贈り物



『いるみ、いま、でんわ、よい?』
 に珍しくも電話で呼び出され、大胆にも街中で待ち合わせの予定を組んだ日はなぜかクリスマス。珍しい事態にイルミは興味をそそられ、快く承諾をした。
 家族には仕事は入れないでねと前もって言っていたからか、イルミはシルバに楽しそうに問いかけられた。
か」
「うん、そう」
 あっさり終了する会話。けれど満足そうに笑みを浮かべる父、シルバ。
 イルミは特に気にした様子もなく、「だから仕事はなしね」と淡々と自分の希望を念押しする。それにシルバが鷹揚にうなずいて見せると、良かったと能面のような顔が淡々と息を吐く。
 特に感情の起伏を見せない息子にも、シルバはどこか面白がるようにその表情を見つめていた。
「孫は三人は作れよ」
「そこまでいってないから、だし」
 その前に、今はまだ恋人じゃないから。
 相変わらず淡々とした受け答えの中で、イルミはきっぱりと言い切った。けれどシルバは笑いながら頷いてみせる。それをイルミは感覚で分かっていながら、シルバを見ずに今日の仕事へと向かった。
の目的はなんだろうな」
 控えめにたどたどしくシルバと会話する
 旅団と親しいと思っていたが…と、一年のうちでそれなりに盛り上がる行事にイルミと会うと言い出した、一般人な女にシルバは意識を向ける。
 何度か顔を合わせ、個人的に会話もしたことがあるが、異性として意識するにはシルバの趣味とは違っていた。息子の趣味はこんなだったかと、女のタイプとしてはただ無駄に知識が増える程度の存在だった。
 ただの女としてだけならば。
 シルバは笑ってイルミの消えた方向を見やり、自分もその場から姿を消した。


「で、なにそれ」
『ん?』
 開口一番、イルミはに淡々とつぶやいた。
 そのつぶやきの意味が分からなかったは首を傾げたが、なんとなくニュアンスで汲み取ると、くるりとその場で服装が良く見えるように一回転してみせる。恋人同士でもないし、季節行事に浮かれる男でもないイルミは、馬鹿でもないが少し意外で瞬きをする。
「わかる、いるみ、ない?」
「サンタコスなのは分かるよ。馬鹿じゃないんだから」
 すげなく言い返すイルミに、いつもそんな口調だと分かっていながらはへこむ。けれど俯けた顔をすぐに上げて、イルミをしっかり見つめて笑みを浮かべた。
 にっこりと、音が出そうなほど満面の笑みを浮かべたに、イルミはもう一度瞬きをする。
 はっきり言って、は万人受けする美人顔ではないとイルミは断言する。逆に万人受けする可愛い顔とも思っていない。
 けれどイルミにとっては、と言うようなべたな考えを持っているわけではない。
 瞬きをしたイルミは、はっきりと口を開いた。
「あんまり可愛い顔しないでよ」
 音を立てて、口を開こうとしていたの動きが凍る。凍りつく。
 別にイルミにとってが至上だとか、絶対的に美しいだとか可愛いだとか思っているわけではないが、けれどやはり可愛らしい瞬間や綺麗だと思う瞬間はあるわけで、イルミはそれを否定する気が毛頭ない。可愛いからいいじゃんと、逆に首を傾げたくなる。
 言われたり思われたりしている、当の本人であるは頭の中で翻訳した言葉が間違っていることを祈った。
 なんでいきなりイルミ・ゾルディックに褒められているのだろうと、きっとまだまだハンター言語を理解していないから、どこかで聞き取り間違いや思い違いをしているのだと自分を落ち着かせようとするが、の目の前に立っているイルミは平然との頬に片手を伸ばしてくる。
 頬を包み込む手は、寒さのせいかひんやりとした冷たさでの背筋を震わせた。
「口開かなきゃ普通の成人女性なんだから。そんな格好するなら室内でやって。それとも、風邪とか男とか引っ掛けるつもりだった?」
 あんまりと言えばあんまりなイルミのストレートすぎる言葉に、今度はが瞬きをする。
 前半は心配されているのかと理解できるが、後半の言葉の一部がどうも自分に適応されない気がする。
 のその気持ちが伝わったのか、もともと予想していたのか。
 イルミはひとつ小さなため息を吐くと、頬を包んでいた手で軽くぺちぺちとの頬を叩いて手を離した。
 いつの間にか温かくなっていた手の体温に、の視線がつられる。離れていった手に視線が吸い寄せられ、イルミは少しだけ優しく目を細めた。
「で、今日はなに?」
「あ、う、お、おじゃま、おうち、よい?」
 本題を切り出してくれたイルミに、すっかり忘れていたは慌てて舌を動かした。イルミが何か言うより早く、次の言葉も畳み掛けてしまう。
「くりするます、ぎょじ、たのしい、うれしい。いるみ、おうち、わたし、さんた、おくる、もの、ぎょじ、たのしい、わたし、さんた」
 ええと、カンペが確かここに。
 取り合えず趣旨を伝え終わると、は間違えないようにあらかじめ書いていた手紙を、肩にかけていたバッグから取り出す。メリークリスマスと細いペンで書かれた封筒をイルミに差し出し、楽しそうに受け取ってくれとばかりにイルミを見つめた。
 の行動の意味を悟ったイルミは、取りあえず受け取り目の前で封を切る。のどきどきと不安そうででも楽しさをこらえきれないような、そんな目に自分が晒されていることに不思議な感覚を覚えつつ、イルミは手紙に目を通した。

