主な山といで湯 記録(1984.12〜1985.7)

'84(S59).12.29〜30 第3回山のいで湯愛好会ファミリー忘年会 IN YUNOHIRA
 年末の恒例行事となったファミリー忘年会もすでに3回目。いずれも29日から30日にかけて開いており、山のいで湯ファミリーの世界では、これが終わってはじめて正月を実感するのだ。(ある有力幹部の談話)
 さて今日の会場は湯平温泉・右丸旅館。クリスマス寒波でこの山のいで湯は白銀の世界ながら、熱く燃えたのです。また、今回は「おゆぴにすと」2号の発刊記念も兼ねたもので挾間編集長の労をねぎらいつつ痛飲した。
 参加者:加藤、高瀬、挾間、吉賀、栗秋ファミリー、伊藤、自見睦、総勢20名

S59.12.31〜S60.1.1 新春の九重に「群青」を見た!
 先の湯平温泉でのファミリー忘年会でのまき餌が効を奏してか、大晦日というのに奥方の快諾?を得て、久しぶりの正月の山と相成った。10年前冬の穂高で過した時以上に、皆の心は「群青」色の青年気分で大はしゃぎ。坊ケつるに設営し御来光は新雪の大船山頂より拝む。筌ノ口温泉と湯布院温泉湯ノ岳庵に入湯。
 参加者:加藤、高瀬、挾間

1.11〜13 十二支会、牛ノ峰に登る
 十二支会なるものの例会が、今年の干支にちなんで四国、愛媛の牛ノ峰(896m)であり大分より同会々員でもある加藤、姫野他数名が参加。帰路、道後温泉・振鷺閣共同湯に入る。山では壷神山(971m)、高縄山(986m)、大月山にも登り全て三角点を撫でてきた。
参加者:加藤、姫野ほか

1.12〜13 仏の里の新年会とひょうたん島(姫島)の山といで湯
 新年会は県北で!という挾間の提唱で国東に決定するも、所要等で参加者は歯抜けになり、結局3名のみ。先ずは西叡山・高山寺へ初詣、その足で西叡山の頂へ。薄暮の頂から高田から真玉にかけての街灯りが印象的。昔、東の比叡山、西の西叡山といわれる程興隆を誇ったそうだが、その辺の歴史については挾間が詳しい。さて新年会の会場は国見町の権現崎キャンプ場。周防灘から吹きつける風強く冷たい夜、車2台の間にテントを張る。ここまではいつもの山行と変わりないが、今回は伊美の割烹旅館「三国屋」からとり寄せた鉢盛合わせが宴をかざるのだ。ホタテ貝、ハマグリのチーズ合わせ、イカ、マグロの刺身、車海老等々、豪華けんらんたる海の幸のオンパレードに夜の更けるのも忘れる。翌13日は姫島へ。島の最高峰、矢筈岳(267m)へジョギング登山後、先に帰る荒金と別れ、島の東部にある拍子水温泉まで再びジョギング。ここは姫島村健康管理センターなるもので老人会らしき人たちでいっぱい。茶カッ色の炭酸水素塩泉23・6℃を熱する。責重な一点を稼ぎ、小雨ながらも思わずニッコリ。
参加者:挾間、栗秋、荒金

1.26〜27 犬ヶ岳から求菩提へ、スノークロスカントリー
 高瀬、栗秋は修験場、求菩提の名につられて、挾間は雪の犬ガ岳を踏みたくて豊前の国まで足をのばすも両者の目的地が折合わないまま、求菩提資料館前の広場にテントを張る。翌27日は快晴。犬ガ岳の北面が朝日に輝き登高意欲をそそる。一ノ岳から求菩提山への稜線もまぶしく光る。「よし、両方やろう」と先ず、ウグイス谷から犬ガ岳へ登り更に一ノ岳へ。九重、万年から英彦山まで眺望を楽しみ、求菩提山への5kmの稜線をジョギングで一気に下る。下山後のエノハの塩焼きと帰路での一点、長洲温泉・潮の湯にも充分満足。
参加者:高瀬、挾間、栗秋

