長門の名湯・俵山温泉に浸るの巻   栗秋和彦
 JR九州4年7月ダイヤ改正(“我が社はダイヤを自慢する!”という自己陶酔型キャッチフレーズが交通後進県・大分の地では聞こえていたでしょうか?)の平日(土曜)から休日(日曜)への最初の移り替わりを泊りこみで無事見届けてお昼前に帰宅。久しくBIKEに乗っていないので、半ば衝動的に“のんびりロングライド”を思いたった。「“のんびり”を目指すなら車の少ない山口の山間ルートがお薦め」とK.Mランナーズの佐脇氏が“のんびり”を強調して妙にキッパリと言っていたのを思い出す。

 よし!ともかく車の少ない豊田湖、長門方面へ足を伸ばそう。混雑する門司〜下関市街は都市高速から九州自動車道〜関門橋〜中国自動車道をへて新下関駅の北方へちょっと入った深坂溜池まで車。ここまで来ると、佐脇氏の宣うごとく日曜だというのに車はまばら。深坂峠までちょっと汗をかき、あとは殆どD.Hバーに身を任せられる理想的なBIKEコースが展開する。アップダウンの程度の差こそあれ、国東の田舎道を思わせる田園風景がつづく。豊田町までの約30kmは平坦路に追い風も手伝って、1kmのキロ表示ごとにコンスタントに1分45秒を刻んで行く。帰りを思うとユーウツになるが、とりあえず快調、快速、快感が重なってペダルをまわす。 

 さぁてそろそろ、どこまで行くかを決めなければなるまいと思っていたところ、『俵山温泉15km』の標識が飛び込んで(疾走しているのです)きた。ということは、片道45km、往復90km。今のボクにとってはまさにロングライドの距離になる。そして“俵山”の言葉の響きが、ひなびた山のいで湯を思いおこさせるではないか。是非、行かねば。豊田町から俵山温泉に至る県道はアップダウンの続くまさに山間道。激しく入りくんだ豊田湖を横に垣間見て、小さな峠を越えると渓流沿いの平坦道となり、スピードが上がる。

 ほどなく長門市湯本温泉との分岐。ここを左にとり2kmで木屋川の渓流沿いに開かれた俵山温泉が忽然と現れる。木造二階建て、二階の手擦りには『手拭』がかかっていそうな古びた旅館を中心とした療養向けの温泉と見た。旅館は40軒くらいか。旅館街入口のしもたや風の『平和食堂』で遅い昼食をとる(焼きうどんと缶ビールの取り合わせは最高)。80才くらいの白髪のおばあちゃんが、のんびりと商いをやっている感じ。客はもちろんボク一人。炎天下の中を漕いできて、汗だくの体に谷風が心地よい。「おばあちゃん、ここに共同湯はない?」「町の湯と川の湯と二つあるけど」と言いつつ、しげしげとボクの齢定めをしたあと、「お兄ちゃんは若いから川の湯の方がええよ、眺めもええし」「町の湯は神経痛によく効くけどその分、体にこたえるんよ」という返事。復路も汗かきペタリングになるけど、せっかくここまできて“おゆぴにすと”のはしくれとしては据え膳は食わねばなるまいて、と心はいそいそ。

 果たして、狭いながらもカラー舗装された旅館街の外れ、渓流べりに立派な共同湯『川の湯』があった。着替えはもちろん、タオルもハンカチ?も持たぬ身としては美坂流、“陽干の術”を使わざるをえないのかと決断するも(知る人ぞ知る山のいで湯の達人・美坂哲雄氏のあみだした?入浴方法.......要するに自然に体が乾くまで待つことしばしの術)、貸しタオルならぬ売りタオルならあるとのこと。湯銭250円+タオル210円=460円を払い、ヌメヌメと体を包み込むアルカリ性単純泉にどっぷりと浸ることができた。源泉は42℃がトクトクと流れ込み、かすかに硫黄の匂いのする湯舟からは木屋川の沢音が真下に聞こえて風情満点。山口の温泉は概して低温(25〜35℃)の単純泉を加熱して浴するものが多いので、いささか興ざめの感は否めなかった。だが、ここは違う!

 山のいで湯王国・大分で育った者なら、白濁・高温・硫黄の匂いに満ちた湯こそ真の“山のいで湯”であるという強い信念にも似た確信を抱きつづけていても不思議ではないだろう。こういう者(例えばボク)が北九州の地に住を構えて、忙中の閑にふと思いおこし、行きたくなるような“山のいで湯”が周辺には嘆かわしいほどないのである。『いで湯文化』の乏しいこの地で飢え、虐げられてきた者にとって、長門の名湯・俵山温泉は郷愁を呼び起こさせるに充分な“山のいで湯”なのである。
 帰りは向かい風に悩まされ、疲労の色濃く足取りは重たくも、『貴重な一点』に心弾み満ち足りた自分を認めた。        (平成4年7月19日)

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