(特別企画)【日付印字器(ダッチングマシン)のはなし】


1."日付印字器(ダッチングマシン)"とは?

 "ダッチングマシン(Dating Machine)"とは、その名の通り「硬券の切符(乗車券類)に発行(発売)日付を印字する器械」のことで、日本語では通常"日付印字器"と訳されている。硬券左端の所定の位置に正確に素早く印字できることから、乗車券類に硬券が多用された昭和50年代までは、ほとんどすべての鉄道駅(国鉄・民鉄)及びその他一部の交通機関(バス・モノレール・船舶など)の出札窓口に、必ずといってよいほど常備されていた。少なくとも現存するモデルの基本構造は戦前に日本で考案されたものらしく、文献によると"菅沼整一"(明27〜昭33・昭和31年"紫綬褒章")という方が発明し、特許を得たとされている。その後、"菅沼タイプライター株式会社"と"天虎工業株式会社"の2大メーカーを中心に製造が続けられてきたが、近年の"硬券廃止"の流れを受けて、最後まで残った天虎製が平成5年頃(?)に生産を中止し、現在は国内でダッチングマシンを作っているメーカーは1社もない。また、今後製造を開始するメーカーが現れることも期待薄な状況だ。日本と同様に"硬券"を使用してきた韓国や台湾などでは、今でもダッチングマシンとよく似た器械(中国?の"新星機電"製など)が使われているようではあるが、当然「元号年」印字方式ではないため、これを国内で流用することも難しいと思われる。最近では、メーカーによる保守整備(修理)すら行われていない模様なので、故障すればそのまま廃棄する他なく、現在でも硬券を設備している極一部の駅でさえ、軟券用の"日付スタンプ"で代用している所が少なくない。(今年廃止になった"島原鉄道南線"の深江・有家・北有馬の各駅など)さらに、昨年(平成19年)2月には、大きな"牙城"の1つだった"京急電鉄"が全駅でダッチングマシンを廃止し、マニアに衝撃を与えた。なお、余談だが、英語の"dating"(「日付を入れる」)の発音はどう考えても"デイティング"なので、"ダッチング"は日本の鉄道界オリジナルの慣用語とみられる。


2.ダッチングマシンの構造

 前述のように、現在、国内ではダッチングマシンの新品はほとんど手に入らないため、主に鉄道会社の放出品がオークションなどを通じて鉄道マニアの間を行ったり来たりしているのが現状だ。(「デッドストック品」は極稀に見掛けるが非常に高価。) 但し、最も新しいものでも製造から15年を経ており、数があってオークションでよく見かける昭和40〜55年頃製造のものに至っては"30〜40年という年代物"と化しているので、外観の錆びや塗装剥げはもちろんのこと、肝心の"活字"に磨耗や破損があったり、インクの固着によって日付変更が不可能になっているものなど、完璧に動作するものはあまり多くないとみられる。現存するものは、"菅沼式"(昭和40年頃までのほとんど)と"天虎式"(昭和41年以降の大半)に大別されるが、両者の基本構造はほとんど同じといっても過言ではない。

(1) 菅沼式乗車券日附器(菅沼式)

 "菅沼タイプライター"は菅沼整一氏が昭和19年に創立した会社で、もともとは画期的な"和文タイプライター"の生産で有名だったが、ダッチングマシンでも優れた機構を発明し、昭和30年代はほぼ100%のシェアを獲得したという。(当初は"菅沼日附器(株)"という別会社?昭和15年製作の「乗車券」という短編映画を見ると、既にこれとほぼ同じデザインの菅沼式が使われている。)その後、いつ頃まで"菅沼式乗車券日附器"を生産したかははっきりしない(筆者が確認できた最新のものは昭和39年11月製)が、昭和41年以降に天虎工業が製造を開始してから急速にシェアを失ったのは間違いなく、あるいはこのときに製造権を天虎工業に売却したとも考えられる。主力製品の和文タイプライターは、誰にでも容易に使いこなせる代物ではなかったため、"日本語ワードプロセッサ"の登場によって急激に経営状況が悪化したことは想像に難くなく、晩年には複数の会社に分割したようだが、詳細はよくわからない。現在でもそのいくつか("株式会社スガヌマ"など)は営業を続けているが、商品の主力は情報機器の総合販売・コンサルティング業務などに移行している模様。
 なお、オークションなどで見掛ける"菅沼式乗車券日附器"の多くは「MODEL B」となっているが、他に「MODEL A」や「MODEL C」などがあったのかどうかは定かではない。


[構成部品]

@ 活字ホルダー
A 活字ホルダー牽引バネ
B 活字
C インクパッド
D 「ヨ」活字挿入レバー
E 印字位置調整金具
F 乗車券押さえロール
G ロール間隙調整ネジ

H ピリオド「.」活字(4ヶ所・左2ヶ所は固定)
I 「ヨ」活字

J 活字固定・変更用爪(1リングに10ヶ所)
K 活字固定フック(6ヶ所)
L 活字固定フック調整金具
M クッションゴム(左右2ヶ所)

幅: 11cm
高さ: 17.5cm
奥行: 9.5cm
重量: 2.2kg


※ 上記は仮称です。(正式名はわかりません。)
 ご存知の方は教えて下さい。(解決しました。下記参照)

※ JにKを引っ掛け、さらにKをLが押さえつけて
 活字をロックする構造。また、Jは日付変更用レンチ
 の"爪掛け"にも兼用。

※ Iの上下にある右2ヶ所のHピリオド「.」活字も
 Dと連動しており、「ヨ」活字の挿入如何にかかわらず
 発行"日"右下の「.」が印字できるよう工夫されている。

 その後、初沢様からメールを頂き、現在「特許庁の電子検索」から特許や実用新案の内容(明細書及び図面)を具体的に検索できることがわかりました。幸い「菅沼式乗車券日附器」には特許及び実用新案の登録番号等が刻印されているため、その具体的な構造や機構の他、発明者・菅沼整一氏に拠る部品名称を知ることもできます。(下記:基本特許[大正15年12月22日]書類上=黒字 / 原型の実用新案[昭和2年9月20日]書類上=青字 / "特殊記号装置"「ヨ」の特許[昭和27年9月30日]書類上=緑字。但し、旧字体は新字体に統一。なぜか同じ部品でも書類により微妙に名称が異なっており、会社部内では「あまり呼称についてのこだわりはなかった」ことが窺がわれます。)

@ 揺動槓桿(ヨウドウコウカン)・活字盤(?)揺動子(ヨウドウシ)
B 活字円版・日附活字円盤
C 給肉部・ラシャ
D 「特殊記号装置」カム
E 制限爪・切符受
F 扇形台・押圧台
G 調節螺桿(チョウセツラカン)・螺子(ラシ)
K 止鉤片
L 弾片・熊手状弾性板
N 機台
O 直立臂(チョクリツヒ)・ベルクランク型インキ皿
P 制限板・切符通過案内器/正面案内器
 (奥にある垂直板のこと)
Q 切符進行案内
R く字型曲槓桿・機枠(?)


