携帯10題の距離を実感する(アイスバーグ)の続き。前の話読まないと意味不明です。


【一発殴ろーね!】

「……って捨てられるかぁ!!」
「姉さん!?」
 身体能力をフルに使って音もなくつるりと海面に吸い込まれる自分の体。
 弟が目を見開いて驚いているのも認識しているが、やはりアイスバーグの笑顔がチラついて仕方がない。
 冷たい水面に飛び込んだはずだが、苦しくないし冷たくないと思い込めばそうなるので、自分の特殊な能力をフルに使って指輪を追いかけて海中を進んだ。
 小さな小さな指輪一つ、捨てたばかりとはいえ海中で普通なら見つかるはずもない。
 けれど私は特殊で、さらに言えば特殊な訓練も受けている。あっという間に指輪に追いついて、両手でそっと掴むことに成功した。
 水の中でゆらゆら揺れる自分の髪が視界の端を掠めるが、左手の薬指に付け直して海面からの光にかざすようにその手を挙げた。ああ、戻ってきた。自分で捨てたくせに、安堵の息がコポリと口から水泡とともに漏れる。
 思わず表情が緩んでいることも自覚していた。アイスバーグの笑顔が、はにかんで細めた目が、嬉しそうに緩んだ口元が思い出される。
「好きよ、アイスバーグ」
 結局捨てきれなかったと、自分の意志の弱さに笑う。
 けれどそれ以上に彼を愛しているのだと自覚できて、嬉しい。
 口付けた指輪は冷たいはずなのに、不思議と温かさを感じた。

「というわけで、ごめんね姉さんも女だったみたいですよどうしよう」
「真顔で言うことか」
「それよりさっきから着替えろと言っているんだ馬鹿野郎」
さん、はい着替え。早く着替えておいで」
「姉さんにアイスバーグさんは捨てられないと思ってたから、今更だわ」
 怒涛のお返事に思わずは遠い目になるが、しっかりとカクからのでこピンを額に受け、ルッチにタオルでわしわしと頭を拭かれ、ブルーノから着替えを受け取り、カリファにそっと別の部屋で着替えるように背中を押されても抵抗せずに体を動かした。
「……みんなやさしくてだいすきだよ」
 思わず棒読み口調になって半眼で四人を見つめるが、見つめられた四人は慣れたようにそれぞれ肩をすくめるばかり。
「……仲がいいのね」
 それを見ていたロビンが、感心したように声をかけてしまうほど。
 四人は再度肩をすくめたが、はロビンを見つめてにっこり笑う。
「伴侶を捨てようと思う程度には、人生と命を懸けて愛してるからね」
 てらいもなく満面の笑みで答えるに、ロビンは眩しそうに眼を眇めた。
「ご家族は照れてるようだけど」
 くすくす笑い声をこぼすロビンに、は弟たちを振り返る。それそれ耳やら首やら頬やらをほんのり赤く染めていて、可愛らしいことこの上ない。
「あの子たちも私を愛してくれてるからね。さて、着替えてくるからロビンさんも準備しておいて。これから辛いことをしなくちゃならないけど、私が言ったことを信じてルフィくんたちのことも信じてくれるなら、今回の件についてはばっちりハッピーエンドを約束するわ」
「ふふ、信じてるわ」
「ありがと。……アイスバーグに手加減してくれて」
 ロビンが顔を上げると、さっと別室へ消えていくの後ろ姿。
「照れておるのは姉さんもじゃろ」
 ロビンが何か言う前に、カクが拗ねたように言い捨てる。そのカクに視線を向けたロビンは、部屋にいる自分以外の四人を見つめる。