2.3 別府・堀田温泉共同湯周遊
 今日は別大マラソンの日、早朝の別大国道歩こう会に参加してそのまま別府の湯に入って帰ろうと思っただけ。とにかく湯浴みだけはということで、荒金の紹介で堀田の共同湯巡りとなる。先ず堀田本町の長命泉共同場、最近改築されて立派な湯小屋に変身していたのには一寸、ビックリ。男湯の方は熱すぎて入れず女湯の方で混浴を楽しむ。2ケ所目は紅陽泉共同湯。こちらは古びた平屋立ての建物。堀田の住宅街の中にあっても静かなところ。セメントづくりの洗い場と浴槽。硫化水素泉は熱いが、水を加えて適温のノンビリした朝湯を楽しんだ。
参加者:高瀬ファミリー、栗秋父娘、荒金

2.9〜10 ミニ・トライアスロン大会へ向けてミニ合宿開く! 
 我会主催のミニ・トライアスロン大会へ向けて、自らをして「優勝は俺以外にはない」と豪語?する3人が大分川及び西浜の温水プール周辺をベースにミニ合宿をはった。しかしお互いに意識し過ぎて、手の内を見せない挙動が目立ち、実りあるものとはならなかった模様。水泳1Km、自転車30Km、ランニング5Km、下郡温泉入湯。なお、合宿所は明野の高瀬宅を賄付きで使用した。
参加者:高瀬、挾間、栗秋

2.9〜11 熊本県の山と周辺の湯
 今西錦司老公が肥後の国へしのびの旅を楽しみにやってきた。JAC熊本はもちろん、加藤、姫野をはじめJAC東九州のメンバーもこれに同行し、飯田山(431m)、小岱山(501m)、熊の岳(685m)、震(ゆるぎ)岳(416m)、西岳(647m)の三角点を拝み、玉名温泉(山乃家旅館)、山鹿温泉(清流在)、菊池温泉(城乃井床館)に入る。これらは全て、きれいな適温の単純泉。帰途、鳥ノ岳(1040m)にも登る。
 参加者:加藤、姫野ほか

2.17 大分〜湯布院往復サイクリングの汗は富士見温泉が一番!
 「高性能マシーン」を手に入れた挾間は、ロングツーリングをしたくてウズウズ、みかねた栗秋が伴走するという筋書きでスタートした。交通量の多い大分市街は車で抜け、向ノ原からサイクリソグ開始。 R210を水分峠の手前まで西進し、由布院の街へダウンヒル。再び由布院ハイツまで登り旧道を南由布経由でR210に再び合流し、一気に向の原まで駆け下る。人力で稼いだ、そして自動車とはあまりにも非力であることを痛感させられた、66.5km、3時間余のトレーニングであった。帰途、富士見ケ丘団地内にある新興の富士見温泉にて汗を流す。茶カッ色の炭酸水素塩泉が適温。窓を開けると由布、鶴見山がいっぱいに。富士見温泉にイツワリナシ!
参加者:挾間、栗秋

3.9〜10 九重のふところ(懐)におふくろ感覚をの宿を見つけた!
 飯田高原の伊東夫妻が九重ヒュッテを任されて4月から新装オープンするという。それでは営業開始前に表敬訪問しようということになり早春の九重へ。宿は横断道路を星生温泉の先から左手の林道に入り約500mの位置。横断道路の近くにありながら、三俣、星生、黒岩山に囲まれた静寂環境で木造二階建のヒュッテがここではよく似合う。もちろん温泉もすばらしい。牧ノ戸温泉からの引湯で浴室の窓を開くと眼前に三俣、星生の山肌がせまり、硫化水素泉にどっぷり浸る気分は最高。オーナー自ら採取した山菜をベースに珍味のオンパレードで宴はエンドレス。
参加者:加藤ファミリー、荒川夫妻、栗秋父娘、自見睦

3.10 第1回ミニミニトライアスロン大会開催
 第1回ミニ・ミニトライアスロン・オユピニスト・チャンピオンシップ・オオイタと銘うってオユピニストの日頃のトレーニングの成果を問う大会が盛大に開催。終了後は滝尾のいかりやま温泉で汗を流し、「かみ風船」での打上げはもっと盛大であった。(本文参照)
参加者:加藤、高瀬、挾間、栗秋、伊藤、宮崎、荒川、荒金