 サンタ役をやるので、ゾルディックのみんなにプレゼントを贈らせてくれ。
 もちろん危険なものは贈りません。
 プレゼントを配ったらサンタなのですぐに帰る。
 家族全員気配に敏感なので、ぜひ正面からお邪魔させてください。

 要約すればたった四行。けれどまるで仕事の書類のように格式ばった文章の中には、本当はサプライズをしたかったと言う意思さえ見え隠れする。相当楽しみにしていたんだろうことが容易に窺える文章に、イルミは目線だけをあげてを見る。
 とうとう両手を祈りの形に組んで、いつの間にかイルミを拝み始めているの露出している首筋は、寒さのためか鳥肌が立っていた。青白い血色も相まって、相当寒いのだろうとイルミは推測する。
 長袖長ズボンのサンタ姿で首筋を隠すものを着なかったのは自業自得だが、それでもその頬は楽しさのためかほんのりと色付いている。
 わざわざ呼び出されてきたのに、結局家族も含めるのかと多少思わないでもなかったイルミだが、深めのため息をついての肩をびくつかせると、手紙を懐にしまいつつ呟いた。
「いいよ、ならいつ来ても。じゃ、移動しようか」


 うひゃおうだか、うっひゃはぉうだとか奇妙な声を出したは、平然と表情を変えないイルミに抱き上げられてさっさと連れ去られ、とっとと飛行船まで連れて行かれてしまう。
 一応それなりに色々考えていたイルミとしては、まぁ面白くない展開ではあるのだが、本日よりいっそう輝く街並みの夜景に目を輝かせるに、すでに怒る気力を根こそぎ奪われていた。
 一度駅へと向かい、そこのコインロッカーに詰め込まれていたサンタ袋を回収したが、の隙を普通に突いたイルミが確認したところ、本気でサンタ気分なのだろうと言う事実が窺えた。白いシンプルな布袋の中身は、彩り鮮やかなラッピング済みの袋や箱やらがごちゃごちゃ転がっていて、予想していたがイルミの目を焼いた。
「いるみ、きれい、よる、きらきら。きれい」
 そして現在自家用飛行船の中、イルミの向かいに座っているは眼下の夜景に夢中。小さい子供のような言葉を羅列しながらも、窓から眼下に見惚れるその横顔はうっすら色付き、きちんと化粧の施された目元や唇が別の意味でイルミの目を焼いていた。
「どうしろっていうの」
「いるみ?」
「なんでもない」
 斬り捨てるようにイルミが吐き出した言葉に、は少しだけ不思議そうに瞬きをしていたが、すぐに笑みを浮かべて楽しそうにイルミの名前を呼んだ。
「いるみ、ありがとう」
「別に」
 伸ばされ頭を撫でてくる手に、イルミは抵抗することもなく視線をそらす。
 ふわふわキラキラと楽しそうに瞬くのオーラは、イルミを撫でる手と重なるように柔らかくイルミに触れていた。
 こういう時ばっかり鋭いのは困り者だと思いながら、イルミは撫でられるに任せた。


