後日談
「……なんてことが、そう言えばあったのう」
「カク覚えてたの? 懐かしいわね」
「あの頃はルッチもすごかったよなぁ、なぁ、ルッチ」
「知らん」
カクがそう言えばと口にした話題に、ルッチは嫌そうに顔を歪めてそっぽを向いた。忘れるはずがないことなど、他の三人には分かりきったことで、ルッチの反応に三人は笑った。
「知らないわけないじゃない。あなた、あの時ひどかったんだから」
「知らん」
カリファの突っ込みにも、ルッチは頑なに主張を変えない。カリファはブルーノやカクを見て肩をすくめると、ブルーノが持ってきたコーヒーに口をつけた。
「それよりもカク、今回なにを使うつもりだ?」
「ああ、それはほれ。これから五回分は会えんからの、豪勢に行こうかと思って」
ブルーノの言葉に、カクは持っていた書類を数枚めくり、行き当たった箇所をブルーノに見せた。見せられたブルーノはその文字に目を走らせ、なるほどなと頷く。
ブルーノ自身も持っていた書類を数枚めくり、それをまたカクに見せる。カクもその内容に頷き、ルッチを呼んだ。
「ルッチはどうするんじゃ。プロポーズでもするか?」
「……見世物じゃねぇぞ」
「わはは、冗談じゃ!」
ルッチの冷たい視線にカクは笑うが、その笑い声もあっという間にしぼんでしまう。四人の間の空気が、一気に重いものへと変わってしまう。
「五年か」
ブルーノが呟き、カリファが自嘲気味に頬を引きつらせる。その表情のままコーヒーカップをテーブルに置くと、ねぇ、と細い指で自分の頬に触れながら、カリファは声を上げた。
「初めてじゃないかしら、四人揃って、こんなに長い間ここを離れるの」
「ああ、そうじゃな」
「来年は、誰とパーティーするんだろうな。さん」
はぁ、と誰ともなくため息をつくと、三人は書類に目を落とすフリをして落ち込んだ。ルッチはそんな三人に視線を向け、三人とはまた違ったため息を吐き出すと、電伝虫へと手を伸ばした。
「ああ、おれです。明後日のハロウィンのことなんですが、姉さん、ちょっと今から来てもらえませんか。ええ、おれの部屋に集まってます。はい」
「ルッチ?」
ブルーノが不思議そうに声をかけるが、ルッチは三人を見ることなく受話器を置く。呆れたような表情で三人を改めてみると、椅子に座ったまま頬杖を付いた。
「ばかやろう、辛気臭くなってるんじゃねぇよ。それよりも、明後日のことで悩んでろ。……姉さんを呼んだから、表情は切り替えとくんだな」
鬱陶しげに自分の書類をまとめたルッチは、ため息をもうひとつついて紅茶を口にした。三人は顔を見合わせるが、ルッチの言い分ももっともだと頷いて、ノックの音が響くと同時に背を伸ばした。
「です、みんないる?」
「あいとるよ」
ルッチの代わりにカクが返事をすると、すぐにドアが開く。覗き込んできたは四人を見つけると、すぐに笑顔へと変わる。
「明後日の話ってなに? 何か足りないものがあった?」
部屋へと入ってくる無邪気な表情に、四人はそれぞれ目配せしあって笑みを浮かべた。
「ああ、さん。準備は大丈夫なんだけど、長官のスケジュールとか知らないかい?」
「スパンダムの? 予定は空けといたはずよ」
ブルーノが切り出してカリファが自分の隣を開け、カクが一枚の紙を差し出した。は勧められるままに椅子に腰掛け、紙を手にとって目を通す。ルッチが口を開きカクが突っ込み、カリファとが笑いブルーノが訂正をする。
穏やかな時間の中、明後日のパーティーについての計画は詰められていった。
「あ、やってるな」
三日後、スパンダムがパーティーをしている部屋に顔を出すと、すでにケーキは飾られ部屋中オレンジと黒に染まり、お菓子も仮装衣装も飾りも部屋中に溢れている場となっていた。
「遅いよ、スパンダム。ほら、着替えた着替えた!」
幽霊船の船長をコンセプトに、派手な船長服に身を包んでいたカクと話していたは、スパンダムに気づくと早速捕まえて部屋の奥に引きずり込んだ。毎年のことなので誰も止めず、捕まえられているスパンダムも抵抗せずに部屋へと押し込められていく。