3.17 雨の万年山と混浴の湯
 長谷島(会友)のホームグランドである、佐賀の天山と周辺の湯を巡ろうと16日より計画するも昼過ぎからの雨で日田まで戻り、17日の天気に期待をかけた。が、雨降りやまず。じっとしているのは日曜日に対する罪であるということで万年山に決定。温泉にも入るならと栗秋の父、兄、それに姪も加わり、車で鎗水経由で牧場まで。雨とガスの中、迷いながらも万年の頂から町田へと下り壁湯へ直行。栗秋以外はここは初めて。混浴の露天に一寸はビックリ。更に奥の川底温泉・螢川荘へ足をのばすが、ここも老若男女の浴客でいっばい。混浴の湯巡りはいと楽し、病みつきになりそうと、長谷島思わず頼がゆるむ。
参加者:栗秋、長谷島(会友)ほか

3.17 奥江温泉!秘湯復活、そっと教えます
 一時期いたみがひどく使用に耐えなかった奥江温泉であるが、今回立派に修復され、地元の人も、気さくに入湯を進めてくれ貴重な一点となった。他に湯布院温泉入湯。
参加者:高瀬ファミリー、挾間

4.6〜7 ファミリー花見会開催
 加藤の知人の別荘を一晩借りうけて盛大に花見会(雨で桜は視界に入らず)を開催。場所は別府・鶴見の九大温研の近く、広大な雑木林の中の由緒ありそうな2階建ての建物が会場である。花見弁当?を囲んでの宴も、子供たちが寝しずまるまでは、じっとがまん。加藤、自見家の豪勢な差し入れ、それにもちろん温泉付きであるから申し分なし。ただ降りつづく雨がうらめしい。
参加者:加藤、高瀬、栗秋、荒川、自見の各ファミリー、ほか総勢20名

4.14 熊群山から山のいで湯黄金ルート
 熊群山は庄内から黒岳へ抜ける県道を通るたびいつも仰ぎみる山だが、特徴のない、目立たない山である。中腹に熊群神社があり、土地の者にとっては「おらが村の守護神で〜」(山ろくの主、伊藤道春氏談)ということで一寸は有名なのである。そして登ってみてよかったと思った。奥社から山頂までは岩場あり稜線あり沢ありと変化に富んで意外に手強いのである。下山後は九重を素通りして小国の満願寺温泉へ。静かさが売りもののこの山のいで湯も丁度、護岸工事の真最中で騒音はなはだしく、カラスの行水ですませ岳の湯へ向かう。途中、芽ぶきつつあるワラビ、フキノトウ、それに農家のオバさんからわけてもらったシイタケにニンマリしながら岳の湯・憩の家共同湯に浸り帰分。
参加者:高瀬、栗秋

4.21 宇佐・御許山登山と仏の里マラソンコース試走
 日豊本線西屋敷駅を過ぎると左手に重厚な山塊があらわれる。宇佐神宮の奥宮というべき大元神社が頂にあるこの山は御許山。かっては宇佐市民のハイキングコースとして人気があったそうだが、今では南側からの登路は車の助けをかりて40分程の歩程である。この山に宇佐・橋津から挾間の案内で自転車登山を試みることにした。橋津から宇佐神宮経由で御許山をまわりこむように県道を約10km、談合堂という集落から山道に入り急坂を更に登る。最奥の台という集落の手前で自転車を降り歩いて約40分で山頂、すなわち大元神社である。うっそうとした森に囲まれ、ここが山頂とは思えないほどである。復路も同じ道をとり、25kmサイクリングを楽しんだ後、その足で豊後高田市へ転じ、来る皐月の19日に催されるマラソソ大会のコースを一部試走した。
参加者:挾間、栗秋

