私の年齢知ってます?
大あくびをひとつして、一月一日と一般人なら休暇のはずの新年一日目を、は頼まれていた荷物の仕分けをする作業に費やしていた。
『こっちは同業者、こっちは老舗、こっちは芸能人、こっちは仕入先、こっちは棚卸先』
手元の分厚いリストと照らし合わせながら、新年のご挨拶だという贈り物の整理。およびどこが何をどれだけ送ってきたかのリスト製作なのだが、すでに二時間を費やしているのに、一向に作業には終わりが見えてこない。
『お得意様、あ、さっそくの注文リスト、は、こっちの箱で』
ひとつひとつ丁寧に贈り物を開き、中身をあらため、更にはそれぞれ区分をする。
今後のサテラ、およびサテラの店の未来に関わる、仕事上のお付き合い関係の贈り物なので、も神経を尖らせ集中して作業に当たる。が、二時間も持続させているとさすがに神経が磨り減り、体力もないは床にひっくり返って休憩したい誘惑に駆られていた。
そしてそこに計ったかのようにチャイムの音が鳴り響き、それが玄関のチャイム音だとが気づくまで数秒、そして二度目のチャイムが鳴り響いたのはさらに数秒後のことだった。
慌てて持っていた書類やらリストやらを脇に片付け、自分の服装を軽くチェックしたは、家に居る訳だし良いよねとラフな格好を確認すると、三度目がならないうちに急いで玄関へと走った。
いつものようにインターフォンで確認すればよかったのだが、疲労していたの意識はその存在をすっかり忘れており、気配など区別できるはずもないは玄関を勢い良く開いた。
「っと」
「おまち、まつ、すみませんっ!」
勢い良くドアを開けたは、相手が何か言う前に頭を下げる。そして勢い良く上半身を起こすと、客の顔を見て一時その動きを止めた。
見事に目を見開いたその表情に、相対している相手は吹き出す。
『え、うそ、あの、なんで』
思わず混乱のまま呟いたに、相手は呼吸を取り戻してゆったりと笑みを浮かべ、そして優しげに口を開いた。
「やぁ、。新年早々、君は変わらず騒がしいねぇ。はい、お年玉だよ」
独特の声で持っての背筋を、言葉を借りるなら新年早々揺さぶったヒソカは、硬直したままのに見覚えのある可愛らしくも小さなポチ袋を差し出すと、反射的に受け取ってしまったはをご機嫌な笑顔で撫でる。
「またすぐ会えると思うけど、寒さには気をつけるんだよ」
一般人のように髪を下ろして、マフラーを巻いて、コートを着て、ブーツを履いて。
俗に言う文句なしの色男の容姿を見せ付けているヒソカは、がどこぞの玩具のように何度も頷くと、満足げに頷き返す。細められた目は優しく、いやらしさの欠片もない。
「あ、ええと、ひそか、きをつける、わたし、きをつける」
「うん、いい返事だ」
「ありがとう、ございます。あの、うん、たいせつ、つかう。ありがとう」
「どういたしまして」
ご機嫌に満面の笑みなヒソカの迫力に押されながらも、は何度もありがとうを繰り返す。
途中でいまだに玄関に立たせたままだったと気づいたが、他のものから言わせれば無防備に室内へとヒソカを招いた場面もあったが、なぜかヒソカは嬉しそうにしながらもそれを断った。
「君の顔を見に来ただけだから。じゃあ、またね」
「はい、また、ね。ひそか」
ひらひらと振られた手に自分も手を振り替えし、ヒソカの後姿が見えなくなるまで見送ったは、突然の訪問にようやく深い驚きのため息をこぼした。
が、その息が整わないうちに届いた宅急便に度肝を抜かれることとなる。
ひとつは梱包が真っ赤な一抱えもある箱物で、ふたつめは熨斗付きのお歳暮のような軽くて大きなこれまた箱物。
三つ目は外から見ても分かるクリアケースに収められた、何とコメントしていいかも迷う物体。言うなれば、言うなれば。
『なんで七段飾りが届くんだ』
雛人形の豪華七段飾り、人一人分の高さと人四人分の横幅はある、すでに組み立て済みのそれ。
運ぶ人は怖かっただろうと素直に同情できるほど、刺繍細やかでずっしりとした質感を放ち、人形達の表情は柔和で見ているだけで穏やかな気持ちになれそうな、怖さよりも可愛らしさを感じる一品。季節外れにも程がある。気が早いこと風の如し。
贈り主が誰だか確かめたくもなかったが、届け先としてサテラではなくを指定している以上、確認する義務があると呼吸を繰り返す。
意を決して、贈り主欄を目にした。ら、眩暈が起こって床に崩れ落ちた。
真っ赤な箱は、「フェイタン」。
熨斗付きの箱は、几帳面な字体で「クロロ」。
お雛様は、……「ゾルディック家一同」。
『どういうことじゃこの野郎ー!!』
思わず伝票を引きちぎる勢いで立ち上がり、は地団駄を踏んで絶叫した。
なんだこれはなんだこれはなんだこれは!?