筆者はEを単に印字開始位置を調整するための金具と考えました(2次的にはそういう意味もあるかもしれません)が、そもそもこの部品がなければ切符は印字されずにそのまま"すり抜けてしまう"ため、「B日附活字円盤の回転を誘導する重要部品」という位置付けが正しいようです。また、"ベルクランク"とは本来、教会などの塔の上の鐘を下にいながら鳴らせるようにしたL字型の装置のことで、Oの金具もL字形の"肘"の部分が回転軸になっていて、印字終了後Aバネの牽引力で戻ってきたB日附活字円盤の惰性運動と梃子(てこ)の作用により「自動的に活字がインクを染み込ませたCラシャに圧着して、次のダッチングに備える」仕組みになっています。その他、書類には弾機・螺桿(螺子)といった単語もよく出てきますが、単に前者は"バネ"、後者は"ネジ"の古い日本語表記と考えてよいと思われます。なお、当然のことながら、特許や実用新案の明細書には機構(動作の仕組み)の説明も詳しく書いてありますが、ただでさえ複雑なうえに古い文体と相まって、筆者には極めて解読困難でした。さらに興味のある方はこちらから検索・閲覧をお奨めします。(特許070229/197801・実新112381/399048)

※ また、"菅沼式"特有の「断面三角状」の活字形態は昭和27年になって"実用新案"登録されたもので、それによると、1) B"日附活字円盤"はすべてが"一塊鋳造"ではなく、活字主体(0.5〜1mm厚)は活字円盤に鑞着(ろうちゃく)またはハンダ付けされているらしいこと、2) 形状を断面三角形にすることで、切符紙面に容易に食い込み、印字面を鮮明かつ汚損を少なくすると共に「切符表面を削るなどして再使用する」不正を防止する効果があること、などがわかります。


[昭和35年製・菅沼式乗車券日附器の活字配置]

発行"年"の十の位: 「3・3・4・X・X・X・X・X・X・X」
発行"年"の一の位: 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・0」
発行"月"の十の位: 「-・1・1・X・X・X・X・X・X・X」
発行"月"の一の位: 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・0」
発行"日"の十の位: 「-・1・2・3・1・2・X・X・X・X」
発行"日"の一の位: 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・0」

※ 活字リングにおける出現順。但し、「X」は活字がないことを表す。


(2) 天虎工業製乗車券日付器(天虎式)

 製品本体には器械の正式名称が表示されていないようなので、上記は仮称。(ご存知の方がいたら教えて下さい。)"天虎工業"の創立は昭和41年で、現在も東京都世田谷区で盛業。ダッチングマシンの分野では、開業当初から急激にシェアを伸ばしたらしく、特に"鉄道ブーム"(昭和58年〜)期以降に発券された硬券切符のほとんどは、このダッチングマシンで日付印字されたものとみて間違いない。但し、残念なことにダッチングマシンの製造は平成に入って間もなく中止されたらしく、現在は海外にも進出してオーディオ製品や電子機器等の設計・製造などが商いの主力になっている模様。
 なお、オークションなどで見掛ける"天虎工業製乗車券日付器"の多くは「型式 TA 1」となっているが、他にどのようなモデルがあったのかはよくわからない。


[構成部品]

@ 活字ホルダー
A 活字ホルダー牽引バネ
B 活字
C インクパッド
E 印字位置調整金具
F 乗車券押さえロール
G ロール間隙調整ネジ

H ピリオド「.」活字(3ヶ所固定)

J 活字固定・変更用爪(1リングに10ヶ所)
K 活字固定フック(6ヶ所)
L 活字固定フック調整金具
M クッションゴム(左右2ヶ所)

幅: 10.5cm
高さ: 17cm
奥行: 9cm
重量: 2.2kg


※ 上記は仮称です。(正式名はわかりません。)
 ご存知の方は教えて下さい。
 なお、"菅沼式"にもあるNのネジ穴は、潤滑油の
 「注油口?」と想像される。

※ Fが製造の容易な(?)「リング形」に改良されて
 いる他は"菅沼式"とほとんど同じ構造と言える。
 但し、肝心の活字部分の"肉"がかなり薄い印象で、
 しかも断面が「基底部の厚い三角形」(菅沼式)では
 なく「幅の狭い脆弱な四角形」となっているため、
 "菅沼式"よりも破損や磨耗に弱いのは間違いない。
 (下記に続く)

 前述の通り、菅沼整一氏は昭和25年8月に「乗車券日附器用活字」の実用新案を出願(公告は昭和27年9月)しており、"天虎式"が堅牢な「断面三角状」の活字を採用しなかった背景には、活字形態の使用権に関する問題があった(あるいはトラブルを恐れて敢えて形状を変更した)可能性も考えられます。現・特許法では「特許」が出願の日から20年間、「特許」より簡便な「実用新案」が出願の日から6年間の保護権利を受けられることになっていますが、昭和34年以前の旧・特許法の規定については、一応調べてみたものの、残念ながらよくわかりませんでした。ともあれ、ダッチングマシンの製造が中止されている今、"天虎式"が堅牢な「断面三角状」の活字を継承しなかったことは残念でなりません。


[昭和49年製・天虎工業製乗車券日付器の活字配置]

発行"年"の十の位: 「5・5・4・4・X・X・X・6・X・X」
発行"年"の一の位: 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・0」
発行"月"の十の位: 「1・-・1・-・X・X・1・-・X・X」
発行"月"の一の位: 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・0」
発行"日"の十の位: 「-・1・2・3・-・1・2・3・X・X」
発行"日"の一の位: 「1・2・3・4・5・6・7・8・9・0」

※ 活字リングにおける出現順。但し、「X」は活字がないことを表す。


3.ダッチングマシンの"日付"の仕様について

 ダッチングマシンの活字は、発行"年"の部分が「元号年」式になっているため"年月日"各2桁で構成されており、しかも発行"年"の十の位の活字は、メーカーや製造年によってもバラエティがあるが、概ね「製造年代の数字が"2つ"」「次の10年の数字が"1つ(菅沼式)ないし2つ(天虎式)"」「次の次の10年の数字は"ない(菅沼式)か1つ(天虎式)"」(例えば、昭和35年製造の菅沼式ならば「3」が2つ「4」が1つのみ、昭和49年製造の天虎式ならば「4」が2つ「5」が2つ「6」が1つ) となっていて、20〜30年以上の耐用を視野に入れていなかったことが窺われる。(それとも"買い替え"を促進するためのメーカーの戦略か?いずれにしても不親切な設定と言える。)但し、発行"年"の一の位の活字は当然のことながら必ず10個揃っているので、「"改元"直後の10年間に限ってはどの製造年であっても印字可能」な仕様だ。また、発行"月"の十の位の活字は「1」と「-」のみ、発行"日"の十の位の活字は「1」「2」「3」と「-」のみで、発行"月"または発行"日"の数字が1桁になる場合は、恐らくダッチング後の書き込みを防止するためか「-」(ハイフン)を入れて印字するのが慣例となっている。([例] 「1.-2.-3.」) なお、この仕様のおかげで「0.18.39.」のような"わけがわからない日付"も一応印字できるが、利用価値は疑問だ。

