ハレルヤ
「……おれ、いつ死んでもおかしくねぇ状況だと思うんだが」
「それだけ喋れりゃ上等だっての。レオリオってほんと、肝っ玉ちっこいな」
「お前みたいな修羅場くぐってねぇんだよ!」
レオリオは絶叫すると、当たり前のように立食式クリスマスパーティーを楽しんでいる会場を示す。指を小さい子のように指し続け、レオリオは引きつった笑いを浮かべ、会話をしていたキルアや傍にいるクラピカとゴンにわめき散らした。
「おれたちが! いくら! ハンターになったっつっても! 基本一般人だろうが! なんだこの犯罪の巣窟! 幻影旅団にゾルディック家って正気かよ!」
「レオリオ、それって失礼だよ」
ゴンが苦笑いながら突っ込むが、緊張がピークに達したレオリオは目がどこぞへと旅立っている。汗を盛大に吹き出しながら、今度はクラピカ個人へと顔を向けた。
「お前だって、あれだろ! 一族の敵じゃねぇか! 仲良くクリスマス過ごしましょって正気かよ! 復讐は何も生まねぇが、この状況も何も生まねぇだろうが!」
クラピカは飛んでくる唾を嫌そうに避けていたが、レオリオの言葉が終わると同時にため息をつく。
「その通りだ、レオリオ。旅団は私の敵だ」
「ならなんで当たり前みてぇにくつろいでんだ!」
「……現実味がないのだよ」
「あ、それはおれも思ったよ。ね、キルア」
「ああ、まぁな」
クラピカの言葉を皮切りに、ゴンとキルアがなんでもないように頷く。レオリオは最初、何を言われたか分からないと目を点にしていたが、すぐに落ち着きを取り戻して辺りを見回す。
テレビで見たような豪華なシャンデリア、赤い絨毯の引かれた会場、立食形式ながら肉汁の滴るような料理に食べたこともないような果物タワー、宝石箱のように陳列されたケーキ類などが所狭しと並べられ、食べている人間は普段着だろう幻影旅団にゾルディック。
「……」
そう言われればとレオリオも目を擦ってみるが、どこかぼんやりとした印象がぬぐえない。幻影旅団はこんなパーティーに出席するより、こんなパーティーでお披露目されるお宝を盗みに来るだろうし、ゾルディックは主催の著名人辺りを暗殺に来そうだ。
現在のように、大人しく料理に舌鼓を打ち歓談しているとは想像も出来ない。
「……おれもそんな気がしてきた」
「でしょ?」
肩を落とすレオリオに、ゴンは無邪気に笑いかける。
「あ、いた! きるあ、ごん、くらぴか、れおりお!」
レオリオがうつろな表情で顔を上げると、丁度4人の正面から1人の女性が駆けてくる。その女性だけはどうみても普段着ではなく、肩を見せて胸元を隠し、シンプルながら体の線を浮き上がらせ床までの長さがある、スリットの深いドレスを着用していた。
「なんだ、お前着替えてたんだ」
「きるあ、おまえない。」
「はいはい、」
「うわぁ、さん綺麗だね!」
「ありがとう、ごん。ごん、きょう、いつも、すてき」
子供二人に囲まれ、見た目だけ見れば大人っぽい様相のに、今度はレオリオとクラピカの顎が外れそうになる。
無邪気にじゃれ付き、ドレスだろうとなんだろうとお構いなしな子供二人に、はその喋りに似つかわしくない大人な対応でかわしていく。
ドレスの飾りを無造作に掴もうとするキルアには、先にその手を掴んで顔を近づけて笑いかけ、髪飾りに触れたそうにするゴンには腰をかがめて手が触れやすいようにする。
一見なんでもない動作だが、と一対一で会話していると見えていた子供っぽさはなりを潜め、当たり前のように女性の顔をのぞかせているに二人は戸惑いを覚えた。
「くらぴか、れおりお。ふたり、だいじょうぶ、ない?」
顔を上げたと二人とも目が合ってしまい、の笑顔が曇る。慌てて2人とも首を振るが、はすぐに近寄ってきた。
「ぱーて、むり? みんな、いや?」
声をひそめて辺りを見回し、みんなと言って旅団やゾルディックのメンバーに視線を走らせるは、申し訳なさそうに口ごもる。
「ごめんなさい」
「いや、そうじゃねぇんだ! 、別にいやじゃねぇんだ!」
「レオリオの言うとおりだ、。私たちは気分を害してなどいない、ただ」
「ただ?」
口ごもったクラピカにの視線が集中する。