「はっぴ、くりするます。みなさま」
 飛行船から降りて来るイルミとに、出迎えに来た執事達は笑みを浮かべて頭を垂れた。そして笑顔で告げてくるに、同じように言葉を返して微笑みあう。
 飛行船の中は暖かかったので良いのだが、が風邪を引かないようにと執事の面々はまだまだ話したそうなを受け流し、イルミの視線に従うように室内へと押しやる。
 プレゼントだかなんだかと言おうとしているに、執事の分まであったのかとイルミが多少落ち込まないでもなかったが、今日はいい歳して本気でサンタクロースになっているつもりのに従ってやろうと、一息ついたところで執事達との団欒を許可した。
「おくり、もの。いつ、いつ、いつも、いつもおつかれさまです」
 言いたい言葉をまとめた紙でも用意していたのか、時折ちらちら手元を見ながら一人一人並んだ執事達に小箱を渡していく。執事達は始終笑顔だが、イルミの機嫌が気になるのか窺う気配をイルミに向けている。
 ゾルディック家ならば、執事の数もそれこそ膨大。
 だがが顔をあわせて話したことのある執事と言えば限られている。
 イルミが思っていたよりも簡潔にはプレゼントを配り、仕事の邪魔をしたことを詫びてイルミの元へ戻ってくる。
「さんた、ひとつ、おわり!」
「はいはい。次は誰?」
「かぞく!」
 呆れながらもイルミが促すと、満面の笑みでイルミを見上げてくる。
 思わず歩き出そうとした足を止めてしまい、イルミはじっとの顔を見下ろした。
 家族。
 今現在地から言えば、この敷地内で家族と称されるのは一応ゾルディック家の面々しか居ない。の血縁者など、この敷地内に居るはずも無い。
 けれど、嬉しさを隠そうともせずには満面の笑みを浮かべてその言葉を口にした。
 それはどういうことなのだろうとイルミが考え込んでいると、は笑顔を止めて不思議そうにイルミを見つめ返し、瞬きをした後にどこかからかう様に目を細めた。
「かぞく、いるみ、かぞく。わたし、さんた」
「……そういう事」
 なんだと、小さく落胆の色を浮かべた言葉をこぼして、イルミは自分の中の動揺した部分を分析する。なんだ、なんて小さな言葉をこぼしたことから、分析するまでも無い思考回路。
 を案内するために歩き出したイルミの後ろを、笑いながらがついていく。真っ白い布袋を肩に担ぎながら、よろけながらもイルミに笑いかけるに、イルミはため息を吐きながら家族の下へと足を向けた。