 * 右端のピリオド「.」について
 過去の乗車券類(硬券)のダッチングをよく観察すると、発行"年"と発行"月"の右下にはほぼ間違いなくピリオド「.」が印字されているが、発行"日"の右下部分では1〜3割の高い確率で"印字漏れ"(?)の券が見つかる。この場所だけ「最初からピリオド印字用の突起が付いていないモデルが存在した」可能性もあるが、「.」はただでさえ"印字面積が小さい"うえに、右端部分は"構造的に印字圧力がかかりにくい"と想像されるため、大抵は単なる「印字不良」と考えたほうが妥当のように思われる。(現に"うっすらと不鮮明に"印字されているパターンが多い。) しかし、この右端のピリオドに関しては"もともと必要性がない"とも考えられるので、実際、軟券用の"日付スタンプ"などの場合では、むしろ発行"日"の右下部分にはピリオドを付けないケースが多いようだ。

 * 「ヨ」について
 さらに、この他、筆者が入手した"菅沼式乗車券日附器"には、発行"日"の右に「ヨ」という小さな活字が用意されており、レバー式で印字を選択できるようになっている。確かに、昭和30年代発行の古い特急券などで、ときたま「39.-7.-6.ヨ」といった日付を目にすることがあるが、これは一体何であろうか?
 出札窓口の売り上げ計算は、終列車が出た後に行われるのが原則ではあるが、色々な都合により夜の少し早い時間に窓口を一旦閉じて、この作業を行う場合がある。特に、深夜になっても発着本数が多い幹線の大きな駅では、複数ある出札窓口を交代で閉鎖して「他の出札口をご利用下さい」などと札が掛かっている例も多い。その後、窓口業務を再開した場合、「ダッチングは当日でも売り上げは翌日の扱いになる」ため、恐らく券回収後の"審査"の便宜を考えて、このような記号が付けられたものと思われる。("ヨクジツ"の"ヨ"か?) これは「翌日扱いの乗車券類に対する日付の表示方」というちゃんとした規程に基づくものだが、昭和25〜40年の15年間のみ施行されたため、当然のことながら"天虎式"のマシン(昭和41年以降)には「ヨ」の活字はない。(ちなみに、「ヨ」印字の代わりに「ダッチングの下に手書きでアンダーラインを引く」ことも許されていたという。現在はどうなっているのか定かではない。)

 "菅沼式"と"天虎式"では"活字体"にも微妙な違いが見られ、大雑把に言うと"菅沼式"は「時代的で優雅だが不揃いな書体」、"天虎式"は「きれいでスマートだが味気ない書体」という感じがする。(下参照。但し、同じメーカーでも製造年によっては違う活字体が使用された可能性もあるので、断言はできない。) 慣れれば両者の書体を見分けることは比較的簡単で、例えば「天虎式で昭和40年以前発行の日付はあり得ない」ので、"スマートな書体の古い券"を見かけたら要注意と言える。(「偽日付」の可能性が極めて高い。)



[菅沼式の活字体]

・「1」の上ハネ・下線が長い。
・「2」「3」「5」の筆末が丸くなっている。
・「7」「9」がやや縦長。「0」がやや横長。



[天虎式の活字体]

・「-」がやや短い。
・ 線幅がほぼ均一。
・ 印字のバランスがよい。

 また、ダッチングマシンの構造上、日付の数字が上下方向に多少ズレることはあっても、「左右方向に離れて印字されることは考えられない」。したがって、右の券などは本来、日付を見ただけであやしいと判断できるのだが、今となっては後の祭りだ。(【九州の私鉄入場券に関する考察】「3.日本鉱業佐賀関鉄道」参照)この券は、発行年(昭和32年)の「3」と「2」が明らかに離れ過ぎており、誰かが悪意を持って「2.-3.29.」とダッチングした後、左端に「3」の活字だけを押して偽造したものと思われる。(多分、ダッチングマシンが昭和40年代以降製造のもので、発行"年"の十の位に「3」の活字がなかったのだろう。)

 なお、戦前の古い券のダッチングを見ると、例えば大正6年1月25日は「25.1.6.」のように活字が逆向き(右から左)に配置されており、「-」(ハイフン)も付けられていないのに気付く。実は、「6.1.25.」のような現在と同じ並びになったのは大正8年12月以降で、「6.-1.25.」のような「-」(ハイフン)の挿入も新たに昭和7年8月に規定されたものだ。さらに、明治30年以前はなんと"漢字"で、しかも発行"年"を入れずに「一月廿五日」などとダッチングすることになっていたという(本当か?)が、果たしてそのような仕様のマシン(自動日付器)があったかどうかはちょっと疑わしい。
(※ その後のご指摘により、なんと上記の「漢字による日付印字器(?)」は実在したことがわかりました。詳しくは[補 足]※4の1.(下)をご参照下さい。)

 ※ どうなるのか?ダッチングマシンの「平成30年問題」
 地方の中小私鉄など、今現在も"硬券"をメインに扱っているにもかかわらず、まだ使えそうなダッチングマシンを廃止して"日付スタンプ"に切り換えるところが年々増えてきているが、これは、旧式になったダッチングマシン本体の故障というより「もともと発行"年"の十の位の活字がないために"現在年"を印字できなくなった」ことが主な原因と考えられる。(したがって、特に平成10年と今年(平成20年)は対応に苦慮した鉄道会社が多かったハズ。) また、最も新しい平成製造の"天虎式"でも、発行"年"の十の位の活字は「2」までしかないことが判明しており、このままでは「平成29年12月31日限り」で全国に設備されているほとんどすべてのダッチングマシンが使用不能となってしまうのだ。(そのときになって、40年以上前の"菅沼式"をどこかから探し出してきたとしても、とても出札現場での再使用に耐えるとは考えられない。) 硬券に"日付スタンプ"でダッチングした例は、国鉄でも既に"大昔"から見られるが、極端に口座数・発売枚数の少ない"委託駅"や駅裏口・乗換口・臨時売場などの"特殊な出札口"、新しい器械が設備されるまでの応急措置などが主体であって、明治以来、硬券とダッチングマシンは切っても切り離せない関係にあった。特に、発売数の多い大きな駅では"出札に掛かる時間"が問題となるため、券の記載事項に重ならないよう押印に気を遣ったり、インクの乾きも遅いと思われる"日付スタンプ"では、窓口業務に支障を来たす恐れも考えられる。そのため、平成30年以降、さらに「硬券廃止」の流れに加速が掛かってしまわないか、切符マニアとしては非常に気になるところだ。