4.28〜30 GW第1弾・阿蘇と九重をひとまたぎ・・・・・・山のいで湯春合宿
 定例の春合宿。今年は阿蘇の山といで湯を楽しみ、帰路九重にてウド狩りに興じようと企画。阿蘇といえは鷲ケ蜂を中心とした高岳の北尾根。ここは九州の谷川岳なのである(たとえが古くて恐縮)。この北尾板周辺に高瀬はまだ一度も足を踏み入れたことがないという。九州のおゆぴにすととしてはまさにもぐりではないのか。ということで彼の強い希望もあり、仙酔峡から赤ガレ谷の関門へ入る。快晴の鷲ヶ峰を仰ぎながら1ピッチの岩遊び(ボルダーリング)を楽しみ下山。午後は宮地から高森へ抜けるR265に乗り南阿蘇の夜峰山(913m)へ。地獄温泉の背後にそびえる草原の山で頂にはテレビの中継塔らしきものがある。ここからの北の眺めは牧草地をはさんで指呼の距離に烏帽子岳が横たわり、南は南郷谷を眼下におさめ外輪の山々が連なりともに眺望は申し分なし。さあ次は温泉だ。駆け下って20分の地獄温泉露天風呂に飛びこみ汗を流す。今宵の宿は根子岳南面の鍋平キャンプ場と決めており、高森まで引返し買い出しに努め、鍋平の草原で満天の星を仰ぎながら夢うつつ。翌30日、朝食前に垂玉温泉露天風呂の一番風呂に浸った後、再び根子の峻峰をまくらに鍋平草原でのうたたねと決めこむ。陽が高くなってから九重へ転じ、牧ノ戸から猟師岳と合頭山のピークを踏み、再びの九重ヒュッテに寄り硫黄泉(牧ノ戸温泉)をたっぷり楽しみ大休止。マスターは不在なれど、奥方の供したアブラメの串刺しはビールのつまみに絶品、珍味。ウド狩りの気力は消え(帰路野矢方面を彷徨するも、今年はまだ小さくて採れなかった)手ぶらの帰還となった。
参加者:加藤父息子、高瀬、挾間、栗秋

5.3 万年山へわらび狩り
 加藤の案内で万年山北西ろくの高原(玖珠町小田)にてわらび狩。知る人ぞ知るわらびの宝庫なのである。時期が少し遅かったが、マアマアの成果。来年は少し早目に行ってみよう、コッソリと。詳しい場所は秘密なり。帰途、庄内町柿原の庄内温泉にてサッパリ。
 参加者:加藤、栗秋父娘、その他大勢

5.4〜5 九重から阿蘇へ国際親善の旅
 加藤家の客人(外人なのだ!)を案内してGW第1弾の合宿と逆コースをとる。先ず九重・飯田高原を歩き、九重ヒュッテ泊。暖かく、素朴なもてなし、そしていで湯にOH、Wonderfu1!翌日は阿蘇を案内。
 加藤ファミリー、荒川夫妻、その他

5.12 ウド狩り。もちろん黒猪鹿の里へ
 今年のウド狩りシーズン、いよいよ到来。昨年より一週間程時期が遅いようだ。草花の成長の過程は自然と最も密接な関係にあり興味あるところだが、山菜の王様ウドともなれはなおさらである。今日は由布山の山開きでもあり、由布東登山口を一寸ひやかし、万年山の東ろく黒猪鹿へ直行。ここは昨年のGWのとき大いに収穫をあげたところで今年も又、期待を裏切らず思わず頼がゆるむ。宮崎にいたってはウド独特のあの松ヤニの香りに酔いしれて夢うつつ。壁湯の洞くつ温泉で我を自覚せり。
 参加者:加藤父息子、宮崎

5.19 仏の里と山のいで湯 
 当会から選りすぐりのアスリート4名を派遣したこともあり、第2回を迎えた仏の里マラソン大会は、豊後高田市の春祭りにも合わせて盛大に開かれた。があいにくの雨で風強くコンディションは最悪。出場予定であった伊藤は調整失敗を理由に欠場となり、出場者もこの雨で減っているのではと案ずるも約600名。加藤ならびに高瀬、挾間両ファミリーの応援を得て、高瀬、挾間、栗秋の3名は午前11時丁度、10Kmの部にスタート。桂川沿いのコースは平担で声援も多く、ついオーバーペースになりがち。結果は栗秋が44分38秒、高瀬が48分56秒、そして前半快調にとばした挾間は6km地点でヒザに痛みを覚えペースダウソを余ぎなくされ7km地点で栗秋に抜かれ、ゴール直前で高瀬からもかわされ49分12秒で苦痛のゴールイン。自己記録を更新した栗秋、高瀬と明暗を分けたレースであった。昼食は宇佐の挾間宅まで戻り小宴会。午後は耶馬渓の温泉がお目あて。この地には、いにしえの時代の山の会の会友である益永(旧姓守谷)がたくましく生活しており、ここを訪れ、更に裏耶馬にある伊福温泉へ。ここは町営老人憩いの家がありアルカリ性単純泉35℃を加熱。栗秋を除いて皆初めての湯である。ここで挾間、益永ファミリーと別れ、加藤、栗秋、高瀬は玖珠経由で帰分する予定で伊福温泉から南下すること約2km、玖珠町に入るとすぐ道の脇に下河内温泉と書かれた立札があり、横の民家(西間明治氏宅)の庭先に湯小屋らしきもの発見。奥方にことわり入浴となる。40℃くらいの単純泉。見知らぬ土地で、偶然見つけた素朴な山里の湯。「ヤッタ!」、貴重な一点を嫁ぎ満足して山路を急ぐ。
参加者:加藤、栗秋、高瀬ファミリー、挾間ファミリー

