『ぜんざい食べたい』



 は呆然としていた。
 立ち尽くして目の前の光景を呆然と眺めるしかなくて、それでもってしばらくすると何度も目をこすっていた。
 けれどそんなの何が面白いのか、目の前の人たちは優しく微笑むのみ。
 は激しく動揺し、口が利けないほどだった。
「どうしたんだ、。静かだな」
 優雅に茶を飲むクロロ青年バージョンは、湯飲みを当たり前のように傾けて緑茶を口にする。芳香がの鼻をくすぐり、確かに飲んでいるものの種類を伝えてくる。
 いつもなら足を組んでいるはずの座り姿勢だというのに、組むは組むといっても胡坐。あぐら。畳の上に座布団を引いての胡坐。はだけた着流しの裾がセクシーだなと、ぼんやりとの現実逃避は感想を述べる。
「ああ、時間がかかったことなら気にしなくていいのよ?」
 心得ているとばかりに微笑むのは、髪の毛を付け毛とあわせて軽く結い上げているパクノダ。開いたうなじがセクシーですと、その落ち着いた刺繍の着物と見える素肌にの目が眩む。
 パクノダも普段は惜しげもなくさらしている素足を着物の下に隠し、当たり前のように座布団の上に正座。
「女の着替えと化粧はなっっっっげぇからな。今更だろ」
 餅を食べつつうんざりとため息を吐き出すのは、着流しを腕まくりしたフィンクス。どれだけ気合入れて餅食ってるんですかという突っ込みは、同じく食べているほかの男性メンバーの汚れた皿を見たことで飲み込まれた。さすが成人男性、予想外ですとごくりと喉が鳴る。
 裾がはだけるのも気にせず、立膝で座布団から尻がはみ出していることにも気づいていないフィンクスに、ああもうすがすがしいくらい男くさいなと、は感心とも呆れとも付かない感想をこぼしそうになった。
はすぐに戻ってきた。気が短い男はもてないよ」
 呆れ顔を隠すことなくフィンクスをド突き、けれどその動きとは裏腹に色の落ち着いた着物に身を包んだマチは、上から下までの姿を観察し、どこか嬉しそうに小さな笑みを浮かべた。
 小さな声で似合うよとささやかれ、いささかの頬が紅潮する。はて、いつ着替えただろうかとが自分の姿を確認する前に、背後から衝撃が走った。
 走ったというか、体当たりをかまされていた。
可愛いー! うなじセクシー!」
「興奮するな変態離れろ穢れる孕む指一本触れるな下郎が」
 なんか古い言葉混じってますねと首だけ軽く振り向こうとすれば、頬を掠めるのは金髪。そしてその向こう側に般若一歩手前でむしろ無表情のノブナガ。ああ、シャルナークさんかとが納得し、首に回された手を軽く撫でるように叩く。嬉しそうに背後のシャルナークが身体を揺らし、ふふっと子供のような笑い声をこぼした。
 ノブナガの目から感情が消えそうに見えた。正直はちびるかと思った。
「離せ変態が穢れる汚れる孕む産む離れろ下郎」
「孕んじゃうなら産んでもらうからいいよー」
 浮かれたようにごろごろとに抱きついたまま懐くシャルナークに、ノブナガがシャルナークの首根っこを引っつかむ。
 それを察したシャルナークは、に抱きつく力を強くする。
 あ、内臓出るかもと予感したは次の瞬間、力強く全身を抱きしめられていることに気づいた。
 先ほどまで背中を占領していた熱が消え、現在は身体の横半分とか尻とか足とかにも熱。
 はてと首を傾げれば、見えるのは少し遠くにシャルナークとノブナガが言い争う姿。二人とも着流し似合うなぁと思った次の瞬間、自分が誰かに抱き上げられていることに気づいた。
「まったく、あいつらはお子様だな」
 呆れたような声に顔を上げれば、そこには見慣れたフランケンシュタイン、ならぬフランクリンがいた。
 極端に肉体の部位がでかいフランクリンにかかれば、を抱きとめることなど簡単だっただろうと納得すると同時に、どうやってシャルナークの腕から抜け出せたのかと首をかしげる。
 フランクリンの着流し姿もまた普段とは違う味わいで、の目を楽しませる。着物はそのあたりの調節が利きやすく、利点だよねと思いながらフランクリンを見上げなおした。
「あ、ずるい。ぼくが避難させるよ」
 ひょこりと足元から声がして、口を開きかけたは躊躇わずに視線を向けた。ひょいと飛び上がっての目を見たコルトピは、避難しよう? と可愛らしく小首をかしげていた。……着流し姿で。
 ああもうどこまで煩悩全開だスーツ姿も素敵でしたが着流しも素敵ですコルトピさん!!
 胸中激しく悶え苦しむは、目だけを丸く見開いたままコルトピに視線釘付け。目が離せない。
 そんなをフランクリンは抱き上げなおし、コルトピはフランクリンごと移動させようと提案する。
 けれどぱたぱたスリッパの音を響かせて、どこからか足音が響いたかと思うとスパーン!と何かが開かれる音がする。それが障子だと気づいたは、シャルナークとノブナガの向こう側に、襖がありさらには廊下があることを確認した。木の板張りで、ああ本当に和風家屋だぁああと脳内麻薬が噴出した。畳張りで障子の向こうから日が差している光景もおつだが、うわいつの間に日本に帰ってこれたんだろうという感慨もひとしおだった。
 感動しているを最初に目に入れてしまったのか、襖を開けたシズクがちりんと頭の簪を鳴らして首を傾げた。華やかで少し子供っぽい色合いのその着物が、シズクに良く似合っていた。
、すごく嬉しそう」
「本当、嬉しそうだね」
 シズクの後ろから、やはり着流し姿でのそりと姿を表したヒソカは、本日は髪を下ろして優しげに目を細めている。
 シズクの姿にもヒソカの姿にも改めて感動しつつ、は涙を堪えてゆっくりとことばをつむいだ。震えるのはご愛嬌。
「うん、……うれ、しっ……ぃ」
 興奮のせいで顔が段々と熱くなってきたことを自覚し、は照れくささをごまかすように笑った。ヒソカの後ろから、着流しを着込み盆を運んできたボノレノフが顔をのぞかせ、小さく笑う。
「よかったな」
 ぽそりとささやきのような言葉だったが、はボノレノフの気遣いに頷いた。ボノレノフはなんでもないように入室し、盆から次々とぜんざいだろう器を並べていく。
「ウボォーが追加を持ってくるぞ」
「持ってきたぞ」
 ボノレノフが報告をしたとたん、お前それ何人前だと突っ込みたくなる光景が室内に飛び込んできた。
「……まぁ、それくらいないと足りないよね」
 誰かがぽつりと言い、不機嫌顔のフェイタンがウボォーの背後から駆け寄りウボォーに飛び蹴りをかました。
「だれが鍋ごともてくいた! 単細胞!」
 携帯コンロを持たされたフェイタンは眉根を吊り上げて怒り、コンロを卓に置くととっとと着流しをあげていたたすきを外してしまう。あ、珍しいフェイタンの二の腕が、などと衝撃に固まっていたが正気に返るころには、羽織までしっかり着込んだフェイタンがいの一番にぜんざいを口に含んでいた。
 なに蹴ってんだよと文句を言いつつ、ぜんざいの鍋を落とすことなくどんとコンロの上に鎮座させたウボォーも、捲り上げていた着物の袂を開放する。
 皆が皆、いつのまにかやれやれとため息をこぼしそうに肩をすくめ、それぞれ決めていたのか座布団に腰を下ろし、配り終えられたぜんざいに口をつけている。はフランクリンの優しさにより、ノブナガとパクノダの間の席、元気に話しかけてくるウボォーの向かいの席に下ろされていた。
 今更だけど、これってなんの集まりですか?
 そんなことを聞ける状況でもない現在、は大人しくぜんざいを手に取った。



