ふたり



 フェイタンは呆れながらクロロを見ていた。シャルナークもクロロと一緒にはしゃいでいて、フェイタンにはその理由が理解できずに苛々していた。
「団長、シャル、早く次いくね」
「もうちょっと待っててくれ。これも可愛いと思わないか?」
「いやいや、こっちの方がワンポイントが可愛いと思うよ。おれ」
「知らないね」
 フェイタンがため息を吐き出すと、クロロとシャルナークはそろって肩をすくめ、また二人で女子高生のようにはしゃいだ声を上げて便箋と封筒を漁りだす。三人の立っている場所はデパートのハロウィン特設会場のど真ん中で、彼らは一般男性の平均的な格好をしてはいるものの、約二名の異様な盛り上がりと男三人組と言う組み合わせから、特設会場に足を踏み入れたときから周囲の視線が痛いほど向けられていた。
 フェイタンはそれが気に入らないのに、二人はどこ吹く風で三人より前に来ていた女性集団を会場から逃げさせるほどの勢いで、もう長い間ああだこうだ言い合っている。フェイタンにとっては、居心地の悪い空間以外の何者でもないが、仕事の下見と言われてついてきている以上、勝手にこの場から離れるわけにもいかない。
「団長、ここの後どこに行くか、せめて言うよ」
「もう少し時間をくれ」
 思い切って聞いてみても、クロロはファンシーな文具コーナーから目を離さない。フェイタンには、笑っているかぼちゃやおもちゃが鬱陶しくてならない。なのにシャルナークが何か見つけてくるたびに見せてきて、シャルナークすら鬱陶しくなってくる。
「ほら、これなんかどうかな。この魔女の子、に似てない?」
 便箋に小さく描かれている魔女の絵を突きつけられ、フェイタンはあきれ返ってしまう。どこが似てると言うんだ、性別か、髪の長さか、髪の色か。突っ込みたい言葉を口から出す前に、横から覗き込んできたクロロがえー、と不満の声を上げた。
「シャル、どこが似てるんだ。こっちのほうがそっくりだろう」
「団長、それ狼男に見えるんだけど」
「こんな格好したら可愛いかなと思って」
「団長が?」
「いや、が」
 しばしの沈黙の後、笑い出す二人にフェイタンは頭痛を禁じえなかった。頭が痛いと俯いて、壁際へと移動する。二人が視界に入る位置だが、正直今の二人を見たくないのがフェイタンの本音だった。
 あの真剣な表情でファンシーな文具を漁る姿と、やに下がった表情でがどうとか話す二人は、精神衛生上よろしくなかった。傍から見れば、美形二人がなにやら仲睦まじく話しているとしか見えないだろう光景だったが、フェイタンの目には情けない二人としか映っていなかった。
 ふと、人ごみの中で見知った人影を見た気がして、フェイタンはそちらへと近づいていった。男女女女男男女男と人ごみの中を抜けていき、丁度良く人の少ない店に入っていくその背に、フェイタンは声をかけた。

