主な山といで湯 ・・ 記 録 ・・1998.1 〜 1998.12(未定稿)  

 ’98(H10年) 1.10 新春英彦山登山と安全祈願行の巻
 会社の同好の志による登山行第3弾と銘打ち、修験道の歴史に彩られた北九州の霊峰・英彦山に登る。山頂一帯は思わぬ新雪に見舞われ、山上の森全体が神秘的な静寂の世界を創り出していた。下山後は会社の安全祈願セレモニーに合流し、そのままアドベンチャー森の家で催された新年宴会に突入。ほろ酔い気分に英彦山温泉・しゃくなげ荘の湯はほどよくマッチして、ますます混迷度合いを深めた模様。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
(コースタイム)国民宿舎『ひこさん』7:15⇒神社下7:20  30⇒奉幣殿7:40  44⇒英彦山9:05 10:05⇒奉幣殿11:17(安全祈願)12:20⇒神社下12:25  (13:00〜15:00はアドベンチャー森の家にて新年会)⇒ 15:30〜16:00(英彦山温泉・しゃくなげ荘入湯)
参加者 栗秋 他6名

2.21〜22 暖冬と言えどもさすが豪雪地帯、西中国の寂地山塊で、雪と戯れるの巻  挾間、栗秋、金子(会友)と中年元気印トリオで西中国山地に位置する山口県の最高峰、豪雪(?)の寂地山を攻める。下山後は車で20分のラジウム泉で有名な広島県吉和村の潮原(うしおばら)温泉に入湯。寂地キャンプ場での大宴会の下準備はとどこおりなく進んだ。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
(コースタイム)
2/21 門司7:45⇒(中国道六日市I.C経由)⇒寂地峡キャンプ場10:04  29⇒寂地林道犬戻し遊歩道入口11:00  06⇒(犬戻し渓谷周遊)⇒寂地林道終点12:02 16⇒寂地山13:35 14:07⇒南寂地山14:26 31⇒林道終点15:20 29⇒犬戻し遊歩道入口16:04 07⇒キャンプ場16:30(by car 広島県吉和村の潮原温泉入湯後、キャンプ場まで戻り大宴会)
2/22 キャンプ場9:33⇒(竜ガ岳峡遊歩道経由)⇒竜ガ岳10:00  10⇒(竜ガ岳峡〜宇佐八幡宮経由)⇒キャンプ場10:50(昼食)12:10⇒(中国道六日市I.C経由)⇒門司14:25
参加者 挾間、栗秋、金子(会友)

3.7 大山町の守護神・烏宿山(546m)に登るの巻
 父の生家、日田郡大山町野瀬部集落の背後に構える大久保台は知る人ぞ知る大山梅の発祥の地。そしてこの大久保台が年に一度賑わう時が、梅祭りの真っ最中であるこの時期である。そこに久方ぶりの帰省が重なっては、このチャンスを逃す訳にもいくまいと父と二人で足を運ぶ。そしてこの大久保台の背後に控える大山町の最高峰(と言っても546mしかないけどね)烏宿(からとまり)山へも久方ぶりに登ろうと言うことになった。山頂には大山町の守護神・烏宿神社が奉られていて、父の青少年期の思い出には必ずこの山(社)への錬成行が出てくる。かように懐かしき地であっては、麓まで来てあっさりとパスする訳にはいかないのである。とはいっても直下まで車で乗り入れ可能なので、おっくうがることもなく登山とは名ばかり、歩程5〜6分もあれば頂に辿り着く。山頂一帯は杉や樫、桧などの樹木に覆われ視界は効かないが、この鬱蒼とした森が守護神の神秘性を醸し出している、と父は顔をほころばせながら力説する。帰途、回り道をして天ケ瀬温泉・バラの湯に入る。元旦以来今年2回目のバラの湯は「ドゥドゥ」と流れ去る湯音、「モゥモゥ」とした湯煙で我々を迎えてくれた。
参加者 栗秋、栗秋父(会友)

4.5 戸上山ランニング登山の巻
 単身赴任の徒としては、なるべく週末は門司へ帰省して奥方や子供達とのコミュニケーションを図らなければならない。そして「う〜ん、門司も住めば都だ。家は落ち着く」などとつぶやきつつ、裏山を眺めていると、何かしら急に裏山一帯の盟主・戸上山に登りたくなった。となれば久しぶりに自宅からランニングで攻めることしか思い浮かばず、単独行動になってしまう。「おっとこれでは肝心のコミュニケーションは図れないぞ」と苦笑い。しかし決断を翻す訳にはいかない。

 で戸上山は昨秋、父と二人で登って以来だが、この時は父にペースを合わせて、桃山の登山口から山頂まで往路だけで2時間余りを要した。そこで今回はそれなりに手を抜かず走って登ればどのくらいで登れるのか、比較対象としてはちょっと興味の湧くところか(人はこれを物好きだと言うかも知れぬが....)。で結果は自宅から大台ケ原(稜線)まで25分余り、山頂まで36分。そして下山路はそのまま縦断して寺内ルートを取り、大久保バス停に出くわしたのが1時間01分、ここからは車道をぐるっと回り込んで大里I.C〜競輪場〜別院通り〜自宅と、延べ走行距離は10kmほど、累計標高差約550mを、所要1時間22分もかかってしまった。大久保への下山時に軽い捻挫を起こしてしまい、思い切って駆け下ることができなかったのが最大の言い訳になろう。
参加者 栗秋