クラピカは少々躊躇したようだが、いつも間にやらレオリオやキルア、ゴンの視線以外にも突き刺さるような視線を感じ、空咳を一つする。気合を入れて、嫣然と微笑んだ。
「ただ、の美しさに驚いただけだ」
あ、言いやがったとレオリオやキルアが口にするより早く、一陣の風が吹いてのドレスの裾が舞い、スリットの切れ目が一段と大きくなる。
「あ、黒」
誰かの言葉が聞こえると同時に、一陣の風は眉間の皺を濃くしてクラピカを睨みつけるシャルナークへと変貌を遂げた。
「おーい、シャル。あんま遊ぶなよ、酒がまずくなる」
のんきな声を誰かが上げ、シャルナークはそれに振り返ることなくクラピカをにらみ続ける。を背後からしっかりと抱きしめ、彼女の腹部へとがっちり両腕を回していた。
「だれだ?」
「旅団の人なのは確かだよね」
ね、キルア。
ゴンがレオリオの疑問に即答すると、キルアも肩をすくめながら肯定する。段々と目の据わってきたクラピカを見上げながら、キルアはほんの少し唇の端を上げていた。
「ああ、確かシャルナークっつってたぜ。そうだろ、」
「あ、うん。しゃる、しゃるなーく、いう」
キルアが当たり前のようにを呼ぶのも気に入らないのか、シャルナークはクラピカに向けたのと同じ視線をキルアにも突き刺す。けれどキルアは予想していた事態にただ唇の端を上げるだけ。シャルナークが引っ掛けられたと悔しがるより早く、腕の中のが抵抗を始める。
「しゃる、はなす。わたし、ふらつく、ない」
「でも、離したらこいつらとまた楽しそうにするんだろ? おれ、そんなの見たくない」
「しゃる?」
小さな子供のような駄々をこね出したシャルナークに、は困惑の表情を浮かべる。レオリオはようやく合点が行ったというように、目を丸くして笑い出す。
「なーるほど! なんだお前、独り占めしたいってガキみたいなこと言ってんのかよ! なんだ、幻影旅団も結構普通じゃねぇか」
恐怖の対象であった旅団メンバーの思わぬ態度に、レオリオの表情が一気に緩む。なんだなんだと1人納得し、驚いている周りの雰囲気にはまったく気づかない。
「……、あいつだけでもだめ?」
「だめ」
シャルナークがの首筋に顔を埋めながら、小さな声で囁くがすぐに却下される。ゴンとキルアにその内容は聞こえてしまい、困り顔のと目を爛々と光らせているシャルナークを交互に見た。
「シャルナーク、レオリオを殺しちゃだめだよ」
「あ、ばか!」
キルアが止めるまもなく、ゴンはあっさり言葉を口にする。即座にシャルナークの視線の餌食になるが、ゴンもゴンでそれを受け流して言葉を続ける。
「だってさ、今日はクリスマスパーティーでみんな集まってるんだ。そんな日に誰かを殺すだなんて、もったいないよ」
「おい、俺の命はもったいなくねぇのかよ。ゴン」
ゴンの言葉に身を凍らせていたレオリオは、あんまりな台詞に思わず突っ込む。けれどクラピカが首を横に振って諦めろと呟き、声を掛けられたほうのゴンは何が悪いのかわからないとレオリオを振り返っていた。丸い目がレオリオを見つめていたが、負けたのはレオリオだった。
「わかった。わーったからこっちみるな!」
「変なレオリオ」
「変なのはお前」
いつものようにキルアがゴンを殴り、ゴンは痛そうに頭を押さえる。なにするのさ、キルア! だとか、お前がおかしなこと言うからだろとからかうキルアの攻防が始まるが、笑って見守っているとは対照的に、シャルナークは心底面白くないと唇を尖らせる。
「……ほんと、前見たときも思ったけど、変なガキ」
「へん、ちがう。よにん、すてき、おとこ」
「……、その場合【男】ではなく【男性】、もしくは【人】が正しいと思う」
うっかり聞いているとしゃらりしゃらりと宝石をまとったシャンデリアが笑い、私財を湯水の様に使うのが日常ともいえる人々がいるのに相応しい会場の雰囲気も相まって、とても精力的で好色で淫猥な単語を使ったかの様に聞こえてしまう。
そんなの発言に、クラピカがやんわり訂正を入れた。は噛んで含めるようにゆっくりと発音してくれたクラピカに感謝の言葉を述べ、理解した単語を二つ口にした。
「そう、どちらかが好ましい」
「はい、くらぴか。すてき、ひと、だんせい、くらぴか」
「私個人に向けなくてもいい言葉だよ」
