彼女が拾い物をした日
先日パームは珍しい拾い物をした。
それは人型で、人懐っこく、言語を操り、つたない動きでついてきた、パームと同種族の人間だった。こういう言い方をするとパームもその拾い物も、どこの種族説明に入るのかと思いましたよとノヴに突っ込まれる。パームは一言謝った。
とりあえず、パームは一人の人間を拾った。性別はメスだ。それは迷子になったのだとよろよろ後ろをついて歩き、その様子からパームは足を派手に痛めているのだなと推測した。もしかしたら三半規管も痛めているのかもしれない。出会った時からまっすぐ歩けていないのだ。
パームはその人間を持って帰り、なんとなく体のチェックをした。どこかに強くぶつけたのか、左足にヒビが入っており目も上手く物を見ていないと分かった。三半規管も予想通りで、音も上手く聞こえていないらしい。
「よく私と話が出来たわね」
褒めるでもなく責めるでもなく呟くと、その人間はうっすら照れくさそうに笑った。その笑顔が可愛くて、ちょっと憎らしくなって包丁で刺そうかなと手に取ると、料理を作るとでも思ったのか、お手伝いしますよとか言って来た。
「りょうり、わたし、ちょとできる、てつだい、できる」
ヒビの入っている足を使いながら、またもやよろよろ後ろを付いてくるその姿に、パームは妹が居たらこんな感じなのかと多少毒気を抜かれた。
そして携帯電話を使いたいがいいかと言うので、どうぞと隣の部屋を貸してやった。人間は礼儀正しく頭を下げて部屋に行き、五分もせずに戻ってきた。どうやら現在地が分からないらしい。
良かったら電話向こうに説明してもらえないかと言われたので、厄介払いの意味も込めて携帯電話を受け取ると、相手は腰の低い礼儀正しい女性だった。パームは人間の姉かと思ったが、どうも違うらしい。
詳しい話は出来なかったが、とりあえず現在地を伝えると迎えに来れない距離だと驚かれてしまった。女性の現在地を聞いて、パームも驚いて人間を見た。人間はぼーっと天井を見上げていた。
「貴女、どうやってここに来たの?」
パームが声をかけると、人間はすぐに振り向いた。
「ともだち、ちょとおでかけ、わたし、いしょ、れんこう」
推測するにちょっとしたお出かけだから一緒にと、気がついたら連れてこられていたのだろう。会話するのに忍耐が要るが、単語だけなのでコツさえ掴めば話は早い。
パームはそのまま女性に伝え、しばらく会話した後、必要経費は払ってもらうということで、人間を送るかしばらく預かるかしなくてはならなくなった。けれどもパームにも仕事と言うものがあり、師匠であるノヴが主体なので勝手に予定が組めない。
とりあえず今夜一晩は面倒見ると言う結論を出し、女性と番号をやり取りして通話を終えた。その後パームは自らノヴへと連絡し、その御前に座って事情説明をすることと相成った。
一通り話を聞いたノヴは、とりあえず深いため息を吐いた。
今現在ノヴの目の前に居るのは、一般的に美人といわれる様相のパームだけ。問題の拾い物は別室にて閉じ込めているというのがパームの説明だ。
「部屋に行きますか?」
そう聞いてくるパームは、以前他の女を見てくれるなと暴走したことがある。まだ師弟関係を結んだ初期の頃で、コツを掴めば御するのは容易かったが、やはり面倒な出来事だった。
けれどそんなパームが性別上女性の人間を、わざわざ自分から連れてきた。これはおかしな事態だなとノヴも気がついていた。彼女の中でメスと位置づけられてはいるが、恋敵になる女性という生物に分類されなかっただけかもしれないが。
ノヴはしばし考え、そうですねと一言言って立ち上がる。パームも続いて立ち上がり、拾い物を入れた部屋へと共に向かった。
「そう言えば、モラウたちが来ていたはずですが」
「あの子の部屋に入っていきました。殺しては無いと思います」
誰が何を。
一瞬ノヴは突っ込みかけたが、パームの中でのモラウたちの人物像と、拾い物の人物像の差異に不安を覚えるだけにとどめ、追求はしなかった。今はそれを議論するときではない。
しばらく歩いてひとつの部屋の前にたどり着くと、パームは三度ノックをする。中から笑い女性の声が返ってくると、一言断ってパームが入り、続いてノヴも入室した。
