アンデスの“いでゆ” 吉賀信市

 昭和48年7月16日、午前7時10分。ペルーアンデス、ネバド・ヒリシャンカ、南東壁より登頂。7月24日、2ケ月余に及ぶ戦いを終え帰途につく。帰りは虚脱感で歩く気力なし。隊員は騎乗してかっこつけているが、さっそうとは言い難く、頭にはヘルメット、右手で手綱を引き左手はしっかりと鞍につかまっている。なにせみんな馬に乗るのは初めてであり、おまけに馬は、いつもはその辺の野原で遊んでおり、めったに人を乗せないしろものである。

 このおっかなびっくりも、2〜3時間もするとけっこう様になってくる。気分は西部劇の主人公みたいだ。腰に拳銃が下っていれば言う事なし。広い草原地帯を進んでいると、数頭の馬の背に羊毛を山のように積んだ3人の商人に出会う。このあたりは乾期の間、羊・牛等を放牧しており、幼い子供がはだしで追っているのを時々目にする。彼らが、“○○○○○バーニオ○○○○○バーモス”とスペイン語で我々をさそっている。どうも風呂があるからいっしょに行こうと言っているようだ。

 このアンデスの山中に、何で風呂があるものかと思ったが、せっかくのおさそいに、ついて行く。路を外れ草原を30分程進むと、草の中から白い湯気のようなものが立昇っている。温泉?馬にムチをあて近づくと、幅3m余りの小川があり、川底から“ボコボコ”と温泉が出ているではないか。まさに“いでゆ”だ。これぞ“いでゆ”の原点だ。手をつけてみると、湯かげん良し。

 さっそく入湯。川は浅いが、ところどころに石を積み上げ、湯舟らしきものを作ってある。山との戦いに、傷だらけの身体に痛いほどしみるが、これが何とも心地良い。これに日本酒でもあったら言うこと無し。アンデス山中、大草原のまっただ中、自然のいでゆにつかり、山を眺める。イエルパハー、ヒリシャンカ等々の雄姿が良く見える。いい気分で湯につかっていると、あれ、俺たらの馬がいなくなっているではないか。あわてて衣服を着て馬探し、あ〜あ疲れがドッと出た。‥‥今度は、雪に輝く山々をさかなに熱爛でもやりながらのんびりと心行くまで入湯したいものだ。

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