エリニュスの後悔 ああ。また、やってしまった。 『高志君、今にも泣きだしそうだった』 部屋に戻りベッドに腰掛けて、両手で顔をきつく覆う。瞼の裏に浮かんでくるのは、興奮で真っ赤に染まった視界の中で、今にも泣きだしそうに眼を見開いて、唇を噛みしめている高志君の顔。 言葉の意味は理解出来ずとも、私が彼を罵っている事は理解できたんだと思う。 あの泣きそうな顔を思い出す度に、こんな事はもうやめようと思うのだけど、けれど、彼の顔を見るとやはり激情に駆られてしまう。 彼が生まれた時からだから、結構な時間こんなことを繰り返している。 昔は「お姉ちゃん」と、彼が私の後ろをついてくる(美央美と間違っていたのかもしれないけれど)事もあったけど。最近はすっかり私を避けるようになっていた。 『当然よね』 むしろ、その方が私としても助かる。彼が私に近づかなければ、あんな事はしなくても済むのだから。 彼を見る度になぜと思う。なぜ同じ両親から、同じ男の子として生まれ、彼は父さんと母さんから純粋な愛情を当たり前のように受け取り、無邪気に笑っているのか。 なぜ同じ両親から、同じ男の子として生まれ、裕紀は父さんと母さんから仮初の愛情しか(それも気まぐれのようにごくたまに、だ)受け取れず、傷ついているのか。 彼が生まれた時、彼の誕生に満面の笑みを浮かべていた、父さんと母さんの顔を見たときに思った。 なぜその顔を、一度だって裕紀には向けてくれないのだろう、と。そんな笑顔を一度でいいから向けてもらえたら、裕紀はどれだけ喜ぶだろうと。 だから、生まれて間もない彼に初めて激情をぶつけた時、これは復讐なのだと思った。 父さんと母さんから僅かながらの愛情を向けられ、それに喜び、そしてそれが仮初のものでしかったと気付かされ。 そんなことが何度も繰り返される度に、どんどん表情を失っていった裕紀の為に。 もう、愛される事を諦めてしまった裕紀の代わりに。 私が彼に復讐するのだと。 だけど、高志君だって裕紀と同じ、私の弟であることに変わりはなくて。 二人きりになるとついカッとなって、彼に酷い言葉を投げかけてしまうのだけど。 私がさせているのだとはいえ、いや、だからこそ、弟のあんな顔を見るのは辛い。 だから今は彼が私から距離を取り、そしていつか私がこの感情を抑えることが出来る日が来たなら。 姉弟四人で笑い合う事が出来る日も来るのかもしれない。 そんな日が・・・くればいいと思う。 |
| Back | Index | Next |