谷川岳行      鈴木隆

 東京へ転勤となって4ケ月が過ぎ少し余裕が出て来ましたが、そこへ北関東つくばの住人となって1ケ月半の挟間氏が上野経由で大宮まで来訪された。今日は10月13日(土)、今夜より上越の名峰谷川連峰の縦走のためにである。挟間氏は大分県農業技術センターに勤める気鋭の技術者であるが、今般一村一品運動で有名になった大分県農業を更に進んだものとするため茨城県つくばに2ケ月の研修に来られたのであるが、研修のスケジュールが当初の予定より過密なためか土、日の休日がとれない様子で、山行回数も思った程は稼げず少々残念であるが、それだけに“少数精鋭”の山行をと、京浜東北線の車中でたてた計画を実行すべく今回の山行となった。予定では大宮〜土合〜天神平〜谷川岳〜一の倉岳〜茂倉岳〜武能岳〜蓬峠〜土合を1日で歩こうと云うもので、少々ハードスケジュールだが充実した山行にしようとするものである。(もちろん温泉も!)。

 大宮〜土合は国道17号線を約150q北上するコースで、大分近辺の感覚で云えば大分より日向比叡山までとほぼ同じ行程であるが、国道17号線は上越と関東を結ぶ幹線道路である所以か車も多く、10号線よりはやや時間がかかるといったコースである。大宮より約4時間の走行で土合に到着する。熊谷、前橋、沼田のあたりまでは好天であったが、水上にさしかかる頃より小雨が降り出し土合に着く頃にはすっかり雨になってしまった。雨の中テントを張るのもYODAKI(よだきい)ので、土合のロープウェイの待合室の軒先を借りてテントを張り、軽く食事をし明日の予定について話をして眠りにつく。

 翌14日朝、夜行で到着した登山客の雑踏で目が覚める。テントから顔を出すと多数の登山者が我々のテントを取り巻く様にして始発のロープウェイを待っており、こんな所にテントを張って非常識だと云わんばかりの視線に囲まれ、(気のせいか?)バツの悪い思いをしながら早々にテントを撤収し、出発の用意をする。悪天なので雨具、非常用のツェルト、非常食等を入念に点検し、ロープウェイの車中の人となる。ロープウェイの使用については若干抵抗があったものの、今日の行程が長いので時間稼ぎのため使用することにした。

 天神平に約20分位で到着し、雨具を身につけ更にリフトに乗り終点まで上ることにする。好天ならば眼前に谷川岳の雄姿が広がるはずであるが、今日は1500m位より下の山肌が見えるだけである。しかしそれでも紅葉の季節でもあり秋の山を実感させてくれる景色をカメラに納め歩を進める。谷川岳までは今夏ヨメハンと山のいで湯の会の関東支部設立式を行った際の下山路を登り返すものであり気楽に登り出す。途中熊穴沢避難小屋をすぎ順調に歩を進めるうち登山路の傾斜がゆるやかになり、やがて肩の小屋に着く。肩の小屋は悪天のせいもあり足の踏み場もない位混み合っており、我々も立ったまま体を休め記念品を買い求め、再び谷川岳(トマの耳)へ登り始める。約10分程度で頂上に着き記念写真を撮り、上越国境稜線を歩き始める。

 谷川岳までは大変な人だが、以北の稜線は悪天のせいか人影もまばらであり、すれ違った人も数人程度であった。オキの耳、一の倉岳、茂倉岳もガス、雨の中で我々の後となり、茂倉岳をすぎてからは、今までの岩稜歩きから一面熊笹の中の下りとなり、ひたすら下るのみであった。後は武能岳を越えるのみであるが小ピークを幾つも越えるコースのため次こそは、次こそはと云う思いを何度も繰り返す中やっと到着する。好天ならば素晴しい景色の雲上万歩となるはずが雨もひどくなる中ひたすら歩をすすめる。そうする中やっと蓬峠へ着き、蓬ヒュッテを目指す。

 蓬ヒュッテは非常に小さな小屋で、九折小屋よりは相当小さなものであり、宿泊も10数人程度で一杯と思われるこじんまりとした小屋である。我々が着いた時は小屋番の人が1名、宿泊客が2名のみであり静かなものであった。体が冷えきっているためラーメンを注文するが、ラーメンの具ののり、焼豚が品切れのためカップヌードルにメニューを変更させられるが、それでも暖い麺とスープが身体にしみわたり生き返った気分となる。

 まだまだ降り続く雨の中再び下山を開始する。先程通った蓬峠まで再び戻り、旧国道をめざし後は下るのみである。白樺尾根避難小屋、新旧道分岐をすぎ湯桧曽川の河原までおり立ち、虹芝寮を右に見て漸く進むと、旧道への登り口に着く。ここで再び30分のArbeitを強いられることとなり、ウンザリするが、それでもこれを登り終えると一の倉沢出合と思い直し頑張る。水平道にたどり着きしばらくすると一の倉出合に着く。ここはもう下界の一部、岩壁見学の車が雨の中ひきもきらずの状態である。また一の倉出合の遭難碑も先日の納山祭の白い菊で埋まり、魔の山を実感する。挟間氏も8年振りに一の倉出合に立つとのことで記念写真を撮影する。もう暗くなりかけた車道を更に1時間歩くと今朝出発して来た土合へたどり着き挟間氏と無事を喜び握手を交わす。

 本当に長い1日であったが、最後の締めくくりをすべく、谷川温泉へと車を走らす。あたりがすっかり暗くなった頃、水上山荘の半露天の中で谷川のせせらぎを聞きながら今日の行程をふり返りつつ疲労困ぱいしきった体を癒す‥・これぞまさしくオユピニズムを感じる一時であった。季節がらニッコウキスゲの群落は望むべくもなかったものの、かねてよりあこがれの谷川連峰主稜と蓬峠を踏破できた満足感に浸りながら秋深まる上越国境を後にした。       (昭和59年10月13〜14日)

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