そして目の前に広がる猫の群れ。それに戯れるリーゼントと巨大煙管、見知らぬ少女。それぞれが至極楽しそうに笑い合い、至福の時だとばかりに頬を緩ませていた。
ノヴの動きが止まる。けれどパームは平然とその中を歩いていき、少女の首根っこを掴んで床に座り込んでいたのを、イスに座らせていた。
「この子がそうです」
端的に首根っこを掴んだままノヴに紹介すると、パームは待ちの体勢に入る。モラウたちはあっけにとられて動かないが、ノヴはいち早く正気に戻った。
「それで、パームはどうしたいんですか」
「仕事がしばらく入らないのであれば、これを仕事の一環としたいと思っています。力は使う必要も無いので絶対に使いません。この子は今現在友人とも連絡が取れないそうです」
「モラウ、楽しそうだったが少女は危険人物か?」
パームの流れるようにつむがれる台詞に、ノヴはモラウにも声をかけた。あっけにとられていたモラウだが、すぐに正気にかえる。
得意の煙で擬似猫を作ると少女の足元に行かせ、きゃっきゃと喜ばせたりもした。
「いや、まったくもって普通のお嬢さんだ。迷子なんだろう? 許可してやれよ、パームが珍しくやる気なんだからよ」
それもそうかとノヴがパームに視線をやると、擬似猫と本物の猫に足をよじ登られて悶絶している少女に、パームは猫を追い払って足の添え木を巻きなおしてやっているところだった。
パームが他人、しかも拾い物をここまで面倒見るのは正直珍しい。モラウが言わずともノヴはそう思っていた。しかも台詞だけではなく、実際に自分の目の前でも面倒を見ているのだ。少女が名前を呼んで懐いているという事実も珍しくてしかたがない。
パームの中で何か変化があったのだろうかと思うが、彼女からそれはうかがえなかった。ただ淡々と添え木を当てている包帯を巻きなおし、注意項目を述べ、少女の頭を撫でているだけだ。
「撫でる?」
思わず声に出してしまった台詞に、部屋の中の四対の目がノヴに向く。それぞれ色は違えど同じタイミングで向けられた視線に、ノヴはひとつ空咳をした。
パームが少女を可愛がっていること程度で驚いた自分が、やはりノヴとしても恥ずかしかった。想像だにしていなかった事態とはいえ、自分もまだまだ未熟だなと痛感する。
「パーム、その子の面倒を見ることを許可します。必要経費だけではなくきちんと報酬も受けなさい。あなたを使うということはそういうことだと、相手の方には分かってもらいなさい。それと簡単な仕事も入っていますので、先にそれを済ませること」
「はい、わかりました」
「それと、二日ほど掛かる予定ですが、その間その子の面倒はどうします?」
「一般人には危険な場所ですか?」
「それはないですが、パーム、貴方だけの来室を望んでいる依頼人です。連れて行くことは出来ません、信用問題に関わります」
「では、小さくして持って行きます」
「パーム」
パームの能力は、生き物を小さくすることではない。だが真面目に答えているパームの様子から、もしかしたら出来るのではないかと思うと同時に、小さく握りつぶして持って行きそうなイメージが湧きあがってきてしまう。当然そうなれば少女は死んでしまうので、止めねばならない。そんな面倒事などいらないのだ。
大人しくノヴたちの会話を聞いていたモラウが笑い出したかと思うと、未だあっけにとられていたナックルの肩を力強く叩いた。
「ならこっちが預かってやろうか。ちょうどいい暇つぶしになる」
なぁ、ナックルとモラウは弟子に話しかけ、正気に返ったナックルも笑顔を取り戻して頷いた。が、パームの表情を見ると二人を見ながら般若の形相になっていた。
これにはイスに座っていた少女も驚いたらしく、パームの名前を呼ぶことも出来ずに硬直していた。パームは少女の肩に手を置いたまま、じっとモラウとナックルを睨みつける。
その視線に身動ぎする二人組みを見て、これは負けるなとノヴは勝敗を見た。
「パーム、落ち着きなさい」
一声かけるが、パームはノヴを見るだけで表情を変えない。少女が瞬きをしてパームの服を掴むが、それにも視線を向けるだけで表情を変えなかった。
少女の喉が引きつる様を、ノヴは見た。
