Telescope&Camera


 20歳の頃の機材 

 20歳(1975年)の頃と言えば、天体望遠鏡は高嶺の華、彗星捜索を目指したが、市販されていた望遠鏡には手が出なかったので、 15cmの鏡材と研磨砂を購入し、反射鏡を研磨してコメットシーカーを自作した。当初F6.7で製作した鏡は、その後、F6.0に 修正研磨し、架台も改良した。(写真は改良前のもので、この捜索機でM61の近くに1975q佐藤彗星を独立に発見した)、捜索時間の短縮を図る為に、更に焦点距離を短くした15cm(F5.0)の コメットシーカー(反射鏡は足立光学製)も製作した。(ここをクリックすると当時の機材の写真が見れます)この写真にあるポータブル 赤道儀(ポタ赤)は、農機具の脱穀機の廃部品を利用したもので、コホーテク彗星の撮影にも活躍し、その写真は天文ガイド別冊「彗星」 にも掲載された。セピア色になった写真が時の流れを感じさせる。


 2台の15cmコメットシーカー

 写真左のコメットシーカーは、当初、焦点距離1000mm(F6.7自作鏡)で製作したが、彗星捜索の効率化を図る為に、 その後、F6.0に修正研磨し、架台部分も改良した。写真右のコメットシーカーは、その後、更に捜索時間を短縮する目的で、 製作した15cm(F5.0)のコメットシーカー(反射鏡は足立光学製)。接眼鏡はいずれも高橋製作所のEr32mmを使用している。捜索時は両眼を開けて 接眼鏡を注視する為、周囲からの光の反射を防止する効果を期待して、鏡筒の接眼筒の周囲は塗装を黒くした。
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 エイコー社製9cm反射経緯台

 1968年、中学2年の夏、それまでコツコツと貯めたお金に加え、父親から不足分を出してもらって購入したもの。 竹田市久住町の実家から、父親とバスと汽車を乗り継ぎ、大分市にある眼鏡店を訪問して、注文した。数週間後に届いた望遠鏡の 真新しい独特の匂いを今でも思い出すことが出来る。この望遠鏡を使用して、コリメート方式で撮影した月面写真は天文ガイドと 天文と気象の2誌に何度か入選した。
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 盗難に遭った自作赤道儀

 鏡筒はミザール製GT-68だが、架台は鋼管とシャフトを組み合わせて自作した。かなりの重量があり、出し入れの手間を省く為に、当時 住んでいた集合住宅の部屋の前に置いていたところ、盗難に遭ってしまった。鏡筒は室内にしまっておいたので無事だったが、 それにしても、あんな重いものをよくも盗んでいったものだと思う。取り敢えず、盗難届けを出しておいたが結局出て来なかった。
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 自作ポタ赤2号機

 農機具の脱穀機の部品を使用して製作したポタ赤1号機の後継機として製作したもの。1号機にはベアリングがなく 動きに遊びがあったので、ベアリングを使用したものを製作した。左の写真に搭載されているガイド用望遠鏡は、今は懐かしいスリービーチ社製のもの。 カメラはアサヒペンタックスSP。こちらの赤道儀も鋼管と鉄板を使用して製作した。極軸にはパイプを使用し、中には小型望遠鏡を組み込んだ。 広角あるいは標準レンズなら、極軸望遠鏡に北極星を導入すれば、5分程度のガイドであれば可能である。
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 久住高原の実家近くに作った観測所

 20年以上も前であるが、念願であったドーム(FRP製2.5m)と宿泊用のミニハウスを、実家が所有する田んぼの脇の土地を借用して作った。  この中には暫くの間、高橋製作所のMT-200を設置していたが、数年後に、この隣接地に鶏舎が建ち、北東から南東にかけての視界が全く悪くなった。  後日、実家の都合で、このドームの場所に納骨堂を建設することになり、全て取り壊しとなった。
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 ガイド鏡に購入した望遠鏡

 前の写真のポタ赤にガイド鏡として使用したもの。スリービーチ製でアクロマート口径5cm屈折望遠鏡。
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 ミザール製SP赤道儀とGT-68屈折望遠鏡

 初めて購入した赤道儀。アルテアやセレストロンC6を載せていたこともある。この赤道儀が所有する唯一の赤道儀だった頃は、 ペンタックススーパータクマー200mmでの星野写真の撮影やアルテアの直焦点撮影に使用した。
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 ミザール製SP赤道儀と6cm屈折望遠鏡