まっすぐ向けられてくる言葉に、教えたクラピカも少々はにかんでしまう。その表情に、またも微笑む。
気持ちの良い笑顔の循環の中、シャルナークだけはますます機嫌を損ねていく。
「ねぇ、具合悪いの?」
いつのまにかじゃれ合いを止め、ではなくシャルナークの傍に立っているゴン。シャルナークは特に注意を払っていなかったが、傍に近づいている気配は感じていた。驚かずにゴンを見るが、クラピカと微笑みあっていたは楽しそうにゴンを見る。
「ごん、いつ、いどう?」
「たった今だよ、さん」
お互いにこにこと笑いあい、シャルナークの神経を更に煽ってくれる。を抱きしめたまま消えてやろうかと考えるが、ゴンの視線はすぐにシャルナークへと戻っていった。
「ごめんね、おれたちがさんを独占しちゃって。でも、いつも独占してるのは旅団なんだから、たまにはいいよね?」
悪気の欠片もない無邪気な言葉ときらめく笑顔に、さすがのシャルナークも閉口する。そこかしこから、話に聞き耳を立てていたのだろう人間の吹き出す声だとか、こらえきれずに笑い出す声がする。明らかに旅団のメンバーが主なその反応は、シャルナークの意識を正気づかせた。
「……それでも、好きな女性を他の男の傍にやりたくないと思うのは、自然なことなんだよ。ぼうや」
「ぼうやじゃないよ、おれはゴン! ゴン=フリークス!」
「……っ」
「手玉に取られてるぜー、シャル」
ひっひっひと笑いをこらえきれずに爆笑している1人、ノブナガがこらえきれずに寄ってくる。
は笑みを浮かべてシャルナークの腕から抜け出し、するりとノブナガへと駆け寄った。シャルナークは慌てて掴まえなおそうとするが、ゴンが腕を掴んだことでそれは阻止されてしまう。
睨み付けるシャルナークに、ゴンが笑顔で首を傾げる。
「おれは自己紹介したよ。お兄さんの名前は?」
「……さっきが呼んでただろ」
「でもおれ、お兄さんから聞いてないよ」
ゴンが無邪気にシャルナークへと迫っている傍で、レオリオはやはりこの世界は自分とは違うと頭を抱えてしゃがみ込んでいた。キルアはレオリオの背中に蹴りを入れて欠伸を漏らし、クラピカはキルアに注意をしながらもやはりレオリオが鬱陶しく、レオリオの後頭部に拳を振るっていた。
「いてぇっつんだよ!」
「うるさいレオリオが悪いのだよ」
「おっさんうざっ」
謝るどころかレオリオに言葉を投げつけてくる二人に、さらに落ち込んだレオリオの目がこちらを見つめていたイルミとかち合う。
即座に背筋を正して視線をそらしたレオリオの行動に、キルアが蛙のつぶれたような声を出した。
「キルア?」
クラピカが不審がって視線の先を見ると、なるほどと納得する。
イルミは三人と目が合ったことに気づくと、食べていたものを持ったまま近づいてきた。
キルアはわざとイルミの視線を避け、ノブナガとじゃれあっているへと寄っていく。
ゴンはまだシャルナークに絡んでいたが、それはゴンの性質だと放っておいた。
「ねぇ、。あんたいつまでおれたち放っておくんだよ」
ドレスを引っ張って主張すると、笑ってノブナガと話していたが慌てたように振り向いた。
キルアは、が自分たちと違う言語を母国語としているのを知っていたが、それが他人に通じるとは思ってもみなかった。
現にノブナガと楽しそうに流暢に母国語を話しているを見て、少しばかりショックを受けていた。
上手く喋れない、聞き取りの下手な、手を貸してやらなければならない存在のはずの。
なのにノブナガと一緒にいると、まるでそれが自然かのように補助なくして意思の疎通が出来ている。さらにはじゃれあうように触れ合い、ジョークでも言ってるのか笑って肩を叩き合う始末。
嫉妬ではないとキルアは自分に言い聞かせながら、振り向いたの顔を睨んだ。
「きるあ、ごめんなさい」
『謝るこたねぇぞ、。そいつはヤキモチ焼いてるだけだぜ』
キルアにはわらからない言葉だったが、ノブナガはからかうように口の端をあげていた。
こいつは好きではないと判断すると、キルアは思いっきりノブナガを睨みつけた。
大体、ゴンや自分を仲間に入れようとしたところも気に入らない。
キルアの睨みに吹きだしたノブナガから視線をそらすと、もう一度キルアはに向き直る。