4.ダッチングマシンの調整と操作法

 構造上、ダッチングマシンの印字は必ず"年月日"の"日"の側(右端)から行われる。印字開始点を決めるのが3.Eの金具らしく、筆者が手に入れた"菅沼式"のマシンではデフォルト位置でネジ止めすると、硬券の短辺を上にして「A型券ではほんの少し右寄り」「B型券ではかなり左端」に印字されてしまう。他に調整する方法があるのかもしれないが、よくわからなかった。
 また、3.Gのネジを手前方向に回して締めるとロールの間隙が開き、逆向きに緩めると間隙が狭まる仕組みになっている。したがって、かなり薄手のいわゆる"半硬券"でも、ちょっと分厚い特殊な硬質紙でも一応印字はできる。たまに、文献を調べていると「券が(器械の隙間に)入らないので、もう使用できないようだ」といった記事を目にするが、これは多分調整可能なハズだ。但し、ロールの間隙はかなり微妙なコントロールが必要で、開け過ぎると印字が不鮮明になるし、締め過ぎるとダッチング時に券が引っ掛かったり、活字の磨耗を早めることになりかねない。頻繁に入場券を折ったり、筋(スジ)を入れてしまう"出札氏"は、この辺りのロール調整不良が原因と思われる。色々と試したが、結論的には多少券の挿入に抵抗感があって、印字跡がほんの少し"圧痕"様になっているほうが、インクがくっきりして美麗な感じだ。

 ダッチング操作は、活字とロールの間隙に券を左側からゆっくり挿入して行う。途中、券の右端が上図3.Eの部品に当たって重くなるが、構わずに券を右側に引き抜くと急に抵抗感がなくなって印字が終了する。あまりに"速く"通すと、下のように端が切れたり右上がりに曲がって印字されてしまうことがあるので要注意。また、日付の変更は通常、専用のレンチを使って行うが、印字面(選択活字)を直視できないうえに、リングは下向きにしか回せない仕組みになっている(1活字ごとにカチッとロックされる)ので、慣れないと活字の設定にちょっと戸惑う感じだ。

 なお、ダッチングの"位置"は、国鉄時代の"旅客営業取扱基準規程"197条に「発行日付印は(券)表面の左端に押す」とはっきり規定されており、誤って券の右側に押されたものは"逆日付"(国鉄用語かどうかは不明)といってマニアにも敬遠されている。但し、往復乗車券や乗車券と特急券を連綴したものなど、中央に断線があって左右を切り離すことが可能な券種については、当然のことながら券の右側にもダッチングが必要となる。もっとも、A型券を縦方向に連綴した"C型券"(現在は廃止)に限っては、構造上「"下片"のダッチングを左端に行うことは不可能」なので、やむを得ず券の"下端にしかも上下逆向きに"押した例が多い。(【”硬券”について】参照。とはいうものの、極稀に"下片"でもちゃんと左端にダッチングされた(決して"ゴム印"の日付ではない)C型券を目にすることがあり、以前から不思議に思っていた。理論的には、券を断線部分で"山折り"にすれば切らなくても下片・左側にダッチングは可能と思われるが、券の厚さが2倍になるので、その都度マシンの前蓋を開けてロールの間隙を調整しなければならず、とても実用的な方法とは言えない。)


5.古いダッチングマシンのレストア

 ダッチングマシンは"機械"ではなく"器械"(日付印字機ではなく日付印字器)というべきもので、基本的に構造がシンプルなため、ある程度は個人で修理やメンテナンスが可能と思われる。製造後数十年経った古いマシンでは、あちこちに錆びや塗装剥げ、たまに大きな傷や前蓋の変形などが見られるが、肝心の動作には影響がないことが多い。大きな部品は破損しにくいよう非常に頑丈に作られているし、小さなネジやバネは最悪の場合でも市販のもので代用できそうだ。むしろ、一番問題となるのは、「活字周囲のインク固着に因るリングの回転不良」ではないかと思われる。筆者が入手した"菅沼式"のマシンではほとんど日付変更ができない状態だったが、分解清掃することによって一応解決した。

[分解清掃の手順]

 A活字ホルダー牽引バネをフックから外すと、本体から@活字ホルダーを簡単に取り出すことができる。次に、裏側のL活字固定フック調整金具のネジを緩めて取り外し、K活字固定フック(6ヶ所)をすべて引き上げて、周囲のインク滓をきれいに拭き取る。固着したインクの溶解には"高濃度アルコール(エタノール)"が有効で、これを"脱脂綿"や"綿棒"に浸して強くこすれば、大抵のインク汚れは除去可能と思われる。(必ずゴム手袋を着用のこと。)但し、こびり付いたCインクパッドや硬券紙の線維屑はアルコールでは溶解できないため、活字の周囲の滓はアルコールを補充しながらツマヨウジなど先の細い器具で丹念に掻き出すしかない。また、J活字固定・変更用爪(1リングに10ヶ所)前後の溝に詰まった滓は、短冊切りにした"厚紙(厚さ0.8mm 以下)の断面"を利用すれば効率的に清掃できる。
 ある程度大きな滓が除去できたならば、今度はアルコールを活字リング(6つ)の間にも浸潤させ、指でリングを強く回転させながら、深い部分にこびり付いたインクを溶かし流す。最後に、6つの活字リングが滑らかに回転できるようになったことを確認して、乾いた布でインク汚れを丹念に拭き取り、一昼夜放置しておく。インクはアルコール分が飛んで乾燥すると再び固着するため、翌日、またリングの回転が"粘る"ようならば、滑らかになるまで同じ操作を繰り返す。("錆び"の原因になるかもしれないので、活字ホルダー全体をアルコール液に漬けておくのはやめたほうがよい...気がする。)そして、アルコールが完全に蒸発してもリングの回転に問題がなければ、念のため、リングの隙間などに少量の"防錆潤滑油"を注意深くさして、余分な油をきれいに拭き取り、元のように組み付ける。暫くは、毎日のようにリングを回転させて、粘りや引っ掛かりがないかを確認したほうがよい。
 また、擦り切れて使用できなくなったCインクパッドは、市販の"フェルト"素材などで恐らく代用可能と思われる。試していないが"補充インク"も、必ずしも専用品を使用する必要はない感じだ。(但し、"酸性インク"は金属活字を腐食する可能性があるので、要注意。)



《"菅沼式乗車券日附器"の改良にチャレンジ》

 前述の通り、菅沼式・天虎式共に"発行年"の"十の位"の活字が2〜3種類(製造から20〜30年以内)しかないことが多いため、折角ダッチングマシンを手に入れても、なかなか好きな日付を印字するというわけにはいかない。特に、現在の日付(平成20年〜)をダッチングする場合には、比較的新しい平成製造の天虎式か(?昭和60年代製造の天虎式は対応しているかどうか不明。)、極めて古い昭和20年代以前の菅沼式を手に入れなければならないので、非常に入手困難(高額)だったり、何とか手に入れても活字の磨り減りやリングの回転不良などが原因で満足に動作するものは少ないと思われる。また、現在ではメーカーによる保守は期待できないため、修理に出すことも叶わない。そこで、今回、比較的安く手に入れた昭和35年製造の"菅沼式乗車券日附器"で現在日付(平成20年〜)をダッチングできるよう、独自に改良を加えてみた。

(1) どんな方法が考えられるか?

