11月28日(月)
今週末も、大分に帰省していた。
ねいろや5周年ライブに顔を出した。
「よくいつも帰って来るなぁ」と感心されるが、俺にとって福岡〜大分は隣町みたいな感覚。
一度、3ヶ月程度横浜に住んでいたのがきっかけで九州はどこも同じ、
という感覚を身につけた。
それから横浜在住時の色々な感覚は忘れているものの、この感覚だけは残っている。
俺がドライブや旅行が好きだ、と言うのもあるかも理由にしれない。
日曜日は、イオン三光→トキハわさだタウン→パークプレイス大分(以下パープレと略す)と、
大分県三大ショッピングモールをまわって、福岡に帰った。
さすがに一日300km以上運転したら疲れる…
と言っても、そこまでへとへとな訳ではない。
しかも、パープレで低反発枕を買った。
これで安眠だ。
今日は朝から大牟田に出張。
今週、予定されていた東京出張がなくなった。
これで大牟田の仕事に集中できる。
昼。
ご飯を食べに行くまでの坂道を下る。
大牟田の空は晴れ渡っていた。
大牟田のごみ収集車は、「赤とんぼ」の曲を流しながらごみを集める。
今日は会わなかったけど、なんか子供の頃を思い出して切なくなってしまう。
ゆっくり作業もできるようになったし、今日は早めに帰宅した。
低反発枕のおかげで、ある程度は安眠できたが、それでも眠い。
帰りは、柳川から二日市までぐっすり眠ってしまっていたようだ。
大善寺、花畑、久留米に着いた時の記憶が全くない。驚いた。
あと1ヶ月ほどで今年が終わる。
UNICORNの「雪が降る町」を聴きたくなる。特にクリスマスを過ぎると…
去年は年越しの瞬間でさえ仕事だったけど、今年は大分に帰れるかな…?
…あ。
冷蔵庫に賞味期限が12月半ばまでの魚肉ハンバーグがあったっけ。
はよくわな。
11月24日(木)
朝から八女に出張。
障害が出てるんでログを取ったり、データのリカバリ作業の準備したり…
帰りに久留米まで行くバスの中では寝ていた。
事務所に一度戻ったが、誰も居なかった。
会社のカレンダーと手帳が届いているので、家に持って帰った。
昔の日記を見てみた。
2003年2月〜4月。
前の会社が倒産して、大分に帰った頃のものだ。
更にその前後もちょっと見てみた。
…ライブ行きまくりやな、この頃…
(面接の時には音楽活動は中止していると答えたらしいが…)
福岡在住時、BIG HITにはほぼ毎週行ってたっけ。
しかし、人の入れ替わりが激しいから、この時の知ってる人はほとんど
音信不通になってしまっている。
大分に帰ってからはカンタとねいろやが中心だ。
こちらの皆さんとは、未だにお付き合いが続いている。
「Who's NEXT」は大分に帰って買ったものだと思っていたが、その前に聴いているようだ。
前の会社に居たときにはThe Whoはそこまで興味なかったような気がするけど…
ま、いいや。
ねいろやのステージに初めて立たせてもらった時の事や、
高校時代以来のタカとの再会についても書かれてあった。
あれから2年半が経つわけか。
本当は1997年から日記はあるが、とある理由で載せていない。
今度見直してみようかな…つっても多分載せないけど…
11月23日(水)
疲れてるから目が覚めるまで寝るぞー!
…と思ったけど、8時過ぎには目が覚めた。
あー…まだ眠いなぁ…
と思いつつ、昨日博多駅のパン屋で買ったパンを朝食に。
買い物しに西新をふらついた。
みかんが\100で売っている。
こないだ果物屋で買った後に別の果物屋で多く売っていた奴だ。
今日はこっち買うぞ!
…しかし、みかんは小さい方が美味い。
いつも買う方が美味いなぁ…
午後は、親分から借りたジミヘンのビデオを見た。
又ゆっくり見よう。
昼寝しようと思ったが、隣が重低音響かせる音楽を大音量で鳴らしていて五月蝿い。
…いいや。外に出よう。
こんな時に、気軽に誘える友達が福岡にはほとんど居なくなった。
自転車でマリノアシティに行った。
藤崎から北へ抜け、マリナ通りを走る。
愛宕小学校前には、未だにカパプー(注)がいた。
懐かしいなぁ。俺が大学進学した年、福岡に来て2年目の時だ。
マリノアシティ到着。
相変わらず車は多いな。
ヴィレッジ・ヴァンガードに行ってみた。
モノを買ったことはないが、こういう混沌とした雰囲気が好きだ。
俺の前で店員さんが整理していたCDが倒れた。
俺が拾おうとすると、「そのままでいいですよ」と言われた。
マリノアシティを出た。
折角だ。
その近所のディスカウントショップへ。
食料をいくつか買って、家に帰った。
夕方、1時間半、寝た。
これで丁度いい感じかな。
車のガソリンを入れに行ったら、スロットで当たれば、出た模様によって
安くなるという仕組みがあり、見事当たって、リッター2円安くなった。
やった!