「パーム、止めろ」
ノヴのきつめの一言でようやくパームの表情が元に戻るが、その視線はどこか不満げだ。拗ねた女そのものと言っていい。粘着質な視線がノヴに絡みつき、睨まれていた本人であるナックルが腰を引いたほどだ。
けれど悲しいかな、ノヴはその視線には慣れており、簡単に払うことが出来た。そしてその思考も手に取るように分かっていた。
「お前の力は誰のものだ?」
そう見下すように言ってやると、パームは従順な犬のように大人しくなる。嬉しそうに笑ったかと思うと、モラウたちの存在を忘れたかのように目を潤ませるのだ。
こうやってたまに手綱を握らなければ、復讐とかの彼女なりの名目で力をパームは使う。面倒なことだとは思うが、繰り返すがノヴは慣れていた。
「どうして感情を抑えなかった」
詰問すると、パームは少女を見てノヴを見て、少し躊躇うように告げた。
「この子、触れていると気持ちがいいんです。力が使いやすいというか、可愛い人魚ちゃんが傍に居るような安心感があるんです」
だから……と、珍しく言い訳するようにパームは言いよどむ。珍しいことずくめだなとノヴはため息をつくと、もう一度良く少女を見た。
うなだれるパームを心配気に見上げ、その服を掴んでいる少女。
そう言えば、名前もまだ聞いていなかった事実にノヴが気がつくと、パームに即座に答えるよう問いかけた。パームはそれを少女に告げ、少女はおぼつかない足で立ち上がると、ノヴに向かって頭を垂れた。
「はじめま、して、、です。おせわ、なります」
ここにくるまで、ノヴの存在をどう少女に告げていたのか。
その自己紹介の言葉にいささか気になる言葉が混じっていたが、ノヴは流すことにした。
「よろしく」
軽く頷くにとどめ、息をついてイスに座る少女から視線を外す。さてこのという面倒な少女をどうするかと考える。
パームは仕事、モラウたちがありがたくも預かると申し出てくれたが、それは仕事を請け負ったパームが反対している。もし黙って預けたりなんなりすれば、後からまた面倒なことになるのは必至だ。
依頼人はパーム一人を所望している。ノヴの同席も拒否しているため、もしかしたらパームの能力を彼女ごと盗むつもりかもしれない。けれど調べてみれば、金は有るが人脈も人望も何にもない人間と分かり、雇えてもチンピラ程度の金持ちだ。用心に越したことはないが、悪くてパームが暴れる程度だろう。
ノヴは一つため息をつくと、パームに声をかけた。
「その子は私が預かりましょう」
「はい、お願いします」
「は? お前、こいつ女だぞ。いいのかよ」
パームの至極あっさりとした返答に、ノヴが聞き返す前にナックルが突っ込んだ。パームはナックルの顔も見ずにノヴに頭を下げる。どうぞお願いしますとパームが言った気がした。
ノヴもその言葉がにわかに信じられずにいたが、続いてが頭を下げたのを見て、現実なのだとようやく認識した。
「この子の友人から連絡があれば、その時点で引き渡していいそうです。けれどそれまで着の身着のままなので、明日の朝こちらの口座に現金が振り込まれる予定になってます。この子が帰るときに残りがあればこの子に渡すことと、足りなくなれば帰りの分の旅費を振り込んでくるとのことです。こちらが連絡を取った女性の電話番号になります」
てきぱきとパームは紙を取り出したり、通帳をノヴに渡したりして時を押し流していく。ノヴは表面的にはパームの行動に対して受け答えをしていたが、やはりすぐには信じられなかった。
あのパームが、少女の世話をノヴに任せる。
その事実だけでもパームを知っている人間にとって、青天の霹靂といっていい。けれど実際少女はパームと離れるのを寂しがり、パームはその頭を撫でて仕事なのよと囁いている。どこの姉妹だよ、とモラウが楽しそうに茶々を入れる。
「それで、仕事の詳細を教えていただけますか?」
「ああ、この書類に全て書いてある。読んですぐに移動しなさい」
「はい。分かりました」
胸元に入れてあった書類を渡すと、パームは一礼して部屋から去っていく。ばいばいとが手を振り、パームも手を振り返してドアは閉じられた。
「いやー、珍しいもん見たぜ」
モラウの一言を背に、ノヴはため息を吐いた。