鱒淵ダムから福智山への巻  栗秋和彦
 春真っ盛り。桜前線にすっぽりと入ったこの時期、心はソワソワと俄然落ちつかなくなる。ここ2〜3年俗世間のしがらみから抜けられず、花見の宴から遠のいており、なおさら花見への憧れつのるばかりである。そんなおり、会社の同僚たちと家族連れで花見へ行こうという話がまとまった。場所は北九州国定公園のど真ん中、福智山の東麓にある鱒淵ダム。知る人ぞ知る桜の名所だということで、迷わずこの決定に従ったのだ。ダム堰堤直下はよく整備された公園になっており、昨秋弁当持参でこの地は経験済み。とても気持ちのいい所であったが、桜の名所とは知らなかったなぁ。そして余談になるが、このダム湖をグルっと囲んでサイクリング専用道路が整備されており、ここでのポタリングもおおいに楽しみなのである。とここまで思って、ふと重大なことに気がついた。そぅ、ここは福智山の東側からの登山口なのだ。ダム湖の西端、車道から最奥の地点(サイクリング道路)に福智山登山口の道標があったのを思い出した。そしてほぼ同時に、門司→(車)→ダム堰堤→BIKE→登山口→Mountneering→福智山々頂折り返し→花見の宴に合流! という我ながら、まったくもって文句のつけようのない素敵なプランを思いつき、実行に移すことにした。相棒は、「グズッ」と一言は抵抗を示す長男の寿彦であるが、今回は分が悪い(注1)のかすんなりと同行に応じた。

 4日早朝、自然と目が覚める。空を仰ぐと高曇りで肌寒いが、このままもってくれれば、何とか登れそうだ。下山後の楽しみの『花見の宴』は満開の桜と青空と心地よい山の空気、三拍子揃った満鑑飾の舞台は望めそうもないが、雨さえ降らなければ文句の言える筋合いではなかろう。ダム堰堤の入口に車を置き、MTBの2人乗り(親はサドル、子はトップチューブに座布団持参で横乗りの図を想像していただきたい)で登山口へ。1km程行ったところで、登山スタイルのおじさんを抜く。彼も福智山を目指しているのだろう。今にも降りだしそうな曇天、しかも早朝からこのおじさんも好きなんだナとひとごとみたいに思いつつ約10分で登山口へ。周回コースからTの字に林道が山へ分け入る地点がそれで、道端の雑木にMTBをくくりつけ、いよいよMountne-eringの開始である。200m程で林道から分かれ、ゆるやかながら杉林の中のよく整備された登山道をすすむ。左手に沢音を聞きながら、20分も歩くといつの間にかブナ、カシ、モチノキなどの自然林に変わり、みずみずしい新緑の世界が展開する。山登りの楽しみの一つは、こんな心を洗われるような環境に身を投ずること。登りの苦しさもつい忘れて、桃源境をさまようごとき.....と云ったら少しオーバーか?

 ほどなく、小さな沢を渡り疎林に変わると、ほって谷分岐は近い。空模様は相変わらず重苦しいが、出発時よりも幾分明るくなったように感じられ、気分の方は先行して晴れやか。現金なものだ。ほって谷分岐は、福智山直登コースとほって谷沿いに稜線まで突き上げ、縦走路に至るコースとの分岐点だが、先ず頂上をともくろむ我々は迷わず左手の直登コースを選び、高度を稼ぐ。朝食もそこそこに出かけたことを理由に寿彦は「腹減った。おら、力がはいらん!」とそろそろ抵抗を示し始めたので、ここは素直にセブン・イレブン作の“おかかおにぎり”を与え、小休憩とする。鱒淵ダム方面を見遣ると眼下に雲が流れていくのが手に取るように。寿彦はこの自然の妙に少しは感嘆の表情を見せたが、しっかりとおにぎりをほおばる動作を休ませることはなかった模様である。さぁ、出発。途中、照葉樹林の尾根や小さな谷を回り込むように効率良く高みへとこのコースは導いてくれる。分岐から50分も歩くと樹林帯が急に開け、一面クマザサでおおわれた広大な福智平に出る。ここからはぐっと傾斜も緩やかになり、頂上近しを思わせる。そして、目印となる10畳はあろう、巨岩を回り込むと草付きと岩が混在する明るく、優雅なたたずまいの頂上が現れる。いわゆる険しい山ではないが、何といっても筑豊の盟主、福智山の頂に親子で立つということは、北九州に移り住んだ登山愛好者としては、地元の山の長(おさ)に仁義をきる(注2)といった意味合いもあり、感慨深いものがあるのだ。 

