チャレンジ20k、皿倉〜福智山縦走の巻                                     
                                  栗秋和彦 
 春眠暁を覚えず、うとうとそして徒然なるままに、北九州市報なんぞを流し読みしていると『チャレンジ20k、皿倉〜福智山縦走』と銘打ったベタ記事が目に止まった。市教委・体育課の主催で、3月最後の日曜日に九州自然歩道の起点・皿倉山から筑豊の盟主・福智山まで若葉芽吹く樹林のトンネルを愛でつつ、思い思いに山旅を楽しもうよ、という募集記事であった。ボクは咄嗟に、『延び延びとなっている福智〜皿倉早駆け走の早期実現を・』と語気荒く迫る挾間のこだわり顔を思い浮かべ、思わず苦笑してしまった。まだ反古にしてしまった訳ではないが、日頃の不摂生を鑑みつい億劫になってしまっているのが偽らざるところであり、いずれ取り組まなければならない重い課題として残っていたからである。そこで“おゆぴにすと”北九州支部長として、近未来に挾間を案内する身(半ば強迫観念にとらわれつつ)としては、事前に全山縦走をしておかねば一抹の不安がつきまとうなぁ、と思っていた矢先でありまことにタイムリーな企画であった。これはプライオリティを前面に打ち出して取り組むべき山行であるぞ。予想される世俗事から我が身を守るため重大な決意で臨まなければなるまい、とボクはキッパリと奮い立ったのであった(と大上段に構える必要もないか)。

 で単独参加ではいささか寂しいか、パートナーはいずこにと先ずは息子の寿彦を当て込むも、予想したとはいえ、答えは『No・』であった。身の危険を察知してか、先手を打った彼の今回の逃げ口上は「既に友達との先約あり」とにべもない。もとより奥方や娘では20kの縦走は体力的に無理であろうし、と思案したあげく白羽の矢を会社の同僚、K氏に当てそおっと打診して見ると、くるっとした瞳を輝かせながらすかさず『OK』のサインが返ってきた。ポンポコリンの容姿からは想像もできぬ、彼のタフネスさは昨冬、MTBによる大雪の皿倉山アタックで実証済みなのでパートナーとしては申し分ないし、山屋のシニア化が著しい昨今にあっては、このコンビでも平均年令を下げるに充分であろうぞ。

 さてそして当日は、昨夜来からの雨も上がり寒くもなく、まずまずの山行日和を予感させる空模様であった。スタート地点の皿倉平までは、朝一番のケーブルを乗り継いで楽々登山である。山上の森の小径は朝日に木の葉のしずくが光り、しっとりとした風情が我々を包み込む。もうすでに老若男女(若の数はやはり圧倒的に少ないが....)でいっぱいで市報の力もあなどれぬわい。このイベントも基本的には個々の山行と何ら変わるものではなく、強いて言えば峠や分岐等の要所要所に係員を配し、尋ねれば案内に努めるといったあんばいであろう。唯一の団体行動は、スタート前の開会式と柔軟体操ぐらいだから、それぞれが完全にプライベートハイキングの“のり”である。朝7時40分、200余名が思い思いのスピードで出発。先ずは権現山(618m)の東側を巻くように緑陰の平坦な小径を10分程歩き、南側に回り込んだところで左に急な下りを取り、20分余りで市の瀬峠へ。左右はシイノキ、コナラ、ヤブツバキなどの照葉樹林帯の真っ只中で気持ちがいい。パートナーのK氏はと言えば、既に自分の母親ぐらいの年格好のご婦人と歩調を合わせつつ、世間話に余念がない様子。『早駆けする必要はないものの、このペースでは福智山はなかなか近付かないぞ』との内なる声が伝わったのか、市の瀬峠からの起伏に富んだ縦走路に入った途端、未練がましい表情は残しながらも、くだんのご婦人を振り切り軽快なピッチが戻ってきた。最初のピークの建郷山はどこが頂か分からないまま、どんどん上り、そして下る。下りきったところが、鬱蒼とした杉木立と照葉樹林の混在した田床峠なり。もちろん地理不案内の我が身でも、よく整備された案内板で知ることができるのだ。更にノンストップで“ポンポコリン”&“昔とったキネヅカ風(自分のことだが)”中年登山隊の快進撃は続く。

 『ゆるやかな上りをきわめると、双伍山々頂の展望台から遠賀平野が一望のもと。母なる遠賀川が灰白色のリボンとなって北へ延び、海に果てる』とガイドブックは双伍山からの眺めを余情的にうたい上げているが、現実には建郷山と同様どこが山頂がはっきりしないまま、下りになる。しかし遠賀川の河影は、木々の間からしっかりと捕らえたのでよしとするか。

