女王様と昼行灯




生徒の自主性を尊重するなんて教育方針から、生徒を半野放しにしているこの学校には、(教職員含めて)灰汁の強い連中が集まってきやすいのだけど、そんな中でも特に個性的な人物には、二つ名なんてものが与えられる。

今私の斜め前の会長席で窓の外をぼんやり眺めている彼、生徒会会長「昼行灯」幸田治も、その一人だ。

 

「そういえば辻女史、例の件どうなった?」

他の役員達が、三日後に控えた委員長会議(その名の通り、各委員会委員長やクラス委員長が集まる会議だ)の資料作成に勤しんでいる中、それまで一人窓の外を眺めていた会長が声をかけてくる。

そういえばこの人、生徒会室に入室してきた時の挨拶以来、今日初めて口を開いたんじゃないか?

どうせまたロクでもない事を考えているんだろうと、会計を勤める後輩に会議に提出する資料作成の仕方を教えながら、今までその存在を無視していた私は、会長の言葉に冷ややかな一瞥とともに答える。

「例の件といわれても、会長から頼まれてる『例の件』は山ほどあるからね。はっきり言ってもらわないと、どの件なのか私にはわからないわ」

嘘だ。「例の件」は本当にたくさん抱えているけど、今話題になっているのがどの件か、異様なほどにニヤついた彼の顔を見れば一目瞭然だ。

交渉の感触は悪くない。後ほんの少し報酬に色をつければ、恐らく近日中に彼女達から良い返事がもらえるはず。

それがわかっているのか、会長はニヤニヤ笑いながら私の顔を眺めている。

「まぁ、よろしくね。杉工と東高の会長さん達、あの三人に会ってみたいって煩いからねぇ。修晃館の会長さんも、なんだかんだ言いながら興味津々みたいだし」

それとなくそういう流れに話を持っていき、さらにそれを出汁に月一で行なわれる近隣校との連絡会を、ここ最近優位に進めているのはあなたでしょうに。

近隣とはいえ他校にまで噂が鳴り響き、それを会長に利用されるあの三人に多少(多少だ。何せあの子達は自分達の価値を知っていて、報酬を要求しているのだから)同情の念を覚える。

「そう言えば、荊姫から会長に伝言を頼まれたっけ。『偶には自分で話に来なさいよ、昼行灯』だそうよ」

「アハハハッ。相変わらずだねぇ、彼女は」

先輩を先輩とも思っていない伝言に、彼はまったく気にしたふうもなく笑って答える。

鷹揚と言えば聞こえは良いかもしれないが、私からすれば彼は人間関係に関してあまりに無頓着に過ぎる。

「他の二人は何か言っていたかな」

「立花と佐藤は特に何も。もっとも、立花は何考えてるかわからないけど」

「弟君の反応は? 荊姫だけならともかく、佐藤ちゃんも一緒となると、弟君だって反応したんじゃないのかい」

「あの宮野弟が、会長の悪ふざけにいちいち反応するとでも?」

「出来れば弟君にも加わって欲しいんだけどなぁ。もちろん女の子の格好でだよ。女コン二年連続優勝っていうのは、なかなかのステイタスだと思うんだけどねぇ。それにその方が、修晃館の会長さんも喜ぶだろうし」

「そんなことしたら北島先生から苦情が来るわよ。ただでさえあの二人、出席率悪いんだから。あんな人でも文化部会の顧問なんだから、事を構えるのは得策じゃないわ」

「いくらなんでも事を構えるなんて、面倒な事するつもりはないよ。それにしてもサブちゃんも苦労するねぇ。そのうち胃に穴があくんじゃないのかな」

「新任初端、苦労させてた会長の言っていいセリフではないわね」

 ポンポンと応酬される私と会長のやり取りに、他の役員たちが困惑の表情を浮かべているのに気付いた私は、軽く咳払いして注意を促す。

「あなた達は早く仕事を片付けなさい。委員長会議で無様を見せると後々ひびくわよ」

 部活の利権が絡む部会会議とは違い、敵味方の区別がない委員長会議で下手を打つと、アッという間にその話が学校中に広まってしまうから、特に念を入れなくてはいけないのに。なのに本来陣頭指揮を執るべき会長は、いつの間にやらどこから取り出したのか、呑気にお菓子の袋なんかを開けようとしていて。

 ・・・なんか、無茶苦茶ムカつくんですが。

「会長。仕事する気がないなら、資料室にでも籠ってて。士気にかかわるわ」

 怒れば彼の思うつぼだということが分かっているから、平静を保つよう心掛けるが、それでも若干声が震えていることに自分でも気が付いている。

「いやぁ、資料室は空気が悪いからねぇ。それに綾ちゃんの顔が見えないと、寂しいじゃないか」

 頭の中でプチンと音がした、気がした。

「資料室が嫌ならとっとと帰れ!!」

思わず張り上げた怒声に、会長はケタケタと笑いながら開けたお菓子の袋をつかみ、生徒会室に併設されている資料室に逃げ込む・・・手前で振り返り、手荷物を漁った後私に向って何かを放り投げてきた。

あわてて受け取れば、それはかわいいラッピング袋の中に小さなマドレーヌが15個程。

「昨日作ったんだ。味見はちゃんとしてるから、安心していいよ」

 呆然とする私に「じゃあねぇ」なんて軽く声をかけた後、今度こそ資料室へと消えていく。

「まったく。これだから二つ名がつくような人間は」

 何を考えているのか全く分からない。私にとっては、二つ名がつくような連中は人外に等しい。

 だけど。

 袋を開けて、小さなマドレーヌを一つ口の中に放りこむ。・・・ムッ、悔しいけど相変わらず美味しい。

「まったく・・・お茶を入れて頂戴。会長の作ったお菓子で、ちょっと休憩にしましょ」

 小さなボヤキの後に、相変わらずポカンと私達のやり取りを見ていた役員の一人に声をかける。どうやら集中力が途切れてしまったようだから、会長のお菓子もいい口実になったかもしれない。

 もしかしてそんなことも計算に入れていたのかもしれないと思うと、それが絶対にないとは言い切れない人だけに、なんだかとてもやりきれなくなってくる。

「まったく。これだから二つ名がつくような人間は」

 

 

 

お茶入れ中の、庶務と書記補佐の内緒の会話

 

「副会長、自分にも二つ名がついてるって知らないんですよね」

「みんな、本人の前では絶対に口にしないからね」

「まぁ、怖くて呼べないですよね・・・『雪の女王』なんて」

「綾子ちゃんの絶対零度の視線で凍りつくの、請け合いだよね」

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