予想外の事態に脳みその処理が追いつかない。の頭は疑問符でいっぱいになっていく。が、玄関前にいつまでも荷物を放置するわけには行かない。
とりあえず小さな箱二つは部屋の中に入れて、さて雛壇はどうするべきかと見上げながら考える。運送業のお兄さんも大きさのあまり、運び込むことに躊躇していた一品だ。反射的にが搬入を拒んだのも仕方がないほど、完成された雛壇だった。
「へや、いれる、ない。だめ、だめ、ありがとう、さいん、した、かえる。ありがとう」
判断は間違っていないとは思う。
思うけれど、雛壇を外に放置したままでは確実に罰当たりだ。
『でもどうすっだよ、こんだらでかいもん……』
微妙になまりながら途方にくれると、ふっと肩に違和感を感じた。
その違和感はじょじょにはっきりとした温かみを伝えてきて、は振り返ればやつがいるなどと内心呟きつつ、深呼吸をしてみた。
違和感は、横目で見れば成人男性のごつい片手。右手。
背後から伸びていることから推察すれば、その角度から言って振り返れば胸板とご対面できそうな身長だと推測できた。新年一日目からなにをしているんだと思わないでもなかったが、はゆっくりと息を吐き出して腹に力を入れた。
「なに、ふぃんくす」
「そこはあけましておめでとうだろうが、情緒がねぇなぁ」
お前に言われたくないわ! と叫ばなかった自分を褒めつつ、は肩に置かれた手に導かれるまま、ぐるりと片足を軸に振り返った。どこか面白がるような、当てが外れて拗ねるような、ちょっとばかり複雑な表情のフィンクスがいた。
「おーるばく。あけまして、おめでとう、ご、ざい、ま、す」
「おう。オールバック」
片手を上げて爽やかに返され、いやそれは挨拶ではないんですがと言いかけるが、なんだかフィンクスが楽しそうな表情に変わったので、まぁいいかとも笑みを浮かべた。
相変わらずのジャージ姿かと思えば、一応若者らしいジャケットやらジーンズやらをはいているフィンクスに、は寒さの所為かなと理由を考えつつ、肩に手を置かれたまま首をかしげた。
「あいさつ、きた? ふぃんくす」
「いや、まぁ、そんなもんだけどな」
新年の挨拶のためだけに来たのかと問いかければ、一旦拗ねたように顔をしかめて否定しかけたフィンクスは、思いなおしたように首を横に振った。歯切れ悪く肯定するその様子に、の目がきょとんとばかりに丸くなる。
が、再度問いかけようとしたを遮るようにフィンクスが笑う。何かに気づいた笑いではなく、どこか無理矢理話題を変えるためのような、分かりやすく誤魔化しの笑み。
から視線を外してそれを見つめ、フィンクスは大きな呆れ声を上げる。
「んで? ありゃあなんだよ」
「あれ?」
視線の先をたどれば、ああ一瞬でも忘れられていた幸福よ戻ってきて! と叫びたくなるような、でーんとばかりに聳え立つ雛壇。お雛様。優しい微笑が今はちょっと泣きたくなるほどな七段飾りだ。
口の端が引きつったに何かを察したのか、フィンクスはの肩から両手を離すと改めて片腕で抱きなおし、抵抗する気力さえ湧かないごとそれに近づいた。伝票を読み込んで、低い声で呆れ声を発する。
「……殺し屋一家か」
「はい。……じかん、まちがる、した」
「時期、間違えてる、な。季節でも可」
「まちがっる、まちが。……じ、く、じぃく」
「じおんってか」
気力の削げ落ちた声が何往復か会話らしきものをするが、揃ってこぼすのは特大のため息。
の肩を抱いていないほうの手がわしわしとの落ち込む頭を撫で、それでもため息をこぼす様子に肩に置いた手に力を込めて抱き寄せた。抵抗なくフィンクスの腕の中に納まったは、再度深いため息を吐き出す。
多少動揺するかと期待していたフィンクスも、その疲れの色が濃いため息に苦笑するしかない。
「しょうがねぇな。家に入れてやるから、そう落ち込むな」
抱きしめなおして再びわしわしと頭をなでれば、言われた意味を解読しているのだろうまっすぐな目がフィンクスを見上げていた。動揺するなとフィンクスは自分に言い聞かせ、きっかりその十秒後、は笑みをこぼした。
「うれしい、ありがとう、ふぃんくす」
言い慣れたその単語は優しくフィンクスの耳をくすぐり、言い聞かせていた言葉を無駄にするようにフィンクスを動揺させた。改めて考えなくても同年代か少し下程度のは年齢だけでもストライクゾーン圏内。フィンクスはつたない喋りよりもその穏やかな表情に目がいき、口ごもる。