 山頂からは360度の眺望が楽しめるが、あいにくの曇り空とあって遠景まで見通せるほどの視界はきかない。寿彦へは犬ケ岳、英彦山、馬見、古処、三郡などの福岡を代表する山々を、その各々の方向を想定しながら伝授したが、本人の興味はどうも別のところにあった。ザックの荷を早く開けて、と性急に要求するジェスチャーはどうも山のロマンとはそぐわぬのだが、ほどなく満面に笑みを浮かべて、菓子パンをほおばる彼のプロフィールを眺めると、「ボウズ、元気で登ればよい!」と思わずつぶやいてしまう。まだ、本当の山登りの愉しみを会得するには時間がかかるということか。

       

 さぁ、そろそろ下山にかかろう。『花見の宴』の開始時刻を11時と定めていたので、そぅ長く頂を占拠する訳もいかないのだ。ルートは縦走路を高度を下げながら北上し、“からす落し”から東へほって谷を下る。雲の流れが速くなり、稜線から谷へ急速に広がっていく。くだんのほって谷分岐からは往路と同じコースとなるが、このあたりから雨がポツリ、ポツリと。雨に濡れる心配よりも、宴が遠のいていくという重大な結末を予感させるに十分な空模様に、ボクの完璧なプランは最後のところで崩れ去りつつあった。それでも、まだ本降りとまではいかず、この時刻から登って来る数組の家族連れと出会いながら、まだ完全に“夢”を捨て去るには時期尚早じゃないかと自分に言い聞かせる。そぼ降る雨の中をMTBで駆け抜け、早々と車に積み込み、堰堤直下の花見会場へと駆けつけたが、やっぱりというか当然というか、まさに本降りとなった雨の中、花見をもくろもうという輩はいない!(注3)という現実を直視しながら、車上の人となった。福智の頂を踏めた喜び半分と、今年もまた花見の宴から見離され(注4)落胆した心境半分の複雑な思いが、今日の山旅を結論づけた、としておこう。〔コースタイム門司6:20→鱒淵ダム堰堤6:50〜7:00→MTB→ダム湖奥の登山口7:09〜7:10→ほって谷分岐7:50→福智山9:02〜9:32→9合目の小屋9:38〜9:44→からす落分岐9:49→ほって谷出合10:09→ほって谷分岐10:27→登山口10:43〜10:45→MTB→鱒淵ダム堰堤10:55→(車)→門司12:00〕 

(注1)自分の自転車を無くして、1ヶ月余りも親へ相談しなかったという事実が判明したばかり。当然、教育的指導を施し、その結果が残っていた模様。
(注2)この山への初見参は昭和59年11月、高瀬、挾間と三人で。この時は、内ヶ磯から鷹取山を経てピークを踏んだが、未明に雨に打たれ、ただ登ったという事実のみが記憶に残る。
(注3)関門地区は8時過ぎから降り始め、同僚たちは早々と中止を決めていた模様。
(注4)今年は花冷えがつづいたおかげで、花の命はけっこう長く中旬まで花見が楽しめた。そこで翌週(10日)、快晴無風の不老公園で敗者復活戦に臨んだ。まさに満艦飾の花見の宴は無我の境地にボクを誘った。これでボクの『花見の宴・夢うつつシンドローム』は当面癒えた。  (平成5年4月4日)

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