MTBで登る長門の名峰・一位ガ岳の巻                                                      栗秋和彦
 二週連続となった山口県の山詣で(先週は山口県の最高峰・寂地山1337m)、今回は長門随一の美しい尖峰で知られる一位ガ岳(672m)とした。選考理由はいたって簡単、アルペンガイド19・中国四国の山(山と渓谷社刊)の『山口の山』の項を斜め読みしていて、その名前に惹かれたことと、登山口として名湯・俵山温泉が東麓に控えているという地理的条件に加えて、山頂近くまでMTBで攻められそうな林道(と言うか電波中継塔へ通じる保守用道か)が地図上で我々を誘っていたからである。これぞまさしく山といで湯を堪能しつつ、アプローチにはMTBを操り、トライアスロンならぬトライ・サァティスファクション・プログラムの実践にほかならない、などと大上段に構えるつもりは毛頭ないが、少しだけBIKEトレーニングが出来て、かつ山といで湯が楽しめればよしとする、はっきり言って安易で欲張りな計画である。そして今回の相棒は、3月の皿倉〜福智山縦走、4月の雨の貫山彷徨で活躍した会社の同僚、K氏。知る人ぞ知る自転車おたくである。 
                   

 

 でここは山口県豊浦郡豊田町の中心地、長正司のスーパー・マルキュウの駐車場。ポロシャツに綿パンのフツーの恰好にディパックを担ぎ、MTBにまたがる中年のオッサン二人のいで立ちは、どう見てもスマートとは言えないが、実質本位、質実剛健、女人禁制(何のこっちゃ)の世界に飛び出そうと意気込むスタイルであろうぞ、との講釈はこのくらいにして本題に入ろう。先ずは国道435線を西へ、荒木温泉を目指す。小さな峠を一つ越えて後はほぼ平坦な交通量のまばらなカントリーロードを、のんびりとポタリング。快晴のもと、時間はたっぷりあるし、急ぐ必要はない。そして荒木温泉を真近に控えたところで、北を見やるとのどかな田園風景の彼方に思ったより高く聳え、りりしく、すぐそれと分かる尖鋒を認めることができるのだ。大いに登高意欲を湧かせる山容であろうぞ、とK氏へ促すと彼は丸い目を更に丸くして、まるで掘り出し物を見つけたかのような、無邪気で満足そうな表情を返してきた。

 さてその荒木温泉であるが、田園地帯の真っ只中、国道沿いに数軒の旅籠が棟を並べるだけの、何の変哲もないところ。湯煙る山のいで湯のイメージとは掛け離れ、あまり食指は湧かぬなぁ、ここは。コースはこの集落からT字路を北へ取る。田園風景は続くものの、緩やかな上り坂が現れはじめ、県道37号(下関・豊田・油谷線)の標識を認めれば、いよいよ山岳ルートの端緒についたのだ、との思い新たである。ほどなく一の俣温泉を通過。こちらの方が山峡に湯治場的宿の風情が漂い、少しばかりは親しみが湧くのだ。(集落の外れで、トタン壁の共同湯を発見し、更にボクの評価点は上がった) しかし今回は往路で、かつヒルクライムを目前に控えていることもあって、割愛せざるを得ないのが、ちょっぴり残念であった。

 さぁ、いよいよ一の俣川を左手に見て本格的な上りに差しかかると、スケールアップした一位ガ岳は鈍重な山体に変わり、谷は深く切れ込んでヘアピンカーブの連続とMTBで攻めるには恰好の場面設定になってきた。しかし、思ったより坂は急で延々と続き、なかなかハードな県道であるわな。例えて言えば、八面山の上りにコースレイアウトが似てなくもないぞ。一の俣温泉からは車も殆ど通らず、乱れ気味の呼吸とほとばしる汗の競演に身を任せること40分余りで標高450mの峠にたどり着く。

 ここからの一位ガ岳はもう仰ぎ見ることもなく、南東の位置に鈍頂を呈しているが、西峰の電波中継塔へ至る2.1k、標高差150mの山道はMTBの領域であり、もうひと頑張りである。そしてこの電波中継塔の保守用路とも言える粗いコンクリート道は、グリップ力がよく、遅々とはしながらも着実に高度を稼ぐことができる。加えて付近一帯の植生は杉の幼木とカヤトで占められ林間道の趣はないが、一の俣谷から豊田町方面の眺望はすこぶる良く、登ってきたルートを確かめながら充実感に浸り、しっかりと脚はペダルを回すという現実にさらされつつ、終点とおぼしき空き地に到達した。先ずは『一位ガ岳』への朽ちかけた板切れの道標と登山道を確認し、つかの間の休息にまどろむ。