5.24 川端文学研究は九重抜きでは語れないの巻
 荒金の上司にあたる中尾女史なる先生が、川端康成についての論文を書くため、資料収集の目的で加藤の案内により、大船林道経由で法華院温泉へ入る。川端康成はこの地にとう留し、「波千鳥」のイメージをつくりあげたという。帰路、筌ノ口温泉にも寄る。他にカメラマンも同行。
参加者:加藤、荒金ほか2名

5.26 ツール・ド・オオイタ山岳コース走破
 ロードレーサーを買ったばかりの高瀬は、走りたくてたまらない。丁度、歩きはじめた幼児がおんもへ出たいと駄々をこねる心境と同じであろう。それではと別府十文字原から塚原、由布院、大分へと戻るコースへ誘う。海抜0から750mまでアップダウンのある健脚コースである。朝陽を背に別大国道から一気に十文字原へ。高原の朝はとてもさわやか。途中塚原草原で一休みして、由布院へ駆け下り、湯布院温泉岳本の露天風呂に浸り、R210を大分へ。ぐるっとひとまわり約93kmの行程を4時間半かけて走破。一番苦しかったところは自宅手前の明野の坂だった。・・・・・・高瀬談
参加者:高瀬、栗秋

6.2 九重一周サイクリング、汗と雨といで湯の世界
 車の屋根に2台、車内に1台の計3台の自転車と3人乗車で挾間のスターレットは九重まで往復をものともせず。長者原を起点として牧ノ戸峠→瀬の本→筋湯→湯坪→長者原と27Kmの山岳コースをサイクリング。峠道をものともせずという訳にはいかねど蒙快なダウンヒルは病みつきになりそう。後半は雨の中ズブ濡れの走りとなる。冷えた体に筌ノ口温泉が暖かく迎えてくれた。
参加者:高瀬、挾間、栗秋

6.8 今年は九重の山開きには誰も行かなかった
 九重の山開きは明日。所要で行けないので前日の今日九重を散策する。帰途、筋湯の露天と川底温泉・螢川荘に浸る。
 参加者:加藤、荒川

6.16 恒例、堀田の梅狩り祭りと一の出温泉
 別府、堀田の荒金邸で恒例の梅狩りを楽しんだ後、収穫を眺めながらの屋外の小宴会がまた楽し。午睡の後、有志で五楳乃湯入湯。荒金邸の広大な敷地の一角に独立の湯小屋を構える温泉が知る人ぞ知る、堀田温泉五楳乃湯なのである。解散後、加藤、荒金、栗秋親子の4人で今度は別府市上原にある一の出温泉へ行く。丁度観海寺温泉とラクテンチの中間に位置する山手にあり、別府市街が一望のもと硫化水素泉でいっぱいのプールらしき露天風呂に入る。日ざしが強く、栗秋は帽子をかぶって熱い湯に耐える。もちろん無断入湯である。
参加者:加藤、大平、荒金、栗秋父娘、有川一族

6.30 九重ヒュッテへ
 アドバンス大分の三浦女史が九重ヒュッテに所要があり、その案内役に大のオトナ2名が同行したという物語。牧ノ戸温泉・九重ヒュッテ入湯。
参加者:加藤、宮崎ほか1名

7.7 越敷岳と長湯温泉
 J・A・C東九州支部の行事に便乗する形で、県南の県境にある越敷岳(1,070m)に宮崎県側から登った。四角い岩山の山頂からは祖母・傾をはじめ九重・阿蘇などの眺望が良い。大分100山の1つ。下山後、ウエストンゆかりの地を訪ね、帰途、長湯温泉入湯。
参加者:加藤、挾間、宮崎、荒金その他大勢

back