「なんだ、今年はお前、なにモチーフにしてんだよ」
カーテンの向こう側で着替えているスパンダムは、自分も仮装しながら聞いてみた。カーテンの反対側で待っているは、間抜けな声を出してスパンダムの名前を呼ぶ。
「スパンダム、見て分かんなかった?」
「分からんな」
あいた、とは自分の額を叩くが、まぁ他の四人が褒めてくれたのでいいかと気を取り直すと、自分の服を見直しながら答えた。
「今年はドラキュラ伯爵よ」
「いや、包帯巻いてるじゃねぇか」
「吸血鬼とミイラ男のミックスです」
重症の吸血鬼にしか見えねぇ。
スパンダムは言おうかどうしようかと思うが、他の人間が指摘していないのだとすると、自分ひとりで騒ぐのも馬鹿らしい。それに毎年やっているため、仮装がネタ不足なのも事実なのだ。
自分の仮装を着終わると、スパンダムは気を取り直してカーテンを開いた。
「終わったぞ」
「ん。……お、おー。スパンダムでも見えるものだね」
「お前本当に失礼な女だな!」
赤いリボンのとんがり帽子にマントを羽織り、箒を持った紫がかった黒のスーツを着たスパンダムに、はにんまりと笑いかける。
スパンダムの表情は晴れないが、は手を引いて隣の部屋へと戻っていく。魔女は柄ではないと思うが、スパンダムもこれであと五年は開放されると思えば、安いものだった。
「みんなー、スパンダムも着替え終わったし、ケーキ切ろうー!」
部屋の中央に置かれたオレンジ色のケーキは特注で、作ろうとしていたを止めるのに四人が苦労し、更にはスパンダムまで苦労をした一品だった。最終的に手酷い出費をこうむったのはスパンダムだけなので、部屋にいた四人の笑顔は輝いている。
「わ、本当に魔女やらせたんじゃな。……姉さん、鬼じゃの」
「だって似合うと思って」
カクの素直な感想に飄々とは答えるが、傍にいるスパンダムには四人の視線が突き刺さり、無言で立っていたスパンダムはに手を繋がれたまま、カリファへと声をかけた。
「お前はあれか、人魚姫とかがモチーフか?」
髪飾りは淡い桃色の二枚貝で、水泡のような首飾りは真珠、ドレスは魚の尾びれのように足元に向かって細くなり、そして床に着いた先から広がっていた。
スパンダムは何の下心もなく声をかけたのだが、カリファはめがねのフレームを押し上げて、冷静な顔でスパンダムを見る。
「長官」
「なんだ」
「セクハラです」
「ええっ!?」
え、これもセクハラなの!? とスパンダムがうろたえると、繋いでいた手も離されては離れていってしまう。カリファもそ知らぬ顔でについていき、男性陣もいつのまにかそばにいなかった。
「さーて、ケーキカットに入ります! ……誰やる?」
「ルッチにやらせればいいんじゃ。でかくなるんじゃから」
「あら、それじゃあ毛とか入るんじゃない?」
「入らねぇよ。姉さん、カリファにまでくだらないこと、吹き込まないでください」
「ごめんよ、ルッチ。おれが言った」
「ブルーノ! お前もか!」
楽しそうにケーキを取り囲む五人に、スパンダムはちょっと泣きそうになる。が、心の中でゆっくりと「おれは長官、偉い、おれは長官」と何度となく唱え、思い切って一歩を踏み出す。
「わ、長官止めるんじゃ!」
カクが事態に気づいたときは遅く、思い切って踏み出された足は菓子やデザートや料理を置いているテーブルのひとつ、テーブルクロスを踏みしめており、見事なまでにスパンダムの足を滑らせた。
滑ったことに気づいたスパンダムは、とっさに他のテーブルのクロスを掴んでその上の料理を引き摺り下ろし、たまたまスープのテーブルだったため、それを大量に被る羽目になる。そのままスパンダムは床に転ぶが、熱さのために飛び起きて駆け出し、また他のテーブルにぶつかって次々と食べ物を床へと落としていった。
「………………誰が掃除する?」
の問いに、返事はなかった。
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