 いきなり突きつけられた過去と、脅されたこと。己の命と引き換えに得るはずだった彼らの安全。

 が、言われて引きずり込まれアイスバーグを撃った後。
 ついさきほど、笑っては言ったのだ。
『大丈夫! 貴女を脅かすものは、ここで一発ぶん殴りましょう!』
 何を言われているかわからなかった。彼女が何を言っているのかも。
 けれど嬉しそうに笑っていて。他の四人は呆れていて。どういう事だと黙っていれば、彼女は言ったのだ。
『スパンダムぶん殴ることにしたので、やりたかったロビンちゃん救出作戦するね!!』
 脅したのはそちらなのに?
 思わず突っ込めば、すぐに謝罪の言葉が降ってきた。あとは、からのこの結論に至った経緯。
 もともとアイスバーグとは知り合いで、そして彼女もサイファーポールで、現在はアイスバーグの婚約者。
 アイスバーグにはサイファーポールだということは告げておらず、四人との関係も義姉弟、義姉妹としか伝えていない。
 そして……あの設計図がどこにあるか、知っているという。
『フランキー君、もといカティ・フラムくんが持ってるって知ってるのよね』
『姉さん犯すぞ』
『先になぜ言わんかった』
『ああ……、そう言うことか』
『姉さんひどいわ』
 一斉に彼女は責められていたが、『本当にそうかはわからないから、どちらにせよ貴方たちの仕事に変わりはないわよ?』と不思議そうに首をかしげていた。大物だと思ったが、家族は慣れているのかそれ以上責めず、肩を落とすに留めていた。
『あと! アイスバーグと婚約したのは作戦じゃないです! いや、女としては恋人からそこまで求められたいという気持ちはあったので、もうある意味人生の春が来たと言っても過言ではないので望んでいたことではあるんですけど!』
『だれもそこまで聞いとらん』
『私が誤解されたくないの!』
 ぶっすーと顔をしかめたカクが突っかかるが、は一生懸命ロビンに誤解がないよう細かく説明する。
 アイスバーグとこうなったのは、本当に好きだからだと。作戦など忘れて、ただただ愛したのだと。けれどロビンを見つけたとき、彼から離れなければならないのだと思って、彼を撃つことを黙認したのだと。彼と、別れると決めて一度は指輪を海に捨てたのだと。
『だめだったけど』
 弱り切ったように頼りない風情で、笑う
 黙り込む他の四人。
 ああ、彼女は愛されているのだとロビンは何度目かの納得をした。
 カクとルッチの目が、失恋した男のそれだ。の説明では、数年前より恋人同士になったという話だが、彼らは諦めていなかったようだ。けれど、その目はの決断を嬉しくも思っているのだろう。悲壮感はない。ただ、切なげで、愛おしげで、狂おしいほどの恋慕と家族への愛が見える。
 好きな人には幸せになってもらいたいと、CP9の人間でも思うものなのか。散々人を苦しめて、ロビンの大事な人たちをことごとく殺したようなやつらなのに。
 ロビンの脳裏に、オハラの人々が、母が、笑い方を教えてくれたあの人が浮かぶ。
 目の前の五人は、あいつらではない。けれど、CP9だ。
 不思議なものだなと、激昂もせずにロビンは胸中でこぼした。

「はい! というわけで戻りましたー!」
 元気いっぱいで着替えてきたは、戻ってきてそうそう頭をはたかれる。痛いと文句を言うが、ルッチは容赦せずに作戦の変更と確認をする。
「本当にこれで大丈夫なんだな、姉さん」
「ん。社屋焼かなくていいし、崩すだけでいい。むしろでかすぎる社屋いらんわ! 海賊……に襲撃されたってことで、保険も降りるだろうし」
「避難はアクアラグナのおかげで済んどるしの。って、姉さんがめついし詐欺じゃろ? うちの会社それほど苦しかったんか?」
「殺さないなら、火までつける必要はないが……長官にどう言い訳するんだい? 社員に還元はしてるけど、しばらく仕事がなくても大丈夫って言ってなかったかい?」
「だいじょーぶ、言い訳する必要もないかもしれないし。あ、会社は苦しくないよ。政府関係の保険にも入ってるから、そこから貰えるだけ貰おうと思ってるだ・け(はぁと)」
「それはどういうことなの姉さんまだ何か隠してるのね吐いてちょうだい姉さん(二重の意味で)」
「……秘書さん、落ち着きましょう?」
 はたから見ればワイワイと楽しそうに騒ぐ六人に悲壮感のかけらもなく、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「もちろん、不可抗力で大怪我負わされる社員の皆様には労災がおりますがね!」
「大怪我させんと言っておろうが」
「実家に帰るだけだからな。それっぽく怪我させて動けなければいい」
「意識は奪うんだよ?」
「勘付かれたら有給消化したあと、戻ってこれなくなってしまうわ」
「突然の有給休暇、せめて先月のうちに出しておけばよかったねー」
 けらけらと笑い、楽しそうな。原作ではありえなかった会話が、目の前で繰り広げられている。
 が言った言葉で四人とも思うところがあるのだろう。なんの質問をよこすでなく、『W7に戻ってきたら』と話す可愛いの家族。
 ロビンも、ルフィたちと同じほどとは言わないが、そこそこリラックスしているようで雰囲気が柔らかい。

「アイスバーグ襲撃するとき、なんて言って事情話そうか?」
 ぽつりと笑い声と一緒にがこぼせば、ロビンが目を細めて笑う。
「船長さんが、まず怒りそうね」
「麦わらか。あいつはうるさそうじゃ」
「あとはパウリーだな。確実に切れるだろう」
「アイスバーグさんは驚いた後……呆れてくれるといいわね、姉さん」
 その場にいる全員に目が、をみる。ブルーノが、の頭をやんわり撫でる。
「そうね。……呆れて、笑ってくれたらいいね」
 左手薬指に光る指輪をゆっくり撫でて、はみんなに笑い返した。
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