恋人未満
「……」
「……」
とカクが睨み合うこと数分。
暖かい室内、テーブルの上にはクリスマスケーキや七面鳥やらスープやらサラダやら、二人で協力して作った力作たちが並ぶ中、最初に口を開いたのはだった。
「……とりあえず、置きなさい」
「……つまらんの」
ぷくっと頬を膨らましたカクは言われるままに、ケーキを刺したまま差し出していた、カクだけが使うはずだったフォークを皿に置いた。つまらんつまらんと連呼し、すねた表情で椅子に座っていることにも構わず、小さな子供の様に膝を抱えだす。
「きちんと座りなさい」
「しらーんの! わしは知らん!」
ウォーターセブンには雪が降りホワイトクリスマスらしい光景が現れ始めていたが、カクもも外など見ずに再び睨み合う。
「カク」
「わしはしらん」
大の男が膝を抱えて唇を尖らす光景なんて、気持ち悪い以外のなにものでもない。と言えないカクの愛らしい拗ねっぷりに、長年傍にいたは精神力を振り絞って顔を引き締める。
油断すればすぐにでも緩み、カクの言うことを全部聞いてしまいそうな自分を叱咤する。は二人きりの楽しいクリスマスだというのに、すでに修行僧のような、精神的に鍛錬をつむ修行場にいる気分になっていた。
カクがちらりと視線をそらしての顔色が変わるかどうか、あからさまにチェックし始めたが、はもちろん顔色を変えぬよう、心を鬼にして堪えた。
「……つまらんのう、せっかく二人きりじゃのに」
ひくりとの肩が揺れる。
それを見たカクは、さらに言葉を重ねる。悲しそうに眉を寄せて縋るようにを見つめた。顎を引いて視線を下げ、向かい合った席に座っているというのに、上目遣いを発動した。
「わし、姉さんと二人きりのクリスマスが過ごせて、とても嬉しいんじゃよ?」
のまつげが震える。
表情はしっかりとカクを睨みつけているにも関わらず、視線が微妙にぶれ始め、カクはの動揺をはっきりと確認した。
ふむ、もう一押しかの?
心の中でうむうむ唸りながら、カクは哀れっぽく嘘泣きをし始めた。と言っても、カクの嘘泣きは普通に涙を流す。小さいころに習得した技だが、分かっていながらも周りの人間はだまされてくれる。
たまに本気でだまされているような時は、少々申し訳ないがカクにとっては好都合だった。
とにかく、カクはでかい図体を丸めてしくしく涙を流し始めた。の表情がより一層強張り、カクの目からは唇が乾き始めた様子すら見て取れた。
「わし、姉さんと二人きりで、今までとは違ったクリスマスを過ごせること、本当に本当に嬉しいんじゃよ? ルッチもカリファもブルーノも、……スパンダムのおっさんもおらん素晴らしいクリスマス、だと」
そこでカクは一旦言葉を切ると、恍惚とした表情でため息を吐く。
「やり放題じゃしな」
カクは即座に飛んできたフォークを軽い動作で避け、次に飛んできた七面鳥は危なげなく受け取り、中身入りで飛んできた浅い皿に注がれたシチューもこぼさず片手で受け止めた。
立ち上がり顔を真っ赤に染めながらも、冷静に睨みつけてくるにカクは無邪気な笑みで微笑みかける。
「どうしたんじゃ、姉さん。折角の料理を投げたらだめじゃろう?」
「誰が投げさせたと思ってるの?」
内心の絶叫を押し殺してが囁けば、カクは片手に七面鳥とフォーク、もう片方にシチューを持ちながら小鳥がするような動作で小首を傾げた。
「わし?」
「正解!」
仕上げとばかりに生クリームのホールケーキが持ち上げられ、あっという間にカクの顔面に叩きつけられる。
両手は塞がり椅子に腰掛けていたため、真正面からの攻撃にうっかり油断していたカクは、そのままケーキを押さえつけてくるに抵抗も出来ず静かに持っていたものをテーブルに置いた。
はすでに理性と言うものをかなぐり捨てたくなっていたが、どうにかこうにか堪えて手を動かした。
これってドリフとかとんねるずでよくやってたよね、うん。と自分自身を納得させながら、ゆっくりとケーキを持っていた手を下から上にすくい上げる動作で、懇切丁寧じっくりカクの鼻穴に生クリームをねじ込んでいく。
「……鼻の穴、こっちにあればよかったね」
顔に張り付いたケーキの真ん中から、にょっきり四角く長い鼻が飛び出しているが、カクの鼻の穴は付け根にある。
「残念だったね」
優しくなだめるように囁きかけながら、はゆっくりゆっくり丁寧にケーキの生クリームをねじ込んでいく。カクはテーブルを叩いての腕を引っ張るが、の手は容赦なくカクの呼吸を奪う。
