官から民へは見直す部分も
いま「小さな政府」が叫ばれている。ところで、果たして「小さな政府」や「官から民へ」でよいのであろうか。
近年、規制緩和で民間検査が多くなってきている。たとえば建築確認や自動車検査などの民間委託である。
民間としては当然「安い」「早い」がうたい文句である。もちろん誠実に業務を遂行する業者もいるであろう。が、中には見せかけだけで中身の伴わないものもあると考えられる。今回の耐震強度偽装事件がその一例である。
こういう事件が起きると、その調査や補償のために膨大な税金をつぎ込むことになる。こういう無駄な税金を使わないためにも、すべて「官から民へ」ではなく、個人の生命や財産にかかわる大切な検査は従来通り国ですべきである。
少なくとも民間に委託した場合は、もっと厳しい監査制度を設けるべきであろう。(平成18年1月12日朝日新聞「声」掲載)
マザー・テレサに感動
映画「マザー・テレサ」を見て、たいへん感動した。熱心なカトリック教徒であるマザー・テレサはインドで、極貧の人々のために身をていして奉仕した。言語に絶するものすごさである。とうてい私にはまねできない。
献金や身の布施を決して強要しなかった。彼女の行動や生きる姿勢に共感して、人々はすすんで献金し、身の布施をするようになった。マケドニア生まれだが、インドの国籍を取得、インド、いや、世界中の人々のために生涯を捧げたといっても過言ではない。
後にノーベル平和賞を受賞したが、本当に彼女にふさわしい賞だと思った。映画を見ている間中、涙を止めることができなかった。
彼女は国の元首でも首相でもないのに、国葬にされたそうだ。ヒンズー教でもイスラム教でもない彼女だが、それほどインドの人々に愛されていたのだ。政治家にもぜひ、見てもらいたい映画だ。(平成17年12月1日大分合同新聞「読者の声」掲載)
福祉国家路線日本も目指せ
小泉首相率いる政府と自民党は、いよいよ「小さな政府」「官から民へ」の実現に向けて着手したようだ。「小さな政府」になると、アメリカ同様に、年金、医療など福祉政策をあまり国家が行わなくなり、国民の自助努力に待つところが多くなるだろう。強いものにとってはそれでよいかもしれないが、世の中には経済的、身体的弱者もたくさんいる。
経済学者福島清彦氏は、その著「ヨーロッパ型資本主義」の中で「欧州連合が目指すモデルは『社会的な資本主義』である。これは、ゆとりと思いやりの社会であり、社会的な弱者と地球環境に配慮した国づくりを推進する福祉国家路線の資本主義である。」という趣旨のことを書かれている。私は日本もそうあるべきだと思う。
今後、日本政府は、アジア近隣諸国と仲良く交流をはかるのはもちろんのこと、国内にあっては軍事的な費用や多すぎる議員歳費(地方議員も含む)など無駄な費用はできるだ削減すべきだろう。そして、やや「大きな政府」になるかもしれないが、国民みんなが真に幸せを享受できる社会をこそ目指すべきでだと思う。(平成17年11月25日朝日新聞「声」掲載)
残して欲しい日本の景色 “白砂青松”
少年時代を福岡県築上郡椎田町で過ごした私にとって、忘れ難い大事な景色は、なんといっても浜宮の白砂青松である。
夏になると毎日のように、友だちと連れ立っては松林で着替えて、遠浅の海で泳いだものだ。また、湊の鬼塚(ごく小さな島)の浜辺でアサリやハマグリなど貝堀は宝物を探すようで実に楽しかった。特に収獲の多かった時の母の喜ぶ顔は忘れられない。
それが今訪れてみると高い護岸によって埋め立てられている。これでは以前のように海水浴や貝堀も楽しめないだろう。かつて我が国は周りを白砂青松に囲まれている素晴らしい景観が多かった。科学や経済が発展するに従って塩田は消え、海は埋め立てられるなど、美しい自然はなくなり、その代わり多くの工場が進出して来た。
最近はかつてのような白砂青松がなくなったので今一度取り返そうとして、人工の砂浜ができている。しかし、これはあくまでも人間の技術で造ったものなので砂浜に穴が開いたり流されるなどすぐ自然に還ろうとする。まことに危険極まりない。これからは、少なくはなったが白砂青松など自然をできるだけ残すようにしてもらいたいものだ。
「小さな政府」に不安
過日、本紙夕刊「再び問う小泉政治」で、広井良典千葉大教授が、「小泉改革が続いて自由主義的な流れが徹底されていけば、その弊害も顕著となる。いずれは社会民主主義的なヨーロッパ型の社会保障に転換せざるを得ないと考えている」と述べていたが、全く同感である。
先の選挙で、郵政民営化の自民党が圧勝した。やがて、民営化法案が成立し、職員の身分は国家公務員ではなくなり、郵便貯金や簡易保険に関しても、国の保証はなくなるであろう。
そうすれば、確かに「小さな政府」「官から民へ」は実現する。「小さな政府」になると、アメリカ同様、年金、医療など福祉政策をあまり国家が行わなくなり、国民の自助努力に待つところが多くなる。
金持ちにとっては、それでよいだろうが、世の中は金持ちばかりではない。経済的弱者や身体的弱者も、たくさんいる。国民みんなが真に幸せを享受できる社会こそ必要ではなかろうか。(平成17年10月12日大分合同新聞「読者の声」掲載)
他の意見聴く謙虚さ欲しい
目下、国民の多くはヘタなテレビドラマを見るより面白いと、小泉劇場に関心を持って見ています。小泉首相は思っていることをそのまま話しているようで分かりやすく、支持率が上がっている一因でしょう。
しかし、小泉首相のやり方は正しいのでしょうか。どうも問題を巧みにすり替えているような気がしてなりません。
郵政民営化法案に関しては、もっと検討の余地がある、あるいは、この法案よりも先に、年金・社会保障や景気・雇用、自衛隊のイラク派遣問題など、やるべきことがあると考えていた人たちもいるはずです。しばらくは現状の郵政公社のままで行き、国民の納得が十分得られた段階で踏み切っても遅くはないと思います。
「郵政民営化法案、賛成か反対か」のみを問う小泉首相は急ぎ過ぎのきらいがあります。他の人の意見にも耳を貸す、謙虚さが欲しいものです。あとは国民の賢明なる審判を待つのみ。(平成17年8月25日朝日新聞「声」掲載)
「国民の声」考慮して
過日、本紙「東西南北」に、「官から民へ」にもおのずから限度があるのではないかと思うとあったが、全く同感である。政府管轄の企業をできるだけ縮小し、民間に任せるいわゆる「小さな政府」が理想ではある。確かに効率も上がり、税収も増えるであろう。
しかし、公共性の強いものなど例外のあることも考慮しなければならない。鉄道も民営化され、もうかる路線を中心にサービスの向上を図ったが、業績第一主義となり、その結果が先の大惨事を招いてしまった。
郵政事業も例外ではない。特に郵便物の配達業務を複式簿記で精算したら、間違いなく赤字である。民営化すれば、もうからないという理由で過疎地への配達は、いずれ切り捨てられるに違いない。
