯を巡った。同行するのは『八面山アタック』で奇跡の復活を遂げた挾間である。先ずは院内経由で岳切集落を下り奈女川温泉・河鹿荘へ。岳切渓谷から鴫良へ抜ける県道を折戸集落(ここにもいで湯あり)で降り奈女川沿いに800m程さかのぼったところ。途中河川工事の最中で多少趣が損なわれる感もするが、周囲を奇峰で囲まれた山里の地である。車がすでに4〜5台駐まっており先客がありそう。宿の玄関口の部屋にいた翁に挨拶をして早速湯殿へ。木造平屋建ての造りは山里にぴったりの風情で、湯舟からの眺めは山水画を見るよう。熱いのを我慢して弱アルカリ性単純泉にどっぷりと浸かりお湯と戯れる。戯れ料200円也。

 さて次は前述の折戸温泉。ここは二階建てのこじんまりとした共同湯。一階が浴室、二階は休憩所とのこと(宿泊は道路をはさんで真向かいの民宿兼食堂の『源氏蛍』でできる)。こぎれいな奥方が、TVを見ながら湯の番をしている。愛想の良いおかみとツルツルの湯(泉質、泉温は奈女川温泉と同じ)に満足して一路帰分か?満足代200円....。ところがである、こだわりの挾間兄はここから北方へ山ひとつ隔てた西谷の樅木集落に最近(昨年の暮れ)湯が湧きだしたのを知っていて事のほか熱心に誘う。

 もちろん、手じかにある未踏のいで湯を特別の事情もなくパスすることは宮古島や皆生から振られることより?つらいことであり二つ返事でOKする。再び岳切渓谷方面へ4km程さかのぼり、岩屋の十字路を左へ急坂をあえぎ上り峠から林道を下ったところが樅木集落。T字路にバス停があり、その角に『中島ボーリング温泉』と書かれた湯小屋がどっかりと構えて我々を待ち受ける。この地を掘削した豊前市の中島という御仁が上記のような厳めしい名をつけたものと思われるが、“おゆぴにすと”の世界では樅木温泉と称するのが妥当であろう。営業温泉ではなく日曜日以外は鍵がかかっており入れないとのこと。オーナーの気持ちひとつといったところであろうが、幸運なことに今日は日曜日。感謝の気持ちで湯小屋に入ると、村人たちのざわめきが聞こえる。活況の様子、炭酸水素塩泉45℃ぐらいか。汗ばむ陽気なので少々熱いが湯はきれい。セメント造りの大きな湯舟に浸り、開けられた窓から谷あいの水田を眺める。

 こういうのどかな雰囲気に浸っていると....,『ゼーゼー、ハーハー』のヒルクライムレースなんぞヤボったくてやっていられるか! 今、村のひなびたいで湯が時代のトレンドなのだ.....と思わず口走ってしまう。湯小屋の軒下には4〜5人は座れそうなベンチがあり、湯あがりにジイちゃんバァちゃんが孫をあやしながらだべる、のどかな山間の昼下がり。「湯銭をとらぬのが又いちだんとグレードを上げるネェ」と帰りの車中で挾間兄は勝手につぶやいたが、入口の柱にもうそう竹の筒が取り付けられ『御随意に寄付をお願いします』との張り紙があったのを見落としているのだ。もちろん筆者も挾間兄に恥をかかせぬような行動をとったのは言うまでもない。

 たまには日がな一日、仕事を忘れて山のいで湯と戯れるのもいいものだ。久し振りに豊潤な日を提供してくれたいで湯の恵みと、案内人・挾間に感謝、合掌。          (平成元年6月4日)

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