
佐田の名所
笹ケ平の観音様
キーワード: 寺社仏閣・信仰
笹ケ平地区の山中にある、観音堂。
2011年夏現在、観音堂に至る道は大変険しくなっており、地区外の方が単独で登ることは困難になっています。
かつて笹ケ平には千手院専壽密院というお寺がありましたが、承応年間(17世紀)に、消失してしまいます。
この火事で建物は焼けてしまいましたが、本尊であった観音様(十二面観音立像)はどうにか持ち出すことができました。その後、焼け出された観音様は、笹ケ平の山中、洞窟内に安置されました。
また後年、安置していた洞窟よりももっと大きい洞窟が偶然発見され、現在の位置に移設されました。現在同所には、阿弥陀坐像、十二神将経像も安置されています。
観音様が女性の守り神でもあったため、安産を願う女性が急峻な坂を上り参拝することもあったそうです。
2011年夏現在、観音堂に至る道は大変険しくなっており、地区外の方が単独で登ることは困難になっています。
かつて笹ケ平には千手院専壽密院というお寺がありましたが、承応年間(17世紀)に、消失してしまいます。
この火事で建物は焼けてしまいましたが、本尊であった観音様(十二面観音立像)はどうにか持ち出すことができました。その後、焼け出された観音様は、笹ケ平の山中、洞窟内に安置されました。
また後年、安置していた洞窟よりももっと大きい洞窟が偶然発見され、現在の位置に移設されました。現在同所には、阿弥陀坐像、十二神将経像も安置されています。
観音様が女性の守り神でもあったため、安産を願う女性が急峻な坂を上り参拝することもあったそうです。
- [参考文献]大隈米陽/編(1952)『豊前国佐田郷土史 上巻』佐田村:佐田村公民館
中に観音像などを安置する舞台
自然にできた岩窟を利用した舞台