郵政民営化に関しては、自民党の中でさえ意見が分かれ、衆議院でも僅差でやっと可決されたほどだ。世論調査でも、反対が多い。小泉首相は、「国民の声」として、この点もぜひ考慮してもらいたい。(平成17年8月4日大分合同新聞「読者の声」掲載)
心癒やす童謡・唱歌
現在、隣の団地の公民館に開講された「童謡・唱歌」教室に月2回、通っている。
そこでは「朧月夜」「夏は来ぬ」「紅葉」「冬景色」といった季節の歌や、「月の砂漠」「夕焼小焼」「船頭さん」など幼かりし日々のもの、「早春賦」「浜辺の歌」「荒城の月」など美しい日本の調べを中心に歌っている。
よく童謡・唱歌は心の原風景を思い起させてくれる癒しの音楽といわれるが、まさにその通りである。童謡・唱歌を歌うと、子どものころに遊んだ山や川、海などの風景が、昨日のことのようによみがえってくる。
歌の合間に教室の参加者たちが先生を囲んで、その歌の由来や意味などを話し合う。これも歌う上で大いに役立つ。ここでの1時間30分は、あっという間にたってしまう。日ごろは大きな声を出すこともなく、平凡な日々を過ごしている私にとって、この童謡・唱歌を歌うことこそ、最適のストレス解消法となっている。(平成17年6月6日大分合同新聞「読者の声」掲載)
春愁
今、まさに春たけなわの季節を迎えている。美しい花々に囲まれ、心が華やぎ浮き立っている半面、何となくもの憂い気持ちや、哀愁をおぼえることがあるものだ。殊に春は木の芽時とも言われ、身体的精神的バランスをくずし、抑うつ的な気分になっている人もいるだろう。
さらに、我々の住む資本主義社会では競争原理が働くがゆえに、能力の優劣や運不運が勝ち負けにつながり、進学や就職、人事異動等で希望どおりにならなかった人も多いことと思う。俗に言う「残酷な四月」でもある。中島みゆき作詞・作曲「春なのに」で繰り返し歌われるフレーズ「春なのに お別れですか 春なのに 涙がこぼれます 春なのに 春なのに ため息 またひとつ」の中にその気持ちがよく表れている。
この季節になると、私も春愁をおぼえることがあるが、最近ではこれを俳句や短歌に詠むことによって昇華するように努めている。その中の一句より
『千冊の蔵書に埋もれ春愁』
初心忘れずに学んで欲しい
新年度が始まり、学校も企業もスタートする。かつて高校教師をしていた頃のことが昨日のことのように思い出される。生徒たちは厳しい入試を突破して、夢と希望に燃えて入学してくる。その時点ではみんな一斉に、同じスタートラインに立っている。
しかし、時の経過とともに差がついてくる。例えば商業高校の場合、簿記検定があるが、この科目は生徒にとって初めてのものである。当初は同じように理解しているが、だんだんと差が出てくる。
知的レベルの差はさほどないはずなのに出てくる原因は、ひとえに本人のやる気にかかっているように感じる。教師の話をよく理解しているか、実習に真剣に取り組んでいるか、復習や予習をしているか等々。
私を始めとして教師は、「同じスタートラインに立った生徒たちを、同じようにゴールラインに着かせてやりたい」と常に思うものだ。新たな気持ちでスタートを切る皆さんは、「初心忘るべからず」のことわざのように、真剣な気持ちを持ち続ければ、きっとうまく行くであろう。(平成17年4月5日朝日新聞「声」掲載)
青春
年齢的にいうと私は「人生の秋」に相当するが、「青春とは人生のある期間ではなく心の持ちかたを言う・・・」で始まるサムエル・ウルマンの詩「青春」が好きだ。長いこと組織に属し、人間関係などで人には言えない多くの苦労をしてきた。言いたいことも相当あったが、ほとんど言わずに堪えた。それだけにシニアライフの今日を迎えた喜びには大きなものがある。
よく世間では、第二の人生は神が与えてくれたご褒美「黄金の人生」と言うが、まさにその通りだと思う。私も歳相応に皮膚の皺も増し、あちこち機能的にも多少不具合もあるが、気持ちの上ではまだまだ青春のつもりである。人は心から老いるように感じる。
目下、「童謡・唱歌」の教室に通っている。歌詞を覚えて歌の心情をつかみ、口を大きく開けて歌うように心がけている。童謡唱歌は私にとっては心の故郷であり、元気を与えてくれる。また、俳句や短歌、エッセーなどを嗜み、時折新聞に投稿している。自然や人生を詠い、体験や感想、意見などを思いつくままに綴ることは頭の体操になり、大きな生き甲斐となっている。
ウルマンの言う「おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜」がある限り人はいつまでも青春である。
県内で「全国童謡唱歌大会」を
6日付け本紙朝刊の論説に「童謡・唱歌 夢は県から全国大会へ」とあったが、大賛成である。隣の団地の公民館にできた「童謡・唱歌」の教室に通うようになってはや2年が過ぎた。
日ごろは大きな声を出すこともなく、平凡な日々を過ごしている私にとって、とても充実したものを与えてくれる。正しい姿勢で口を大きく開けて歌うことは、良い呼吸につながり、体や心に大変よい効果をもたらす。
また、歌詞を覚えて歌の心情をつかむことは頭の体操にもなる。最近の愛唱歌は「春は名のみの風の寒さや、谷のうぐいす歌は思えど・・・」の美しい文語調で始まる吉丸一昌作詩、中田章作曲の「早春賦」である。
論説の筆者は、童謡がブームになっている理由を、「潤いのない殺伐とした現代社会。凶悪事件や大災害の多発。心のどこかがメルヘンチックな世界をもとめているのかも」と述べているが、同感である。ぜひ、県内で「全国童謡唱歌大会」を開いていただきたい。(平成17年3月11日大分合同新聞「読者の声」掲載)
初の欧州旅行前の晩眠れず
初めてヨーロッパを旅行したのは今から20年前の夏だった。テレビや映画、雑誌などで西欧のことは一応知ってはいたが、旅行の前日は期待と喜びで胸がドキドキし、よく眠れなかったことを覚えている。
当時は成田空港からアンカレジ経由でヨーロッパへ。15時間近い空の旅だった。最初に着いたのはパリだった。まずノートルダム寺院からルーブル美術館、ベルサイユ宮殿と訪れた。
北のベネチアと呼ばれるブルージュへと移り、ロマンチック街道、スイスのユングフラウヨッホ、ルネッサンスの代表都市フレンツェ、街中が美術館のようなローマ、ナポリ湾、ポンペイ遺跡とまわった。最後はロンドン。大英博物館、バッキンガム宮殿など観光した。
見るもの聞くものすべてが新鮮だった。東洋が木の文化であるのに対し、西欧は石の文化だと痛感した。この西欧7ヵ国18日間の旅こそ、ときめきの連続だった。(平成17年3月11日朝日新聞大分版「読者のひろば」掲載)
期待と不安でいっぱい 初めての海外旅行
初めて海外旅行をしたのは1984年の夏だった。国内でさえまだ行ったことのない所が多かった当時、海外への旅行は期待と不安で胸がいっぱいだった。
