鶴見岳北谷滝の谷右俣
 
 
         
鶴見岳北谷滝の谷(白線は今回の軌跡…画像をクリックすると拡大します)

12月28日(土)晴れのち曇り、時々雪   

 鶴見岳の北面のいくつかの谷は、桜谷、滝の谷、地獄谷などと称され、急峻さと身近さにおいて、特に冬季にガレ場を積雪が覆い尽くした時には、アルパインクライミングの対象に変貌する。とりわけ、滝の谷は山頂にほぼ真っ直ぐに突き上げ、登るほどに急峻さを増し、北面の支谷の中では最も難易度が高く魅力的である。

 今冬の年末の寒波により、遠目に見る北谷の積雪量はアルパインの登攀対象として申し分なさそうだ。しかもお誂え向きに土曜日(28日)は終日寒気が続くとの予想だ。正月八ケ岳登山のトレーニングとして格好と思い、八ヶ岳行パートナーの一人・K君と阿弥陀岳北稜をイメージしながら登ることにした。

 22年ぶりに入る林道は舗装されており、昨年の豪雨の爪痕の修復のためか、年末だというのに工事車両が行き交う。桜谷手前のゲート脇に愛車を停め、約30分歩いて境川第二支渓(通称滝の谷)堰堤前に立つ。見上げる谷は山頂まで急峻な沢が突き上げ山頂の電波塔がはっきり視認できる。雲の動きが速い。気温はマイナス2度。標高685mのこの地点から1375mの山頂までの水平距離は900m、標高差は690m…単純計算ながら、この谷の平均勾配は丁度40度だ。上部になるほどさらに勾配は増す。

 三つの堰堤を捲き、しばらくゴロタ石のせり出しの中を岩石をぬうように登って行くと谷は大きく分岐、左は変化に乏しそうで、一方右手は彫りが深く、迷わずコースを右に採る。いかにも崩れやすそうな、急峻なガレ場だが、登るほどに積雪量が増し、気温が氷点下のため石の隙間どうしが氷結により接着され、落石の心配もなく安心だ。歩き始めて1時間ほどで行く手を涸滝に阻まれる。

              
                    
上部になるほど積雪量が増しアルペン的に 

 見た目楽そうだが近くに寄るとピンが見当たらず上部は意外に手強そう。若いK君は「やりましょうよ」と。ここでザイルほか登攀具に身を固め、涸滝に挑むが、いったん下りてアイゼンを装着し、再度中段まで登るも撤退。無理をすることはないと、右に高捲きすることにする。

             
                   
涸滝の登攀果敢に挑むも…

 ところが、この高捲きは低灌木と急な泥付き雪壁に悪戦苦闘し安全確保のためスタカットにしたこともあり、涸滝の上部に懸垂下降で下りるまでに1時間を要してしまった。けれども、まだ11時前、二人ともこの時点では気持ち的にまだ余裕があった。

 涸滝の上部は広いゴーロ帯だが、どん詰まりは一見して壁、よく見ると谷は右にわずかに湾曲したルンゼとなっている。このルンゼをさらに上がると両側が顕著な崖ながら、谷はカール状で広々として緊張しかけた気持ちに安堵感を与えてくれる場所だ。ここでみかんを頬張り水分補給。

 結局、全行程中水分・食糧摂取はこの時だけだった。というのも、ここから上部がこの谷の良くも悪くも核心部で、予想外の悪戦苦闘を強いられることになったからだ。

         
                   
微妙なトラバース スリリングと言うよりも…

 谷は積雪量を増し、足の置きどころを誤ると膝上近くまで埋まってしまう。しばらく登ると、上部の岩壁まで幅は狭いが真っ直ぐに200mほどの雪壁、この一条の雪の筋は別府市街地からでも遠望できた箇所だ。表面はテカテカ光りアイゼンの爪先とアイスバイルの威力を発揮できるところで、鶴見岳が「温かい九州にあってアルペン的登攀が可能な谷」と喧伝されるのも分らぬでもない。アイゼンを蹴り込むと雪片が勢いをつけて転がり落ちていく。アルパイン登攀のまねごとに心地よさを感じるひとときだった。