 ガイド用望遠鏡として購入したもの。ミザール製。
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 高橋製作所 MT-200とFC-100

 当時、北九州にあった天文ショップで購入したMT-200は、その後、竹田市久住町の実家の近くに作った観測所ドーム(FRP製)に 暫くの間、設置してあった。しかし、その場所に実家の納骨堂を建てることになり、観測所と宿泊用ミニハウスが取り壊しとなった為に、 大分市の自宅に持ち帰った。ドーム部分は今も、納骨堂の近くに放置の状態であるが、いずれ、別の場所に観測所を作ることが出来ればと思っている。 MT-200は、月や惑星の観望と写真撮影に使用している。FC-100は手軽に持ち出すことが出来るので、専ら、シーイングを確認したり、 チョット見に使用しているが、月面写真の撮影にも使用する。
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 自作31.7cm反射望遠鏡(F6.0)

 ミード社の反射鏡と斜鏡と、それぞれのセルのみを購入し、鏡筒と架台は設計図を引き、大分市内の鉄工所に製作を依頼した。 接眼筒取り付け部の穴あけ加工、斜鏡の取り付け、主鏡セルの取り付け、ファインダーの取り付け等の細かな鏡筒の加工は 自宅で行なった。この望遠鏡を作った頃から、ドブソニアンタイプの望遠鏡が、日本国内でも少しずつ普及し始めた。この大きさだと さすがに自宅に入れることが出来ず、収納場所もないので、ブルーシートをかけて、カーポートに置いてあったが、カーポートを撤去することになり、 保管場所が無くなる為に、清和高原天文台に寄贈させて頂いた。
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 マークXベースのポータブル赤道儀

 「星の家」製のポータブル赤道儀。五藤光学のマークXをベースに、ビクセンの駆動装置が付いている。極軸望遠鏡は中に 北斗七星、カシオペア座を指標とした北極星の導入位置が描かれていて、極軸合わせが容易に出来る。三脚は当初、アルミ製の短いものが付いていたが 極軸セットの際に、かなり低い姿勢を強いられる為、写真用の大型三脚に取り替えた。
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 ペンタックスEDUF(10p F4.0)

 大学の先輩から譲って貰ったペンタックスのEDUF(10p F4.0)。星雲・星団や明るい彗星の撮影に使用している。
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  双眼鏡

 Nikon 10X70(U)IF・防水型双眼鏡とKOWA製ルピナス双眼鏡、写真撮影の為の遠征時には必ず携行する。
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 Nikon D70S

 レンズはタムロン28mm−300mm(F3.5-F6.3)(マクロ)、天体写真よりも、風景や草花の撮影等、日常の使用が多い。
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 富士ファインピクス S3 Pro

 レンズはNikon 85mm(F1.4)、星野写真や明るい彗星の撮影等に使用している。ホコリや異物の進入、付着を防止する為に基本的には、レンズ交換はしない。 他のカメラも同様で、1つのボディに1つのレンズを基本としている。
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 富士ファインピクス S2 Pro 

 ペンタックスのEDUF(10p F4.0)に取り付けて、星雲・星団や明るい彗星の撮影に使用している。
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 Nikon D70 

 IR(赤外線)改造したボディを、Nikon 300mm(F2.8)に取り付け、星雲・星団の撮影に使用している。
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 富士ファインピクス S2 Pro 

 レンズはNikon 35mm(F1.4)を装着、星野写真の撮影に使用している。
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 富士ファインピクス S2 Pro  

 レンズはNikon 180mm(F2.8)を装着。星雲・星団や明るい彗星の撮影に使用している。
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 富士ファインピクス S3 Pro   

 レンズはNikon 135mm(F2.0)を装着。星野写真や明るい彗星の撮影に使用している。隣のレンズはトキナー 19mm−35mm(F3.5-F4.5)
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 Nikon F80

 レンズはAFニッコール24mm−120mm(F3.5-F5.6)を装着。唯一、手元に残したフィルムカメラ。もっと、使ってやりたいが どうしても手軽なデジカメを使ってしまう。長年、しまって置いたカメラを久し振りに出したら、ボディのラバーが変質して ベトベトになっていた。( 反省 ! ! ) もっと使ってやらねば・・・。隣のレンズはニッコール70mm-300mm(F4-F5.6)。
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 Nikon COOLPIX 5000

 初めて、購入したデジカメ。月面写真や惑星の写真撮影に使用している。レリーズを使用せず、振動防止の為、セルフタイマーでシャッターを切っている。
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