長崎空港から一路上海へと旅立った。外国とはいえ東京よりも近い感じだった。上海は中国最大の商工業都市であり、ヨーロッパの街並みを思わせるところが多かった。特に黄浦公園と外白渡橋が印象的だった。次に玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋をつづる長恨歌を生んだ王城の都・西安を訪れた。ガイドの説明を聞いて思わず安倍仲麿の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」の歌を思い浮かべた。旅のハイライトは何といっても河西回廊最西端のオアシス都市・シルクロードの要衝・敦煌の莫高窟だった。最後は首都北京。6千キロにも及ぶという万里の長城や北京のシンボル・天安門広場と紫禁城、王府井などを観光した。
見るもの聞くものすべてが新鮮で感動の連続だった「あの夏」こそは、私にとって生涯忘れ得ぬよき思い出となった。
薄着と免疫力で風邪を乗り切る
子どもの頃はよく風邪を引いたものだが、年を取るにつれてだんだん引かなくなった。ここ10年程引いたことがない。
かつては冬になると必ず厚手の長袖シャツに長いズボン下を着用していた。現在は1年中、半袖に七分下着を着けている。いわゆる薄着である。過保護にするとかえって体は弱くなるようだ。
また、常に快眠、快食、快便が保たれるように努めている。そのためには、無理をせず規則正しい生活をすることが大切である。たとえば、ストレスをためない、バランスのよい食生活をする、早寝早起きの励行、私の場合、大体夜9時ごろ就寝し、朝5時半に起床している。さらに、適度な運動をすることも必要である。できるだけ外出する機会を多く持つようにしている。少なくとも1日に1回は外出し30分程度は歩く。
以上のように心がけることにより免疫力が高まり風邪のウイルスに対しても強くなるように感じている。ゆえに、薄い下着の着用と免疫力を高めることが風邪に対して最も効果があるように思う。
喜ばれた「はなむけ」
先日、仲人をした教え子の息子の結婚披露宴に招待された。その際、次のような「なむけの言葉」を贈って、大変喜ばれた。「この広い世の中で縁があって一緒になり、偕老同穴の契りを結んだお二人です」。
「結婚は苦しみを半減し、喜びを倍にすると申しますが、常に平たんな道ばかりとは限りません。山もあれば、谷もあるでしょう。もう直ぐ結婚43年目を迎える私ども夫婦が日ごろ心掛けていることを申し上げます。参考にしていただければ幸いです。」
「先ず、朝はお互いに『おはよう』とあいさつを交わすことです。次に、何かしてもらったら、必ず『ありがとう』と感謝の気持ちを伝えることです。最後にもし間違いがあった場合、素直に『すみません』と謝るとです」。
「こうすることによって幾多の苦難も乗り越え、お互い『ええ女房』『ええだんな』として、幸せな人生を送ることができると信じます」。会場から大きな拍手が起こり、「『すみません』はなかなか言えない」という声を洩れ聞いた。(12/17大分合同新聞「読者の声」掲載)
ちょこ3杯のたしなむ酒に
『白玉の歯にしみ通る秋の夜の酒はしずかに飲むべかりけり』。これは若山牧水の短歌だが、実に酒のうまい季節となった。先祖は、よくぞ酒なるものを発明してくれたと感謝する。
悲しい時も楽しい時も酒はよい。まさに「人生酒ありて楽し」である。下戸の人を見ると気の毒でならない。この世に生を受けながら、うまい味わいを知らずに過ごすことは、なんとももったいないことである。酒に出会わないですます人生は、何か大きな損失をしているようにさえ感じられる。しかし酒は、飲み方次第だ。
若い頃はよく二日酔いをして前日の記憶をなくすこともあったが、事件や事故を起こさず、アルコール中毒にならず、胸をなでおろしている。今ではやっとコントロールできる。
「酒は百薬の長」というが、あまり酒豪でも健康にはよくない。現在は毎晩、ちょこ3杯程度をたしなんでいる。よい酒を微量に飲み微酔になった気持ちはこたえられない。(12/1朝日新聞「声」掲載)
挨拶はされるものではなくするものである
「心戒十訓」の一つに「挨拶はされるものではなくするものである」という言葉があるが、まさにそのとおりである。挨拶のよい人に悪い人はいないような気がする。
しかしながら、往々にして挨拶の悪い人が多いのも事実である。ことわざに「実るほど頭を垂るる稲穂かな」というのがある。これは学問や徳行が深まった人ほど謙虚になることのたとえであるが、現実はそうでもない面によく出くわす。地位が上がれば上がるほど偉くなったと感じてか挨拶をされるのが当然とさえ思っているような人がいる。
だが、かつて仕えた上司にこのことわざを地で行っていた方や私よりはるか年長であるにもかかわらず、私を見つけたら必ず先方から声をかけてくれる人もいる。こういう素晴らしい方がいらっしゃるのも事実である。
気がつかない場合は仕方ないが、挨拶をされてから、返すのではなく、常にこちらから進んで挨拶をするように心がけたい。
感動する映画最高の楽しみ
今まさに芸術の秋だ。各地で絵画や書道、生け花展など盛んに行われている。
どれも感動を与え楽しませてくれるが、私にとっては何といっても映画が一番。なぜなら映画はせりふや映像、音楽からなる総合芸術だからだ。
若い頃からよく映画を見に行った。テレビが普及してからはテレビ映画に夢中になり、今も楽しんでいる。しかし、映画の醍醐味を味わうには、大きなスクリーンがある映画館に限る。特に名作の場合、ストーリーの壮大さに加えて、映像や音楽により大きな感動や刺激が得られる。
様々な人間模様が描かれたストーリーから、人生や世界を学ぶことが多い。映像は大自然の偉大さや美しさを教えてくれる。音楽は情感を嫌と言うほど高めてくれる。映画こそ、私にとって最高の楽しみである。(10/29朝日新聞大分版「読者のひろば」掲載)
「小書き」で心添えて
ことしも年賀状を出す季節が近づいてきた。年に一度の交流であり、日ごろごはごぶさたしている人たちからの賀状は、特に楽しみである。そこで早速、パソコン専用のインクジェットはがきを予約した。
今までは年賀はがきの裏はパソコンで自己流にデザインして作成し、表のあて名は筆で手書きしていた。しかしながら、書は下手な上に枚数が多くなると大変なので、ことしからは年賀状のソフトを利用して作ることにした。
前もってあて名をインプットさえしておけば、後はパソコンが体裁の良い行書体で自動的に印刷してくれる。なんとも便利のよい文明の利器ではある。
しかし、これではあまりにも心がない。印刷が終わった段階で、お一人お一人の顔を思い浮かべながらその人に思いをはせ、一言「小書き」を添えるように心掛けたい。年賀状は人と人の心を結び付ける素晴らしい習慣である。(10/15大分合同新聞「読者の声」掲載)
この頃思うこと
日ごろはあまり野球に関心のない私だが、イチローの記録達成には毎日応援している。彼は日本人としては大きい方だが、外国人の中にいると、むしろ小さくさえ感じる。そのイチローにどうしてあの絶大なるパワーがあるのかと驚かされる。天性の才能もあるのだろうが、陰で努力しているとも聞く。きっと米野球史に永遠不滅の記録を残すであろう。日本人の一人としてとても誇りに思う。