 一方、K氏も周りの風景を愛でつつ、決して立ち止まらず繁雑にザックを背中から胸元へ廻し、バナナ、ミカン、リンゴと言った行動食を取り出しては、大量に頬張る様は何となくユーモラスで、唐突ではあるがアフリカの熱帯雨林に君臨するローランドゴリラの食生に(まさか恰好もとは言えず)似てなくもないぞ、と思えるのだ。とまれ、彼のタフネスさの源泉はこのあたりにあると言っても過言ではなかろうぞ。そして照葉樹の森を観音越、田代分かれと通過。だらだらの上り下りに飽きてきたころ、尺岳平に到着。皿倉平から約12k、ノンストップで2時間40分余りの山旅もひとまずの目標である尺岳へはもう目と鼻の先、これから福智への縦走路も昨春の早駆け走で経験済みなので、気分はおおらか、お腹はからっぽの状態を勘案して、尺岳山頂(608m)で大休止とした。おにぎりを頬張り、まどろむ至福のひとときである。西方に目をやれば、真っ正面に威風堂々とした隆起をなし、対峙する金剛山(561m)と直方市内を鳥瞰することができ、北方は縦走してきた山々の時間距離が体で思い起こされる。そして目指す福智山は、連嶺はるか白っぽいてっぺんを春の陽光にさらしながら、我々を手招きしているように思えるのだ。ちょうど弁当も空になり、この頂からの位置関係をしっかりと頭に入れたところで、尺岳〜福智山 5.8kノンストップ隊もおもむろに出発である。ここから豊前越までは、多少のアップダウンはあるものの、ほぼ平坦でピッチも上がる。昨春で実証済みだが、皿倉〜福智山縦走路の中でもっとも早駆け走に適しているところであろう。そして豊前越から、からす落としを経て福智山(901m)までの急登は皿倉からの疲労もたまりかけてきたところに、一気に350m近くの標高差を稼がねばならず、けっこう応えるんだねぇ、これが。

 そして九合目の小屋からの最後の登りでは、どこからともなく近付いてきた単独行のおばさんハイカーが、K氏の姿恰好に興味を覚えたのか、「私も元気よ」と言いたげな表情でピッタリと付いてくるのだ。ややもすると「前の兄ちゃんたちジャマだわよ・」とも言いかねない迫り方で、すかさずK氏もレスポンスよくこれに反応し、山頂までデッドヒートを繰り返していた模様であった。どうもこの山旅の対戦相手はオバちゃんばかりに絞り込まれたようで、肩で息をしながら福智山頂でぼやくことしきりのK氏であった。マァしかし、目標の福智山には4時間半で到着し、所期の目的は達したことで、お互いの健闘をねぎらいガッチリと握手し安堵感に浸った。そして待ち受けていた“山岳連盟の重鎮然”とした主催元のおじちゃんから『皿倉山〜尺岳〜福智山全山縦走』の完歩証を貰い、先ずは一休み。しかしこれで山旅は終わった訳ではない、どこへ下山するかである。近くは鱒淵ダム方面や直方市頓野、あるいは赤池町の上野峡あたりになるが、いずれも下界ではバスや私鉄乗り継ぎとなるため、JR社員としての意地か、はたまた貧乏性の表れか、下山地としてはどうもしっくりといかないのだ。この山嶺の縦走を更にスケールアップするには、牛斬山を経てJR日田彦山線・採銅所駅へ下る30kにもおよぶこのコースをおいて他にあるまい。 

           

 一方、K氏も目配せで「サイドウショ、サイドウショ......ドッコイショ・」とボクに訴えているようでもあり、願ってもないチャンスを潰す手はなかろう。休憩もそこそこに南東山域に足を踏み入れる。今まで賑やかな縦走路や喧噪の福智山頂がウソのように、ここからは中年“精鋭”登山隊二人だけの世界となり、寂しい気すら覚えるのだから人間の深層心理ははかりしれない。先ずはたおやかな草原状の福智南嶺(821m)をひとまたぎして防火線の顕著な三角峰(山頂の露岩に赤ペンキで“赤牟田”の標記あり。後日、赤牟田の頂(つじ)という名を知った。791m)を目指して進むが、このあたりから履き慣れない山靴のせいか親指の爪が靴に当たり、痛さ尋常ならず。特に下りでは難行苦行のていたらくで、残りの行程を考えるとユーウツ。ひたすら距離を稼ぐことだけに神経を集中させ、防火線沿いに突き進んだが、ルートミスには気がつかなんだ。焼立山(759m、赤牟田の頂と同様ここも石柱に赤ペンキの殴り書きで“焼立”の標記あり)を踏み、ルートはすぐ左に取るべきところを(実際、二人とも地図も持たず、知る由もなかったが)、何も考えずだだっ広い防火線をどんどん下り、それも途中で途絶えて後は急斜面の薮漕ぎ数十分で、舗装された立派な林道に出くわしたのだ。ホッとしたのもつかの間、どうも太陽の位置と、遠望した筑豊の町並からして福智〜牛斬縦走路から完全に外れ、南面に出でしまった様であったが、「ひたすらこの林道を下るしか選択肢は残されていないからね、もう少しの辛抱ぞ」といとおしい親指君にそぉっと奮起を促したのであった。

 で延々と歩きに歩いて下ったところが、田川郡方城町の見六という見知らぬ地。家々のまわりの田畑には菜の花が真っ盛りで、“チャレンジ20k”の結末は思ってもみない方角違いの陽だまりの田舎町であったが、タクシーを待つ間、傍らで店番をしながらつくしの袴を取るオバちゃんとK氏の会話やそのまどろんだ表情、心地よい南風を点描しつなぎ合わせると、まさに春真っ盛りの中、時の流れも止まったような、のどかな山里の午後であった。

(コースタイム)
3/26 門司駅6:32・・・八幡駅6:50 52・・・帆柱ケーブル麓駅6:57 7:00・ケーブル・山上駅7:07 10・皿倉平7:16 40・市の瀬峠8:13・田床峠8:34・観音越9:23・田代分かれ9:46・尺岳平10:23・尺岳10:26 48・山瀬越11:12・からす落とし11:54・福智山12:08 16・福智南嶺12:26・赤牟田の頂13:07 13・焼立山13:20・広谷林道13:48・方城町・見六14:50    15:06・・・香春駅15:16 22・・・門司駅16:20       (平成7年3月26日)          

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