1985年、波乱の年・悲惨な年  平野憲司
 昨年はあちらこちら出歩いていた割には、温泉に縁遠くて因ってしまう。もともと軟弱者の私ではあるが、我ながら余りにひどすぎる。御先達様から「温泉道とは気迫とみつけたりい、カッ!」と叱られそうですが、まずは、若者の恋うる(勿論、温泉にです・・・)気持ちをおさっしいただいて、よろしく御指導の程を・‥。

 7月、石川県。「笹の葉さ−らさら・・」と鼻歌まじりで出掛けたところ、笹も根っこから押し流される程の大雨でもうメタメタ。川となった道路を押し渡り、温泉を求めてさまよえは、何やら小さな「森本温泉」の看板がチラッと見えた。「あの−、お風呂を‥・」と息も絶え絶えにお願いしますと、「なにい!?、大雨で風呂どころやないさけえ」とすげなく追い返されてチョン!。そういえば石川県中、風呂ってな感じでありましたが‥。能登線では電車も風呂に入りたくて寝っころがったそうでして、あららら‥・と逃げ帰って参りました。

 10月、愛媛県。よおし、早めに片付けて久々の道後温泉だあ!と夜中のフェリーに飛び乗って松山へ。朝の7時に話し始めて止どまるところを知らず。ふと時計を見ると夜中の10時。帰りのフェリーの中で毛布にくるまって、温泉に浸っている夢を見ながら溜め息まじりに「温泉は遠くにありておもうもの・‥」

 11月、山形県。初めて尾花沢市を訪ねる。すぐそばには、あの「おしん」で有名になりすぎた「銀山温泉」があるのだ。よし、温泉にどっぶり浸って、「おしんまんじゅう」を食ってやる!と決心も硬く出かけたのであるが、酒でもうろうとしているうちに、宮城県鳴子に連れて行かれてしまった。そうだ!近くに鳴子温泉郷と鬼首温泉郷があるとニンマリしついでに紅葉に見とれていたら、「出かけんべ」の非情な一言。車窓から「あぁ、鬼首だ、鳴子だ、赤倉温泉だ・・・」と狂気のごとく笑いながら手だけ振っていた。「紅葉湯に浸りたる 木の葉かな」、アララララ!

 蔵王温泉は雪だった。正確に言えば、山頂が初冠雪なので、きっと蔵王温泉も雪が降ったんだろう。何のことはない。雪見て、酒飲んで、あ−こりゃこりゃで出来上がってしまった訳でして、「湯の煙り 横目で見ながら 雪見酒」、何ともイヤ。

 上山温泉にはぜひとも入り、あのでっかい木札をおしいただいて、山形の総まとめにしょうと、まずは腹ごしらえから・・・・と考えたのがまずかった。相手も悪かった。酒とイコールの関係をいまだ仲良く守り続けている悪友に「一杯やんべ」の一言で、湯煙のごとく上山温泉は遠ざかったのだ。メロメロの車中でウイスキーを一人あおりながら、尾花沢での話を思い出した。ある農家のおかみ、何やらさんは、堪えて、堪えて、堪えて・・花開かず‥。おしんは、花開いただけ幸せ者だとか。結局、私の山形行きも「花開かず」でおしまい。あ−なさけなや、なさけなや。ほんでもって、やっとこさかせいだ温泉一つ、涙無くして語れぬのでござりまする。

 秋の尾瀬湿原と山の旅
 10月10日、16時40分発の富士は大分駅を離れ、一路東京へ。某グループの旅行にのっかって、22名の御一行様だ。明日はバス移動のみなので、飲めや飲めやのドンチャン騒ぎ。カボスのおちょこやら、いいちこのラッパ飲みでメートルは上がりっばなし。「いいや、いいや、明日は温泉でアルコール抜きだ。やれえ!」てな訳で、皆様ぐでんぐでんの二日酔い・・もうろうとして東京に着く。上野で東京組4名と合流し、上越新幹線で上毛高原へ。雨の中、チャーターしたバスで戸倉のロッジ長蔵に着く。まあ立派な建物で少々気抜けしてしまったが、良いに越した事はないがね。

 車中で「老神温泉郷」やらなんたら混泉郷の名前をみるたびに目は輝き心は高唱る。「お、おんしぇんにいきましょう」ともうロレロレのグチャグチャなのでごぎりました。
 ロッジの人に場所を聞きますと、あっさり車を貸してくれまして、はやる心をおさえつつ、たどたどしい二日酔いのハンドルさばきであの懐かしい、かぐわしい?温泉の香りが聞こえてきたのでありました。場所は、群馬県利根郡片平村土出21。片平温泉湯元の千代田旅館。今はここ一軒しか無いとかで、ドッカとした旅館風の建物だ。おそるおそる、いや、ワクワクしながら玄関を入って行くと、迎えてくれたのは身の丈2mを越す白クマの剥製。「ナハハ‥いやあ、尾瀬には白クマもいるんだなあ‥」