次に、日本のプロ野球選手の皆さんストライキをして本当によかった。今回のストではファンも選手側を後押したので、経営者側も反省し譲歩する形で考え直したようだ。今後の日本プロ野球界発展につながると信じる。今回交渉に当たった古田敦也・選手会長の功績には実に大きなものがある。本日(10月1日)の朝日新聞「天声人語」も
・・・最近の言葉から。「たくさんのファンの方がプロ野球のため、声を上げてくれた。近い将来、その成果が出て、愛されるプロ野球になることを祈りたい」。もし「場外MVP」があるなら、古田敦也・選手会長で決まりだろう。長い労使交渉の後の、かけつけ代打のヒットも光る・・・と称えている。
本日(10月1日)平成の大合併で新たに10市、13町が誕生した。合併により無駄な費用を削減し、政府からも財政援助があればより良い街づくりにつながるだろう。合併した地域全体に公平な行政サービスが行き届くよう配慮することは言うまでもないことである。まだまだ今後も合併はつづくであろうが、そこに住んでいる住民の皆さんの合意で一番良い選択をすることを望む。
父
84歳で逝った父の23回忌を今年迎える。正直で真面目、頑固一徹というのが父の印象である。常に家長としての威厳を保ち、子どもにとっては怖い存在であった。朝夕の食事時、父が座らなければ箸をとることができなかった。板の間での正座、食事中のおしゃべり厳禁、それでも家族揃っての食事は楽しかった。
ある時、姉と口げんかをし、額を掌で叩かれたことがあった。父が私に手をくだしたのはこの一度だけであったが、とても傷ついた。何故姉でなく私だけが叩かれるのか当時分からなかった。今にして思えば、「長幼の序」の大切さを教えたかったのかと理解している。そんな怖い父であったが、中学3年時、入院を余儀なくされた日、勤務帰りに病室にきて一晩中看病してくれた。「オオイタイ、イタイ」と言って自分のことのようにやさしくことばをかけてくれた。無口な父であったが、本当はやさしかったのだと今更ながら思うのである。
今時こんな父親は存在しないかも知れないが、幼少時厳しく育てられたことがその後の人生において無駄ではなかったと思う。「父の日」に際して、厳しくもやさしかった父を懐かしく思い出している。(育枝記)
弱肉強食の世の中であってはならない
フランス革命が近代市民社会をもたらしたことは事実である。また、産業革命の結果、生産手段を所有する資本家が、労働者から労働力を買い、生産した商品を販売して利潤を得る経済組織、資本主義が誕生。しかし、そこには貧富の差が生まれた。この貧富の差をなくそうとして生まれたのが、社会主義や共産主義である。この思想により貧民が解放され、あたかも社会問題が解決されたかに見えた。しかし、実際には独裁者が現れて真の意味での解放には到らなかった。かつては私も社会主義の幻想を信じていた一人である。
資本主義には競争原理が働き、社会の著しい発展やサービス向上などをもたらした。しからば資本主義が最善の経済体制かというと必ずしもそうではない。競争社会ゆえに能力の優劣が個人を支配する傾向が生じた。能力のある者にとっては資本主義ほど住みよいものはないであろう。しかし、能力の劣っている者は競争に敗れて社会への適応が困難になることもあり得る。最近の資本主義社会では、この「勝ち組」、「負け組」の格差が目立ち始めた。日本も例外ではない。
全世代の人々にとって、敗北者を生まない社会システムを構築することは重要な課題である。(ただし、働く意欲がない人や努力をしない自業自得の人は論外である)
病弱や会社の倒産など然るべき理由のある人たちを救済し、敗者復活を支援することは大切である。このままの状態で行くと、現代を神経症的にし、ますます自殺者が増えるだろう。子どもの世界も病んできているように感じる。国をあげて、健全な社会にするための教育も必要だ。
貧困が諸悪の根源と言っても過言ではあるまい。できるだけ貧富の格差のない、社会の敗北者を生まない、真の意味で住みよい社会システムを考えなくてはいけない。少なくとも弱肉強食の世の中であってはならない。
温かいことば 心地よい生活
慈愛に満ちたことばは人のを心を慰め、勇気づけ救いもする。逆に非情なことばは人を傷つけ、絶望させ、悲しませどん底に突き落とすことさえある。
たとえば、同じ事柄を言うにしても「あんたは頭が悪いから、いつも同じ過ちを繰り返す」と言うのと「間違いは誰にでもあることです。みんな同じですよ。」と言うのとでは大違いだ。ことばほど怖いものはない。まさに「諸刃の剣」である。このことを踏まえて我々は言語生活を営む必要がある。友人、知人、夫婦においてさえも然りである。
まず、私たちは人のことをとやかく言う前に、わが身を振り返ってみなければならない。知らず知らずのうちに人を傷つけていないだろうか。人の心の痛みがわかる人間になっているであろうか。
食事をするとき私はよくかんで食べるようにしている。ことばもこれと同じでよくかんで発しなければならない。場合によっては発することばを飲み込むことも必要である。お互い人間同士、温かいことばを使って気持のよい生活を送りたいものだ。(6/3朝日新聞「声」掲載)
絵本の力
かつて高校生の頃、世界史を選択していたが、テストで年代や人の名前等がよく出題されるので覚えるのにとても苦労した経験がある。歴史は嫌いだとさえ思ったこともある。
長じて後、絵で見る「世界の歴史」に出会う機会があった。絵と文字により、中国唐の「玄宗皇帝と楊貴妃」や「フランス革命」、「ロシア革命」などの歴史をひもといていくと実に解りやすく面白いとさえ感じた。しかし、これを年代と人の名前を覚えることのみにとらわれてしまうとまったく無味乾燥なものとなる。
絵本には知的好奇心を喚起する力がある。小さな活字がいっぱいのページは読もうという気持を起こさせないが、絵がたくさんあって比較的大きな活字で解説があれば読もうという気持が起きるものだ。特に子どもの心を育てようとすれば、絵本の力は大きなものがある。絵本の力によって、子どもたちは読む楽しみを知り、自ずと知識が増えていく。
お子さん方に絵本を読ませることを是非お勧めしたい。
正しい言葉を使いたい
このところ、自分の子どもや動物、植物などに「あげる」を使う人が増えている。また、使わなくてもよいような場面でも「あげる」を使っているのもよく耳にする。
例えば「子どもに乳をあげる」 「息子の夢をかなえてあげたい」 「花に水をあげる」
「ハトに餌をあげる」、あるコマーシャルの文句に「○○を補給してあげることが大切です」
などなど聞いていて何だかおかしい。公共放送のアナウンサーでさえも使っているのを聞いたことがある。
ちなみに、「あげる」を国語辞典で調べてみると、「その動作を他にして『やる』の丁寧表現」とある。「あげる」は本来、目下の者が目上の者に何かを与える場合のへりくだった言い方である。
