番外:秋の日向
「真田、いっちょ鍛錬でもしねぇか」
「政宗殿と? ふむ、試合形式でござるか?」
「Yes」
互いが互いの書類仕事に飽きた頃、ちょうど良く鉢合わせをした廊下での会話で、午後の予定は決まった。
ぶつかり合い弾き合い、刃を潰していない獲物を振り回しているにもかかわらず、すでに二人の従者は危険だと言う制止の声すら上げていない。
それはすでに馴染みの光景であったし、好敵手として気の置けない友人のような位置に互いが立っていると、誰もが認識しているからに他ならない。
「ッHA! おらおらどうしたよ、真田幸村ぁ!」
「くっ、まだまだぁああああ!!」
喜色満面の政宗の声に、衝撃に耐えながらも楽しそうに声を上げる幸村。
いやぁ、平和だねぇと佐助は見える距離で自分達の洗った衣服を干しつつ、隣で野菜を水洗いしている小十郎に視線を向ける。えらく真剣に野菜を洗うその横顔も、佐助にとっては見慣れたもので平和そのもの。
流れる雲や青い空が、まるで乱世ではないかのようにゆっくりと流れていく。
「平和っていいねぇ」
「なんだ、爺むさい」
のんびりとした口調の佐助は、しばし動きを止める。
明らかに自分より年上だろう小十郎に言われた言葉を反芻するが、のんびりと笑いを含んだその言葉に他意は見えない。見えないのだが……、少々頷きたくない。
そんな風に心の中で小さな葛藤をする佐助に、小十郎は洗い終わった野菜を太陽にかざして満足げに頷く。
忍んでいない忍びの反応は予想範囲内のもので、中々面白い。が、それに突っ込むよりかざしている野菜の美しさの方が勝っていた。程よく成長し、みずみずしいその姿に思わず調理方法が頭に浮かんでくる。
濡れた手のまま持ち上げたおかげで、小十郎の手と言わず手首や腕肘にまで水が伝ってきた。鍛え上げられたその手や腕に滴る水たちはきらきらと眩しく日の光を反射し、少し肌寒い風を感じさせる。
「もう秋か」
「食べ物の美味い季節だよねぇ」
小十郎の呟きに、先ほど少々機嫌を損ねていた佐助がのんびり答える。
すぐに気持ちを切り替えられるのは長所だなと小十郎は思いながら、一言佐助に同意の声を返した。
「そう言えば、昨日の夜とかなんか変な音したけど」
佐助が思い出したように小十郎へと視線を向けると、小十郎はすぐに思い当たったのか、野菜たちを入れた桶を持って立ち上がる。
思い出すのは昨晩の出来事。いつもと変わらない夜ながら、少々騒々しかった時間のこと。
「問題ねぇ、ちっと鼠が掛かっただけだ」
愚かにものいる部屋を目指してしまったその侵入者は、先日強化された警備にてあっさりと身柄を拘束された。
自分が何を目指していたのか知る間もなく、口を割らなかったその侵入者の命はすでにこの世にはない。
「おお、怖い怖い」
佐助が少しだけ深みのある眼差しで軽口を叩く。
獰猛な笑みを浮かべていた小十郎は、脳裏に思い出していた侵入者の存在を打ち消し、現在は同盟国である忍びへと視線を向ける。一歩道を違えていれば、以前のように殺すはずだった相手へと。
お前も獲物だったのだ、道を違えれば今後も獲物になるのだと、小十郎はその笑みを崩さぬまま目で告げる。
それは佐助も重々承知の事実。一歩間違え、どちらかの主が命を下せばお互い再び殺し合う命運。
「……ま、ねぇだろうがな」
「まぁねぇ。旦那達だからなぁ」
だがしかし、それはすでに起こり得ない可能性だと、心のどこかで確信している腹心達は笑う。
目の前で刃を潰していない獲物を双方持ちながらも、心の底から楽しそうに試合だと鍛錬だと動き回る主たちは、その無邪気さから童にさえ見えてくるほど、血のにおいを感じさせない穏やかさを醸し出している。
人気のない屋敷の某所では、今日も今日とて眠りこけているが惰眠をむさぼり寝言を呟き、ここしばらくは戦すら起こらず平穏な日常。
「ああ、なんか……平和だねぇ」
どこか日向で伸びをする猫のように、佐助が目を細めて両腕を天へと伸ばした。