 泉質は単純泉。源泉は53℃で、新井の湯という。K,Na,クロール,硫酸イオン,ヒドロ炭態イオンなど、1Kg中約330mgの含有。まだ新しく岩風呂の風情。圧巻は湿原の上にそびえる至仏山。。

 「この前までは素朴でいい風呂だったんですがねえ」と同行の工藤氏はちと不満顔だ。しかし、当方、温泉に入れただけでも大感激。ちょっと熱めの湯に首までドップリ浸ると、アルコールが毛の先からホワホワ抜けていく。夜行の疲れがお湯に溶けていく。口を開けると体に溜まった汚れが湯気と一緒に漂い出てくる気がする。もぅたまらん。・・・ふと気付くと一人ポツンと風呂に入っていた。皆はそそくさと出たらしい。そんじゃそろそろ出るかと大の字になって湯に浸かる。冷たい水を2〜3杯体にかけ、大満足で別れを告げた。お肌スベスベのなかなかの湯だった。

 明けて12日、薄曇りぎみだがまずまずのコンディション。バスで鳩待峠に向かう。まあ見事な紅葉で久々の感動でございました。

 メンバーは大分組22名の外、(財〉日本自然保護協会の工藤さん、草刈さん。雑誌記者の佐々間壌。それに長蔵小屋の平野靖子さんという超豪華メンバー。ブナ林のレクチュアーを受けたりしながら意気揚々と尾瀬を歩いた。ミズバショウが無くても素敵な所に変わりはない。後ろに見える東本州最高峰の燧ヶ岳。昼食は第二長蔵小屋でみそ汁が付くという感激も有ったりして無事尾瀬沼畔に建つ長蔵小屋に辿り着いた。

    ・・・感激した事・・・
1.長蔵小屋のご飯食器が木のくり物だった。
2.湿原に延々本道が敷設されていた事。
3.ボッカさんが背の高い背負い子で荷物を運んでいたこと。最上部にネギをしょってい  たので、カモと並べて「カモネギだあ」と喜んでいた事。
4.ゴミが殆ど落ちていなかったこと。
5.第二長蔵小屋でのみそ汁。
6.友人の妹に会ったこと。
7.道のそばにヤスデの死骸がゴロゴロあったこと。
8.沼の汚れを防ぐため石鹸など使わせないし、若者は風呂無しのこと。
9.水がうまかったこと。
10.ソバがうまかったこと。
11.平野靖子さんが案内してくれたこと。
12.・・そして尾瀬に来れたこと。

    ・・・残念だった事・・・
1.小屋の周辺が汚れのためアシが進出していたこと。
2.人が来るため外来種の植物が有ったこと。
3.山小屋が尾瀬には多すぎること。
4.植生調査とか銘打って湿原を踏み荒らしていたこと。
5.町中の格好で尾瀬に年寄りを連れてくる某旅行者のバカ共に会ったこと。
6.山道の上り優先も知らぬ非礼の登山者達。
7.野ガモに餌をやるエセ動物愛好者達。
8.お役所が作る無駄な施設の数々。
9.・・・そして何よりも、関東の一大観光地と変わり果てた尾瀬、哀れと言う他はない。

燧ヶ岳山行

 夜半、ごそごそ起きて目指すは燧ヶ岳(2346m〉。東本州最高峰てブナの原生林が広がる。11時30分出発。同行は草刈さん、佐久間さん、それに足立さんと私。ブナ林行くのに水筒は要らぬのたとえどおり、中腹まで水が涌いている。ルートは楽な長英新道を行く。道がグチャグチャで歩きにくい。まるで雨の祖母山を登っているようだ。肩に出ると道がフワフワする。良く見ると湿原の中。高度2000mにある湿原を楽しませてもらう。結局、道を間違えていたのだ。火口の上に出ると冷たい霧と突風。ヨタヨタしながら最後の岩場を上がり山頂着。神社でお神酒をあげおこぼれにあずかる。お神酒も風に煽られ霧になってしまった。本日、草刈さんの27回目のバースデイ。窪地を見つけ、チーズパン、ソーセージ、それとバーボンでパーティ。星の大きいのに驚きながらの山行であった。

 何やらかやとグチャグチャの一年問。それでもやっとこさ温泉にも入れたし、尾瀬にも行けたし、夜の燧ヶ岳にも登れたし大満足と言わねば絶対バチが当たりそうだ。
 今年は気を取り直して県下の温泉に再度かわいがって貰いたい。御先達様方、宜しく御指導の程を、誌面を借りてお願い申し上げます。

back