故に、自分の子どもや動物、植物の場合は「やる」が正しい。このコマーシャルの場合、単に「○○を補給してください」でよい。言葉づかいは本当に大切だ。お互いに正しく美しい日本語を使って、気持ちよく生活をしたい。(5/20大分合同新聞「読者の声」掲載)
香水を使って 気持ちも若く
60歳を過ぎて、ある高校で講師として教鞭(きょうべん)をとっていた時のことである。一女生徒から「先生はじいさんのにおいがすると」と言われた。かつては「せっけんのにおいのする清潔な先生」と言われていた私がこのようなことを言われたのは初めてで大変ショックを受けた。
家に帰ってこのことを妻に話したところ、「香水を買ってつけたら」とアドバイスされた。それまでは香水は女性が愛用するものとばかり思っていた。そこで、思い切ってデパートで約1万円のフランス製男性用オードトワレを求めた。
今では香水の使用を始めて良かったと思っている。なぜならば香水の効用は想像以上に大きいと感じている。心地よい香りに包まれることにより、まず自分の気持ちがルンルンとしてきて何だか若くなった気持ちさえする。表情も豊かになり、まなざしの輝きも増してきて、きっと相手にも良い印象を与えていることだろう。香水は我々シニアの男性にとって必需品かもしれない。(5/7朝日新聞大分版「読者の広場」掲載)
花見酒は中庸が大切
花見をしながら、花見酒を楽しむ季節となった。この頃になると思い出すのが、「菜根譚」(さいこんたん=中国明朝時代の洪自誠著の通俗的哲学書)の記述。「花は半開を看、酒は微酔に飲む、此(こ)の中に大いに佳趣あり。若(も)し爛漫(らんまん)もうとうに至らば、すなわち悪境を成す」というものである。
花は半開の五分咲きが趣き深く、酒はほろ酔いかげんがよい。この中に何とも言えない味わいがある。もし花は満開を見、酒を泥酔するほどまで飲むと、醜悪な場面を人目にさらすことになると解釈している。
中庸を得ることの大切さを言っている。過不足なく調和がとれた、程よい状態にあるという意味である。しかし、中庸を得ることはなかなか難しい。私も若いころはよく飲みすぎてむちゃをしたものだ。飲みすぎて苦しむのは、結局、自分自身自身である。
年のせいか、最近は楽しい酒が飲めるようになった。やっと中庸の大切さが分かってきた。(4/2大分合同新聞「読者の声」掲載)
思想は時代の寵児
最近、新聞やテレビなどを見て世の中がとても殺伐として来たように感じます。医学も進み、社会保障も以前より良くなって来ています。経済的にも世界でも屈指の発展を遂げています。
にも拘わらず世の中は荒んでいます。親子関係、教師と生徒、労使関係、いとも簡単に人を殺す、汚い金の問題、セックスの氾濫等々枚挙に暇がありません。まさに「物で富んで心で滅ぶ」の様態を呈しています。
こういう状態を憂えるのは私ひとりでしょうか。いえ違います。最近の新聞の投書欄やコラム等を見ても憂えているものが目立ちます。まさに「思想は時代の寵児」と言えましょう。「昔は良かった」と言うと語弊があるという人もいますが、少なくとも「こころ」があったように感じます。
戦後の日本の教育が間違っていたのでしょうか。現場教育の成立たないところも生じているようです。戦前の修身のような道徳教育がなくなったのも一因かもしれません。生徒の中には教師と生徒は五分と五分の関係と思っている子や自分の成績の悪いのは先生の教え方が悪いからだとか、生徒から殴られるような教師は先生の方に問題があるなど思っているようです。まさに悪いのは自分ではなく相手だという考え方です。
また、最近読書をしなくなりテレビやビデオ、パソコンなどバーチャル世界にはまっているように感じます。読書をして思索する習慣がなくなりました。特にテレビ、ビデオは悪影響を及ぼしているように感じます。自己中心的になり、直ぐ切れる(腹を立てる)傾向が見られます。
更に言えば家庭教育にも大きな問題があるように思います。昔のように大家族で住むのが理想ですが最近は難しくなりました。かつては祖父母や親の背中を見て育ちいろいろ教えられたものです。最近は子どもをダメにするバカ親たちが増えているようにも見受けられます。少しでも親子兄弟姉妹、親戚などと輪をつなぎ、隣近所、地域社会との接点を持つことが大切だと考えます。
先ず身近なところから環境を整えていきたいものです。いろんな意味で良い社会になって欲しいと願わずにはいられません。
文学は不幸という木に咲く
作家の故三浦綾子さんはその著「愛と信仰に生きる」の中で「文学は不幸という木に咲くという言葉があるが、私の歌は、いつ直るかも知れない病床にあってこそ生まれたものであった。そして只一人の人を失った時に、私の歌はほとばしるように生まれ出た。幸せな時に、人はなぜ歌を詠めないのか、少なくとも不幸な時のほうが、なぜ、より多く詠えるのか、私は知らない。ただ、私が知るのは、私の身に起きた幸せが私の歌心を摘みとったという事実である」と述べています。
これを読んだ私は確かにそうだと思いました。新聞に載っている「短歌」などを読むと身近な人を亡くされた人の句がよく出ているように感じます。
幸せを絵に描いたようなものよりも、不幸のどん底を描いたものや、苦しみや辛さの中にあっても、それに打ち克ち幸せを得たものの方が胸を強く打ちます。
洋の東西を問わず、多くの名作は不幸を土壌として書かれているように感じます。「一握の砂」の石川啄木、俳句の種田山頭火、尾崎放哉、小説では林芙美子の「放浪記」、倉田百三の「絶対的生活」、志賀直哉の「暗夜航路」などなど数え上げれば限がありません。
たとえ日頃幸せな人生を過ごしていても、もし万が一不幸な目に会った時は、きっと詩やエッセー、小説など文学が救いになると思います。何故ならば、文学は自分の気持を吐露する場でもあり、癒しや慰めにもつながるからです。
この広い世の中で縁あって一緒になり、偕老同穴の契りを結んだ二人です。「結婚は苦しみを半減し、喜びを倍にする」と申しますが、常にかくあるのが理想です。しかし、体調が悪い時はその部分に存在感があるように、夫婦でも仲が悪い時は存在を感じます。 お互いに存在を感じない空気のような存在でありたいものです。
私が日頃心がけている「夫婦喧嘩のコツ」について述べてみたく存じます。
1.女の小言に大の男がいちいち対応しないことが基本
2.一応怒ってはみせても、決して後を引かないようにする
3.大したことでなければ言葉をぐっと飲む
4.相手の人格を否定するような言葉は決して使わない
5.根に愛があるからこそ「痛いことを言ってくれるのだ」と感謝の心で受け取るようにする
少し我慢していればすべては時間が解決してくれるように感じます。後になって考えてみますと往々にして大したことではなかったと思うものです。
ここ一番という時だけはしっかり言います。ただし、正しいことを言う時は相手を傷つけていますから、言葉を選び言い方に気をつけるようにしています。
要は相手の非をとがめず、良い点を褒めることがコツかもしれません。
仲良きことは美しきかな!
