紅葉を求めて 大崩山に遊ぶ    栗秋和彦
 「拝啓。貴殿におかれましては、門司周辺のみならず広く北九州、中国地方西部まで行動エリアを拡大して」云々で始まる“大崩山へのお誘い”と題した手紙を挾間から受け取った。ボクにとっては面識のないおじさん3人を含めた、この山行の主唱者は高瀬であり、彼の取引先とのコミュニケーションアップをもくろむ接待登山の色彩が濃いいぞ、ついてはアシスタントが欲しいと読み取り、一肌脱がざるを得ないなと即決した。この山行の出来不出来で、(株)高瀬の存亡にかかわる一大事(?)とあらば、北九州からでも駆け付けない訳にはいくまい。と挾間ばりのはやとちりではあったが、とにかく大分で合流して総勢6人で大崩山を目指した。

 北川ダム湖にかかる竣工したばかりの『宇目の歌けんか橋〜斜張橋という珍しい構造、早くも宇目町の新名所になりつつあり〜』を渡り、県境尾根を越えると、登山口の上祝子は近い。途中の食事&買出し時間を差し引けば大分から2時間余りと昔に比べればずいぶんと早くなったものだ。ザックがいつになく重いのだが、これも小宴会用の酒類の荷揚げでは苦にならぬと挾間宣いつつ、登山口から30分程で大崩山荘着。宴の序盤は就寝中の先客に気を使うも、知らず知らずに声高になる中年登山隊を戒める役はやっぱり高瀬だった。23時40分おやすみ。

 翌30日、5時20分起床。高曇りのまずまずの天気。坊主尾根コースのため山荘前の祝子川を徒渉することとしたが、一昨日の大雨で増水したのか、適当なポイントが見付からず沢に入りザイルを張って、(勿論、高瀬ガイドの役目なり)流木と石づたいにやっと渡る。
        

 徒渉だけで40分も費やすとは先が思いやられるが、坊主尾根に取り付いてからは順調に高度を稼ぐ。右手に覗く坊主谷は紅葉の真っ盛りでここならではの原生林のスケールの大きさを感じさせるのだが、願わくば青空の元で、陽光をたっぷり浴び鮮やかなそれを堪能したかったのだ。マァしかしこれは欲張りというものだろう。ワイヤーあり、鉄ハシゴやロープと全身を駆使しての山登りも久し振り。山懐の深さをしみじみと感じる。尾根の取り付きから2時間弱で小積ダキの頭(1391m)へ。ボクにとっては17年前の夏、高比300m、垂直の小積ダキ北壁宮崎山岳会ルートを8時間かかって攀じて辿り着いた思いでの頂でもあり、中央のビッグ・ウォールを目指し、多感な青春期の象徴的登攀が、今鮮やかに甦ってくる。

 一方、9時半をやっとまわったばかりなのに、朝食が早かったので、飯を食おうという輩が約1名いたが、高瀬リーダーは「おっちゃん、宇佐でも早飯しとるんじゃないね。もうちょっとの辛抱・」と戒め、先を急ぐ。尾根上の明瞭な登山道をつめて、クマザサも少しづつあらわれたところで山頂へと和久塚尾根への分岐点を和久塚尾根へととる。このコースの途中、りんどうの丘(40〜50mぐらいの岩壁の頂。ここからの和久塚尾根の岩稜や県境の山々の眺めがすばらしい、第一級の展望台)で昼食をとろうという算段である。ガスの切れ間から岩峰が見えかくれして、幻想的な景観を提供してくれる。少し早いが、巨大な岩磐のそちこちに散らばり昼飯を食う。カップラーメン、おかかおにぎり、サンドイッチetc....と各人思い思いのメニューを楽しんだが、昨夜の余韻さめやらず、皆の手にはしっかりと缶ビールが握らされていた模様。

 さて、あまりのんびりとはしていられず山頂を目指す。和久塚尾根に出てからは、単調なクマザサの路をつき進み、小さな岩塊を登ると急に周囲の展望が開け、石塚に到着。久し振りに懐の深い、険峻なアプローチを経て大崩・石塚の頂に立つことの喜びがジワジワと涌いてくる。専ら低山徘徊でお茶を濁している自分にとって、今年一番の時間を費やすことになる山行であり、感慨はひとしおであったが、とりあえずここから5分の山頂(眺望は全くきかず、山頂の碑があるだけ)まで往復し、再びの石塚でどっしりと腰を降ろす。

          

 桑原、夏木の県境尾根や西方の鹿納山から五葉岳、それに日隠山塊が雲海の上に浮かぶ様にしばし見とれながら、至福の時を過ごす。そして次なる上和久塚P1を目指して腰を上げる。20分程で樹海の中から忽然と岩峰が現れ、高瀬の表情が好奇心旺盛な童顔に戻った。

 「ここが上和久塚P1であるからして皆の者、心して攀じられたい!」と急遽、クライミングスクールの校長に早変わりして、受講生3人に簡単なザイルさばきの講釈をたれた。そして「まずは拙者が見本を」と腰にザイルを縛りつけて、猿まわしの猿よろしくスルスルと躊躇なく攀じっていく。特に、川島、園田の受講生2名はこの登攀を見上げつつ、不安な表情は隠せなかったが、クライミングに対する好奇心の方が勝っており、高瀬の模範演技を熱心に見入っていた。ボクは咄嗟にこのあたりが、『接待登山の真髄に迫る部分であるぞな』と思いつつ、アシスタントとしての領分を果たすべく、川島氏の後に付き、一緒に攀じながら彼のホールド、スタンスの位置を確認し、アドバイスを行い、そして見守った。

 