注:カパプー…1995年に行われたユニバーシアード福岡大会のマスコットキャラクター。
11月21日(月)
週末は、大分に帰っていた。
久々に親分&mayuっち夫妻の家に遊びに行った。
大空君も大きくなっていた。もう11ヶ月。離乳食を食べていた。
考えてもみれば、ダモーンズで一番最初に俺の活動に目をつけてくれたのが親分だったな。
こうやって音楽関係の友達の家に遊びに行くのも久々だなぁ…
と言ってもあんまり行った事ないけど…
今日はベースのまゆむさんはまだ産休中だから、ヘルプを入れて、
ダモーンズの一時復活ライブ。
ジミヘンのビデオを借りて、親分を車に載せて、都町へ。
それから飯を食って、ねいろやへ行った。
金曜日から2週に渡って、ねいろや5周年ライブだ。
人で溢れかえっていた。
着いた時にはBLUES TRIANGLE。マスター率いるブルースバンドだ。
それからGETというホーンセクションの入ったファンク系バンドをはさんでダモーンズ。
「拳を振り上げろ!」「飲まな許さんぞ!」の名台詞も復活だ。
(この台詞は大分の色んなバンドが真似してるけど…)
終演時刻は0時過ぎていた。
日曜日は用事があったので、すぐに帰った。
帰る前、マスターにそろそろライブが出来そうだ、と伝えた。
1月か2月にやる事になりそうだ。
久々の大分ライブ。その日が決まれば、できるだけ仕事は入れないようにしたい。
今朝は早めに起きた。
ラッシュ時の西鉄の特急電車は、椅子が進行方向に対して縦だから、ゆっくりできない。
大牟田まで一時間電車に乗らなきゃいけないのに。
ちょっと早めの電車にしたら、椅子は横だから、ゆっくりできる。
大分の課長からメールが来ていた。
出向期間はあと4ヶ月だから引継ぎが行えるよう、まとめておくように、との事。
そうか。4ヵ月後ぐらいには俺、大分に帰れるんだ。
カンタやねいろやに3時間かけて行ってるのが、30分で行ける様になる。
(逆にBIG HITに行くのに3時間かかるようになるけど)
バカ話から真面目な話までできる音楽仲間達といつでも会える。
出身中学や出身高校の名前出してもわかってもらえる。
家族や親戚がすぐに居て、自分もその中の一員なんだと認識して
何事も頑張れるようになる…
2004年4月21日から1年7ヶ月。
色んな事があったな。当たり前だけど。
障害対応で来たのだが、あっさりと障害解決!
午後7時前には大牟田を出た。
晩飯はどうしよう…冷凍ご飯がないや。
…あ!
引っ越してきた初日、昼飯を食いに行った安い定食屋があった。
午前中に家に着き、午後に荷物が来る予定で、その間に食っていた。
平日の夜は午後9時に閉まってしまうから、食べたことがない。
ここで食べよう!
店員さんは若い女性が多かった。
西南の学生さんかな…
店にあった「ボンボン坂高校演劇部」を見ながら、ご飯が来るのを待った。
家に帰ると、前に車の修理をしてもらったところから、定期点検の案内が来ていた。
そんな事もあったっけ…
洗濯物を干そうとしたら外は雨!
…でも、通り雨かな。
まぁいいや。洗濯物は中に干した。
10時過ぎ、会社の先輩から電話。
わからない事があるので、明日は行橋に来てほしいとの事。
そういえばこの件で、土曜日も電話があったな。
会社のPCを開き、関係者に明日は行橋に行きますとメールをしておいた。
11月13日(日)
朝6時過ぎに仮眠が出来た。
何かあったら呼びに来ると言われ、会議室で寝ていた。
結局問い合わせの電話はなく、平和だったので、昼まで寝ていた。
家に帰ると、高校時代の数少ない友人・Gからメールが。
昨日の日記についてだ。
「見ている人から傲慢に思われるだけなんじゃないのか?」というような内容。
「音楽をやめるんじゃなくて、それだけの実力をつけるまで頑張るんじゃないのか?」
という内容もあった。
これは他の人からも指摘された。
…そう。今まではそういう気持ちで居た。
何でそんな事思い始めたんだっけ…
advantage Lucyを聴きながらディスカウントショップへ車を走らせ理由を考えていた
…いや、思い出していた。
ギターポップを聴きながら優しい気持ちになりたかった。
しかし、ディスカウントショップには何も欲しいものはなく、そのまま帰った。
…ん?