 最もオーソドックスな方法は、活字を配列している"正十角形"のリング部品を交換することだが、まず第一にこの部分の分解が可能なのかどうかがわからない。メーカー側でこういった保守を考慮しているならば、リングの"芯"に相当する部品(5.左図A)を「どちらかの向きに槌打すれば外れるのではないか」とも思ったが、怖くてできなかった。また、もし分解できたとしても肝心の交換部品(ジャンク?)自体がなかなか手に入らないので、どっちにしてもちょっと無理そうだ。
 となると、姑息な方法だが、何とか「欲しい活字だけを自作してリングに貼り付ける」しかないのではないか?.......かなり幼稚な発想だが、実際にトライしてみた。

(2) 活字の自作

 まず、活字の材質を何にするかだが、ダッチング時に活字部分には"ロール"が押し付けられるため、"下"方向と正面"右"方向から強い力が掛かることを考慮しなければならない。いくら紙製の"券"を介在しているとはいえ、硬質紙やプラスチック、鉛などの軟金属ではすぐに破壊・変形が生じるに違いない。また、それにプラスして"精密な加工性"も要求されるので、やはり"鉄に匹敵する硬い金属"でなければ十分な使用に耐えないと思われた。
 次は、実際にどうやって数字の形を作るか、である。縦5mm・横2.5mm の小さな活字を全部フリーハンドで削って精緻な凸型に残すのは並大抵のことではない。(しかも"鏡対称"に彫らなければならない。相当熟練した彫金技術が要るので素人では困難。)試験的にアルミ板を回転切削器具で削り、スタンプで紙に押してみたが、満足には程遠い出来栄えだった。やはり、面倒でも既存の活字を精密に型どりして、溶かした金属を流し込む"鋳造"に依るしかないと思われた。

(3) 活字の型どり

 ちょうど2個の活字が左右に収まる大きさ(縦5mm・横5mm)の型どり用の固定枠(トレー)を即時重合レジン(粉と液を混ぜて練和すると固まるプラスチック) で作製し、シリコーン系の印象材を手早く練って填入、活字部分に圧接して型をとる。このとき、活字に残るインク滓をできるだけきれいに取り除いておかないと、仕上がりが荒れてしまうので要注意。

(4) 鋳型の作製

 (3)で採った型に気泡が入らないようワックス(ろう)を少量ずつ溶かし流し、厚さ1.5〜2mm 程の板状に整える。これを金属枠内に固定して鋳込口を作り、水溶した鋳造用埋没材(耐熱石膏)で活字パターンを隙間なく覆い、電気炉でワックスを焼却すれば鋳型が完成する。(ワックスの部分が空洞になる理屈。)

(5) 鋳造

 今回、金属には歯科用の12%金銀パラジウム合金(融点・摂氏980度)を使用した。エアバーナーと遠心鋳造機を使って、溶かしたメタルを(4)の鋳型にキャストする。右は鋳込みが終了した活字片。

(6) 形態修正と研磨

 目的とする活字は縦5mm・横2.5mm・厚さ1mm という小さなものなので、ダッチングマシンのリング幅に正確に適合するよう精密に仕上げる必要がある。(これが一番大変かも。)回転切削器具で大まかに形態修正して、微妙な所は目の細かいサンドペーパーで調整する。このとき、印字面はできるだけ触らないように注意しなければならない。ほんのちょっとでも余分に削り込んだら、今までの苦労が水の泡となる。右は研磨調整が終了した活字片。

(7) 試適

 完成した活字片をリングに仮合わせしてみる。6つ(年月日それぞれ2桁)の活字面は、横から見ると緩やかな弧を描いている((8)左画像の赤ライン参照)ので、このカーブに合わせるよう微妙に調整しなければ、活字が引っ掛かったり、無理な力で破壊・剥離してしまう。これでよいと思っても、念のため極薄い両面テープで仮固定してから、実際にダッチングしてみる。

(8) ボンディング

 テストでうまく印字できたならば、活字をリング面に接着固定する。今回は歯科用の強力ボンディング剤を使用した。実はこれが一番のネックで、金属用接着剤を使っても恐らく長期の使用には耐えられず、いつかは剥離が生じると思われるが、こんな小さな部分を溶接したりハンダ付けすることは不可能と思われるので、やむを得ない。

(9) 最終テスト

 右は実際にB型にカットした厚紙でテストしたもの。数字の形態も線の細さも本物と遜色ない仕上がりとなった。その後、100回以上連続してダッチングテストを行ったが、今のところ活字片が剥離・破損する気配はない。

(10) おわりに

 このダッチングマシンは昭和35年製造のため、リングには「3」の活字が2つ、「4」の活字が1つ付いており、「2」の他にあと6つの活字が貼り付けられるので、「1」「5」「6」などの活字を製作して貼り付ければ、すべての日付に対応できることになる。また、接着面の強度が十分ならば、同じ方法で"磨耗した活字"部分を削ってリニューアルすることもできるかもしれない。但し、"天虎式"では活字部分が非常に薄い(0.5mm)ので、製作には工夫が要りそう。
 なお、この方法はかなり専門的な器具・材料が必要なため、アクセサリー業者や歯科技工業者などの手助けがなければちょっと難しいことも付け加えておく。

★ 上記の試みはあくまでも個人的な"実験"です。真似をして大切なダッチングマシンを破損しても、当方は一切責任をとれませんので、ご了解ください。

☆ また、"ダッチングマシン"に関する情報をお持ちの方は、是非ご一報下さい。


[補 足]

※1 その後、"日付印字器"に大変詳しい川崎祐二様から当ページ掲載内容の誤りや"日付印字器"に関する貴重な追加情報等、たくさんの貴重なご教示を頂きました。氏のご好意により、ここにまとめてご紹介させて頂きます。