4.10〜11春真っ盛り、由布岳登山の巻
 会社の登山同好会例会第4弾は豊後の秀峰・由布岳との下知が事務局からあった。大分へ転勤したばかりで慌ただしい日々なれど、由布院(東急由布高原の関連会社の別荘)で前夜祭(宴会)を執り行い、豊後富士(由布岳の別名)に登るとなれば、黙って看過する訳にはいくまい。と言う訳で、職場には大義名分を十分浸透させた上で、いそいそと出かけた。

 で本隊到着までは若干の時間があったので、先ずは久しぶりの金鱗湖のほとりに湧く下ん湯共同浴場(由布院温泉)の露天を目指す。春まっさかりの由布院は行楽シーズン真っ只中である。しかも今日は金曜日ではないか。こりゃあ、さぞかし賑わっているだろう、とある程度は観念しての入湯だったが、ありがたくも大きく外れ、大分組のS君と二人だけの湯浴みをどっぷりと堪能できたのだ。おっと、とは言ってもそういう趣味はないからね。

 もちろん下山後の一点も、前日味をしめた下ん湯共同浴場(由布院温泉)の露天に浸ったが、さすがに土曜日のまだ陽が高い時刻とあって、金鱗湖のほとりは観光客でいっぱい。相関して、下ん湯露天もイモの子を洗うが如くの繁盛で、いささか興褪せた湯になったことは否定できない。一方、本題の由布岳登山の方は春真っ盛りの好天に恵まれて、頂からは360度の大パノラマが楽しめたが、登山者も多く、道々のんびりと憩うこと適わず、少々ざっぱくの感強しか。
参加者 栗秋 他10名

5.15〜16 由布院そして雨の阿蘇山彷徨の巻
 4月の由布岳山行と同じく会社の同好会の企てによるもので、通算で第5弾になる。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
(コースタイム)
5/15 20:00 由布院(東急由布高原の別荘)集結 中宴会
5/16 由布院8:00⇒(やまなみ道経由)⇒阿蘇・仙酔峡登山口9:25 9:42⇒(仙酔尾根経由)⇒稜線11:40⇒高岳11:50⇒中岳12:10(道に迷う)⇒火口東展望台12:30⇒仙酔峡上部のシェルター12:40(昼食)13:25⇒仙酔峡登山口14:08 (宮地駅南の温泉・アゼリア21にて入湯)16:00⇒(肥後大津・美咲台〜熊本I.C〜縦貫道経由)⇒門司19:20
参加者 栗秋 、伊藤道他5名

5.31 第7回GTCデュアスロン筑豊カップ出場と佐賀の名峰・黒髪山登山の巻
 一日めいっぱい遊び回った、これぞ究極のアウトドアスポーツ三昧なのだ。
 (本文「湯行・山行活動報告」参照)
参加者 挾間、高瀬、栗秋

6.7 阿蘇、久住、小国、山のいで湯巡りの巻
 日田を始終着として南阿蘇・地獄温泉(清風荘)、久住高原地ビール館、満願寺温泉(共同湯)などなどを巡る。と言うのも農繁期の手伝いをすべく、6.7日(土、日)連休で帰省して、田植えの準備として畦代をプラスチックボードで防水施工したり田圃全体に肥料を撒いたり、更には上の屋敷跡の畑へ場所を替えて大根種を撒くべく耕作労働に精を出したり(豆耕運機にて)、旬の梅ちぎりに興じたりと、それなりに貴重な労働力を提供したつもりだったが、あらかた農作業は土曜日で終わってしまい、日曜日がポッカリと空いてしまったのだ。初夏、さわやかな青空の一日を有効に使わぬ手はない。

 で久しぶりに訪れた地獄温泉(清風荘)のすずめの湯は健在であった。云わずとしれた泥湯だが、ブクブクと見えぬ底から湧き出る様は阿蘇のいで湯の実力を見せつける。先ずは湯小屋の浴槽を覗き、おっちゃんたちが浸っている手前の浴槽をパスして奥の空いた方の湯屋へ飛び込んだ。「フフフ、トーさんこっちは空いとる。ラッキーばい」と二人でしばし泥湯の感触を楽しんだが、どうも入り口付近でオバちゃんたちがうろつき回ってはこっちを伺うのが気にかかるのだ。それでも無視したものの、熱さに耐えかねて露天(屋根掛のみ)へ場所を移す段になって初めて気づいた。入口にはしっかりと「女湯」と書かれてあったのを.....。