「あー! マジでがいる!」
「はっぴ、い、くりすます! わたし、さんた!」
 誰がサンタだよ、お前だろ。ちがう、ちがうわたしさんた、あなた、ちがう、わたしさんた。何が違うんだよーといきなりけたたましく騒ぎ出した子供二人に、案内してきたイルミはつかれきってテーブルにつく。
 リビングと言うか食堂と言うか、すでにその室内にはイルミの家族の大半が揃っており、珍しくテーブルに突っ伏したイルミを面白そうに眺めていた。
「なんじゃ、情けない格好をしおって」
と話せば分かると思うよ。なんか、こんな疲れ方初めてなんだけど」
「経験することは良いことだ。まぁ、嫁にあの娘を選ぶんなら一生の覚悟を決めるんだな」
「この疲労の?」
 ゼノとシルバに冷やかされ、それどころではないイルミは感情の見えない目でシルバを見上げる。けれど肩をすくめただけのシルバは、息子の言葉に応えることなくの元へと行ってしまった。
 キルアとひとしきり騒いだのか、は満面の笑みでひとつの袋をキルアに渡し、その後ろに座っていたミルキにも箱を渡し、不思議そうに見ていたカルトにもリボンで飾った籠を渡していた。
 さて、次はとドレスで着飾られた夫人へと視線を向けていただが、シルバの接近に気づくと一瞬顔を強張らせ、けれど気を取り直したのか白い大袋から箱をひとつ取り出した。
「はっぴ、くりすます、……」
 笑顔で軽く口をあけたまま、はどこか気まずそうに言葉を探す。それの意味が分からなかったシルバだが、が視線をそらした先に気づくと、意味を理解した。
 シルバをどう呼べば良いのか考えていなかったのだろう。
 から視線を向けられたイルミは、どこか面倒くさそうな素振りで視線をそらしているし、は困り果てた笑顔でプレゼントを差し出したまま固まっている。
「……お嬢さん、ありがとう」
 笑い声を堪えながらシルバがプレゼントを受け取れば、どこか気が抜けたようにほっとした弱弱しい笑顔で見上げてきて、シルバの笑いをよりいっそう誘う。
「い、いいえ、さんた、する、おくる、もの、とうぜん」
 の言葉に、シルバの背後に居たゼノが小さく笑う。
 それもそうだとシルバは内心頷きながら、自分より明らかに小さなの頭を撫でようと手を伸ばす。けれど、その手が触れるより先に素早くの姿が視界から消える。
「……イルミ」
「さすがにそれ、セクハラだと思うよ」
 表情の読めない顔のままくだらないことを言う息子に、シルバは幾分か呆れた声を出す。ゼノの噴出す声が聞こえた。
 シルバを見つめるイルミと、イルミに呆れるシルバ、今自分がどんな状況なのかすら把握できずに目を白黒している、笑いを堪えきれずに変な咳をしだしたゼノに、プレゼントを確認し終わったキルアが飛び込んでくる。
! おっまえ、なんでこういうところは大人になってんだよ! マジすげー! なんでこれ欲しいって知ってんだよ!!」
 自分より目上の人間達の輪の仲に、するりと割り込みの顔を覗き込んできたキルアに、目を白黒させていたは取りあえず笑みを浮かべて首を傾げて見せる。
 取りあえず喜んでもらえたらしいとが理解するより早く、今度はイルミがの体を頭上に持ち上げてしまう。
「……」
「アニキなにしてんだよ! 今と話してんだけど!」
「イルミ、それは大人気ないぞ」
 噛み付く勢いで文句を言い出すキルアに、落ち着き払ったシルバの声がかぶる。けれどイルミはあーあー聞こえないと棒読みで二人の存在を黙殺し、ゼノはそろそろ呼吸困難に陥りそうになっていた。
 呆然としただが、視界の先で嬉しそうに笑みを浮かべてくるカルトと、夢中になってプレゼントを弄っているミルキに笑顔を向け、呆れているのか一人食事を勧めているキキョウに申し訳ない気持ちになってくる。
 けれど、漫画でも見なかったゾルディック家の騒がしい現在の状況に、やっぱり関わらないと見えない部分はあるんだなぁとほのぼのとイルミやキルアたちを見下ろした。
 サンタなのに、こんな楽しい時間もらっちゃったら何を返せば良いのだろうと、キルアが伸ばしてくる手を取ろうとして、イルミに妨害されながらもはのんびりと考えていた。
「アニキ、マジ邪魔だって!」
「キルア、うざい」
 平和だなぁとのんびりしていたが腹の虫を鳴らすまで、騒がしい兄弟げんかは続いた。

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