佐田の名所(人物)

岩男 是命(いわお これのぶ)


 日中戦争において、26歳で陣没した天才彫刻家。
 帝展第三部会に2回入選。出征直前に制作した「シェパード」が帝展三部会特選に選ばれています。

 房ケ畑の「左甚五郎の家」岩男家に生まれた是命は、一族の中でもとりわけ優れた彫刻の腕を持っていました。
 弟子志望者を「今迄全部撃退して居た」彫刻家、日名子実三(日本サッカー協会の八咫烏エンブレムのデザインや、宮崎市にある平和の塔設計を担当)初の内弟子となり、18歳で上京。
 動物の制作には非凡の腕を持っていた是命の人となりを、日名子らは以下のように表現しています。極端な無口。怒らない。走らない。空を仰いで突っ立つ癖がある。急ぐという神経を忘れている。
 そんな、いかにも芸術家然とした是命の元にも召集令状が届きます。是命が、軍用犬協会の訓練所に通いシェパードの石膏像を作りあげた頃でした。
 出来上がった「シェパード」の帝展出品手続を済ませた是命は、残りの作品ほとんどを壊して出征。第一線である中国大陸へと向かいます。

 そして昭和12年(1937)12月21日午前。
 山西省の陣地にて、砲声に驚き狂奔した馬から振り落とされた是命は、後頭部を強打し野戦病院に運ばれます。
 意識不明の重体となった是命の枕元へもたらされたのが、彼の「シェパード」が帝展で特選となったという報せでした。朗報を届けようと是命の耳元で叫ぶ戦友たちの思いもむなしく、同日午後、若き彫刻家は息を引き取りました。

 現在、是命の数少ない遺作となった「シェパード」のレプリカ像は、安心院文化会館入口(右地図)などで見ることができます。


  • [参考文献]小野維平(1983)『白の軌跡 岩男是命遺作集』立川印刷
  • [参考文献]大隈米陽/編(1952)『豊前国佐田郷土史 上巻』佐田村:佐田村公民館
  • [参考文献]安心院町身心すこやか事業推進委員会(1988)『ふるさと佐田』
  •  帝展特選作品「シェパード」レプリカ 
  •  「遠吠え」(個人蔵) 
  •  「観音像」(個人蔵)