自衛官の心構え解説

解   説

1 使命の自覚について
(1) われわれは日本の国土及び国民に誇りをもち愛着を感じる。わが祖先はここに住みかつ勤め励んで、多くの貴いものをわれわれに残してくれたのである。
  この国を守ることはわれわれの当然の義務であり、これにわれわれの努力の成果を加えて次の世代に送るのでなければ、その任務を果たし得たということはできない。
  これがためには、国がその独立を確保し平和を維持することが根本である。さいわいにしてわが国民は、今日までその上に降りかかるいくたびかの災厄にもかかわらず、民族と国家の統一を持続することができた。
  しかしながらこのような民族と国家の統Jは、他の多くの民族がつねに享受しているものではない。国の独立と平和を保ち、国民がみずからの生活を擦護することがいかにむずかしく、また激しい試練に耐えて行かねばならないかは、各国の興亡盛衰の跡が物語っている。
  歴史によれば、侵略と破壊は思わざるときに思わざる形において突如として起こり、きょうの平和はたちまちあすの混乱と化す事実が、人類社会においてあまりにしばしばくりかえされていることがわかる。
  したがって、国を愛し民族の行末を思うものは、誰しも国の危急の際を憂慮しこれにそなえるため、ことなきときにこそ周到な用意が必要であることを知っている。
  このような憂慮を国民とともにわかつ心が、われわれをすすんで防衛の任務に参加せしめたのである。


(2) したがって防衛の任務に対する自覚は、国民としての当然の責任感に由来する。それは国民のもつ国家及び同胞に対ずる責任感であり、良心に党するものである。
  次にそれは法律により義務づけられる。防衛の任務に服するものにとって、法律はそれにぶさわしい権限を与え、鋭制を設け、行為を要求する。国民の負託と信頼を受ける自衛官は、国家の定めた法律に従ってその義務を遂行しなければならない。
  このように防衛の責任は、国民としての妾務に発し、かつ法律に基づくものである。


2 個人の充実について
(1) 組織の根本は人である。高い水準の社会が個人の教養と節度がなければ維持できないように、すぐれた防衛の組織はそれにぶさわしい各人の精神と能力がなければ存立し得ない。
  このような精神と能力は、本来各人の自発と努力に基づく不断の修練により到達し得るところのものである。みずからの力に頼る気風がなければ、真の士気は高揚せず、個性の伸展はなく、したがって個人の充実は望むことができない。
  個人の充実にとり最も重要なのは、積極的でかたよりのない性格を形成することである。この性格はとりもなおさず、正しい判断力、協力の精神及び真の道義的勇気をそなえた立泥な礼会人としての性格であり、修練を経て精強なる自衛官となる素地をなすものである。
  実際において過去の城いの歴史をみるとき、戦場にあって最も勇敢に戦うことのできた勇士達の多くは、このような性格の持主であった。


(2) このような性格を形成するため特に必要な要素は、知性、自発率先、信頼性及び体力である。
  まず知性であるが、暗愚や狂信を退け理性により思慮行動するとき、視野は広まり、自信が生まれ、判断と行為は精確で妥当なものとなる。
 次に自発心をもって率先し、つねに建設的な創意と責任をもってみずからことを処理する能力は、機と変に応じ迅速確実な行動をとる素地となる。
  さらに、信頼性をそなえること、すなわち言動を重んじ、約束を守り、礼儀をわきま、え、質素であり、誠実であって節義を失わない志挽は相互の信頼の基礎となるものである。
 最後に身体の練まは、持久力と敏しょうさを身につけ、迅速な決断力と不屈の遂行力をつちかうのみならず、集団による適切な体育活動は、協力、勇敢及び犠牲の気風をさかんにする。
  このような要素を陶やし、独善と侮見、卑劣な利己心にゆがめられることのない強く正しい性格を伸展せしめることによって、品位と勇気ある性格が養われ、個人の力は充実し、組織はその精華を発揮できるのである。


3 責任の遂行について
(1) 人は家族、社会人及び国民としてそれぞれに対応する義務を持っており、それらの義務を果たすことによって、はじめて家庭、社会及び国家に、妾定と秩序のみならず、向上と繁栄をもたらすことができる。
  自衛官はその職務を果たすことにより、侵略と破壊からわが回の平和と独立を守るのであるが、その主たる職務は防衛のための戦闘であり他と異なる特色をもつ。
 その職務は、危険と困雉をかえりみず身を死生の間におくことによって遂行される。それは勇気と忍耐をもって率先てい身することによってはじめて遂行できる職務である。すなわち卑きょうをいやしみ、周到で敢為、沈着で果断でなければならず、忍苦よく自制し、凶苦と欠乏にさいなまれても、その操守はますます堅く、誠実と献身を貰く闘魂が必妥である。