1."菅沼式印字器"について
私が確認した菅沼式の印字器の中で最も古いものは昭和12年製です。会社名は『菅沼タイプライター研究所』となっており、全体のサイズも『Bタイプ』に比べ縦方向に5センチ位大きめでした。これは、"文字輪ホルダー"と"乗車券受け"の下側振り子が長めに設計されていたためです。これをもう少しコンパクトにまとめたものが『Bタイプ』だと思います。初代も『Bタイプ』も構造は全く同じものでした。
 時代は下って、昭和40年代の製品では大規模なモデルチェンジが行われています。本体の塗装は後年の天虎式と同様に"明るいグレー色"となり、"翌収分"を表す『ヨ』の機能が廃止されます。また、"文字輪"は文字のフォントこそ菅沼式独特のものでしたが、その材質はなんと"乳白色のプラ製(!)"で、その構造は後年の天虎製と同等の機構でした。これは、"日付印字器"からの撤退を前に事業を継承してくれる会社が見つかるまでの"ツナギ的なもの"だったのではないかと考えています。これらには『Cタイプ』などの標記はありませんでしたが、実質的にはA・B・Cの3タイプが存在したことになります。
2."天虎式TA−2型"について
タイトル通り、天虎製には『TA−2型』が存在しました。こちらは年号を"西暦表示"としたもので、おそらく海外への輸出を視野に入れたものではなかったかと考えます。実際にどの程度普及したかは判りませんが、製造台数はそんなに多くはないと思われます。
3."文字輪振り子センターピン脇のネジ穴"について
筆者注:上図[構成部品]Nのネジ穴のこと。
このネジ穴は"給油口"などではなく、"振り子"が戻った際の衝撃で"センターピン"が脱出するのを防止するための"捨てネジ"です。
4."印字の際の隙間調整"について
特に天虎式の場合、調整ネジを1/6回転させただけでも隙間に大きな差が出ます。私の調整法は、厚さ0.7ミリ(正規サイズ)の硬券を印字する際に、印字器本体に手を触れることなく軽く印字ができ、さらに印字部分に軽く凹みが残る程度としています。この加減ならば印字器の活字の摩滅も軽減でき、かつ"乗車券受け振り子支え腕"への必要以上の負荷も軽減できます。
5."分解清掃"について
筆者注:活字リング(川崎様によると"文字輪")の"芯"に相当する部品(川崎様によると"センターピン"5.左図A)はやはり分解可能な仕様らしく、併せて以下のような清掃手順をご教示頂きました。
(さらに)"センターピン"を抜いて"文字輪"の穴の部分も清掃することをお奨めします。"センターピン"の抜き取りは左右どちら側からでも可能で、ピン抜き1本で簡単に抜き取れます。抜き取る際は、脱出防止用ネジと印字位置調整金具の取り外しもお忘れなく。また、分解の際の最重要事項としてネジの紛失防止が挙げられます。菅沼式では"JIS規格以前の旧規格のネジ"を使用しているため、ネジ山のピッチが今と違っており、他のネジでは代用が利きません。紛失すると現在入手は不可能ですので、ご注意下さい。

★ いずれも、驚きかつ耳寄りな情報ばかりで、真に感謝に絶えません。また、氏も"日付印字器"の延命を模索しておられるとのことで、「比較的台数の多い天虎式の文字輪再生に取り組み、ある程度の成果を収めて現在試験中」との由でした。ダッチングマシン消滅の危機に際して、大変心強い限りです。


※2 さらにその後、川崎様に無理を言って、注目の"天虎式文字輪"自作の状況を報告して頂きました。大変参考となる話ですので、再び氏のご好意によりメールの内容をご紹介致します。

まず、材質選びから始めました。見たところ"型抜きのための打痕"があるので、鋳造製であること、磁石に反応しない材質であること、さらに質量や色合いから"ダイキャスト製"であると仮定して、印字器持参でダイキャスト製作会社を回りました。(筆者注:.....脱帽ですm(_ _)m。)しかし、確かにダイキャスト製ではありましたが、実際に発注するとなると100や200のロットでは金型代などを含めて法外な金額になることが判明したため、個人での製作依頼は断念せざるを得ませんでした。このため、"金属文字輪"の方向はあっさりと諦め、他に摩耗と衝撃に強く、プリンのように型に流し込んで固めることができるような流動性の良いもの、さらに硬化時間が遅く作業時間が十分確保できるもの、という条件に合致する材質を探したところ、ついに『鉄粉を含んだレジン』を発見しました。これはA剤とB剤を一定の比率で混合するだけのもので、作業可能時間に若干の不満は残るものの、ある程度満足する結果が得られました。これをシリコンゴムで型どりしたものに注入してやれば簡単にできあがります。現在までに約8000〜10000回印字テストを行っていますが、摩耗も少なく印字状態も良好です。

★ 川崎様の"天虎式文字輪"自作法は、筆者の上記実験法に比べて「より再現性耐久性が高く、操作が簡単なうえに特殊な装置も必要なく、何よりも"大量生産"が可能」と思われるため、ひょっとすると趣味の分野を超えた実用性(出札現場での修理使用など)も期待できそうです。


◆川崎様、貴重なお話を本当にありがとうございました。



《"天虎工業製乗車券日付器"の修理にチャレンジ》 (ご協力:川崎 祐二氏)

 その後、さらに無理を言って、上記の川崎様特製"天虎式文字輪"(6パーツ)の試作品を提供して頂くことができましたので、これを使って実際に"天虎工業製乗車券日付器"の修理にチャレンジしてみました。具体的なパーツ製作方法も併せてご紹介致します。

(1) 川崎氏オリジナル"天虎式文字輪"の製作方法

@ 文字輪の型採り
[材料]
・GE東芝シリコーン TSE−350(1kg入り)
・計量カップ(塩ビ製の安価なもので充分)
・塗料皿(直径5cm、深さ1cm程度)
・割り箸
[手順]
1) シリコーンと硬化剤を指示通り配合し、割り箸で良く混合する。
2) 攪拌が完了したら、割り箸に付着したシリコーンを利用して、型採りする文字輪活字の「4」「6」「8」「9」「0」などの気泡の入りやすい部分に埋めていく。
3) 活字面全体にシリコーンを盛っていく。(文字輪の穴の部分を指でつまんで、シリコーンの付いた割り箸で文字輪を回すように。)
4) シリコーンの塗布が終わった文字輪は、平らな面を下、歯車面を上にして塗料皿に置いていく。(この際、塗料皿と文字輪の隙間にシリコーンが極力残らないよう圧着させる。指でギュッと押す程度でOK。)
5) 割り箸にタップリとシリコーンを絡ませ、滴りを利用して、文字輪の穴、文字輪の周囲の順に埋めていく。(気泡がある場合は、爪楊枝の先などで潰しておく。)
6) 塗料皿の口元までシリコーンを流し込んで、固まるのを待つ。(温度差もあるが、約8〜12時間前後。)
7) 硬化したら塗料皿から取り出し、母形を取り出せば"型"の出来上がり。