 さて次は高森から箱石峠方面の道路端、広大な芝生の借景は天を突く根子岳の威容なり。しばし車を留めて写真に収めなければ気が済まぬ。親父もこの雄大な景色にはしばし見とれていた模様。何せ、世界一のカルデラ火山だもの、このくらいの迫力がなければならぬのよ。で遅めの昼食は久住高原へ場所を移し、久住高原地ビール館とした。ここは昨秋開園したばかりでボクも初めての地。新し物好きの高瀬から伝え聞いたお薦めのメニューはカリっと揚がったオニオンフライにチーズの取り合わせ。更には熱々のソーセージ類などを地ビール・ピルスナーと共にほお張りつつ、窓外に広がる雄大な久住高原と阿蘇方面の連なりに身を任せた。これぞ至福な時の刻み方と云うものだろう。傍らでは珍し物好きの親父も好奇心旺盛な眼差しで取っ組んでいたが、周りにもキョロキョロと目配せを怠らない彼のこと、目ざとく教職OBのクラス会旅行でたまたま立ち寄っていた親戚のT氏を認めてはしばしの雑談に及んだことは云うまでもない。
(コースタイム)
 日田7:35⇒(大観峰〜内牧〜立野経由)⇒南阿蘇・地獄温泉(清風荘すずめの湯入湯)9:50  11:25⇒(高森〜箱石峠〜一の宮〜瀬の本経由)⇒久住高原地ビール館13:00 30⇒ガンジーファーム13:45  14:00⇒満願寺温泉(共同湯入湯)14:20  45⇒日田15:40
参加者 栗秋、栗秋父(会友)

8.29〜30 栗秋家サマー・バカンスの行方
 この春からの単身赴任ゆえの家族とのコミュニケーション不足解消のため、揃って一泊二日の旅に出た。目指すは熊本〜菊池渓谷〜阿蘇外輪山・大観峰〜久住高原〜長者原・星生倶楽部(泊)〜湯布院〜大分である。もちろん目論みは山のいで湯の定番、星生倶楽部に湧く星生温泉で過ぎ行く夏の疲れを癒し、避暑地の非日常のひとときを存分に楽しむことである。本文参照。
参加者 栗秋ファミリー

9.23 日田の八十八カ所巡り霊場・龍体山に遊ぶの巻
 久しぶりの帰省で、父は唐突に日田の北に位置する三花地区に横たわる龍体山へ行かないか、と誘いがかかる。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
参加者 栗秋、栗秋父(会友)

9.26筑紫の名山・宝満山で下りがヨロヨロとなった訳の巻
 会社の登山同好会例会も今回で通算第6弾となる。回を重ねるにつれ、山中での酩酊度合いも深くなってきた。さて今回の登山行の顛末は?(本文「湯行・山行活動報告」参照)
参加者 栗秋 、他5名

10.4下関・豊浦町境に連なる鬼ケ城山〜狩音山早駆け登山の巻
 秋晴れの午後、ふと思い立って下関市と豊浦町境に連なる鬼ケ城山(622m)に登ることとした。かねてから淡いながらも、ワンディ・ハイクで下関周辺の山を稼ごうと思いを暖めていたが、いざ決行となれば先ずは下関の最高峰、鬼ケ城山を踏まなければならない。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
(コースタイム)
門司12:55⇒鬼ケ城山登山口13:40 50⇒尾根中段の展望地14:08 15⇒鬼ケ城山・狩音山分岐(以下分岐と称する)14:29⇒鬼ケ城山14:40 15:10⇒分岐15:18⇒狩音山15:29 33⇒分岐15:41⇒登山口15:59 16:08⇒吉見温泉センター16:20 37⇒門司17:30
参加者 栗秋

11.1久住の紅葉と山のいで湯を慌ただしく駆け巡るの巻
 夕暮れの久住高原へ足を伸ばし、赤川温泉から久住山へ突き上げる山峡の紅葉に酔い、久住高原コテージの露天風呂から高原の落日を眺め、長湯の新名所、温泉療養文化館『御前湯』を稼ぐ。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
(コースタイム)
玖珠15:30⇒車⇒赤川温泉入口16:50(赤川温泉と周辺探索)17:20⇒車⇒久住高原コテージ17:30(久住高原コテージ温泉露天入湯)18:10⇒車⇒長湯温泉18:40(直入町温泉療養文化館・御前湯入湯)19:20⇒車⇒大分20:30
参加者 挾間、高瀬、栗秋

11.8第9回とみくじマラソン粘走と秘湯・夷谷温泉を巡るの巻
 ライバル挾間とハーフマラソンでの対決結果は如何に?とシリアスに迫ったつもりが、香々地町の山峡に湧く秘湯・夷谷温泉に浸り、後はいつもの酩酊の旅になってしもうた。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
参加者 挾間、大平、荒金、栗秋

 
           夷耶馬を背に                   夷谷温泉

11.14晩秋の長門路、里の湯巡りの巻
 小春日和の何も予定のない一日、もちろん子供達はそれぞれの行動予定有り。そこで奥方と二人で晩秋の長門路をのんびりドライブして、山里の湯を愛でようということになった。(本文「湯行・山行活動報告」参照)
参加者 栗秋、栗秋悦子(会友)

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