私の初夢「国境のない世界」を!
世界連邦樹立なる≠アれが私の初夢だった。「イマジン」の作者ジョン・レノンと同じく人は私のことを「夢想家だ」と言うかもしれない。
しかし、真の世界平和達成のためには「国境のない世界」つまり「世界が一つになる」ことだと確信している。
人間は何と愚かな動物だろう。大自然を破壊し多くの貴重な人命と財産を奪う戦争を絶えず繰り返している。現に中近東では紛争が続いている。戦争は世界的大損失である。地球的見地から世界を見ることができないものか。地球上の人類がなぜお互いに信じあい、仲良くすることができないのだろうか。
世界平和達成のためには超国家的な政府をつくるべきであるいう考え方は昔からあった。それには「世界連邦」を建設することである。われわれの先祖は明治維新で「廃藩置県」を行い、日本共通のことは政府に任せることにした。それ以後、日本国内に戦争は無くなった。
今こそ国境をとっぱらって世界は一つになるべきである。
【初詣世界平和を祈願する】新春の一句より(平成16年1月2日)
奥が深い「五・七・五」
余暇の善用と老後の楽しみのために、大分合同新聞「読者文芸」の俳句(選者倉田紘文先生)に投句を始めてやがて5年になる。この間、1回も欠かすことなく続けてきた。毎週火曜日の夕刊が待ち遠しく感じられるこのごろである。
掲載された時には、友人や知人から「おめでとう」と電話がかかることもある。街で出会った時に「見たよ!」と声をかけられるのもうれしいものだ。しかし、何カ月も続けて載らないと、「あんた、このごろ投句しよんのかえ?」といわれることもある。載ればうれしく励みになるが、載らない時は、「まだまだ修業が足りない」と受け取るようにしている。
五・七・五のわずか十七音で作る俳句はよく「ものが言えない文芸」ともいわれる。それだけに第三者に共感していただけるのはなかなか難しい。季節感があり、景が見えて人の心に響き、つい「あっ」と叫んでいただけるような句を目指したい。
自然をめで、発句することは頭の体操になる。風流の世界が老後の人生を豊かに楽しくさせてくれたことは確かである。(平成15年11月4日)
吾唯知足
ご存知のように、これは竜安寺のつくばいにある有名な言葉です。初めてこれを知った時、何と含蓄のある言葉だと思ったものです。
方丈の北東に茶室蔵六庵があり、その前に石造りの手水鉢があります。茶客が平伏して手を洗い清めるところから「蹲」(つくばい)と呼ばれています。
刻まれた文字は、水を張った「口」の字をそれぞれ重ねて「吾唯知足」(われただたるをしる)と読みます。その意は、「足るを知る人は貧しいといえども即ち富めり」といいます。飽食の時代にあり求めれば何もが手に入る時代の我々は、ややもすると「知足」の心を忘れがちになっているのではありませんか。(「吾唯知足」より引用)
今こそ、この「吾唯知足」の精神が最も必要な時ではないでしょうか。
生涯学習
私は若い頃、あまり勉強をしなかったので、この歳になって初めて勉強し知識が増える喜びを知りました。
知識が増えることのメリットを「ヘタな人生論より徒然草」の著者萩野文子さんは次のように言っています。
「知識が多く、思考力にもすぐれていれば、目前の問題を多面的に分析することができるし、それを現実的に解決する種々の方法も考え出せる。人の感情を酌みとりつつ、同時に冷静な対処をするために、文学的な情緒・論理的な思考・歴史的な観点・科学的な検証・芸術的な発想などなど、あらゆるジャンルの鍛錬を積んでいるのだ、・・・(略)」と。
また、彼女は天井の高さを例にあげて言及していますが、私も天井の高い家が好きです。ただ生活するだけなら低くてもできますが、どことなく息苦しいく感じます。天井が高ければ、気持ちがよく心に余裕が生まれます。これと同じように、ただ生きるためだけなら読み書きソロバンだけでOKです。しかし、知識が多ければ、考え方や判断にゆとりができるように思います。
これから年をとり、ますます社会の粗大ゴミになっていくわけですが、そうならないためにも勉強したく思っています。
自分のためでもあり、少しでも社会のためになれば望外の幸せです。
もののあわれ
最近、徒然草を読んでいます。高校1年の頃読んだ時と今では大きな違いを感じています。われわれ日本人の心にぴったりくるものがあります。
人生経験の少ない青少年時代には読んでも真の意味は殆ど理解できませんでした。60代後半になって初めて無常観など分かるようになりました。古典のなかには現代に通用する真理が沢山あるように思います。
序段
「徒然なるままに、日暮らし硯に向ひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。」
シニアライフを送る世代になった今、まさにこういう気持ちです。私にとってパソコンこそ救いの神でした。
七段
「あだし野の露、消ゆる時なく、鳥部山のけぶり、立ち去らでのみ住みはつる習ならば、いかにもののあはれもなからむ。世は定めなきこそいみじけれ。」
あだし野の墓地の露が消える時なく、鳥部山の火葬場の煙が立ち去らないように、人に死というものが訪れないとすれば、もののあわれの感情もありえない。世の中は無常であるからこそ、人生は生きるに値する。
この無常観がなんともいえません。ここに詩や短歌、俳句、エッセーなど文学の生まれる所以があると思うのです。
最近は、先のことをあまり考えずに、その場さえ良ければよいと考える人が多くなったように感じる。
かつて在職中、多くの校長に仕えてきたが、その中の一人に釣りのとても好きな方がおられた。その校長はよく「ともづなを結ぶ時は解くことを思って結べ」と言われた。この言葉はいまだにわたしの心に深く残っている。
ともづなとは船尾にあって、船を岸につないでおく綱のことである。わたしはこれを「何事につけても、常に先のことを考えて行動せよ」と解釈した。この言葉は、その後のわたしの教職生活や人生に影響を及ぼした。
例えば現職のころは、常に明日の授業や仕事の手順の準備をして帰宅していたので、慌てることなくその日の仕事が全うできた。この言葉は、老後の生活の準備など全てにわたり役立つ。要するに、何をするにしても、次に始めるときのことを思って、今用意しておけば安心だし、能率も上がる。
第二の人生は神のご褒美「黄金の人生」
一日を一生と思って生きる中に「黄金の人生」を生きる秘訣あり
「それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終まぼろしのごとくなる一期なり。…我やさき、人やさき、今日とも知らず、明日とも知らず、遅れ先立つ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。…されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生の大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏もうすベきものなり。あなかしこ、あなかしこ」「白骨の文」(蓮如)より
文中の「我やさき、人やさき、今日とも知らず、明日とも知らず、遅れ先立つ人は、もとのしずく、すえの露よりもしげしといえり。されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。」のくだりは身にしみます。また、「はやく後生の大事を心にかけて」とありますが、現世が大事と思い悔いのないよう“今”を大切にしたいものです。
第二の人生は神が与えてくれたご褒美「黄金の人生」だと思います。それを黄金にするか否かは本人の生活態度にかかっています。人生は一日一日の連続ですから、一日を一生と思って生きる中に「黄金の人生」を生きる秘訣があるような気がします。一日を一生だと思って毎日を大切に充実して生きていれば、一日一日が黄金に変わっていき、幸福な人生になると信じます。
スローフード
一時、ファーストフードが大流行でしたが、最近はスローフードが注目され始めました。つまり、スローフードとはファーストフードに代わって、手間ひまかけ心を込めて作った料理のことです。いわゆるお袋の味です。何も早いばかりが能ではありません。要は愛情だと思います。
食事をするということは、動植物の命をいただくことによって自らの命を育む行為で、とても大切な尊い儀式でもあります。いただく側としても美味しく会話も弾み楽しい雰囲気が醸しだされます。手間ひまかけ心を込めて作った料理には自然感謝の気持ちも湧いてきます。
こうすることによって家族の絆も一層強くなることと思います。
ユートピア
かつて科学的社会主義者たちが経済的、身体的弱者に光を当て、平等で無駄のない建設的な国家をつくろうとしました。今なお模索している方もいらっしゃるでしょう。その人類愛や情熱には心から敬意を表します。しかし、いかにわれわれ人類の英知をもってしても、人為的に理想郷をつくることは至難の業でしょう。
アダム・スミスが「国富論」の中で、神の「見えざる手」を説いています。楽観的と言われるかもしれませんが、何かこの世は大きな力によって導かれ、調和がとれているように感じられます。資本主義こそ神、自然の摂理にかなった体制ではないでしょうか。
故に、これを基盤としながら、その欠陥を修正しつつ理想郷へと近づけていくのが、ごく自然だと考えます。
資本主義のあり方
下記は最近読んだ、福島清彦著「ヨーロッパ型資本主義」(講談社)の要約と感想である。
アメリカ型の資本主義が推し進める「市場原理主義」は弱肉強食の理論であり、貧富の差をますます拡大させる。
EU(欧州連合)が目指すモデルは「社会的な資本主義」である。これは、ゆとりと思いやりの社会であり、社会的な弱者と地球環境に配慮した国づくりを推進する福祉国家路線の資本主義である。
これを実現するためには、市場原理を無制限に適用するのではなく、ある分野では抑制し、またある分野では全く適用しないなど、それを賢く活用する必要がある。
こうした福祉国家路線を推し進めていくためにはコストがかかる。消費税や所得税率等を高く設定するなどして、政府の税収入を増やしていかねばならない。アメリカのように「小さな政府」を目指すのではなく、「大きな政府」がいったん金を集めて、それを弱者に有利なように適切に分配する。これがEU諸国の考え方である。
理想としては「小さな政府」であるが、ややもすると弱肉強食になりがちなので、やはり弱者と地球環境保護のため「大きな政府」を選ばざるを得ない。
しかし、「大きな政府」は非効率的で活気のない社会を産むきらいがあるので、そこらあたりに関しても配慮が必要である。
あくまでも自助努力自立が原則であるが、病気やハンディキャップ等背負っているが故に、自らを助けることが難しい人たちがいるのも事実である。これらは社会全体で面倒を看る責任がある。
私の花粉症対策
30年前、東京行きの寝台車の中、冷房の効き過ぎでクシャミの連続、これが私の過敏症の始まりだった。その後、杉花粉症、ハウスダスト症、冬の夜明の冷気による鼻炎など、あらゆる刺激に対して敏感に反応するようになった。名医を訪ねて治療を試みたが、すべて対症療法で一時的に治っても副作用がひどく、以来毎年その繰り返しだった。
青汁がいいと聞いてケールを植えたり、知人に減農薬野菜をいただいたりして毎日飲んでいた。これで少し改善された。
その後、更に友人の勧めで免疫力強化のため、栄養のバランスに気をつけ、できるだけ1日30品目を取るように心がけた。足りないところは栄養補助食品の助けを借りるようにした。おかげで、10年くらいしてから自然に免疫力がついたのだろう。症状は随分軽くなり友人も驚いている。
ひどい時は鼻水が止まらず、1日ティッシュ1箱以上も使い、外出もできない状態だった。現在はほとんど生活に支障ないほど改善された。
育枝記
礼儀作法は真心で
礼儀作法とは、非常に演技的なものである、と山口瞳は書いている。それは、人がひしめきあって生きる世間を円滑に、過ごしやすくするための演技なのだろう。そして、演じることを放棄した人間は、社会的人間という自己の存在意義をも放棄してしまうことになるのかもしれない。
最近、言葉づかいが乱れマナーも悪くなり挨拶をも忘れてしまったのではないかと思う時さえある。私が山口瞳さんと違うところは礼儀作法は演技ではなく真心からのものでなくては相手に通じないと考える。
かつて生徒たちにマナーやエチケットについて「良いコミュニケーションを図る基盤は、相手の人格を尊重し、信頼し、相手に関心をもつことである。人格を尊重するということは、他人の意思を大切にし、認めようとする善意の心である。相手を無視することは相手を傷つけ、さびしくさせ、腹立たしくさえさせる。相手を尊重する心は、態度・行為・感情そして言葉をとおして相手に伝わるものである」と指導してきた。
ことわざに「礼儀はいつも厚くせよ」というのがある。即ち、礼儀は常にしきたりを守り、どのような事態の中でも手厚くせよ。「礼儀はいつも厚くせよ 礼儀は丁寧」とも云う。
毎朝、家庭や地域社会、学校、職場などで、大きな声で明るく笑顔で「おはようございます」と挨拶をして、素晴らしい一日を始めよう!