 一方、下からは挾間がビデオカメラ(とうとう“おゆぴにすと”の世界にも新兵器登場か!)に収めるべく、ポーズの注文をうるさく要求してきたが、途中で「アッ、バッテリーがない。どうしょう。ウググ....」という声を最後に、再び1ピッチ30mの静かな登攀に戻った。ワタルちゃんらしい、新しいメカに対する取扱い誤りの結果ではないかと苦笑いしつつ、岩峰の頂からの眺望を楽しむ。高瀬はここからの通称『七日廻りの絶景』を推奨していたが、ガスの切れ間から垣間見ただけで、その全貌はわからずじまいなのがちょっと残念であった。

 さてクライムダウンも両氏のアシスタント役に徹し、1時間余りの高瀬クライミングスクールは閉校。次なる中和久塚P2へ急降下する。途中、ちょっと道に迷ったが、P2からの眺めも最高。さっき攀じった上和久塚P1が圧倒的に上部に迫り、スッパリと切れ落ちた小積谷側の高度感と、これを挟んで、坊主尾根の主稜を欲しいままにする。P2をカットした高瀬、日高組が下和久塚P3の岩場から合図を送ってくる。ここからP3までは岩稜沿いに5分足らずの距離で、谷を挟んで斜めから見る小積ダキの眺めが圧巻だ。更にハシゴやロープを頼りに20分程で乳房岩との分岐を経て袖のタキに到着する。

 九州一の高比を誇る小積ダキのスケールをもっとも雄弁に表現できるのが、真っ正面に対峙するこのポイントであろう。花崗岩の一枚岩、壁の2/3ぐらいのところに顕著なハング帯がしっかりと見てとれる。圧倒的な高度感にさい悩まされてこれの乗っ越しに難渋したのが、つい先日のことの様にを思い出される。飽きることのない眺めに、長居を決め込みたい気持を押さえ、後髪を引かれる思いで本道へ戻り、小積谷へ一気に急降下を開始する。坊主尾根同様、神経を使いつつ全身を駆使した末に祝子川本流へ出て、皆んなの表情に少しばかりの安堵感が浮かんだ。そして河原から仰ぎ見る大崩の山々、とりわけ原生林を足元に置き、空を突く小積ダキの威容を見納めつつ充実感へ変わっていくのを認めたのはボク一人ではあるまい。

 こうして豪快な大崩の山歩きを余すことなく堪能し、凱旋にも似た気持で山を下る。そしてその余韻を楽しむ場を今宵、上祝子の民宿(祝子川渓流荘)に定め、いわずもがなの大宴会となったが、いつもながら宴の途中で唐突にメモリー回路が途切れるワタルちゃんは、翌31日早朝から「オレ、何しょった? 飯食ったかな? 鱒の塩焼き残してなかった?」などなどと、食い物への記憶を糸口に高瀬へ執拗に質問責めを試みていた模様であった。

 さてここで川島、園田、日高三氏とは別れ、本日は山のいで湯を巡ることにしよう。手始めに最も近いところで藤河内と定め、県境尾根を大分へ戻り、藤河内渓谷の入口にある宇目温泉の『藤河内湯ーとぴあ』へ直行する。源泉は55℃の単純泉だが、湯量が少ないのでいったんタンクに溜めてボイラーで加熱すると湯番のおじちゃんの話。加熱とはいえ、温泉に間違いはない。県南にあっては貴重な山のいで湯に敬意を払わなければなるまいて。そぼ降る雨を窓越しに眺めながらの湯浴みもまた格別の味わいあり、なのだ。

 そして更に旅は続く。三重、緒方、竹田を通り阿蘇へ。高瀬が詳しい南阿蘇の久木野温泉が目当てだが、途中外輪山から見る高岳はこの秋一番の寒波で山頂付近はうっすらと雪化粧を施し、快方へ向かう空模様に映えて威風堂々たる山容を見せてくれた。これだけでも来た甲斐があったといえるが、下界もどうかと期待する。しかし久木野はどこもかしこも車と人でいっぱいではないか。潔く中年トリオはあうんの呼吸でパスとし、あっさりとくじゅう・筋湯へ転進する。そしてこちらも湯浴み客でいっぱいであったが、不思議と気にはならないのだ。もぅもぅたる湯気に包まれて挾間の「うたせ湯はやっぱり落ち着くネェ。ここはわしらの縄張りじゃけんのぉ」とつぶやいた言葉がくじゅうの湯に対するこだわりと感性の妙を物語っているのかもしれない。あくまでも“大分・山のいで湯愛好会”はローカルなんぞ!と強い確信を持って宣ったことに本人は気がついてはいないだろうが....。ボクはふくみ笑いをしながら湯煙り紛れ、そして大崩の疲れを癒した。

〔コースタイム 10月29日 大分(鶴崎)18:20−登山口21:20〜30→大崩山荘22:00泊 10月30日 大崩山荘6:45→祝子川徒渉終了7:30→坊主尾根取付7:52〜8:00→見返り岩8:40〜50→小積ダキの頭9:28〜31→りんどうの丘10:00〜43→わく塚尾根合流点10:48→石塚11:15〜20→大崩山11:25〜35→石塚11:38〜50→上和久広場12:22(上和久塚P1登 攀)13:25→中和久塚(P2)14:10〜20→袖ダキ展望台&乳房岩14:45〜15:00→祝子川丸木橋16:03〜10→大崩山荘16:25〜40→登山口16:55−宿(祝子川渓流荘)17:20泊 10月31日 宿7:45−宇目温泉入湯(藤河内ゆーとぴあ)8:40〜10:45−三重町〜竹田〜南阿蘇・久木野村久木野温泉・四季の森見学、於そば道場昼食〜くじゅう筋湯入湯−大分19:00〕     (平成5年10月29〜31日)

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