『……という、夢を見たんだ』
 ぼんやりを目に映る天井に向かい、抑揚のない声では呟いた。
 ちゅんちゅんとすずめが縄張り争いをしている声が聞こえ、朝日が目に突き刺さり、着ているものは着慣れてしまったもらい物のパジャマ。背中に感じるのはふかふかの敷布団、身体の上に感じるのもふかふかの掛け布団。
 横になっている身体のまま辺りを見回し、誰もいないことを確認する。現在地は居候している家の自室だということも確認済み。
『……夢落ちはねぇっすよ、隊長……』
 ぜんざい食べたかった……と、心底うなだれては布団にもぐりこみなおす。そういえば昨日、新年になったと同時にぜんざいのこと思い出してたなぁと回想し、雑煮も御節も食べたいけど、やっぱりぜんざいだよと思いながら後一歩で食べられなかったぜんざいの香りと重さを思い出す。夢の中とはいえ、このお預けはいただけないと苦悩する。胃袋はすでにぜんざいを食べる気でいるのに……!
 日本食など滅多に口にすることなど出来ないは、夢の中でとはいえ味わいたかったと無念さに唇をかむほどだった。
 久方ぶりに見た和風の空気の中、しっくり納まっていた友人達の姿に、なんの疑問も抱かずはぜんざい食べたかったとうなだれ、さらにはのたうちまわっていた。



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