早く決めて




「来年の一押しは、絶対に桃色」
 静かな室内に、カリファの冷静な声が響く。
 夜のこない不夜島の一室、けれど少しばかり暗いその部屋の中、腰掛けたソファーの真正面にあるテーブルの上には、色鮮やかな刺繍の施された着物が広げられていた。
 カリファの言葉そのままに、桃色を貴重としたものが数種類。どれも使う色に濃淡やデザインに違いはあるものの、桃色独特の柔らかさと鮮やかさは遜色のないものばかり。
 けれど向かい側のソファーに腰掛けているルッチは、その着物たちの粗を探すように目を細めて見下ろし、鼻で笑ったかと思えば自らの腕からばさりと別の色合いの着物たちを被せていく。
 低い声が、カリファの言葉を否定する。
「いいや、緑だ」
 にらみ合う二人の視線は、絡むというよりぶつかり合い。ぶつかり合いと言うより切り付け合い。切り付け合いと言うより、お互いを崖の上から蹴り落とそうという斬り合いにすら見えてくる。
 不思議じゃのうとは、ドアの外から覗いているカクの弁。
「姉さんは若いのよ、桃色が十分引き立てるわ!」
 何年経っても年を取らない事から、いつの頃からか化け物と呼ばれるその原因をさらりとカリファは口にして、けれどもそれがまた良いとばかりに肯定する。中身は確実に年を取っているわけだが、無邪気に笑う笑顔がまた可愛いのだとテーブルを叩いて主張する。
 妹の欲目満載だなと呆れたため息を吐くのは、カクを止めようとしつつ覗き見ているブルーノの弁。
「緑だって若い。今年のはお前が選んだんだ、来年のは俺が選ぶ」
 多少眉間の皺の本数を増やしつつも、ルッチも負けずに言い返す。
 重ねられた着物を放り出そうとするカリファの手を制して、自分の選んだものを更に上に置きなおし、順番だと子供のように口をすっぱくして繰り返す。更には緑色の着物の場合、妥協して小物は桃色も加味してやろうと偉そうに主張するが、それのどこが妥協だとカリファは怒りの表情もあらわに反物を投げつけた。
 ばかやろうと小さくルッチは怒りの声を上げ、その反物を無造作に背後へと放り投げる。カリファの悲鳴がこだました。
 悲鳴上げるぐらいなら、最初から投げつけんなよなと忍び笑うのは、覗き見をしているジャブラの突っ込み。
 そうだなとしみじみ頷くのは、長い付き合いのブルーノとカク。

 けれどその暴挙で何かが切れてしまったのか、カリファは乱れた髪の毛とめがね位置を整えて、勝ち誇ったように仁王立ちをする。そのポーズになんのぉお意ぃ味ぃがぁ以下省略の突っ込みは小さく、部屋の中まで届かない。
 カリファはルッチを哀れむように見下し、その視線に先ほどまで勝利の笑みを浮かべていたルッチも怪訝そうにカリファを見上げた。
 赤い口紅を引いたその唇が、見下して笑う。
「姉さんの恋人でもないのに偉そうに! いまだに告白できないルッチのセンスなんて、高が知れてるわ!」
 それを言っちゃぁあ、あ、おしめぇえよぉお! と思わずクマドリが呟いた言葉は、やはりカリファには届かない。
 その場に居たルッチ以外の男連中は一斉に頷いたが、肝心のルッチは動きを止めてカリファを見上げていた。
 横髪をかき上げて笑うカリファは、勝者の微笑でルッチの選んだ着物をテーブルから叩き落し、自分の選んだ着物を堂々と置きなおす。さて、異論はあるかしら? などと余裕の笑みでソファーに腰掛けなおすと、震えるルッチの拳を愉快そうに眺めた。
「……表に出ろ」
「いやよ、寒いわ」
 第五ラウンドのゴングが鳴り響く。

 さすがに見飽きた男五人はため息をしこたま吐き出すと、薄く開いていた扉を閉じて向かい合う。扉の向こうでは普段の仲の良さなど幻だったかのように、蛇とマングース、竜と虎さながらの舌戦が繰り広げられていた。
 今回は第五ラウンドまで良く手や足が出なかったものだと、一応着物を気遣っているらしい二人に感心もしつつ。
「女の戦い方は怖いわい」
「同感だけど、あれはやりすぎだ」
「カリファだからな。ルッチに容赦するはずねぇだろ」
「ちゃぱぱ、またルッチの連敗記録更新だー! ちゃぱぽぁっ!」
「人の恋路ぃっあ! 邪魔しねぇのぉがぁ、すぅじだぁ!」
 それぞれ好き勝手扉の前で言い合いをするが、ふっとその耳に疲れたようなため息が届く。一斉に音の方向へ体を捻れば、カリファとルッチが居る部屋付属の小部屋の窓から、疲れきったが顔を出し、憂いの表情で窓枠に両肘を付いていた。
「もうどっちでも良いから、早く解放して欲しい……」
 そのため息は痛いほど心情を伝えてきて、ちょっとばかりその場の男達は同情した。彼女の妹と弟の苛烈さは見ていて分かるし、見ていなくても聞いているだけで痛感するレベルだ。
「姉さん、わしらじゃ止められんくてのう」
「窓から出てくるかい? カリファとルッチには言っておくから」
 優しい弟二人の言葉に、一つには苦笑、一つには笑顔での遠慮を申し出て、は両腕を天井に向かって伸ばすと気合を入れる。
「いや、もうなんか意見聞かずに自分で決めたほうが早いかなって」
「そりゃそうだろ。あいつらがあの状態で言うこと聞くの、お前くらいだぞ」
 冷静なジャブラの突っ込みに、ですよねーとため息と共に同意したは、五人に軽く手を振って室内に戻ることを告げた。
 頑張れよーとかけられる声援に一度笑顔を向け、は喧々囂々と言い合う隣室へと目を向ける。
「ルッチ受け止めるか振るかしたら、もっと早いんだろうけどねぇ」
 誰にも聞かれないように小さく呟いたその言葉を、は欠伸交じりに噛み砕く。
「はっきりと告白されてないもんねぇ」
 どうしたもんだかと首をひねり、は二人の居る部屋の扉をノックした。


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