…思い出してきたぞ…?
お客さんが来る、来ない以前に音楽活動中止は考えていて、
それがたまたま今回のライブのタイミングだったんじゃないか…
じゃぁ、なんで音楽活動をやめようかと考えたのか…
それには、あまりにも沢山の理由があって、ここには書ききれないかもしれない。
とにかく「疲れた」の一言に尽きるのだろうか?
ようやく長く日記をかける時間が取れたし…思い出してみよう…少しづつ…
何だかんだ言って、大分まで帰ってライブをやるには、エネルギーを必要とする。
そのエネルギーに見返るものが感じられない…のかもしれない。
…去年はちょくちょく大分に帰ってライブやってた。
帰省すること自体がそんなに苦じゃなかったからだ。
大分を離れて一年半が過ぎ、帰省するのが最近は「めんどくさく」なっていた。
音楽には正解はない。理系の俺には苦手な世界だ。でも演奏したり聴くのは大好きだ。
俺は不器用なので、その正解のない中で、俺らしさを出して演奏しているつもりだ。
しかし、それに厳しい意見が入る。それが嫌と言うのもあるかもしれない。
その人の言い方もあるのかもしれない。皆が皆の酷評が嫌だとは思わない。
たまに俺の心を平気で傷つけるような言い方をする人がいる。
…かく言う自分も昔、そういう事やっててへびじ兄さんから叱られた事もあるのだが…
数年前、「涙の10号線」の歌詞を変えて、深いものにした。
その歌詞に「良くなった!」絶賛した人も居たが、「まだ足りないものがある」とも言われた。
その足りないものがわかれば、俺の詩は良くなると言われた。
…でも未だに何が足りないのかわからない。
最近新曲を作っていないのは、歌詞にとらわれ過ぎているからである。
(曲もリフ程度しか思い浮かばないんだけど)
…とか何とか言いながら、俺の曲を話題にしてくれるだけでも幸せだなぁと
日記を読み返しながら思った今日この頃。
それに、婆ちゃん子で、過保護に育てられてきた。
それ故、何か問題が発生した時に一人で対処できない。
一人じゃ何も出来ない。
何もできないから、幼稚園に入っていじめられっ子になった。
ダメ人間のレッテルを貼られて生きてきた。
だから、人より抜きんでいるところがあると、ついそれを自慢したくなる…必要以上に。
悪い癖と思いながら、そういう幼少時の環境がそうさせている。
昔に比べると少なくなったが、きっとこれは死ぬまで直らない。
だから、実際の自分の「位置」以上の所にいるように錯覚をしてしまっていて、
それだけのものを求めているんじゃないか?との意見もあった。
…どうだろう?そこは微妙だ。
よく「楽しそうに笑うね」と言われるけど、理由は簡単。
普段が辛かったから、楽しい事は人の何十倍も楽しく感じられるのだ。
だから俺はお笑い番組を見るのが大好き。
はっきり言って、音楽番組よりお笑い番組を見ている時間の方が長い。
色々書いたが、本当に音楽活動中止を「考えた」と言うだけなのだ。あくまでも過去形だ。
それが考えすぎだと思ったし、何とか大分でライブできないかと頭を悩ませている最中だ。
やる曲だって考えている。オリジナルの大分での未発表曲を演奏したいのだ。
ただ、そういう事があったと、どこかでぶちまけたかっただけなのだ。
「王様の耳はロバの耳」である。
大分に帰る度、ネット上でも「次回大分ライブはいつ?」と色んな人から言われる。
そういう人達に「福岡まで見に来い!」と言うつもりはない。
しかし、正直、見に来て欲しい気持ちは少しはある。
単純に、福岡に友達が極端に少なくなり、福岡で一人暮らしをしている事の寂しさから来るものである。
…10年!
