はじめてのヒト
ファーストキスは無理矢理だった。 そして血とタバコの味だった。 *** 「北島先生。日誌を持ってきました」 第二視聴覚室の扉をノックして、おそらくコチラにいらっしゃるであろう担任の先生に声をかけます。 先生の「どーぞ」と言う声に扉を開け一礼すると、それまで机に向かってなにか書き物をしていた先生がコチラを振り向き、訝しそうに首を傾げました。 『第二視聴覚室のサブ』こと北島先生は、職員室よりご自分が副火元責任者をしている第二視聴覚室の方が居心地がいいらしく、先生にお会いしたければ職員室よりまずコチラというのが、ウチのクラスでの認識です。(教室から職員室に行く途中に第二視聴覚室があるのも、その理由の一つなんですが) だから私は、本来職員室に届けるはずの日誌をもって第二視聴覚室を訪ねました。 ちょっとした悪戯と、確認と、一世一代の決意を持って。 「ご苦労さん・・・て、おまえ四葉だろ。今日の日直は二葉の方じゃなかったか?」 ・・・ッ 「え? あの・・・私二葉です」 扉の側で立ち止まり、私は四葉ちゃんではなく二葉だという事を先生に告げます。 私の言葉に苦笑いを浮かべ、肩を竦める先生。 「なんだ、また物真似してるのか? まぁ日誌さえ届けば文句はないけどな」 ・・・ッッ 「あの・・・本当に私二葉なんです」 「ん? どうしたんだ、お前。いつもだったらすぐに化けの皮剥がすだろ。今日は何をムキになってるんだ?」 化けの皮っていう表現も酷いです、先生。 ・・・だけどやっぱり、これ以上先生を騙すのは無理みたいですね。 私は大きく深呼吸して、今まで私の意識が被っていた、双子の姉の思考を脱ぎ捨てる。 「やっぱり駄目か・・・ねぇ、センセ。何で私達の見分けが付くの?」 普段ストレートに下ろしている髪を後ろで緩めの三つ編みにして、思考を敬語口調にして二葉になりきれば両親ですら見分けが付かなくなる私達を、なぜか先生だけは見分ける事が出来る。 二葉は性格上私になりきれないから、二人が完全に入れ替わる事は出来ないけど、私が二葉の真似をすれば今まで本当に誰も見分けることが出来なかったのに。 こんな事は初めてだった。 最初はそれがものすごく悔しくて。 そして今はそれがものすごく楽しい。 だって先生にとって私達は甲斐二葉と甲斐四葉なのだ。 これまで周囲に、甲斐さん家の双子姉妹という認識しかされていなかった私達にとって、それはまるっきり未知の世界。 「なんで・・・て、言われてもな? お前はお前で、二葉は二葉だろ」 先生、それ答えになってないから。 でも・・・そうだね。 今の解答には99点あげよう。 最後の1点? それは当然・・・ 「四葉? お前、きょうはなんだか変だぞ」 そりゃ、変にもなるでしょう。なんせ一世一代の決意を持って、今ここにいるんだから。 「あのね、センセ」 「ん?」 一歩、また一歩。先生の意識がそちらに向くように、日誌をヒラヒラと振りながら近づく。 少し開けられた窓。部屋に入った時から匂いで気付いていたけど、私が来る直前まで多分ここでタバコを吸ってたんだと思う。 薄手のカーテンがハタハタと風に舞っていた。 そういえば最近は陽が落ちるのが少し早くなったような気がする。 少し前はこの時間、まだ外が明るかったのに。今日は風にはためくカーテンの向こうから夕陽が部屋の中と、先生の横顔をほんのり紅く染め上げていた。 「今日は先生に言いたいことがあって、二葉と変わってもらったの」 コレ、と日誌を軽く持ち上げる。 「俺で良いならなんでも聞くぞ」 鈍いなぁ、センセ。こちらとしてはその方が助かるけど。 「先生じゃなきゃ駄目なんだよ」 私の言葉に首を傾げる先生。 机の上に日誌を置いて、すぐさま先生の頬を両手でホールド。そしてそのまま引き寄せる。 状況が理解できず、口をポカンと開けている先生が可愛い。 そう思った刹那。 唇に痛みが走った。
教室で私を待っていた二葉と合流すると、彼女は目聡くそれに気が付いた。 「四葉ちゃん。唇切ってるみたいですけど、どうしたんですか?」 「ああ、これ? ちょっと歯が当たってね。切れちゃった」 私の答えに、痛そうに眉を顰める二葉。 「大丈夫、大丈夫。舐めときゃ治るから」 今はそれほど痛くはないし、それに初めてだったんだから、少しでも長い時間感触を堪能したいじゃない。だから治療なんてもっての他。 「そうですか? 四葉ちゃんがいいと仰るならそれはいいとして・・・それより四葉ちゃん、また私の真似をしましたね?」 ニッコリ笑う二葉の笑顔が少し怖い。 「髪、ほどいていませんよ」 「アハハハハ・・・でもほら、先生すぐ気付くからさ」 「そういう問題ではありませんよ。いいですか、四葉ちゃん・・・」 二葉のお小言を聞き流しながら。 最後の1点、あれは私たち姉妹にとっては当たり前の事だと確信する。 だって私達は双子だけどこんなにも違うのだから。 だからね、センセ。 二葉と四葉じゃなくて、四葉だから見分ける事が出来る。 そう言えたら、百点あげよう。 |
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