『ノブナガさん。子供をからかっちゃいけません』
『どうせそいつには分かんねぇよ』
『それでもです』
めっ、とか何とか言いながらノブナガに向き直っているのドレスを、今度は少々力をこめて引っ張る。
困ったように振り向いたが口を開くが、その口からキルアに言葉は向けられなかった。
「ずるいキルア! おれもさんと話す!」
シャルナークに絡んでいたゴンが、シャルナークの腕を掴んだままキルアに突進してきたのだ。
慌ててキルアは飛び退くが、そうなると被害を受けるのはキルアの真正面にいたで、はゴンとシャルナークを受け止めざるを得なかった。
ノブナガがのんびりとの背を支えることでが転ぶようなことはなかったが、また四方から笑い声が漏れてくる。
その笑い声の中に祖父の声を聞き取ったキルアは、そちらの方向へ視線を向ける。なにやら楽しそうにニヤついている祖父と父親は、クラピカやレオリオとなにやら並んで立っているイルミへと視線を向けた。
キルアも視線を向けたが、すぐに後悔した。
「はイルミの嫁だ。手荒に扱ってくれるなよ」
じじい! とキルアが叫ばなかったのは奇跡だった。
呼べば後々面倒だが、そのくらいキルアは驚いていた。
確かにイルミがを家に連れてきたことはあったが、それとこれとは別だろう。
すでにキルア個人としてと付き合ってみて、がそういう意味でイルミを見ていないことは分かっている。完全に祖父や父の希望であったが、イルミにもその気がないとは言いがたい。
イルミは当たり前のように頷いているし、クラピカやレオリオは目を丸くしている。
けれどキルアの背後にいるの雰囲気は戸惑っているようだったし、なによりノブナガとシャルナークの気配が痛い。
ゴンの気配も多少不思議そうで不満そうだったが、まだまだ可愛いものだった。余計にノブナガたちの雰囲気が際立ち、が寒さのあまりくしゃみをしたのも聞こえてきた。
「……ああ?」
「誰が誰の嫁だって? 失礼しちゃうよね、とゾルディックはそんな関係じゃないのに」
ジングルベルジングルベルとどこからかオーケストラの演奏が鳴り響く中、陽気な室内の飾りや音楽をものともしない険悪な旅団二人の声に室内の温度が下がる。
けれどものともしないのはゾルディック家も同じで、楽しそうに笑い声を上げていた。
当たり前の顔をして立っているイルミを見て、次にキルアにドレスを捕まえられているを見ると、シルバは愉快そうに口を開いた。
「うちの息子、どっちの嫁になるかは分からんが、はうちの者になる」
予言よりも断言された口調に、ノブナガの目の色が変わる。
慌ててがノブナガとシャルナークの腕を抑えるが、やんわりと押し返されて優しく見つめられ、は泣きそうになりながらも更に止めようとする。
ノブナガとシャルナークは言葉もなくゾルディック家の固まっているコーナーに近づくが、傍に居たキルアは呆然として止めることもできない。
そんな光景を見て、腕を振り払われたゴンがこそこそとキルアの耳に囁いた。
「キルア、と結婚するの? 止めたほうが良いよ、キルアじゃさんに太刀打ちできないよ」
「……今そんなこと言えるの、お前くらいだぜ」
普通に心配をしているらしいゴンに、キルアは肩を落として呟いた。
なぜ肩を落とされたか首をかしげるゴンは、歩いていくノブナガとシャルナークをなすすべもなく見つめているを見上げた。
そしてキルアと同じようにドレスを引っ張り、泣きそうに顔をゆがめたに笑いかける。
「大丈夫だよ、さん。おれ、止めてくるよ」
笑顔で言い切ると、ゴンは先ほどの二人と同じようにゾルディック家の一角へと飛んでいく。
口をあけて何かを言おうとしていたは、その痛いほどにまっすぐなゴンの後姿を見て、ゆっくりと口の形を緩めていった。泣きそうな表情は溶けるように消えていき、残ったのは困っているのだろう寄せられた眉と緩やかに弧を描いた口元。
キルアはの表情の移り変わりを瞬きもせずに見つめていたが、そんな風に表情を変えさせたのが自分ではない事実に小さく歯噛みをした。
「で、じいさん。誰が誰の嫁だって?」
「その歳で耄碌しとるとは、旅団も忙しいんじゃろうな」
「誰もそんなこと言えって言ってないよね?」