もう述べ10年も福岡で一人暮らしなのだ。
そこから来る感情もでかい。
一時期は博多弁聞くだけで鬱になるぐらい酷い時期も会った。
だから先月、岸川&ダイナマイツや一茶さんが福岡に来て楽しかった。
今月は里さんとGeddyさんが来た。
別にみんな俺に会いに来た訳ではないのだが、それでも楽しいのだ。
しかし、やはり体の調子は悪いのか。
又仕事で失敗をやらかして、自分を責め続ける時間であった。
11月12日(土)
空は雲一つない快晴。
しかし、今夜は徹夜で仕事なのだ。
お客さんがシステムを使っていない時間帯にメンテナンスをしなければいけないので、
どうしても土日出勤や徹夜作業も出てくる。
ここ数ヶ月はこの仕事をしていた。全体のスパンが1ヶ月程度、だから月に一度は徹夜。
しかも、その日程が3,4週間前程度でないと確定しないため、音楽活動は控えていた。
なぜなら、俺が大分に帰った時に身につけておきたい技術の一つだからである。
今日の夕方から移動して、明日の夕方まで…ほぼ24時間いないといけないのか。
そんな感じで疲れている。
先週はライブだったが、お客さんはただ一人。
大分から、誰かサプライズで来てくれたら嬉しいなぁと淡い期待を抱きながらも、
いつも福岡でやる度に思いながらやはり遠いし、日曜が多いので誰も来ない。
しかし、実際に大分からツアーで福岡でライブするアーティストを見に大分から
お客さんが来る場合も多い。
「お前の歌はチケット代の価値がない。それに時間の無駄。」そんな話をよく耳にした。
俺の福岡〜大分の距離感覚がおかしいというのもあるのかもしれないが、
今回大分から誰も来ないようであれば、音楽活動自体を中止しようかとまで考えていた。
本当に俺に実力があり、心からのファンがいるはずならば、福岡で日曜日だって、
大分からお客さんが来てくれるはずだ。
しかも福岡でライブしたのは一度や二度じゃない。
逆に、福岡から大分にライブしに来てくれたバンドは居る。
元々対バンする予定だったが、俺のライブスケジュールが詰まっていたので、対バンは見合わせた。
それに「Beat Missile」も「涙の10号線」も、福岡で作った曲。
これらの曲が生まれた町で聴いて欲しい、という俺の思いもある。
「お前の歌はチケット代の価値がない」
そう言われていたのは2002年頃。大分でライブを始めたばかりの頃で、
大分ではM-Talksぐらいしか知っているバンドがいなかった。
今では仲良しのダモーンズやスピリッツも知らない。ELANとSEASIDEがかろうじて対バンで
「知り合い」になった程度である。
ある親友からもライブ終了後には説教を食らっていた。
アンケートにも「次回ライブに行きたいと思いますか?」の項目に「他人なら行かない」
と、はっきり書いていた。
今では、お客さんが俺の歌を歌ってくれるようになったし、初対面の人からもライブを見終わって
「いいですねえ」と言われる様になった。
アコースティックなのに、お客さんが声援を上げ、叫び、盛り上がる。
状況は変わってきてるのかもしれない。
しかし、「吉田に出来ることは誰にでもできる」(=お前は世界一のダメ人間)そう言われて育ってきた。
だから常に劣等感を抱えて俺は生きている。
これはどうしようもない事かもしれない。
実際、未だに動作ものろいし、人に迷惑かけてばかりいる。
たとえ本当に実力がついたって、自分じゃ実感できない。
ちなみにこれは仕事でも同様。
そんな思いがあり、7日の深夜、BBSにこの思いを書いたが、「大分から誰も来ない」
と言う所が批判と取られてしまったようだ。
それに、それが考えすぎだと書いてはいたのだが…
今日の話に戻ろう。
午前10時まで寝ていた。
近所のスーパーのパン屋で朝食を買った。
焼きたては美味い!!!!!
テレビをつける。
福岡の遊園地は今、と言うような特集だ。
だざいふえん改めだざいふ遊園地、かしいかえん等、老舗遊園地が出てきた。
「やはり、かしいかえんと言えば、必ず通る道ですよね。」
とテレビは言う。
…そんな事言われても大分出身の俺にはわからん…
大分で言えばラクテンチみたいなもんか。中学生のとき以来、行ってないなぁ。
「涙の10号線」で歌ったマリーンパレスはうみたまごに変わって、一度行ったけど。
俺が福岡に来たのは18歳。それから27歳まで居て、28歳で再び福岡。
上記の遊園地は子供及びファミリー向けと言うイメージがあるから、行った事がない。
…しかし、10代から30代まで福岡で生活しているのか、俺は。
年末調整の書類を確認していた。
生命保険の金額は、どれを書いていいのかわからなかった為、保険会社に電話。
電話が繋がる。
「もしもし、あの生命…」
「もしもし、お客様?」
「あの、もしもし?」
「お電話に出て頂けないようですので、こちらから切らせて頂きます。」
がちゃん。
へ?