 一方、少し遅れて着いたK氏は、久しぶりのヒルクライムが少々堪えたようで、難儀そうな表情を垣間見せたが、それも大好物のバナナを一気に3本ほど頬張ると、すぐ元気が戻ってきた模様で、このあたりは皿倉〜福智山縦走で実証済。彼の場合は要するにエネルギー不足しか考えられないのですね。  

 さてここからは、MTBを担いで鞍部まで急降下で4分ほどの距離。もちろんここにMTBは置いて、山頂まではほんまもんの“登山”ということになるが、のっけからの急登は自転車の脚からの切り替えが難しく、10数分の山登りに“あご”が出て結構難行の道程であった。そしてシイやコナラ、山アジサイ等が繁茂する雑木林を抜けると、草原状の台地が現れ、これが山頂であった。あいにくと天気の方は晴れから高曇りに変わり、期待していた日本海(深川湾、仙崎湾)や長門の山々の眺望はいまひとつであったが、はるか南方の国道から仰ぎ見た、あの尖峰に自力で駆け登り、その頂に立っていることに満足こそすれ、何の不服があろうか。もちろん否・であろうぞ、と周囲の山々を見下ろしつつしばし感慨に浸る。しかし目の前の現実が先なるかな、傍らではもうすでに弁当を開いている御仁がいるのだからね、もぅ。

 下山はくだんの鞍部まで引き返し、北谷を椎ノ木集落へ下る“一位ガ岳への唯一正規・正統派”の登山道を取る。もちろんMTBは殆ど担ぐか押す羽目になったが、K氏なんぞはスキあらば乗ろうとの執念は尋常ならず、“七転び八起き(とそこまでは転ばなかった模様であったが....)”の精神には脱帽するのみであった。そして周りの植生はクマザサから雑木、杉林と変わり、丸太の頑丈な橋を渡ると、もう完全にMTBの世界である。今までの厄介物から、目を三角にしてスピードとスリルを味わう快適アイテムに早変わりとなるのだから、このヨロコビを知ってしまうと、林道では飽きたらず、山(登山道)にMTBを持ち込むことが病み付きになる可能性大である。

 そして里の気配が感じられるようになるとすぐ、椎ノ木集落最奥の民家に出る。目ざとくこの屋敷の外れの草原に、大きな桜の木を見つけたK氏の提案で木陰の大休止とし、山頂で約束したラーメン会を催すこととした。お腹を満たすことについての合意と実践はいとも簡単である・との証であったが、これにも増して明るい山里のロケーションに、爽やかな緑陰を吹き抜ける涼風が、長門の名峰を登り終えた充実感とその余韻を楽しむ必要にして十分な条件を提供してくれたからに他ならない。まだ帰途のMTB走はアップダウンを20k近く残し、途中とっておきの俵山温泉にK氏を案内せねばならぬが、取り敢えず至福の時を刻むのも悪くはなかろう。さっきまでの躍動感溢るるダウンヒルがウソのような、午後の静かでけだるいひとときを準備に勤しむ。谷川の清冽な水を汲みながら、浮かんだ結論は『山のロマンと食欲は同列、同格、相通じるなり』といったバランス感覚が大事なんだろうねぇ、ということか。思わずの含み笑いが水面に写ったことをK氏は知る由もなかろうが....。

(コースタイム)
門司8:55・・・豊田町長正司地区(スーパー・マルキュウ駐車場)9:50 10:10・by MTB(国道435号〜県道37号の峠〜林道経由)・一位ガ岳西峰・林道終点(電波中継塔ピーク)11:51 12:04・(MTBを担いで)・一位ガ岳との鞍部12:08 10・一位ガ岳12:26 52・鞍部13:00 02・(MTBを担いだり、押したり、乗ったり)・椎ノ木集落の最奥の民家(ラーメン会)13:38 14:24・by MTB・俵山温泉14:34 15:10・by MTB・豊田町スーパー・マルキュウ駐車場15:53 16:05・・・門司17:25          MTB走行距離 約40k
                            (平成7年6月17日)

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