(2) 各人の受けもつ職務は、相互の関連がきわめて強く、それぞれの職務の成果いかんはただちに部隊の安危に影響を及ぼす。攻守における各人の進退は、自分一己の利害を越えたものである。
  自分の職務を果たすことは、同時に僚友の職務を援助し全体につくす道である。自分い己の労を惜しんでどうして国民の幸福と妥寧につくすことができるであろうか。僚友を援夙し、公に奉仕する心をもって最後まで自分の持場を守りぬく責任感は、人としての良心から生まれるものである。
  しかしながら、絶えまない危険と困雉のなかにあって、相互に気脈を合わせつつ職務の成来を確実にあげることは容易なわざではない。
  これがため自衛官はつねに学習に励み、訓練と演習はいかに激しくても、それによって実地の研究を怠らず、知識の基礎を確実にし、応用をゆたかにし、すぐれた戦術と練達した技能を身につけなければならない。たゆむことのない進歩と創造のための努力はつきることのない力の泉である。                                                                   



4 規律の厳守について
(1) 立派な社会には自由のうちに規律があり、自制と責任ある行為が重んぜられ、おのずから公共の精神がそなわっている。
  規律は組織を統制し、一つの目的に向かわしめるものであり、全体のためになすべきこと、なすべからざることを要求する。この要求をみたすため、各人は組他の有する使命を自覚し、法令を遵守し、自己を制御し、統制に服することにより組職に生命と力を与えなければならない。
 自衛隊はその規律の基礎を戦闘におく。戦闘の目的は、敵に勝ち味方を守ることにある。したがって規律は最も厳正であることを要し、非常危急の際にこそ役に立つものでなければならぬ。
  厳正な鋭律によってのみ、部隊はその行動において正しく、速く、強く、ことに臨んで確実に目的を達することができる。規律は部隊の生命である。


(2) 真の規律は理性ある服従の状態といわれる。それはもし服従が盲目的なものか、あるいはみせかけのものであるならば、真の規律とはいえないという意味である。
 真の規律を確立するためには、命令はつねに適切であることを必要とし、受令者が自覚自律して積極的に服従する気風をつくりあげなければならない。
 よい命令をする者は必ずよい服従をする者であるといわれる。よい命令はその内容が正しい核心をつき、服従する者の心の琴線に触
れるものである。
 服徒の真価はみずから進んで行なうところにある。よい服従は表裏のない誇りをもった服従であり、それは自律にまで高めることができる。自衛隊の使命を思うとき、組職に生命とカを与えるために
する服従は、忠誠であり、協力であり、使命に生きる自覚と誇りをあらわすものである。          



5 団結の強化について
(1) すぐれた指導の下にある団結心の強い集団は、その活動に際し潜在的な威力を発揮する。
 部隊は団結によって士気を鼓舞され、精強を発揮する。部隊の団結の核心は指揮官であり、指揮官は統率の責任者である。
 指揮官はまた人間としてよい指導者でなければならず、よい指導者のみが各人のうちに潜む力を自覚せしめ、その能力を遺憾なく創造発揮せしめる感化力をもつ。
 真の尊敬や忠誠は、けっして命令や要求のみにより生まれるのでなく、部下を感化教導する道義的な指導力と表裏一体となり、はじめて全きを得るのである。
 指揮官は職責の重きを思い、部隊の任務を究め、責任を明確にし、熟慮と決断をもって率先してみずから行なうとともに、部下に対してはつとめて接触を深め、身上に意を用い、苦楽を共にし、心と心の結合により生気はつらつたる気風を振作しなければならない。


(2) 部隊の団結は、指揮官の統率いかんに負うところ大なるものがある上はいえ、その団結をささえる終極のものは、各人の自覚であり、協力であり、献身である。
 すぐれた指揮官に統率され協力と献身の気風のみなぎる部隊が、蹄著な業績に対する誇りと困難に対する持久力の確信をもつとき、そこに部隊の伝統精神が生れる。
 この伝統精神は、部隊がその活動を通して風雪に耐、え、さらに苦難と試練を重ねるに従っていよいよその精華を発揮し、強制によること少なくしてますます厳正な規律を生むに至る。
 このような気風のなかに、はじめて人間として深い交りが結ばれ、つねにいくさの庭に立つことあるべき同志としての心のつながりができるのである。
 このつながりは、一つの部隊の内部にとどまらず上級と下級、隣接相互、前線と後方、さらにすすんで陸、海、空と部隊はわかれても、相互の任務を理解し尊重することにより、ますます深く強くなければならない。
 協力と献身によって結ばれる全体の断つことのできない連帯は、やがてまた国民と自衛隊を結ぶ強いきずなとなるのである。