電話の調子が悪いのかな?
自分の携帯にかけてみる。
…問題ないな。
もう一度。
今度は繋がった。
支払い確定後、再度証明書を送付するので、それを改めて1月末までに会社に提出して下さい、
と言うことだった。
…え?そうなの?今まで一度しか出したことないけど…
西新の商店街をふらつこうとしたら、電話が。
保険会社の人からだった。
証明書は、今来ている書類だけ提出すればよい、という訂正の電話だった。
わざわざご丁寧にありがとうございます。
みかんを買った。なんと一袋100円!
買った後、向かいの果物屋で、倍くらいの量が入って100円のみかんがあった。
…しまった!!
「アーティスト」を更新。
11月3日(木)
昨夜は夜9時ぐらいに家に帰った。
いくら定時で帰ったとは言え、徹夜明けだし、出張先は八女で遠いし…
で疲れが取れていない。本当はやる事がまだあるが、「早めに帰ろう」と
先輩の勧めもあって、早めの帰宅。
晩飯を食いながらネットサーフィン。
ウィキペディアで、音楽関係から色々探していて「NIRVANA」から
「精神疾患」へと行き着いた。
色々と昔の事を思い出したり、今後についてちょっと不安を抱いたり、
周りの人はこういう症状が病気だと知らず、俺の事を傷つけたり
してるんだよなぁ…
なんて思いながら夜を過ごした。
そして今朝、目覚まし機能をONにしたままにしていたコンポから
ラモーンズの「I WANNA BE SEDATED」が軽快に流れてきた。
今日はヤフードームでクイーンのコンサート。
なので、宇佐からThe Spirit of Radioの里さんとGeddyさんが福岡へ来ると言うのだ。
どちらにしろ、博多駅方面に用事があるし、ヤフードームはうちの近所。
折角なので、会う事にした。
しかし、スタジオで練習もしたい。
徒歩10分足らずのいつものスタジオは開いていない様だ。
2km先のスタジオで、午後8時から練習する事にした。
昼過ぎて、地下鉄で博多駅へ。
買い物をした後、里さんとGeddyさんに会った。
交通センターの楽器屋と百円ショップに寄った後、地下鉄でヤフードームへ。
いつもお客さんとこへ一人で乗る事が多い地下鉄に、スピリッツのメンバーと乗っているのは不思議な感じ。
ヤフードームでコーヒーを飲んだ後、俺は家に帰ることにした。
ヤフードームからうちまで2km。
バスで帰るか歩いて帰るか迷ったが、歩いて帰った。
途中、うち方面へ行く15番系統のバスが追い越していった。
晩飯を食って、スタジオへ。
…指も痛くなるし、疲れてしまった。
疲れを取るための休みだったのに…
ま、違う疲れだからいいや。
11月1日(火)
もう11月なのだ。
きつかった仕事も終わりを迎えた。
10月30〜31日にかけては、徹夜作業。
なんとか1時間半仮眠したので、昼間に眠り込むほどの眠気はなかった。
むしろ、下手に5時間ぐらい寝る方が眠いのは何故だろう?
平日には飲まないようにしていたが、昨夜はちょっと飲んで、
久々に「RAMONES MANIA」を聴きながら眠りこけていた…
そんな今朝。5時半に起きたが、二度寝して、気づいたら6時。
…やばい!
7時に天神を出る電車に乗らないと間に合わないのに!
…7時?
ここから天神まで30分…
幸い、30分起床すべき時刻を勘違いしていたおかげで、助かった。
家に帰って、PCをつけると、8mmの解散を知った。
BIG HITで大人気だったバンドで、ワンマンライブを行うと100人以上集まる人気ぶりだった。
最近、会うこともなかったが、テレビレギュラー出演も果たし、
活動は順調なようだった。
3年前、BIG HITで「皆の曲を皆で宣伝しよう!」というコンセプトで
オムニバスアルバムを作り、俺は「爆弾の降る町で」で参加した。
これがきっかけで、俺は福岡では(つってもBIG
HITのみ)この曲でブレークし、
8mmも練習の休憩中に歌っていたそうで、俺の前で歌ってくれたことがある。
「もっと明るい曲歌ってくれよ〜」なんて笑いながら話した。
今考えると凄い話だが。
さて、ライブの練習をしよう。
今回は初披露の曲があるのだ。
大分から見に来ても「来て良かった!」と思わせるものを是非見せたい。