  
                  
鶴見岳北谷滝の谷が最もアルペン的な頂上直下の雪壁

 直上した後は岩壁に行く手を阻まれる。ここからルートを右手に採る。時間は12時を過ぎた。当初予定の稜線到達予定時刻となった。多少見通しが甘かったようだ。しかし、GPSでみる限り、山頂のかなり近くまで達していることは確かだが、急峻なだけに高度差はまだまだありそうだ。ここから山頂稜線までの、標高差にしておそらく約200mほどは低灌木帯と岩壁、ルンゼが複雑に入り乱れ、選択すべきルートはどれをもって正解とするのか、正解があるのかどうか、…つまりは一見易しそうな箇所を登り壁に阻まれるとトラバースして右手に新たな活路を求める…それを繰り返しつつ全体としては右上気味に高度を上げて行くことになる。

 頂上近くのマイクロウェーブを間近に見て,稜線は近いと思いながらも一向に急峻な低灌木帯から抜け出せず、時間が午後3時を回った頃、少々焦りを覚えたことは確かだ。稜線直下までのこの間、雪壁のトラバースなどで「絶対に落ちられない」という状況下もあり、50mのザイルで6ピッチほどスタカットで安全確保を図った。

      
                    
頂稜に出口を求めていくつものトラバース

 そして4時前、太い灌木でのビレーを最後にロープを解き、膝までのラッセルで、今度はコースを軌道修正すべく左上気味に上がって行くと急に明るい箇所に飛び出した。右手の大きなマイクロウェーブがまず眼に入り、すぐ左手10mほどのところ鶴見岳山頂標識が眼に飛び込んできた。3時58分である。鶴見岳は初めてというK君が後に続いた。予想以上の悪戦苦闘と出口の展望が開けない焦燥感で二人とも黙りっこくなっていた時だけに、素直に手を取り合って完登を喜び合った。稜線直下で悪戦苦闘、もがいている最中に、我々を心配して二度ほど電話のあった、八ヶ岳正月行のリーダーIさんに取り急ぎの一報を入れ、午後4時半発のロープウェイに乗り下山した。

           
             
午後4時稜線に飛び出しK君の顔がほころんだ

 22年前、丁度K君と同じ年齢の頃、積雪の地獄谷を3時間余りで抜けたことがあり、滝の谷も4時間くらいあれば、と根拠のない目算は大外れであった。涸滝は、登攀か高捲きかのところで決断に時間を食ったこと、写真を撮りすぎるなど安易に時間を浪費したこと、しかし、最も時間がかかったのは、上部をコンテニュアスではなくスタカットで登攀したからだ。これには、コースの選択が悪かったことはあるかもしれないが、スタカットで登った6ピッチはどう考えても「ノーザイルの自己責任で」という感じではなかったという思いがある。もちろん、もっと技量が高ければ別の話だが。

 それはともかく、マイナス5〜6度下で9時間、みかん一個、背中にはある程度の荷を背負っての登攀に耐えたのは、来るべき八ヶ岳北稜の良いトレーニングになったことだろう、私にとっては。一方の、鶴見岳が初めてのK君にとっては「大分の山も捨てたもんじゃない」と再認識したことだろう。「今度はノーザイルで3,4時間くらいで」と思っているかもしれないが、私はと言えば「滝の谷に良い思い出をつくることができ、十二分に満足しきった感があり、次はあるかなあ?…」というところか。

(コースタイム)鶴見岳林道ゲート7:55→境川第二支渓(通称滝の谷)8:32-37→涸滝9:40-45→涸滝上部10:57→広いカール11:11-28→頂上直下岩壁基部12:21→(この間、急峻な低灌木帯をのたうちまわる)山頂稜線15:58→ロープウエイ鶴見岳山上駅16:30→登山口駅16:45→林道ゲート17:10