また、敬語や謙譲語も人間関係をうまくもっていく潤滑油のようなものである。人間には長幼の序があり親しき仲にも礼儀ありで、相手の神経をいたわる付き合いが大切である。ことばは伝達の手段だけでなく「人格の表れ」でもある。
愛別離苦
高校時代の友人(奥さんを数年前に亡くされた)から次のようなお便りをいただいた。
「大学時代の友人の訃報を受けて、1年が経過して気になっていた。仏前参りができて、今はほっとしている。肺がんで、異常を感じてからはあっという間に、告知もなく逝ってしまったとのこと。女性は強いので残された奥さんを激励することもないが、私の現在の立場を説明して少しは励ましになったかも知れない。」と。
きっと彼の話は大きな励ましになったことでしょう。
世の中には、幸せを絵に描いたような家庭もあれば、かたや、大変不運な場合もあります。
我々シニアの年代になれば友人の訃報に接することが多くなります。
大学の同級生の一人(子どもがいない)も退職後、肝臓癌にかかり63歳で亡くなり、奥さんがひとり残されました。
「愛別離苦」とは親・兄弟・夫婦など、愛するものと別れる苦しみをいいますが、子どものいない私どもも何れこうなるのかと思うととても寂しい気持ちになることがあります。
しかし、われわれ退職者の通信紙(昨年)に下記のような文が載っていているのを見て世の中にはいろんな苦労や悩みがあることを思い知らされました。
生涯続く子育て
k,Hさん(61歳)
私の一人息子は重い知的障害のあるダウン症で、今年8月成年を迎えましたのに3歳程度の生活能力しかありません。遅い結婚で駄目かと思った子どもを授かった時は、天にも昇る喜びでしたが、障害児と分かり、実母もくも膜下出血で寝たきりで、このうえ教師を続けることができるかと悩みましたが、僧侶である夫の助力もあり定年退職できました。
私の生き甲斐といえば、成年後見法の手続き、いろいろな障害者組織との連携も含め、生涯続く子育て?でしょう。いくら苦心の効果があがらなくても、手塩をかければかける程、親の方が安堵の慰めを感じます。母の場合もそうでしたが、世話をすることは自分が世話をされると同じで、深い人間関係があれば、疲労で自分の命が削り取られても満足感が残ります。
障害のあるわが子を通して、今さらながら教育とは教師から生徒への一方通行でなく、教えることは教えられることだと身に沁みて知りました。
退職後2年を経ますが、1年目は初任研講師、今は産休講師を勤めております。共同作業所への送り迎えなどは夫がしていますが、健康に不安があります。思えば夫婦の協力も大きな生き甲斐となっています。
これを読んだ時「これぞまさしく人生だ!」と感じました。幾多の悲しみや苦しみにめげることなく夫婦協力して前向きに生きる姿勢に感動を覚えました。
私もせっかく与えられた命、生かされていることに感謝し、決して人を羨むことなくあるがままに精一杯生きて行こうと思った次第です。
人類はみな平等
かつて日本では「脱亜入欧」の思想が横行していました。最近、少し変わって来たように感じています。コマーシャルの世界にも変化があります。例えば、テレビコマーシャル(お茶など)にモンゴルの人が出ているのをよく見かけます。また、アメリカの政界にも白人のみならず黒人やアジア系の人の進出が見られます。大変良い傾向だと歓迎しています。
私の故郷大分県中津市出身の福沢諭吉は「学問のすゝめ」の中で「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」と申しました。
また、近代市民社会をもたらしたフランス革命を高く評価します。そのモットーとする「自由、平等、博愛」の精神は実に立派です。毎年暮れになるとよく謳われるベートーベンの第九「歓喜に寄せて」はご存知のようにフランス革命をもとに作られています。
人間は生まれながらに平等であって、貴賎・上下の差別はありません。如何に高貴の家に生まれようと、また、如何に極貧の家に生まれようと、また、肌の色が白かろうと黒かろうと黄色であろうと生まれ落ちた瞬間から平等です。
この21世紀こそ、世界中が「自由、平等、博愛」の精神の徹底的実践の世紀になって欲しいものです。
実母が残していった詩集がある。その中に
「たらちねの 恵みの胸に いだかれて はぐくまれたる 昔わするな」
「親思ふ 心のちかひは やすけれど 行ふことの むづかしきかな」
私は生後間もなく他家を継ぐため養子となり、実父母とは全く生活をともにしていないが、この詩を読むと、なんだかその気持ちがじーんと伝わってくる。
最近の世情を見るに独居老人世帯が激増している。親も子どもと生活するよりは自由気ままに振る舞えるという気持ちから、また子どもは親をみることの煩わしさから自然そうなるのであろう。年老いた親たちが一番望んでいるのは何であろうか。それはやはり子どもたちと一緒に生活し、皆からやさしい言葉をかけてもらうことではなかろうか。兄弟がたくさんいて、たまに親の面倒をみるぐらいだったら誰にでもできる。しかし、同居して孝行するのはなかなか難しいことである。
税法でも老人扶養親族で同居をしている場合には、その扶養控除額がただ単に経済的にみている場合よりも高くなっている。これなどもまさに親孝行している者に対する税法上の特典と考えられる。この詩は孝養の大切さを教えてくれるものであるが、もうすでに実父母、養父母ともに他界してしまった今、まさに「親孝行したい時には親はなし」である。お若い方ゆめゆめこういうことのないように。
歌には人生がある
私は歌が好きだ。毎週、NHKの「歌謡コンサート」(火曜日)と「BS日本の歌」(土曜日)は必ず見るようにしている。
歌には人生がある。歌を聞くと自分の生きて来たその時代、その時代の出来事や辛かったこと、楽しかったことなどいろいろなことが思い出されて実に懐かしい思いがする。つい感動して涙がこぼれることもしばしばである。誰でもそうであろうが、特に激動の昭和を生きてこられた方々にはひときわ感慨深いものがおありだろう。
歌は酒と同じく、悲しい時も、不安なときも、楽しいときもよい。ある時は慰められ、元気づけられもするし、またある時は歌そのものに酔いしれてしまうこともある。「生きてゆくのが つらい日は おまえと酒があればいい」で始まる「ふたり酒」など聞いているとなぜか自分のことのように思えて慰められもするし、また明日から頑張ろうという気持ちにもなる。
歌には言葉では到底伝え得ない思いまで伝えてしまう凄い力を感じる。
世界連邦
人間はなんと愚かな動物だろう。あれほど多くの人命と財産を奪う戦争を繰り返しているではないか。現に地域紛争でくすぶっているところもある。たとえ勝ったとしても貴重な生命を奪い、大自然を破壊しては世界的大損失である。人類愛に目覚めることはできないものか。地球的見地から世界を見ることができないものか。地球上の人類がなぜお互いに信じあい、仲良くすることができないのだろうか。
世界平和達成のためには超国家的な政府をつくるべきであるという考え方は昔からあった。
それは「世界連邦」を建設することである。決して理想論ではない。われわれの先祖は明治維新で「廃藩置県」を行い、日本共通のことは政府に任せることにした。それ以後、日本国内に戦争は無くなった。今、これを一段大きくして世界の「廃藩置県」をしようというわけである。
すなわち、世界各国の人口数に応じて選出された議員をもって世界連邦議会をつくり、これによって選出された大統領の政府が中央政府として直接、世界中の国民を統治する。そして現在の各国政府は地方的行政官庁とする。軍備は撤廃し、世界政府の警察が直接に各国民の治安、保護に当たり、戦争計画者を取り締まるというものである。
「中庸を得る」状態がベスト
若いころはよくむちゃをしたが、人生経験を経ることによっていろいろなことが分かってくるものだ。もちろん、生業に関しては決して手を抜いてはならないが、その他のことについては「つかず離れずの程の良さ」、つまりほどほどが良いと思う。食生活しかり、宗教しかり、遊びなどもしかりである。あまり深入りすると、かえって抜き差しならない状態になり、結局、自分自身を苦しめることになる。私は「中庸を得る」ということわざが好きだ。これは、過不足なく調和がとれている、程のよい状態にあるという意味である。しかし、「中庸を得る」ことはなかなか難しい。食生活でも腹七、八分、酒もほろ酔い加減に飲むのが健康に良い。人間関係もみつのようにべったり付き合うのではなく、水のようにさらっとしているのが良い。その方が長続きする。宗教は必要だがあまり凝り過ぎても良くない。遊びも家庭を壊すようではいけない。このことはその他全般に言えることである。
要は、もう一人の自分をつくり、常に現在の自分が「中庸を得る」状態にあるかどうかを客観視することが、大切である。
幸せは東にもなし西にもなし、北(来た)道探せ南(みんな身)にあり」という