「あ、ふぇいたん」
 はすぐに振り向き、どうしたのと笑いかけてくる。手に持っているものは、やはり笑っているかぼちゃ。プラスチックのそれは小さくて軽そうだ。
 それから視線を外して顔を見ると、おかいもの? と服装を見ながら言われる。フェイタンは口の端を上げた。
「団長とシャルと、仕事の下見言われて来たよ。……二人は買い物してる」
 フェイタンがどこか遠くを見ながら言うと、は一瞬不思議そうな表情を浮かべ、そしてすぐに眉を寄せた。
 持っていたかぼちゃを商品棚に戻すと、フェイタンにそっと近づいて潜めた声で聞いてくる。
「こんど、このでぱーと、するの?」
 何を当たり前な。フェイタンが切って捨てようと口を開くと、不安そうにこちらを見る目をぶつかった。そこでフェイタンはが非力で凡人で念能力者でない事実を思い出し、口を閉じた。
 いくらオーラが凡人でなくとも、鍛えていないは凡人以外の何者でもないのだ。旅団のメンバーでも、盗賊でもないのだ。
 自分が勘違いしていたことに気づくと、フェイタンは苦々しく顔をゆがめた。
 そんなフェイタンの表情を見て、の顔色も暗くなる。ああ、やはりそうなのだ、聞いてはいけなかったのだと落ち込み、小さな声で謝罪した。フェイタンはの心境に気づくことなく、表情をそのままに気にするなと口にした。
「……えと、ふぇいたん、かぼちゃいる?」
 わざとらしく笑顔を浮かべたが、先ほどとは別の商品を手にとって見せる。かぼちゃに腰掛けた黒猫が、とんがり帽子を被っている小さな照明器具だった。
「かわいい、これ」
 その黒猫はシリーズ物なのか、かぼちゃだけでなく箒に跨っていたり、白いシーツを被ったようなお化けに飛び掛っていたりと、表情も様々ありはせっせと見せてくる。かわいい、おもしろい、こわれそうと一々コメントしながら見せてくる様子はどこかいじらしく、フェイタンは思わず頬を緩める。
「ふぇいたん、ね、けーきたべてるもある。おなかへる」
 大きなかぼちゃを器にし、その中のケーキを食べているとんがり帽子の黒猫と、そのケーキに頭を突っ込んでしまっている黒猫を見せるも、フェイタンの笑顔に気づいて自然と笑みを浮かべた。
「そちの方が、好みよ」
 フェイタンが狼男と交戦している黒猫を示すと、は嬉々としてそれを手に取り、フェイタンに手渡してきた。
 フェイタンはそれが欲しいといったつもりはなかったが、嬉しそうに笑うに突っ込む気になれず、文句も言わずに受け取った。で、悩みながらもふたつみっつと黒猫を手の中に収めていく。
、それ好きか」
 何の気なしに尋ねると、は躊躇いもせずに頷いた。
「だいすき!」
 あまりにも勢いのいい返事に、フェイタンの動きが止まる。満面の笑みで言われた言葉に、少々無防備ではないかとの思いがもたげてくるが、悪い気はしない。
「そうか」
「うん」
 自分に言われたわけではないが、この場合と物を見ていたのがクロロやシャルナークであったら、どれだけ好き勝手に誤解するだろうと、フェイタンは言われたのが自分であったことに安堵する。手紙一つに贈ると決めただけであのはしゃぎようなのだ。本人が同じ階にいると分かっただけでも暴走は目に見えているし、大好きなどと言われたら破裂するかもしれない。
 フェイタンは手に持った狼男ととんがり帽子の黒猫を見つめ、ほんの少し離れた場所にある特設会場へと視線を向けた。きっとフェイタンがいないのも気にせず、色がどうだ絵柄がどうだと言っているのだろう。
 仕事はどうしたのだと突っ込みたいが、疲れることはしたくない。肩を叩かれ振り向くと、が菓子コーナーを指差してきた。
「おかし、みる。ふぇいたん、いる?」
「ああ、私も見るよ」
「ならいしょ、いこう。きゃんでー、ほしい」
「キャンディーよ、ディー」
「でいー?」
「ディー」
 が歩くのにあわせてコーナーに行くと、真剣そのものの表情では菓子を吟味しだした。フェイタンも手持ち無沙汰でいくつか手に取るが、砂糖の塊を摂取する気にはなれず、すぐに棚に戻してしまう。
「ハロウィンは面倒くさいね」
「たのしよ?」
 独り言のつもりだったのに返事をされてしまい、フェイタンは視線を向ける。向けられたは先ほどのとんがり帽子黒猫のキャンディーを持って、至極ご満悦の様子だった。
「……正式な意味も忘れて浮かれるハロウィン、どこが楽しいか」
「あ、ふぇいたん、いみしてたの」
 意外だと言わんばかりの口調に、常識だとフェイタンが返せば意外そうな表情が向けられ、フェイタンの気分は多少害される。が、なにやら一人で頷き納得している様子のは、菓子コーナーの小さなかごを手に取りながら、ふぇいたんは? と菓子を指差す。
「いらないよ。いいのなかた」
「ざんねん。あ、しゃるたち、とこ、もどる?」
「…………まだ、いるよ」
 フェイタンの言葉に、どこか悪戯っぽくは笑い、フェイタンの持っていた狼男と黒猫も取り上げてかごへと入れてしまう。
「ふたり、かいもの。……いいね」
 すぐには返事が出来なかったフェイタンは、しばしその場に立ち止まる。フェイタンから顔をそらしたままも立ち止まり、しばらく店のざわめきしか聞こえなくなる。が、フェイタンは菓子コーナーからかぼちゃ柄のお菓子をひとつとると、の持っているかごに放り込んで囁いた。
「悪くないよ」
 の顔も見ずに横を通り過ぎ、フェイタンはさっさと店を出て行ってしまう。が、店の出入り口付近で立ち止まると、固まっているを振り返った。
 の表情が、驚愕から解けてゆっくりと照れくさそうな笑みに変わる。
「うん」
 頷いてレジへと駆け、その表情を見たフェイタンは、店の前でしばしを待っていた。


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