A レジンの注入
[材料]
・"鉄粉"を含んだ即時重合型"レジン"(製品名は不明)
 A剤とB剤を一定の比率で混合するだけで固まる非常に硬質のプラスチック素材で、やや高価らしいが、主剤100gで12〜13個程度の文字輪を製作可能という。
[手順]
1) 2剤をよく攪拌し、@で作製した"型"にゆっくりと流し込む。調合したてのレジンはかなり流動性が良く、不用意に流し込むと最後は表面張力によって盛り上がってしまうので要注意。後の調整が大変になるらしいので、「縁ぎりぎりまで、ちょっと足りないか?くらい」に注入するのがベストという。また、気泡があったら"爪楊枝"で潰しておく。
2) 注入が終わったら、"クリアファイル"(文具)を塗料皿と同じくらいの大きさに切り、"型"の上に被せておく。(表面を平らにきれいに仕上げるため。)
3) 硬化は室温で約12時間前後。時間が経過したら、上に被せた"クリアファイル"の小片を持ち上げてみる。「パリッ」と言う感じで剥がれれば成功。
4) 後は"型"から取り出せば文字輪の出来上がり。流し込む量が適正ならば、平らな面をほとんど調整する必要はないとのこと。

B "発行年"の"十の位"専用文字輪の製作
 オールアラウンドな日付印字に対応するためには、"発行年"の"十の位"専用に全くオリジナルの文字輪製作が必要となる。かなり至難な作業に違いないが、川崎様は下記の方法で見事に実現している。
[手順]
1) まず、任意の文字輪(必要な"数字"を含むもの)を@の手順で型採りする。
2) 固まったら母形を取り出して、「必要な文字の部分だけにレジンを流す」。このとき、アイスクリームの木の匙などでこじるようにして余分なレジンを除去しておく。
3) レジンが硬化したら活字片をヤスリに載せ、"指も一緒にヤスリ掛けする"ような感じで、各部が0.5mm(長さ3mm)でかつ平らに仕上がるよう修正する。(出来の悪いものはこの作業の過程でポキポキ折れてしまうとのこと。)
4) 完成した活字片を文字輪の"空き部分"へ慎重に位置を定めて接着する。
5) これを「再度シリコーンで型採り」して、レジンを注入すれば完成。

 今回、川崎様から提供を受けたオリジナルの"天虎式文字輪"の試作完成品。精度・硬度・色調共に申し分ない。"発行年"の"十の位"の活字は「1・1・2・2・3・3・4・4・5・X」(右図)のようになっていて、(昭和)60年代を除く全ての日付に対応可能。これを天虎工業製乗車券日付器の金属製文字輪とそっくり入れ替える。

(2) センターピンの分解

 2.(2)図A活字ホルダー牽引バネをフックから外し、本体から@活字ホルダーを取り出す。次に、E印字位置調整金具及びL活字固定フック調整金具、Nセンターピン脱出防止用捨てネジを緩めて全部取り外し、K活字固定フック(6ヶ所)をすべて引き上げた状態で、5.左図Aの"センターピン"の露出端を真横から少しずつ槌打ちしてピンを抜き取る。(専用の"ピン抜き"を使うのがベストだが、ピンの断面直径より少し小さい適当な棒状の金属とハンマーがあればなんとか外せる。) これで活字部品は完全にフリーな状態となるので、6つの"文字輪"と3つのHピリオド「.」活字(板状)をゆっくりスライドして取り外す。各部品は位置の"入れ替え"ができないので、組み付けに支障を来たさないよう順番・挿入向きを記録しておいたほうが無難と思われる。右は分解清掃が終了した状態。

(3) 文字輪の組み付け

 分解と逆の手順でオリジナル文字輪を組み付けていく。極めて精度が高いため、無調整でも全く"緩み"や"ズレ"がなく、組み付けはわずか10分で終了した。右は修理が完了した状態。

(4) 印字テスト

 右は実際にB型にカットした厚紙でテストしたもの。数字の形態も線の細さも本物と全く遜色ない仕上がりだ。氏によれば、最低でも1万回のダッチングに耐えられるという。これだけの完成度と耐久性があれば、実際、"出札現場用"に鉄道会社等へ部品供給することも可能ではないかと思われる。是非、「ダッチングマシン延命の"切り札"」となることを期待したい。


◆川崎様、貴重な試作品のご提供、度重なるご教示に対しまして、改めて深く御礼を申し上げます。



※3 さらにその後、"乗車券類"のあらゆる分野に造詣が深く、ダッチングマシンをなんと17台も所蔵されているという加田芳英様からも"日付印字器"に関する貴重な追加情報やたくさんの資料のご提供を頂きました。氏のご好意により、ここにまとめてご紹介させて頂きます。

1."天虎式印字器"をめぐる近年の情勢について
昭和60年代には、(愛好家でも)大阪の鉄道部品卸商などで新品を取り寄せることができました。当時の価格は25,000円くらい。平成10年頃、"有田鉄道"では"天虎式印字器"を修理に出すことになり、(当時"ボランティア社員"のような立場におられた加田様が)『天虎工業』本社に電話をかけたところ、結局宮城県にある同社工場の方で修理を受け付けてもらえました。活字部分、スプリング、フェルト、ゴム部分などの新品交換で、費用は18,000円くらい。その時には『既に完成品の在庫はない』という話でした。今ではもう修理もしてくれないのではないでしょうか? 昨年、平成20年以降のダッチングに対応できるよう、地方私鉄各社に共同発注を呼びかけた方がいたそうですが、結局(受注可能な)最低数にも達せず頓挫した模様。"紀州鉄道"にも発注の呼びかけがあったそうですが、同社には一応"発行年"の"十の位"に『2』の活字があるマシンがあるとのことでした。
2."菅沼式印字器"の付属部品について
管理局によって違うかもしれませんが、関西方面では乗車券類発行の翌日勘定分を『翌報扱い(ヨくほうあつかい)』と言い、この機能を追加するために、"菅沼式"では『ヨ』活字に加えて『"アンダーライン"を印記できるモデル』が存在しました(下記"ギャラリー"参照)。しかし、この"アンダーライン"機能があると非常に文字輪を回転(日付変更)しにくいため、(出札側で?)部品を取り外してしまうケースも多かったようです。


《"日付印字器"ギャラリー》 (資料提供:加田 芳英氏)

A. 菅沼式 [昭和12年2月製]: 「菅沼研究所」・製造番号「10772」。国鉄九州で使用されたもので、"大里用品庫"の備品シールあり。"アンダーライン"が挿入できる"胴長"タイプで、その機能も残っているが、"発行年"の"十の位"の活字部分は昭和30〜40年代用に変更されており、10〜20年代は印字できなくなっているという。
 