「お、おう。……気にすんな」
フィンクスの動揺が伝わらないほど離れているわけでもなく、腕の中に居るはその声のぶれに笑う。楽しそうに腕の中で笑い出すに、フィンクスは罰が悪くなりつつも、照れくささを押し流すように腕の中からを押し出した。
「……で、どこに置くんだ?」
『…………それが問題なんですよねぇ』
居候だからそんなに贅沢、言えないですし。
思わず日本語で返してしまっただが、その表情と語調からフィンクスは置く場所がなさそうなニュアンスを受け取った。
あながち間違ってないだろうと確信できるほど、の表情は雛壇を見上げて途方にくれていた。
「……お前も苦労するな」
「たがい、がんばる」
お互い様とばかりには力のない笑みを浮かべるが、二人揃って深いため息を吐き出した。
「……ええと、んで、何がどうなってこうなってんの?」
「いるみ、かぞく、おくる、した。こまる、わたし、うれし、い? わたし」
『そこは疑問系なのか。返品してやろうか?』
『ノブナガさん。ものごっついありがたいですけど、さすがにそれは忍びなくて。嬉しいのは本当ですし、いやまさかこの年になって雛人形贈られるとは思ってもいなかったですけど。しかも見ただけで分かる高い奴』
その後、シャルナークとノブナガが揃ってを訪ねてきたが、そのときもフィンクスとはああでもないこうでもないと言い合いつつ、雛壇とともに外に立ち尽くしていた。
雛壇が目の前にあろうとも新年であり元日である寒さの中、の唇はすでに紫だが引きつった笑みで雛壇を放っておけないと主張し、実力行使で室内に放り込むかとさらに後から来たフランクリンとウボォーはぼそぼそと話し合う。
巨体が玄関前にいたら邪魔だろうと、にお年玉を渡すためだけに飛んできたマチとパクノダが、その後男達をキリキリ締め上げる場面もありつつ、とりあえずシャルナーク指示の元、雛壇は丁寧に解体されていった。
「男共なんて使うためにあるんだから、ちゃっちゃと扱き使っていいんだよ」
「それくらいしか役に立たないんだから、遠慮しちゃ駄目よ?」
多少の返り血を浴びつつ、冬らしいふわふわしたファーを首に巻いたり髪を下ろしたりと、それぞれの装いで平然と笑うマチとパクノダに、は無言でひたすら頷き半泣きにもなったが、かねがね平和な時間が過ぎていった。
「、くるよ」
「誰ね」
結局赤い箱を贈りつけつつも、その解説をしようと立ち寄ったフェイタンの耳に、雪に埋もれるのではないかと思われる色合いのコルトピの声が届く。
コルトピの声は平然としているが、フェイタンはどことなく嫌そうに眉をしかめて眉間の彫りを深くし、声に顔を上げた幾人かがまた嫌そうに顔をしかめた。
だけはくしゃみをしたせいで、やたら滅多マフラーやら上着やらを着せられて着膨れ雪だるま寸前だったため、声に反応も出来ず目を回し始めていたが、ちらちら雪の降る中でも通りの良い声にようやく顔を上げた。
「やあ、。今日は一段と丸っこいね。これって正月太りってやつ?」
やっ、とばかりに気軽に片手を上げて地面に着地したイルミに、は笑顔を浮かべ、その他は一斉に嫌悪の顔で帰れと吐き捨てた。
きょとんと目を丸くするも、すぐ言葉の意味に気づいて苦笑い。ああそうか、この人たち相性悪かったかぁと思い出すが、相性だけではなく自分を取り合っているようだと薄々気づいている分、喜んでしまった自分にも苦く笑う。
「……で、団長言い訳は?」
そして冷たくシャルナークが突っ込んだ先には、イルミに数秒遅れて地面に着地したクロロ・ルシルフル。その髪型と服装は仕事時のオールバッグとコートではなく、雑踏を歩く若者そのもので、苦笑が良く似合っていた。
「いや、これは」
「問答無用。締め上げる」
瞬時に戦闘態勢に入った団員達に、焦るクロロとどうでもよさ気に首をかしげるイルミ。
そしてフランクリンに抱き上げられながらも、もう雪だるまになってて良いから家に帰ろうかなと、数メートル先の玄関に向かって現実逃避をする。
「まぁ、新年早々のバトルロワイヤルってやつ?」
なぜかイルミの一言が、戦いのゴングのように響き渡った。
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