椅子の倒れる音との小さな悲鳴が上がり、カクの顔からケーキの大半が落ちていったのはすぐだった。
自分の座っていた椅子を蹴り倒して立ち上がったカクは、同じく立ち上がっていたの腕を取り、そのまま自分自身に引き寄せ腕に抱きしめた。そんな反撃に出られるとは思っていなかったは、カクの顔にケーキを押さえ続けているわけにもいかなくなり、生クリーム塗れになっていた手を引っ込めてしまった。
「……ふぅ、苦しかったわい」
片腕でを抱きしめると、カクはもう片方の手で自分の顔を拭いだす。が驚いて硬直しているのをいいことに、拭った手は近くのタオルを引き寄せて、ついでにティッシュも引き寄せて鼻の中に入り込んだ生クリームを除去する。これが結構奥まで入っていて痛い。カクは少々涙目で処理を施す。
そこでようやく正気に返ったは、慌ててカクの腕の中から脱出し壁際まで飛び退いた。
「なにするの、カク!」
「姉さんこそなにするんじゃ。危うく生クリームで死ぬところじゃったわい、間抜けな」
が真っ赤な顔で抗議したところで、カクは本気で生命の危機だと思っていたのか、ぶつぶつと文句をたれながら自分の顔を拭いていく。
ようやくそこでやりすぎだと気づいたは、自分がどれほど間抜けなことをしでかしたか理解した。
せっかく良い雰囲気で料理をして並べて、さてこれからと言ったところだったのに。
「……だめだなぁ、今までの習慣が身についてるみたい」
さすがに顔面ケーキで黙らせたことはないが、スパンダムの顔にケーキをぶつける弟たちを止めたりもしたり、シャンパンシャワーを降らせようと言っているのを潰したこともある。
弟たちは騒げる日になると何をしでかすか分からず、は率先してやるときもあれば止めるときもあった。だからこそ、なかなか良い雰囲気のまま流されることが出来ない。
「……なんじゃ、姉さん。今更「付き合うのやーめた」は、わし聞きたくないんじゃが」
憮然とした表情で生クリームを拭い終わったカクは、まだ付いている気がするわいと呟きながら自分の顔に触れる。
「ここ」
本人には見えないのだろう顎の下に、自然との指先が伸びる。そのまま指で生クリームをすくい、いつものように食べる。
「……」
「……」
が、そこまで当たり前のように動いてから、は呼び名は変わらないまでも、姉弟という関係から変わったことを思い出す。恐る恐るカクを見ると、丸い目がますます丸くなっていてどこか呆然とした表情になっていた。
「……それは、なんじゃ」
「……なによ」
口から指を抜いて、はできるだけ平常心を心がけてカクを見返した。下手をすれば、またテーブルの上に落ちたケーキを引っつかんでしまいそうだ。手を握りこみ、笑顔を浮かべてカクを見る。
カクはどこか呆然とした表情で唇を動かしては見るものの、ふっと空気が変わるように目元を和らげた。何か嬉しいことでもあったのか、微笑ましいものでも見たかのような柔らかい笑みがカクの顔中に広がる。
「……だめじゃなぁ、姉さんは。わしもじゃが、なかなか恋人同士になれんわい」
「家族でいた時間が長すぎたのかもね」
まいった、とカクは椅子に座りなおして仰け反り、自分の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。あーあーと大きな声を上げて脱力してみせると、仕方なさそうに姿勢を正した。
「仕方ないのう。だからこそ、わしらはこうしとるわけじゃし」
どこか根負けしたように苦笑するカクに、も椅子に座りなおして笑いかける。
「そうそう、これまでの時間以上を過ごせば、きっとそれらしくなるわよ」
「プロポーズと受け取れる台詞じゃな」
「どうとでも」
気取って肩をすくめると、カクは嬉しそうに相好を崩す。
「これで勘弁してやるわい」
「なに?」
どんな可愛らしい仕返しかと思えば、カクは落ちたケーキを素早くの顔に投げつけた。カクまでもが同じ方法で仕掛けてくるとは思っても見なかったは、静かに顔を滑り落ちていくケーキを恨めしげに睨み付ける。
「、綺麗じゃのう。結婚用のメイクかの?」
にこにこと笑うカクに、はもう一度ケーキを引っ掴んだ。
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