後日談の嘘つき



「スパンダム」
「おう」
 スパンダムとは部屋の中二人きりで向き合い、聞こえるのは時計の音だけとなった空間の中、静かに時間は流れていく。
「スパンダム」
「……なんだよ」
 二人掛けのソファーに座り、魔女と吸血鬼の格好のまま向き合う二人に、突っ込む人間などいない。
 部屋はスパンダムは暴れまくってドジをしまくった痕跡を残し、ハロウィンパーティーの残骸しかすでに残ってはいない。辛うじて生き残っていた食事やらは、すでに別室へと避難させて弟達が味わっているだろう。プレゼント類などは、こういうことをあらかじめ想定していて、毎年最初から別室にある。
「……私が言いたいこと、分かるよね?」
 が静かに静かに優しく語りかけ微笑むと、スパンダムの引きつった表情が汗をこぼしだす。震えた唇が、無理矢理笑みの形へと変わっていく。
「わ、悪かったな。食事、台無しにしちまってよ」
「それだけじゃないわよね」
 もうスパンダムがドジをしたくらいでは、誰も驚かない。驚く気力が根こそぎ奪われるほど、そういう事態に慣れてしまっているせいもあるが、これは言っても治らない部類だと分かっているのだ。
 横を向いてしまったスパンダムに、は指先でソファーを叩く。スパンダムの肩が驚くほど飛び上がって反応し、恐々とを横目で見てくる。その視線を受けて、はもう一度微笑んだ。スパンダムの動きが固まる。
 部屋の出入り口には、一人の黒服男性が立っていた。
 はそちらを見ることなく指で示し、唇を動かす。
「仕事、パーティーまでに終わらすって言ってたわよね」
 黒服の男性が、小さく肩を揺らす。貴方を叱ってるわけじゃないのよと、は男性を一瞥して囁いた。スパンダムを流し見ると、見る間に顔色が変わっていき、血の気が引いていくのが分かった。部屋の対極にある黒服の男性にもそれは見て取れ、スパンダムの心中を思い心の中で手を合わせた。
「スパンダム。貴方、仕事はパーティーまでに終わるって言ってたわよね?」
 顔色の変わったスパンダムは、返事をしない。
 その様子に目を細めて「へぇ、そう」と呟いたは、マントを翻して男性へと近づいていく。スパンダムはそちらを見ないまま固まり続け、男性はの無感情的な表情に怯えながら姿勢を正した。の響かせる足音だけが、部屋の中を動いていた。
 男性の顔を見たは、小さく吹き出す。
「ごめんなさい。貴方を怒ってるわけじゃないのよ、嫌な場面に立ち合わせちゃったわね」
 見た目で言えば小娘らしいが、とっくに成人したであろう男性に掛けるべき言葉ではないが、男性は姿勢を正して即座に威勢の良い返事をした。
「後で必ずスパンダムを連れて行くから、それまでスパンダムの仕事は置いててちょうだい。必ずよ、必ずスパンダムにやらせるわ」
 自信たっぷりにが告げると、またも無感情な表情に戻り、細められた視線が壁際のスパンダムへと飛んでいく。
「そうよね? スパンダム」
 その冷え切った言葉に、スパンダムの背筋を嫌な汗が伝う。
「……ああ」
「と言うわけだから、ごめんね。退室しても大丈夫よ」
「はっ!」
 スパンダムの部下である男性は、返事をすると即座に部屋の外へと飛び出して行った。礼儀はしっかりとしていてドアの開閉も静かだったが、その身の翻しっぷりにも思わず笑ってしまう。
「私、そんなに怖い顔してたのかな」
 呟くが、自分以外の人間二人とも怯えているのは明らかで、怖い顔をしていたのかとはため息をついて肩の力を抜いてみた。そのため息に、またスパンダムが飛び上がる。
 振り返ったは、そんなスパンダムが可哀想になってきた。先ほどとは違う、力の抜けた顔で笑う。
「スパンダム」
「な、なんだ!」
 肩肘張った返答に、が苦笑を漏らす。
「怖がらないでよ。もう怒ってないから」
 今度は足音を立てずに歩き、はスパンダムの前で足を止める。の表情を窺いながら見上げてくるスパンダムの視線に、ごめんね、と呟いた。
「座らねぇのか」
 の雰囲気が変わったことに気づき、スパンダムはその手を取って顔を見る。の思案するような眼差しを受け、そのまま手を引き無理矢理隣に腰掛けさせた。スパンダムのいきなりな行動にが目を丸くしていると、スパンダムの顔があっという間に近づいてくる。
「仕事は終わらなかったんだ、悪ぃな。直前までやってたんだよ」
 瞬きをしながらが言葉をなくしていると、スパンダムは横を向いて舌打ちをする。
「これも言い訳になるか」
 がフォローの台詞を口にする前に、スパンダムは離れていく。立ち上がったスパンダムは散らかし放題の部屋を見回し、こいつぁひでぇと一人ごちる。
「五年」
「え?」
 言葉が聞こえた気がしてが聞き返すと、振り返らずにスパンダムは話し出す。
「お前、こういうハロウィンの過ごし方、しばらく出来ねぇって言ってただろ」
「早ければすぐに戻ってくるだろうが、向こうが尻尾をつかませねぇ。下手すれば最長で五年はあいつら帰ってこれねぇんだ」
「……悪かったな。遅刻した上、台無しにしちまってよ」
 ぶすくれた表情でスパンダムは一瞬振り向くが、すぐにまた顔をそらす。が呆然としている間に部屋の中を歩いて回り、惨状に頭を叩く。
「うわ、この絨毯はもうだめだな。高かったのによぉ」
 欠けてしまった皿で指を切り、悲鳴を上げるスパンダムには声も立てずに笑い出す。
 スパンダムはそれに気づくと、血の出ている指を舐めながら睨みつける。
「あんだよ」
「いや、うん、スパンダム優しいよね」
「……そうでもねぇよ」
 邪険な素振りで頬を染めたスパンダムは、移動しようと踏み出した足がフルーツのひっくり返った床を踏み、その柔らかさでまた強かにに顔を打ちつけて、見事にパンツ丸見え状態でひっくり返っていた。


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