忸怩たる思いの2013年春山・伯耆大山

                                      2013年3月15〜16日
                                      メンバー:狭間、栗秋

    
                     早春の伯耆大山

 厳冬の伯耆大山を再訪したいとの気持ちが近頃強くなった。伯耆大山は、北アルプス合宿を補完するものとして以前(昭和40年代後半)は1月と2月に足繁く通ったものだ。以来30有余年を経た5年前の4月末に、残雪の伯耆大山に妻と登った時、積雪期の伯耆大山への想いがますます強くなってきた。

 昨年の夏、偵察の意味合いも込めて、夏道登山道〜山頂〜元谷小屋、宝珠尾根〜三鈷峰〜ユートピア小屋往復などで、かつての日を回想する登山を楽しんだ。その時、宝珠尾根はかつての印象とは違い積雪期は今の体力技術では厳しい、登るなら夏道登山道、と改めて思ったものだ。


 紆余曲折ののち、今年の積雪期伯耆大山行は3月中旬の残雪期ということになり、3月15日午後大分を発ち、門司で今回のパートナー栗秋をピックアップし、夜の中国道を一路大山寺へ向けてひた走り、大分から550kmほどを7時間以上かけて日付が変わる直前に大山寺に到着。車の中で軽い飲酒をして寝袋に潜り込む。

 
明け方駐車場内の喧騒に起こされる。すでに車で埋まり、完全装備の老若男女が山頂を目指して身支度を整えている。その姿を見ながら一瞬不安がよぎる。「そうかあ、ここは名にしおう豪雪地帯だものなあ。そういう認識がないわけじゃなかったのに4本爪アイゼンとダブルストックでよかったのかなあ。昨春、豪雪の恐羅漢山もそれで特段問題がなかったので、少し高をくくったかな」…そういう思いに駆られながら山頂に向け7:55、大山寺を後にする。

            
                      ブナ林を行く

 夏道登山道に入るところで残雪の多さ、雪のしまり方をみてすぐにアイゼンを装着する。以後は、石段などコースの地表面が融雪により顔を覗かせる箇所もあったが、ブナ林に入って標高900m、1000mと、高度を上げるにつれて本格的春山の様相となる。

  早朝の大山寺の気温が氷点下であった。予想では、いくら積雪が多くても登山者の多い夏道登山道のことだから、しっかりしたトレースがあるに違いない、と勝手に思ったのが間違いのもとだった。五合目から上は雪面がクラストしている。石段、木道などがあるはずの登山道は残雪で覆われてみると予想外に傾斜が急だ。

          
                       五合目付近、4本爪に不安が…

 出発前、一度はピッケルと12本爪アイゼンを用意したにもかかわらず、思いとどまった。見通しが甘かった。何しろ持参の4本爪アイゼンは土踏まずのみカバーしているだけだから緩傾斜ではそれなりに威力を発揮しても、急傾斜だとてんで使いものにならないのだ。「‘歩行技術’があるじゃないか」と言いたいところだが、これがまたあてにならないのだ。相棒の栗秋とて同じだろうが、6本爪で土踏まず〜かかとをカバーしているから、僕よりはなんぼかましだろう。

そういえば霞沢岳の時も、この4本爪アイゼンのため最後の急傾斜で難儀し、前衛峰までで終わったことを思い出した。

さて、六合目小屋まではどうにか到着した。先着のパーティが思い思いにくつろいでいる。皆一様に雪への備えは万全で、大半が12本爪アイゼンだ。若いころタニの10本爪アイゼンとエバニューの12本、いわゆる出っ歯のアイゼンを持っていたが、氷雪でもなければ12本など使用をはばかられた記憶がある。

           
                六合目小屋にて休憩 熱心にメモをとる栗秋

 期待していた主稜線や北壁の眺望は、ガスに覆われ望むべくもない。小休止ののち、山頂から南面に山スキーで下るというパーティの後ろを追うように夏道登山道の核心部に歩を進める。

          
               
スキーヤーでも足の備えは万全

 5年前の4月末の時も、ここから上はかなりの残雪であったが、妻を先に上らせ下からサポートしながらそれほど難渋することもなく頂稜に至った。

 しかし、その時と今とでは積雪の状況がまるで違う。歩き始めてすぐに左右を見ると、左の行者谷側はガスで底が見えないが下手をすれば元谷に消えてしまいそう、右手下部は滑ればブナの幹に激突は必至、どっち側に転んでもただでは済みそうもない。

 傾斜がきつくしかもクラストした雪面に土踏まずのアイゼン爪は大して用をなさず、ストックはさし方が悪いと滑り思わずバランスを崩しそうになる。おまけに強風が容赦なく元谷側に身体を持っていこうとする。相棒はそれほど難儀に感じていないのだろう、少しずつ両者の間隔が開いては歩を止めて心配そうに振り返る。

 「一応、これでもかつてアルピニストの端くれだ」みたいな安っぽいプライドが横切り、苦笑いをしながら上を目指す。八合目付近だろうか、あと少し上れば九合目、緩やかな頂稜に至るはずだが、風はますます強く傾斜は一向に緩くならず、山スキー隊は視界から消えていき、後方からは急かされるような無言の圧力を感じ…そんな時に一瞬ストックの先が滑りバランスを崩して四つん這いになる。「ここはもう恥も外聞も捨てて潔くギブアップしよう」と腹を括る。「歩行技術もたかが知れてるのに備えを充分にしてこなかったお前が悪い!」と自分を叱咤。


 六合目までの下りは、上り同様気を遣ったが、擦れ違う登山者の一人から「いやー、4本爪で来られたんですかあ、そりゃあ大変でしょう」と、相当堪える皮肉を露骨に浴びせかけられ、「これを反面教師に以後肝に銘じよう」と固く心に誓ったしだい。

 六合目で小休止ののち、栗秋との伯耆大山は、内田さんと計画した「豪雪に敗退」(「登高」第99号、1975)以来だから、せっかくの機会にかつて北壁登攀を前に待機した元谷小屋に立ち寄ろうということになり、五合目手前の分岐から元谷目指して下ってみるが、あまりの雪質の悪さに断念して引き返し、昼前に大山寺に下り立つ。

 
かくして2013年春山伯耆大山行はほろ苦い結末に終わったが、相棒はどう思ったかは知らないが、この歳になってますます冬山、雪山…伯耆大山はじめ、かつて青春の血を滾らせた山々への再訪の気持ちが強くなったことだけは確かだ、「やれやれ、自分はどうしていつもこうなんだろう」という気持ちとともに。

(コースタイム)大山寺駐車場7:55→夏山登山口8:03→標高900m8:26→標高1000m8:39→元谷分岐9:08→六合目小屋9:22→八合目付近リタイア地点10:00頃→六合目小屋10:38→大山寺駐車場