カレンダーを見る。



 はその日、スパンダムと一緒の部屋で書類に目を通していた。スパンダムの判子がいるものは彼の行動範囲外に一時置き、自分のサインやら記入の必要なものは順番にやっつけていく。
 そんなことを朝から繰り返していて、一息つこうと体を伸ばしたらイスが回り、偶然にもカレンダーを目にすることになった。が去年買い求めた壁掛け式のカレンダーは、可愛らしいかぼちゃとどんぐりの絵柄になっていた。
「あれ、もう10月になるんだ」
 気づかなかったことにが声を上げると、大人しく書類と格闘していたスパンダムが顔を上げてカレンダーを見る。ああ、と今気がついたとばかりに声を上げて、持っていた羽根ペンをインク壷に突っ込もうとしてインク壷ごと机の向こう側にひっくり返す。
 インク壷と床とじゅうたんの悲鳴が上がるが、どこ吹く風で彼は視線も向けやしなかった。は音に思わず振り向いたが、本人が気にしていないので気にしないことにした。部屋の外で待機していた部下達が駆け込んでくるやいなや、片付け始めるのもいつものことだったし、今日中に片付けねばならない書類は山とある。それもこれも自分の所為なのだが、はスパンダムの面倒を見ることまで神経を使えない状態だった。
「そう言えばもうそんな時期だな。早いもんだ、あと二ヶ月で今年も終わっちまう」
「そっか、あと二ヶ月で年越しかー。早いものだねぇ」
 感慨深げにスパンダムが呟き、も同じようにしみじみと言葉を返す。
 二人してカレンダーを見つめていたが、ふとの動きが不自然に止まる。嫌な予感がするぞとスパンダムが身構えていると、満面の笑みを浮かべたがスパンダムを見た。
「スパンダム、かぼちゃ好き?」
 ほらきた。いつもの台詞が今年も来た。
 スパンダムは一瞬嫌いだと答える想像をしてみたが、どうにもいい結果は思い浮かばず、しかたなく正直に答えたやった。
「あー、特に嫌いじゃねぇが。なんだ、かぼちゃ料理でも食わせてくれるのか?」
 先回りをしてあえてイベントごとから目をそらしたが、は楽しそうに笑うばかり。スパンダムの話の半分も聞いていないんじゃないかと、疑うでなく確信に似た思いで彼はため息をついた。
 はすでに意識を今月末へと飛ばしているのか、書類を手早く脇へとどかし始めている。何枚かはその急な移動に床へと落ちるが、は気づいていないのかそのままにして立ち上がる。
「そうね、時期がきたらご馳走することになると思うわ」
 すでに視線はスパンダムを見ておらず、彼女の手にまとめられているのは書類ではなく財布。何をどうするのか、聞かなくても容易に想像できたスパンダムは、止めようとしていた手を引っ込めることにした。
 楽しむことはいいことだ。書類仕事で鬱憤も溜まっているだろうし、言い訳せずに素直に言うと、の楽しそうにしている様子は好きなのだ。
 基本的にスパンダムは他人の行動に口を挟まないほうだと自負しているので、今回もの浮かれ具合を止めないことにした。
「でかけるのか?」
 訊ねると、立ち上がったはスパンダムへと振り返り、軽くひとつ頷いた。
「用事が出来たから部屋に戻るわ。料理長のところにも行かなきゃね!」
「おお、無茶言ってやるなよ」
「スパンダムじゃありません」
 スパンダムに向かって手を振ると、はいつもより素早く廊下へと出て行った。ドアが閉められ聞こえる足音は、二歩分ほどは落ち着いたものだったが、それもすぐに駆け足になって聞こえなくなった。
 浮かれてやがんなぁとスパンダムは呟いて、いつの間にか新しいインク壷に代わっているのも気にせず、引き出しを引っ掻き回し始める。
「なににすっかなー」
 去年ピックアップしたへのハロウィンのプレゼントリストを探すため、スパンダムはその後の時間を費やした。
「おれはもののついでだって、分かってんだけどなぁ」
 見つけたリストの束の埃を払い、めくりながらしみじみとぼやく。
 今頃はかぼちゃがどうとか、仮装がどうとか、お菓子がどうとか騒いでんだろうな。
 ハロウィンだイベントだからと政府から予算など下りるわけがないので、スパンダムは自分の手持ちから多少は出してやろうと、リストに新しいプレゼント候補を書き込みながら、上手い言い出し方を考える。
「かぼちゃが食いてぇから、おれからも金出させろ? だめだな、スマートじゃねぇ」
 悩めども格好のいい言葉などすぐには思い浮かぶはずもなく。
 いつものようにスパンダムは悩んだ。


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