B. 菅沼式 [昭和26年12月製]: 「菅沼日附器株式会社」・製造番号「52071」。全体黒色塗装。
 

C. 菅沼式 [昭和27年4月製]: 「菅沼日附器株式会社」・製造番号「52510」。"前蓋"以外は青色塗装に変更?
 

D. 菅沼式 [昭和27年6月製]: 「菅沼タイプライター営業所」・製造番号「58050」。さらに緑色塗装に変更? 「実用新案」登録番号表示がなくなり、替わりに「アンダーライン入」の刻印があるが、部品は既に取り外されているとのこと。
 

E. 菅沼式 [昭和34年11月製]: 「菅沼タイプライター株式会社」・製造番号「65413」。ついに「MODEL A」を確認! 筆者が手に入れた2.(1)の「MODEL B」と同じ部品構造で、「ヨ」活字が付属していないタイプと思われる。
 

F. 菅沼式 [昭和45年3月製]: 「菅沼タイプライター製造株式会社」・製造番号「83017」。全体灰色塗装。"文字輪"(活字部分)が金属ではなく樹脂製(乳白色?)。基本的な構造は従来と同じだが、外観が一新されており、長年使用された「菅沼式乗車券日附器」の銘も入っていない。このモデルの出現は恐らく昭和40年以降とみられ、また昭和45年以降間もなく生産中止となった可能性が高い。
 

★ 余談ながら、筆者所有の昭和35年7月製"菅沼式"「MODEL B」の製造番号は「66376」なので、ぴったり上記EとFの中間に該当し、しかもA〜Fの製造番号の連続性に矛盾がないことから、「菅沼式では戦前から最晩年まで"通しの製造番号"が付けられていた」可能性も考えられます。もし、この仮説が正しいならば、33年間(昭和12〜45年)の製造数は7万2千台余りということになり、1年間に2千台強という計算で強引に逆算すると、「菅沼式の製造開始は早くても昭和7〜8年以降」という結論が得られます。 ..........皆様はどう思われるでしょうか? (※4の2.(下)参照)

G. 天虎式 [昭和51年製]: 鉄道会社放出の未使用品。天虎式に関しては「極初期から最晩年に至るまでほとんどデザインの変更はなかった」と思われるが、「インク皿」(上図[構成部品]Cインクパッド)のフェルトが上にあがり過ぎないよう、「フェルト磨耗ストッパー」を追加するなどの小規模の改造は行われた模様。また、「取扱説明書」は現存数の少ない貴重な資料で、これを見ると「天虎式日附印字器」という本体名の他、「数字ホイル」(当ページ中の"活字リング"または"文字輪"に相当)、「ラチェットギヤ」(同じく"活字固定・変更用爪"に相当)、「数字ホイル廻転スパナー」(同じく"日付変更用レンチ"に相当)などの正式名称を知ることができる。
 


[天虎式日附印字器の活字自作]

 また、加田様も"発行年"の"十の位"問題を解決すべく、なんと「樹脂成型の活字」を試作されたとのことでしたので、早速サンプル(右画像)を提供して頂きました。適当なサイズに切断してから厚みを調整後、"数字ホイル"の空きスペースに接着剤で貼り付けるだけでよく、筆者も手持ちのマシンでテストしてみましたが、印字結果(右下)も良好です。加田様によると、「耐久性には問題があるかもしれないが、1cm四方100円程度の低コストで一度に大量製作が可能」というお話でした。(もっと硬質の樹脂を使って成型することもできるそうです。) 今回、川崎様、加田様をはじめ"日付印字器"の延命を模索する愛好家が結構おられることがわかって、筆者もうれしく思いました。他にも"グッドアイデア"をお持ちの方がおられましたら、是非当HPへご一報下さい。


◆加田様、今回もまた数多くの情報・資料の提供を頂き、本当にありがとうございました。



※4 さらにその後、戦前のダッチングマシンに関する貴重な情報を"S.K"様より頂戴致しました。氏のご好意によりメールの内容をご紹介します。

1.明治期の"漢字"日付印字について
はっきりした期間は不明ですが、明治中期頃から明治30年代にかけて、官設鉄道ならびに私鉄では「漢字による月と日」を機械によって印字していたようです。現物は東京の「東武博物館」に展示してあるのを確認しております。印字器というよりは小型の印刷機のようなもので、"組み活字"により日付を印字していたようです。当方所蔵の「実地鉄道事務案内」(小園恒二郎著 明治30年発行)にも同様の「日附器械」がイラストで掲載されております。同様の器械は「天理博物館」または「鉄道博物館」にも所蔵されていると思いますが、問合せなどをしたことはありませんので、現存の有無は不明です。月日のみ押印された切符の現物は多数確認しておりますので、まず間違いないところと思います。
2.戦前製菅沼ダッチングマシンについて
当方入手の2台につきましてご報告させて頂きます。1台目は製造年月が昭和6年11月で、製造番号は6420となっております。現存する菅沼式では最古の部類になるのではないでしょうか? 菅沼式の製造開始年についてはまだ未解明の部分も多いですが、昭和3,4年あたりまで遡れるかもしれません。ちなみに全高は20.5センチとなっております。もう一台は、残念ながら製造年月ならびに製造番号の刻印が確認できないものです。色は黒ですが、下部プレートの「特許番号」ならびに「実用新案」部分も打刻表示するようなプレートとなっています。戦前製と断定した理由ですが、(1)外観色が黒である、(2)上部プレートに「TOKIO」とある、この2点からです。100%戦前製かどうかはまだ検討の余地あるかもしれませんが、とりあえずは戦前製としておきます。こちらは、全高が前者に比べわずかに短く20センチです。活字は昭和3,40年代対応になっておりますので、オリジナルコンディションというには無理がありますが、それ以外は概ねオリジナル状態と判断しております。



◆"S.K"様、貴重な情報・画像を本当にありがとうございました。


 ※ 菅沼式乗車券日附器の製造開始時期について
 上記"S.K"様所有の最も初期型と思われるダッチングマシンに刻印されている特許番号「70229」は、特許庁の電子検索によると、大正14年11月24日に出願され、大正15年12月22日に特許が下りた「太鼓胴型活字面ヲ有セル揺動式印刷機」に拠るもので、どうやらこれが"菅沼式"の出発点と考えてよさそうです。もちろん、「菅沼研究所」がそれ以前より同様の製品を製造販売していた可能性もありますが、それでも最早「大正末期」という線は動かし難く、また大正天皇は特許が下りた3日後(12月25日)には崩御されて、昭和元年が1週間しかなかったことを考慮すると、"S.K"様ご指摘の通り、ほぼ昭和初年頃から"菅沼式"の本格的製造が開始されたものと考えて間違いないと思われます。これで、ダッチングマシンに関する謎の大半が解明されたことになり、筆者の長年の胸のつかえが取れた感じが致します。川崎様、加田様、"S.K"様、初沢様を始め、貴重な情報を提供して頂いた多くの方々に、改めまして心より感謝申し上げます。今後も新情報をお待ちしております。