「なに、蜘蛛と戦うの? タダ仕事はヤなんだけど?」
ノブナガ、ゼノ、シャルナーク、イルミの声が交互に邪魔することなく行き交い、しばしその場は無言になる。周りに人間は面白がってみているか、興味もなく料理を口にしているか。レオリオ、クラピカの二人は息をのんで成り行きを見守っているが、その2人は例外とも言える反応に分類された。
「……」
睨みあう4人の傍に、ゴンが近づく。気付いていないはずはないだろうが、誰も反応を返さない。
「ねえ」
声をかけられたと同時に4人の姿が掻き消える。戦闘開始だ、と誰もが思った瞬間に声が響いた。
「やくそく! きょう、みな、やくそく!」
慌ててあげられた声は、静かになっていた会場に居る全員に届いた。
4人の記憶では、確かにと約束したようなことがあったような気がしないでもない。その程度の認識だったが、4人がそれぞれのタイミングでを見ると、悲しそうに胸元で手を組んでいるでもなし、怒って両手を腰に当てているでもなし、いたっていつも通りに慌てているがそこにいた。
もう、皆さん忘れないでくださいよ。とでも言い出しそうなくらい、平然と慌てている。
「……はぁ」
ノブナガは目の前のゼノの姿を見て、改めてゾルディック家のじじいなのだと認識する。最高暗殺一家の一員、金さえ払えば仕事をこなす世間では幻影旅団と同じく恐れられている人種。イルミも、隣に居るシャルナークも恐れられているのは同じ。
ノブナガはもう一度の顔を見る。なんだか歩いて近づいてきていた。
「さん、約束ってなに? 暴れない約束でもしてたの?」
ゴンの無邪気な言葉に笑って頷き、はゴンを後ろから抱きしめつつ4人の顔を見回す。自分の体の前に回った両腕に、ゴンは喜んで自分の腕を絡める。頭の上に乗ったの顎の重みに、微笑みさえゴンは浮かべていた。
イルミとシャルナークがその隙に、目の前の獲物を即座に捕らえようとする。
ゼノとノブナガがその動きを制する。
冷たい空気がぶつかりはじけ飛び、ゴンを抱えているとは言え至近距離のは反射的に瞼を閉じた。ゴンはそんな4人をまっすぐ見つめ、ただその動きを目で追いかけた。
「約束しちまったもんはしょうがねぇな」
ノブナガが呆れた声を上げると、その響きに目を開けたの表情が曇る。けれど数瞬後に言葉の意味を理解し、嬉しそうに頬を緩めた。
そんなの表情の変化を見ていたゼノも、呆れのため息を吐きつつ掴まえた孫息子の後頭部を叩く。
「今日は残念じゃが、な」
好戦的な視線でシャルナークはイルミを睨み続けているが、ゼノの言葉に軽い頷き一つで姿勢を正したイルミは取り合わない。その態度を見たノブナガにシャルナークは再度言い聞かせられ、うんざりした顔で適当に頷く。
「じゃあ、今日はもうケンカはだめだよ」
「だめ、ない。……よ?」
その場の空気を読めないのかわざと読まなかったのか、ゴンが嬉しそうに声を張り上げもその言葉に嬉しそうに笑みを浮かべる。
言いながらゴンを抱く腕に力を込めたを見て、シャルナークがもう一度動こうとしたのを呆れ顔のノブナガとゼノが制止させる。
「今日だけだろ」
「最近の若者は落ち着きがないの」
歯軋りするシャルナークに、呼吸を落ち着けたキルアが割り込んでくる。
「、いつまでゴン捕まえてんだよ」
ゴンもほら、甘えてんじゃねぇよ。
ぶつぶつ言いながらの腕を引っ張ったキルアは、瞬きをするゴンとを引っ張り始め、ゼノたちを見ないように歩き出した。
「お、こっちにくるな」
「みたいだな」
すでに退避先であるクラピカとレオリオの周りに、クロロやシルバが立っていることなど気づいていないキルアだった。
(キルア、ゴン、。マジ助けてくれ……)
(ある意味同感だ、レオリオ)
声にならない2人の声に、現状を察知したが盛大にため息を吐き、正気づいたキルアの足が止まった。
「キルア」
シルバの声が、ある種の死刑執行の声に聞こえた二人だった。
(クラピカさん、レオリオさん、本気でごめんなさい。こんなこと言い出して)
(……ゴンとつれて、逃げちまおうかな)
しばしの間、とキルアの思考は遠くへと飛び立っていた。
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